10 / 78
2話 捕食者を喰らう者
予兆
しおりを挟む「ふふ」
リオンさんが楽しげに微笑みます。
「何か?」
「ああ、ううん。失礼」
冒険者となりここに通い詰めて三か月。
こう毎日顔を合わせていれば自然と言葉も砕け、見える表情も変わって来るもの。
「まさか、こんなに長い付き合いになるとはねえ」
感慨深げに呟きます。
言葉の裏に、いろんな感情があるような気がします。
「冒険者の世界って、そんなにも殺伐しているのですか?」
「そうだね、決して簡単じゃあないよ。特に最初の三か月くらいは」
腕に覚えがあるなし関係なく。
始まりの三か月は冒険者にとっての最初の難関です。
死傷率が最も高いことは周知の事実。
挫折し、心折れ、故郷に引きこもる者、神殿の養護院に入る者。
経緯はどうあれ、二度と日の当たるところを歩けなくなってしまう冒険者はたくさんいます。
「ここで冒険者になって、嬉々として駆け出していく姿を見送るのが最初で最後になる……。そんな仕事にももうすっかり慣れてしまったけれど」
いつもの柔和な表情が陰ります。
彼女が最初に見せた曖昧な表情の意味が、ようやく分かった気がしました。
「あの時ね、正直不安だったんだよ。あのままついて行ってしまったらどうしようって」
三か月前、剣士の少年に冒険へ誘われた時のことを思い返します。
「出稼ぎにきて冒険者になった新米さんって、お金欲しさに来ているからね。誰彼に誘われるままパーティーを組んで、経験もないのに見栄張って、怪物退治を請け負おうとするものだから。ほんと、困りものだよ」
「随分と浮かない口調ですね?」
何がそれほどリオンさんを悩ませるのかと言えば、それは例の剣士の少年が何も間違っていなかったから、なんでしょうね。
「彼らのパーティーは、ちゃんとスライム退治を果たして無事に帰ってきたのでしょう?」
「うん。幸いなことに今回はね」
「棘のある言い方ですね」
「や。そういうつもりはないんだけれど……」
リオンさんは、口が滑ったと困り顔で軽く両手を振ります。
ただ、発言を撤回するほど後ろめたく思っていないようです。
新米にとって最初の三か月がいかに難関であろうとも、壁を乗り越える者は必ず現れる。
そして、彼らは口々に言うのです。大したことなかった、と。
己の失態を覆い隠し、無知をひけらかしながら、井の中の蛙の王様になったつもりで、英雄譚を語り聞かせ―――。
結果、無茶を勇敢と履き違えた愚か者が、見事に釣り上げられていくことになります
「時々というか、どうしても。ひと言もの申したくなってしまって。冒険者というのがどういう仕事なのか、本当に理解しているのかって」
深い吐息に混ぜて、やるせない想いを吐露し、ふっと表情を和らげます。
「だからかな。一介の受付嬢に過ぎない私の助言を聞いてくれた君は、とっても珍しいんだよ、アルルさん」
「てっきり疎ましく思われているかと。余計な仕事を増やしてしまって」
「うん、まあ、ねえ。なんでそんなことも知らないんだろうこの娘は、とか。よく仕事終わりに愚痴ってたり」
明るい笑顔でぶっちゃけます。
「けれど最近、君からの報告を聞くの楽しみになって来たんだよ。今日も無事に掃除終わりましたって。ふふ、当たり前な話なのに、変だね」
「はは……」
半笑いしか返せません。
果たしてこれは褒められているのか、貶されているのか。
「手癖の悪い悪戯娘が成長し、こうして輝かしい功績を上げる。……うん、アドバイザーとして鼻が高いよ」
「本当に、ですか?」
半信半疑です。
重ねて言いますが、私のやってきた依頼はすべて、街の美化作業でしかなく。
倒した怪物はスライムのみという有様。
今回の賞与は結局、掃除の依頼のみで食いつないできた奇特性によるおまけみたいなものでしょう。
「こんなんで私、本当に冒険者名乗っていて良いのかどうか」
「んー、さあ?」
受付嬢さんはくすり、と悪戯っぽく微笑みます。
「少なくとも私やこの街にとって、君は誰もやらない依頼をきちんと完遂してくれる、立派な冒険者だと思うよ?」
リオンさんはぺろりと親指を舐め、手元の書類を捲りながら、書き終えた報告書をまとめます。
余分な話が長くなりましたが、これで今回の掃除依頼は達成、と。
少し早いですが、公衆浴場にでも行こうかと思案します。
「それで、どう? 何も変わりはないかな?」
「変わったこと? 街を歩くと鼻をつままれるようになりました」
「悲しい話は止しましょう、どうにもならないんで……」
「ですよねえ」
真面目に考えます。
要するに、冒険者生活を通して気付いたことや思ったことがないかの聞き取り調査です。
これもギルド職員の仕事の一部で、定期的にこうした質問が来ます。
「そういえば、少し気になることが」
いつもは適当に済ませるものの、今回は頭の片隅に引っかかっていることがあります。
ついこの間、「おや?」と思い、今度聞いてみようと考えていて、結局忘れて先延ばしにしていた案件です。
「スライムの数が増えている?」
「あくまで主観ですけれど」
「ううん、とても大切なことだよ。聞かせて」
リオンさんの柔和な眼差しが、知的でクールなお仕事モードに切り替わります。
「ええと、ですね」
私は順を追って話し始めました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる