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4話 捕らわれの姫君
えっと、非常食?
しおりを挟む探索のための装備なし、休憩のための荷物なし。
身一つで鬱蒼とした森を進みます。
盗賊として生きていた頃に、森の歩き方はひと通り習得済み。
故によく分かっています。
人の手が入っていない自然のままの森というのは大層歩きにくく、迷いやすい。
手ぶらで気楽にお散歩できるような場所ではありません。
小川を見つけられたのは僥倖でした。
穏やかな川のせせらぎを右手に、慎重に歩を進めます。
聞こえてくるのは、水音ばかりではないのです。
―――ガサッ。
「……っ」
ビクリと身体の動きを止め、物音が聞こえた茂みを凝視すること数秒。
何も出て来ないのを確認して、ゆっくりと行軍を再開させます。
手元に武器はありません。
身を守る術もなしに深い森を進もうなど、狂気の沙汰です。
正直、生きた心地がしません。
木々の間をすり抜けてくる怪鳥の鳴き声。
獣の唸り。
怪物たちの「あれ、人間じゃね? 迷子? どうする? 喰う?」などという不穏なやり取りを幻聴しながら、森の中をさ迷い歩くことしばし。
「待ちなさい、そこで止まって」
突然大樹の陰から現れたのは、露出成分の多いビキニアーマーの女性。
派手です。
良くこんな格好で森の中を動き回れますね、この人。
どうやら既に捕捉されていたらしく、出会い頭に短剣を突き付けられ、私は大人しく両手を上げます。
「怪しい者では」
そう言い訳を口にする間に、お仲間登場。
屈強な体躯を持つ大男と、ローブを身に纏う初老の男性。
双方同様に小さな驚きを露わにしつつ、多大な不信と敵意を向けてきます。
何なのでしょうか、藪から棒に。
私はただ、魔神王が支配する森で迷子になっていただけだというのに。
「それってとんでもなく異常よね?」
「……言われてみればそうかも」
ビキニの女性は眉間の皺を深め、苛立ち気味に問い質してきます。
「もう一度聞くけど、あんた何者? 目的は何?」
大男が口を挟みます。
「捕虜が逃げ出した風ではないな。魔神王の手の者か? ここで始末しておくか?」
ローブの初老がにやにやと笑います。
「いやいや。捕らえて内部情報を吐かせるのがよかろう。小娘の頭の中身くらい、どうとでも覗けるわい」
不穏な言葉を交わし合い、三者三様油断なく私を取り囲みます。
なんて物騒な会話の流れでしょうか。
魔城に居た時と大差ない、どころか悪化していません?
いくら怪しいと言っても、か弱い娘をやり玉に挙げて、何なのでしょうね、この方々。
無駄に血の気が多いというか、変にピリピリしているというか。
これから始まる一世一代の大勝負を前に、緊張の色を隠せない感じ。
余裕のない表情から心の焦りが伝わってきます。
「おい、さっさと答えろ! さもないと!」
大男が痺れを切らします。
とりあえず、このままだと魔女裁判の魔女扱いなので弁明を。
「あの。私も冒険者です。魔神王でも怪物でも、あなた方の敵でもありません」
「冒険者?」
首元に下げていた認識票を良く見える位置に。
「見習いですが」
「……じゃあそのスライムは何だ?」
大男が私の肩に乗った小さなスライムを目敏く咎めます。
さて、何と答えたものでしょう。
友達でもないし、知り合いといっても会ったばかりだし。
「えっと、非常食?」
「「「は?」」」
首を傾げるお三方の動きが綺麗にシンクロしました。
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