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5話 王都、陥落
王都グランセル
しおりを挟む王都グランセルへの帰還は恐ろしく楽でした。
道程と呼ぶには物足りない二時間ぽっちの旅を終え、私たちはそびえ立つ堅牢な城門の前に立っていました。
目的であった魔城攻略は叶わずとも、連れ去られたお姫様を見事救い出し、無事帰還を果たした勇者ご一行。
英雄の凱旋は瞬く間に広がり、街中を熱狂の渦へと湧き立てます。
即席に出来上がったお祭りムード。
わらわらと集まって来た観衆の相手を勇者ご一行に押し付け、私とリンネさんは初老の魔術師に借りたローブで身を隠し、城門で用意してもらった馬車の幌に飛び込みます。
馬車は人目を避けつつ、警護兵に護られながら中央区に建つ王城へ。
辿り着くなり、私たちはお姫様の部屋へと逃げ込みました。
「どうしてここがお姫様の部屋だって知ってるの?」
「わたしも一時期、姫君奪還に関わっていましたから。王城の中はひと通り分かります」
「それは頼もしい」
お姫様帰還の知らせを受け、王と王妃が公務を放り出して城へと帰ってくる頃には、すっかり籠城の準備は整っていました。
大きなドアの前には椅子や机でバリケードを作り、徹底抗戦の構えを見せます。
それでもドアは喧しく叩かれ続けました。
仕方なしにリンネさんはローブを纏い、ベールで隠した顔だけ覗かせて応対します。
「今夜ひと晩だけで構いません。どうか一人にしてください」
「しかしエリーゼ、我が娘よ。せっかくお前を取り戻すことができたというのに……。ああ、抱きしめることすら許してはくれないのかい? せめて顔だけでも見せておくれ」
わずかに開かれたドアの隙間で交わされるのは、先程からずっと同じようなやり取り。
同じような押し問答。
顔を見せろ、
話を聞かせろ。
そう迫る両親に、今はそっとしておいて欲しいと懇請するリンネさん。
そりゃあまあ、見せられませんよそんなもん。
部屋の中でくつろいでいるのは、どこぞの神官と見習いの小娘。
本物のお姫様は未だ魔城に取り残されているわけで。
……主に私たちのせいで。
姫と偽ったことがばれようものなら、即刻牢屋に叩き込まれ、場合によっては打ち首です。
「お許しください。どうか、どうか」
「可愛い私のエリーゼ。長く離れていたせいか、お前の声が違うものに聞こえてしまうのだ……」
「恥も弁えず、助けを乞うて泣き叫んだのです。これは当然の報い……」
「ああっ、なんて痛ましい……。傷心のお前に何もしてやれることはないのか? そうだ、ロキも来ている。お前に謝りたいと。助けに行けなかったことを心から悔いているんだ……。どうかひと目会ってやってくれないか?」
「明日には必ず皆の前に出られるよう、心構えを作ります。お父様、お母様。それから彼にもお伝えください。……どうか、驚かないで。わたしがどれだけ変わり果てていようとも、どうか……」
「ああ、エリーゼ……、待っておくれ、エリーゼ……っ」
「おやすみなさい」
パタン、という無慈悲な音とともにドアは固く閉ざされます。
廊下から差し込んでいた明かりがなくなり、室内は銀色の月明かりに満たされます。
大きな部屋にふさわしい大きな窓。
降り注ぐ光量も仄かで淡く、神秘的でした。
私もお姫様に生まれていれば、こんな気持ちで静かな夜を過ごしていたのでしょうか。
「まったく、しつこい輩です」
リンネさんはローブを剥ぐと無造作に床へ放り、そのまま大きなベッドに倒れ込みました。
何かいろいろと台無しでした。
「お疲れ」
清潔なシーツをかけてやり、愚痴を零すリンネさんを労います。
「誰彼構わず顔を見せろ、声を聞かせろと……。こちらは囚われの身だったのです、少しは遠慮していただきたい」
「言っても、私たちは二週間程度でしょうに」
うんざりするリンネさんに苦笑を返します。
「お姫様って、確か突然連れ去られたんでしょう?」
「ええ。婚約の挨拶周りの道中を狙われたそうです。取り乱した国王は国中の冒険者を掻き集め、国外にも御触れを出し、姫君の救出を厳命していたようです」
「それだけ大ごとだったってことか……」
ついさっきまで、その渦中にいたとは信じられません。
「魔城の破壊すら厭わないとの発言もあったようで、完全に乱心なさっていたのでしょう」
魔城の持つ役割を思えば、そういう感想にもなります。
「リンネさん、そんな大規模なクエストに加わっていたんだ。さすが、第二級」
「そうみたいです」
「もうちょっと興味持ちなさい……」
寝返りを打つ彼女の頭に、大きなふかふか枕を落としてやります。
「だったらなおさらじゃない。ようやく帰って来た愛娘にひと目会いたいっていう気持ち、分からなくないけれど?」
「王と王妃はそれで構わないでしょう。しつこいのは婚約者のロキです」
「ロキ?」
はて。どこかで聞いた名前です。
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