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脅しは使ってこそ意味がある!

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とは言ったものの、結果だけ先に言うなら、立て篭もりはそう長くは続かなかった


何故かと言えば

「ママぁ、オシッコっ!」

お股を押さえてモジモジと脚を擦り合わせる息子


だいぶん我慢してたのか、涙目の息子は顔まで真っ赤だった

外の男が危険かもしれないから、出て行けないなどと言ってる場合じゃなく、私は拳をグッと握り締める

小さくても男のプライドが何ちゃら~など父親と常々話してた我が息子

普通なら、まだ四歳で、お漏らしなど気にもしないのが当たり前だが、息子は気にするらしくて、今まで一度たりとも漏らしたりなどした事がない

因みにおねしょも未だに無い

我が息子ながら出来た子だ

そう、私の息子ながらできすぎた子なのだ

きっと旦那様の遺伝子なのだろう

そうじゃなければ納得出来ない

私は親バカ前回でモジモジしてる息子の頭を撫でる

そんなモジモジ姿すら愛おしい

「ユイ、もう少し我慢出来る?」

コクコクと頷く息子を確かめた私は次に外に涼しい顔して立ってる男性に顔を向ける

「聞いてましたよね?私達は今から外に出ますが、息子に少しでもおかしな真似したら私は貴方を許さない」

ギンっと男性を睨み付けると目をキョトンとさせながら男はその形の良い唇を開く

「君は息子さんの心配をしてるけど自分の事は良いの?俺が君におかしな真似しない保証は何処にも無いよ?」

私は唇を噛み締め真っ直ぐ言い放つ

「私は息子が無事ならどうなっても良い....なんて言いません!ご覧の通り息子はまだ幼く親の庇護は絶対必要です」

無事に家に帰るまでは!などとは言えず、私は息子が成人するまでは何に置いても親の責任だと思う

勿論ある程度大きくなれば自分で考え行動する力も必要かと思うが、今、この状況で!

息子を守れるのは私しかいない

私に何かあっては行く行くは息子が大変な目に合うと言う事だ

だから息子共々、私も無事に家に帰りたい....イヤ絶対帰るんだ!

「私達に何かしたら....絶対許さない」

絶対を強調して睨み付ける

そして武器となるもの....

