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4話 捕らわれの姫君
魔神王って……、つまりは何者?
しおりを挟むバサッとマントをはためかせれば、打ち合わせたような動きで椅子が運ばれてきて、青年はドカッと腰を下ろします。
高く振り上げた足を組み、頬杖を突き、愉悦を含んだ眼差しで私たちを無遠慮に観察します。
「例のトンネルから現れたとのことだが、一体どういうわけだ? 見れば大した武器もなく装備も乏しい。そんな軽装で我が城に潜り込むとは恐れ入る」
くつくつと邪悪に笑う青年を前にして、私は隣のリンネさんに言葉少なく訊ねます。
「もしかしてあれが?」
リンネさんは神妙に頷くと、辿り着いた真実を告げます。
「ええ。世界広しといえど、怪物を従えているような人物は二つとないでしょう。あれこそ魔神王の一人。よもや復活していたとは……」
「魔神王……」
口の中で繰り返しながら、おとぎ話の中でしか知らないその人物を改めて見つめます。
「人間にしか見えないんだけど?」
「ええ、今回はどうやら人間を宿主にしたようです」
「宿主?」
どういう意味かと首を傾げたところへ、「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らすのが聞こえてきます。
「随分と余裕だな、豪胆な奴らめ」
「……っ」
そんな言葉を投げかけられて、びくびくしながら姿勢を改めます。
ここは下手に出るしかありません。
「まさか、年端もいかぬ小娘二人でこの城を落としに来たわけではあるまい? 聞けば、王都から部隊が出立したようだが。察するに貴様ら、部隊に先立ち姫の安否を確認しに来た先兵か。どうなんだ、ん?」
問われるも、何のことやらさっぱりでした。
「えっと、話が見えないんだけど?」
リンネさんは「ふむ」と短い思考を挟み、
「どうやら、わたしたちのことを特殊な任務を受けてやって来た冒険者ではないかと勘繰っているようです」
「特殊任務というと、つまり?」
「魔神王の討伐。あるいは魔城の攻略です」
「んん……?」
現実味を帯びない話に小首を傾げた私は、リンネさんの真剣な横顔を見て、それからふんぞり返った魔神王のしたり顔を見つめます。
どうやら、嘘偽り茶番劇の可能性はなさそうです。
「魔神王って……、つまりは何者?」
うっかり呟いていた判然としない疑問に、魔神王自ら応えます。
「ふはは、面白いことを言う小娘だ。我が何者かなど、聞くまでもあるまい? 魔神王の名が示す通り、怪物どもの頂点に立つ者だ。異形の王にして、万物の最強の神!」
「――――を自称している者です」
リンネさんが小声で補足説明を加えます。
自称かい。
ご本人による明朗な演説ありがたいですが、その割に、何というか、やはり実感が沸きません。
目の前の青年は、少なくとも身体がゼリー状の溶解液でできていたり、牡牛の頭を持っていたりしません。
せいぜい頭部に角が生え、肌も変に浅黒い程度。
あとはまあ、刺青のような紋様が顔に彫られ、時折脈打つように赤熱しています。
「その時点でもはや普通と言えないのでは?」
「うん、その通りね」
先に見た怪物があまりにも衝撃的だったので、感覚が麻痺していたようです。
何より決定的なのが、青年から発せられる威圧感でした。
目と目を合わせただけで、猛獣と一緒の檻の中に閉じ込められているような気分でした。
先のミノタウロスと対峙した時とはまた別格のプレシャーに飲み込まれます。
「見た目はそうまで変わらないし、会話も通じているのに……」
そういえばリンネさん、先程宿主がどうとか言っていましたね。
「魔神王というのはこの世界における概念のひとつなのです」
「概念?」
「つまり、実体を持たない思念体。世に溢れる純然たる悪意が形を成したもの。それが魔神王の正体だと言われています」
「はあ、悪意ねえ……」
そんなものが一体どうして青年姿で、マントを羽織り、顔に刺青を入れてふんぞり返っているのでしょうか。
「実体がない故に、他者の身体を乗っ取り、定期的に復活を果たすことができるのです。前回の戦いは今から二百年前。その時彼の者は鬼の姿をしていたと記録されています」
「それって……」
怪訝に、私は眉根を潜めます。
「それじゃあ、そんな戦いが何度も繰り返してきたっていうの?」
「ええ、あなた様の良く知るおとぎ話にもあったでしょう? 周期的に現れる彼の者を打ち倒すための集まり、それが冒険者の始まりです」
確かに、どのような物語でも諸悪の根源である悪魔を勇者が打ち倒したところでハッピーエンド。
そしてまた次の冒険譚が幕を開け、そこでは同じように世に蔓延る絶対悪を宿敵と見据え、戦いを繰り返していました。
それが現実のこの世界でも行われていることを、リンネさんは教えてくれます。
……ちょっと待ってください。
ということは、何です?
この度魔神王を討伐に挑む栄誉を勝ち取った、勇敢な冒険者の役割は……。
「無理でしょ……」
うん、だって違うでしょ。
私もリンネさんも捕まってここまで連れて来られてきただけで。
魔神王の討伐に赴いたわけではなくて。
だからそんな英雄的役割など微塵も背負っているわけがないのです……っ。
「誰に言い訳しているのですか、アルル様?」
「私自身かな……?」
正直よく分からなくなるくらい、混乱の極みにありました。
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