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彼女になった理由
ひとりぼっち、ふたりぼっち。
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弟視点です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これは夢だ。
彼女が、死んでしまうはずがない。
亡骸を強く抱きしめる。
ただ、ただ、ここに繋ぎとめる何かを確かめるように。
けれど殻からは少しずつ温度と生命は流れ出ていく。
「逝かないでよ、一人にしないで」
そういってももう反応はない。
光の映らない、けれど優しい瞳で僕を見ているだけだ。
そっと僕は頬に触れる。
どうしてこうなっているんだ。
カランと何かが地面にあたり、音がした。
それは下位騎士の一般的な剣だ。
その刀身は赤く染まっているのを認識した瞬間。
僕は何も考えられなくなった。
姉さんだけいれば良かった。
姉さんは気づいていないけれど、僕は救われたんだよ。
だから僕も救いたかった。
あの奇跡の瞬間のように。
優しく撫でるその手は、どことなく先程より冷たい。
たまらなく不安を煽られる。
止まらない、血が、止まらない。
その現実が奇跡なんてないと笑っているみたいだ。
「嫌だよ、姉さん、どうして」
答えなんて帰ってこないのはわかっている。
けれど納得なんてできないし、したくない。
どうして姉さんが、彼女が死ななければならない。
そんなの、おかしいじゃないか。
「あ、りが、とぅ」
声が聞こえた。
聞こえるはずのない声だ。
奇跡は起きたんだ!
でも、嬉しくない、こんな時にそんな言葉言われたって。
笑ってよ、笑ってで、このあと一緒にケーキでも食べよう。
いつか、小さい頃姉さんの言っていた、あの世界の話も聞かせてよ。
それで、眠くなったら陽だまりの中一緒に眠ろう。
きっともう、悪夢なんて見ないから。
だから、もう何も。
「それと、ご、めん」
そういった瞬間、力なく手は床に落ちていく。
視界の端でそれを見て、僕は叫びそうになった。
触れても、握り返してくれない。
瞳は暗い光のまま、虚空を見つめている。
誰か否定してほしい。
姉さんは死んでなんかない。
さっきまで会話してたんだ。
亡骸に何度も問いかけている僕に元凶は声をかけた。
「惜しいことをしたな」
何がだ。
お前がここに引きずり出したんだろう。
返せ、返してくれ。そう声に出そうとして掠れた声しか出なかった。
彼女の内から能力が次の器を求めるように抜け出ていく。
僕はそれを強引に引き寄せて、取り込んだ。
少年の髪の色が抜けていく。
明るい陽光を思わせるライトブラウンは塗りつぶされるような白へと。
彼女の頬に一筋の涙が伝うのを、僕は見ないふりをした。
なんて、悪夢だ。
幾度も幾度も見る。
僕は鏡を見た、病人のそれが映る。
どっどっ、と激しい動悸を抑えるように、テーブルクロスの上に置かれた
錠剤と水に手を伸ばした。
薬を口内に投げ込むように入れ、水をあおる。
喉を通る水の温度だけが、自分を落ち着かせているようにも感じる。
けれど血の匂いと、消えていく体温だけは忘れない。
これは現実なのか。
夢ならば早く覚めてほしい。
姉さんを僕からとらないで。
不安を払拭するために僕は亡骸のもとへ走り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
姉視点です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ぼやけていく視界の中、その世界は色あせて見えました。
けれど何故か、その人だけは明瞭に。
横たわる少女に青年は近づいた。
そっと影は交わる。
自分の情報があまりにも欠如していることに気づいていた。
攻略対象が特殊な性癖を持つなら、主人公の姉も同じでないと言えるか。
思い出せ、だって私は一度見たはずだ。
主人公を血まみれにする姉の姿を、ゲームの中で。
幸せになりたい。
世界が決めた終わり方なんかじゃない。
痛いのも怖いのも苦しいのも嫌だ。
「―――」
名前を呼んでいる?
ごめんなさいもう、言葉すら聞き取れない。
わたしを覗き込むように、優しく抱きしめてくれている彼。
ああ、顔に血がついて。
拭き取ろうとしても腕に力は入らない。
汚れてしまう。
私の腹部から流れ出る命。
弧を描いて、広がっていく。
「―――」
そんな顔をしないで、泣かないで。
悪役令嬢がシナリオの最後まで行かずに途中退席すると、物語はどうなるのだろう。
とてもいまさらな疑問が気になりますが、私はそれを知る術はないでしょう。
暗く冷たい世界が忍び寄ってくる。
最後に、気にかけてくれた彼にお礼を言いたい。
「あ、りが、とぅ」
喉の奥から何かがこみあげる。
必死にこらえて言葉を紡ぐ。
「それと、ご、めん」
凄く迷惑ばかり、かけてしまったから。
貴方の想いにやっと気づけたのに、答えられないから。
遅すぎたんだ。
もっと早くに気が付ければ、なにか変ったのだろうか。
今更だけれど、これが後悔というやつなんだろう。
死に際になってできてしまうなんて、嫌だな。
せめてもの、贈り物。
視界が暗く、狭くなっていく。
当然だ、私が目を開けていられなくなったのだ。
だんだん狭まっていく世界がどこか、寂しくて愛惜しかった。
と、感じたのは私か、姉の感情か。
はっと起き上がる。
手には汗をかいて、背筋に走る悪寒は止まらない。
夢を見た。
よくは覚えてません。
けれど、いい夢ではなかった。
思い出せ、思い出せ。
私は私の中の不安をかき消すように、自分を抱きしめました。
視線をあげて目前にいるその人。
ーー神様を睨みつけます。
「私の名前を返しなさい」
にこりと人の良さそうな微笑み。
でも私はもう騙されません。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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これは夢だ。
彼女が、死んでしまうはずがない。
亡骸を強く抱きしめる。
ただ、ただ、ここに繋ぎとめる何かを確かめるように。
けれど殻からは少しずつ温度と生命は流れ出ていく。
「逝かないでよ、一人にしないで」
そういってももう反応はない。
光の映らない、けれど優しい瞳で僕を見ているだけだ。
そっと僕は頬に触れる。
どうしてこうなっているんだ。
カランと何かが地面にあたり、音がした。
それは下位騎士の一般的な剣だ。
その刀身は赤く染まっているのを認識した瞬間。
僕は何も考えられなくなった。
姉さんだけいれば良かった。
姉さんは気づいていないけれど、僕は救われたんだよ。
だから僕も救いたかった。
あの奇跡の瞬間のように。
優しく撫でるその手は、どことなく先程より冷たい。
たまらなく不安を煽られる。
止まらない、血が、止まらない。
その現実が奇跡なんてないと笑っているみたいだ。
「嫌だよ、姉さん、どうして」
答えなんて帰ってこないのはわかっている。
けれど納得なんてできないし、したくない。
どうして姉さんが、彼女が死ななければならない。
そんなの、おかしいじゃないか。
「あ、りが、とぅ」
声が聞こえた。
聞こえるはずのない声だ。
奇跡は起きたんだ!
でも、嬉しくない、こんな時にそんな言葉言われたって。
笑ってよ、笑ってで、このあと一緒にケーキでも食べよう。
いつか、小さい頃姉さんの言っていた、あの世界の話も聞かせてよ。
それで、眠くなったら陽だまりの中一緒に眠ろう。
きっともう、悪夢なんて見ないから。
だから、もう何も。
「それと、ご、めん」
そういった瞬間、力なく手は床に落ちていく。
視界の端でそれを見て、僕は叫びそうになった。
触れても、握り返してくれない。
瞳は暗い光のまま、虚空を見つめている。
誰か否定してほしい。
姉さんは死んでなんかない。
さっきまで会話してたんだ。
亡骸に何度も問いかけている僕に元凶は声をかけた。
「惜しいことをしたな」
何がだ。
お前がここに引きずり出したんだろう。
返せ、返してくれ。そう声に出そうとして掠れた声しか出なかった。
彼女の内から能力が次の器を求めるように抜け出ていく。
僕はそれを強引に引き寄せて、取り込んだ。
少年の髪の色が抜けていく。
明るい陽光を思わせるライトブラウンは塗りつぶされるような白へと。
彼女の頬に一筋の涙が伝うのを、僕は見ないふりをした。
なんて、悪夢だ。
幾度も幾度も見る。
僕は鏡を見た、病人のそれが映る。
どっどっ、と激しい動悸を抑えるように、テーブルクロスの上に置かれた
錠剤と水に手を伸ばした。
薬を口内に投げ込むように入れ、水をあおる。
喉を通る水の温度だけが、自分を落ち着かせているようにも感じる。
けれど血の匂いと、消えていく体温だけは忘れない。
これは現実なのか。
夢ならば早く覚めてほしい。
姉さんを僕からとらないで。
不安を払拭するために僕は亡骸のもとへ走り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
姉視点です。
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ぼやけていく視界の中、その世界は色あせて見えました。
けれど何故か、その人だけは明瞭に。
横たわる少女に青年は近づいた。
そっと影は交わる。
自分の情報があまりにも欠如していることに気づいていた。
攻略対象が特殊な性癖を持つなら、主人公の姉も同じでないと言えるか。
思い出せ、だって私は一度見たはずだ。
主人公を血まみれにする姉の姿を、ゲームの中で。
幸せになりたい。
世界が決めた終わり方なんかじゃない。
痛いのも怖いのも苦しいのも嫌だ。
「―――」
名前を呼んでいる?
ごめんなさいもう、言葉すら聞き取れない。
わたしを覗き込むように、優しく抱きしめてくれている彼。
ああ、顔に血がついて。
拭き取ろうとしても腕に力は入らない。
汚れてしまう。
私の腹部から流れ出る命。
弧を描いて、広がっていく。
「―――」
そんな顔をしないで、泣かないで。
悪役令嬢がシナリオの最後まで行かずに途中退席すると、物語はどうなるのだろう。
とてもいまさらな疑問が気になりますが、私はそれを知る術はないでしょう。
暗く冷たい世界が忍び寄ってくる。
最後に、気にかけてくれた彼にお礼を言いたい。
「あ、りが、とぅ」
喉の奥から何かがこみあげる。
必死にこらえて言葉を紡ぐ。
「それと、ご、めん」
凄く迷惑ばかり、かけてしまったから。
貴方の想いにやっと気づけたのに、答えられないから。
遅すぎたんだ。
もっと早くに気が付ければ、なにか変ったのだろうか。
今更だけれど、これが後悔というやつなんだろう。
死に際になってできてしまうなんて、嫌だな。
せめてもの、贈り物。
視界が暗く、狭くなっていく。
当然だ、私が目を開けていられなくなったのだ。
だんだん狭まっていく世界がどこか、寂しくて愛惜しかった。
と、感じたのは私か、姉の感情か。
はっと起き上がる。
手には汗をかいて、背筋に走る悪寒は止まらない。
夢を見た。
よくは覚えてません。
けれど、いい夢ではなかった。
思い出せ、思い出せ。
私は私の中の不安をかき消すように、自分を抱きしめました。
視線をあげて目前にいるその人。
ーー神様を睨みつけます。
「私の名前を返しなさい」
にこりと人の良さそうな微笑み。
でも私はもう騙されません。
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