車の中に乗ってたハサミを取り出す

コレは旦那様が魚釣りが好きでよく釣りに行くので車に魚釣りの道具と一緒に乗せて有ったモノだ

私はハサミをグッと持ち、男に言い放つ

「離れてくださいっ!」

男は暫くジッと見つめた後、フゥーと小さく息を吐き出し「わかった」と呟く

そして、ゆっくりと下がって行く

しかし、その瞳は1ミリたりとも私からは離れなかった

ゆっくり、ゆっくりと後ずさる男

男の目当てが何かわからない私はハサミの向きをスーッと変え自身に向けると大声で言い放った

「もし...もし、何かあるとすれば!その前に私はっ!コレを自分に突き刺します!」

この言葉は自分で矛盾してると思う

私に何かあったら息子が困ると言いながら、その口で死ぬと言ってるのだ

勿論、死ぬつもりなど毛頭ない

コレは脅しなのだ


男の目的が何かわからない今、私は可能性に掛ける事にしたのだ

そして、私の予想は大きく当たる

ハサミを首に当てた瞬間、男の顔付きが変わる

グッと拳を握り締める男は下がった足を1歩近づける

その足を止める様に声を出す

「...もっと離れ...痛っ!」

ハサミの先が首に食い込む

男が慌て手後ずさる

その姿を見ながら私はホッと息を吐き出す

少なくともコレで少しは男の事がわかった

私達に何かあっては困るのは男だと言う事だ

息子が慌てて私の腕を掴んで来る

「ママっ!血が出てる!」

私はニッコリ笑い息子の頭を撫で、息子の唇に人差し指をチョンと当てる

「しーっ…大丈夫」

そして男に向き直る


先程まで息子に向けてた優しい顔から一変、目を釣り上げギラリと睨み付ける

「私は本気よっ!もっと離れてください!」

私の決死の形相に男が少し戦き後ずさる

さっきは脅しで死ぬつもりなど無いと言ったが、ソレは半分正解で半分嘘だ


だから、男が少しでもおかしな動きをすれば私は戸惑いなくハサミを使っただろう
だから私のそんな想いが伝わったのか

男は離れて行く

その距離が満足行くまでになると私は男から視線を外すこと無く、車のドアをゆっくり開ける


そして男を見たまま息子に言い放つ


「ユイ、早く行って...」

私の言葉に息子が慌てて駆け出す

そんな息子に言い聞かせる

「あまり遠くに行かないで!そしてすぐに戻って!」

「わかった!」

「そこから少しでも動いたら私はコレを使います!」

頼むからコレを使わせないでと願いを込めて見つめれば男は参ったと言わんばかりの溜め息を吐き出した

「わかったから...頼む、ハサミを下げてくれ」

「いいえっ、そうはいかないっ...あの子が戻るまでは...」

「そんなに警戒しなくても俺等は、絶対君達に危害は加えない」

絶対、何て言う言葉を信じられるほど私は純粋でも無いし、馬鹿じゃない

しかも初めて遭う男だろうと無かろうと

旦那様以外など、私に信じられる筈も無いんだ!

それに、この人、今、俺等って言った

要するに1人じゃないって事だ

グズグズしてたら仲間が来るかも知れない

私はゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくりと唇を開く

「此処は...何処っ」


聞きたい様な聞きたくない様な気持ちを押し殺しハッと息を吐き出す

ハサミを持つ手にジットリと汗をかく


何を聞かれたのか分からなかったのか、男は一瞬顔を傾ける

しかし、その唇から放たれた言葉を私はまるでどこかの国の言葉か、はたまた何かの呪いの呪文の様に聞くこととなるのだった


「此処は北の大地、正確に言うとフォルスト,フォン,メッテルニヒ=ヴィンネブルグ,ツー,バイルシュタイン領でフォルスト伯爵が治める我が国の...」


男の言う言葉が日本に馴染みない言葉に聞こえ、私は半分も理解出来ずにいた


聞いた事も無い、長ったらしい領地?日本には無いだろう名前に私は先程までの切羽詰まった感情も忘れて呆気に取られるのだった

薄々は感じて居たけれど

「此処は...日本じゃ...ない?」

ポロッと零れた私の言葉に男が顔を傾ける

「聞いた事も無い名だ...ソレは何処だ?それは君の国の名前か?」

私は男の言葉に何かを返すこと無くか細い声を吐き出す

「...そっ、か」

ヤッパリと言う言葉を飲み込んだ

しかし私の呟きと同時に息子の悲鳴が木霊する

「ママッ!!!」

私を呼ぶ息子の叫び声は切羽詰まっており、私の心を掻き立てる

息子の声と共に振り返った私の真横を何かが凄い勢いで駆け抜ける

髪が風に攫われ、追い立てられる様に駆け出す私

男が居た場所には既に人影は無く


また、ソレを気にする暇も無く、私は息子の事で頭がいっぱいだった

「ユイっ!」

息子はすぐ近くに居たけれど、顔面蒼白で、普段はサクランボ色した唇は真っ白だった


掌をギュッと組み、カタカタと震え、今にも泣き出しそうな息子を見ながら私は息子と同じ様に真っ青になる

そんな息子が私の姿に気付き弱々しく私の名前を呟き、その小さな指を伸ばす

そんな息子の周りには見ず知らずの男達


そんな中の一人は先程まで話してた男だった


そんな男達に目もくれず一目散に息子に駆け寄る私

そして伸ばされた息子の掌ごと抱き締める

そして何が問題かと言うと...

息子の周りを囲む様に居る男達

では無く

むしろそんな私の姿に呆けた様に見つめて来る男や驚いた様に目を見開く者や、慌てた様にヨロリと1歩後ずさる輩が息子に何かをしでかした、


とかでは無く

「え!マジで女っ?」

「は?うぉ...ちょ待て俺、幻覚かっ?幻覚草は....」

「お前ら待ってろって言ったの忘れたのか?」

「隊長っでもっ!」

間抜けにも足を踏み外し尻餅付く姿は悪い輩になど見えない

問題は

日本でも見慣れた動物の姿


耳が長くて白くてフワフワしてて赤い目した


誰もが目にした事がある、あの生き物

そう、息子をここまで怯えさせるのは

お馴染みの兎だった


ただし


体長4メートルは有ろうかと言う位、大きく

その大きな手には鋭い黒い爪

私など一踏み出来そうな位の大きな足


私は真っ青になりながら息子を抱き締める腕に力を込めるのだった


そんな私達から視線を外し呟く男

「...来るぞ」

次の瞬間、兎が大きく飛び上がる


私は咄嗟に目を強く瞑り息子を抱き締める


そして聞こえ来る兎の遠吠え

グワァァだが、ギョグワァァだが、訳の分からない、けたたましい鳴き声を上げる兎

その姿は可愛らしいモノなんかじゃなくて、ある意味恐ろしい

あの可愛らしい兎のイメージが一瞬で壊れた瞬間だった

ドスンと大きな音を鳴らして着地したらしい兎

私はソロリと瞳を開けると

そこには剣を構えた男の背中

男の黒い漆黒の髪が風でフワリと舞い上がる

その姿は上に立つ者の風格を纏い

凛々しくも、逞しくもあり、何よりその姿は私の瞳に凄く綺麗に映るのだった

そして慣れた様に言い放つ男を不覚にも私は見惚れるのだった


「お前ら、コレは訓練じゃない!全力でフォローしろ!俺が行く....それとルキ、お前は二人を安全な場所に移動させろ」

旦那様以外を綺麗などと思う日が来ようとはと、私は唇を噛み締める

しかし、男が言い終わるや否や男の纏う空気が一瞬で張り詰める

その空気に一瞬で現実世界に引き戻され、私はハッと息を吐き出す

そして気の所為かもしれないが

男の構える剣から白い靄の様なモノが見えた気がした


しかし、確かめる時間も無く

私達親子はその場から気強制的に移動する事となった

ルキと呼ばれた男によって

どうやったのか、あんなに強く抱き締めてた筈の息子は次の瞬間、私の腕から消えており、ルキと呼ばれた男に抱えられて居た


私は息子を奪い返そうと手を伸ばす


も、そんな私の指を掴み持ったのはルキと呼ばれた男だった

そして一瞬の内に脇に抱え、その場を瞬時に立ち去るルキ


「ちょ待っ...」

「喋らないで?舌を噛む...」


反対側の息子に手を伸ばすとギュッと握り締めてくる

それにしてもと、ルキと言う男を見上げる


その細い腕と小さな身体の何処にこんな力が有るのか、ルキと呼ばれた男は汗一つかく事なく走り抜ける

私と変わらない身長とその細さ

下手したら女の子にも見えるその容姿


キラキラと眩い金の髪と瞳


私はもう既に見えない兎と対峙する男を思い出しながら、少しだけ

少しだけ、信じても良いのではと思った


兎の雄叫びが幾度となく木霊する

その雄叫びに目を向けるのは先程、私達を守ろうと対峙した男を思って

信じて良いのではと思ったのと同時にあんな態度を取った自分に少しだけ反省した

何も話しを聞かず、また話しをせず、私は一方的に男を拒絶したのだ


でもソレは息子を守りたいと言う親心


その心は今でも変わらない

いや、一生変わらないだろう

そんな私をルキと言う男がジッと見つめてて、そんな男を息子が睨み上げる様に見つめてても


私は気が付かなかった
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