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5話 王都、陥落
なんていうか、
しおりを挟む「ずっと神に祈っていただとか、心配のあまり夜も眠れなかったとか。誠実に待ち続けていたんだというアピールがすごくて。女神様に祈りを捧げるのは人として当然の義務でしょうに。まったく」
つまらなそうに唇を尖らせるリンネさんですが、私の方は若干頭が混乱していました。
「あれ? 助けに来てくれた鎧の勇者って、そのロキって婚約者なんじゃ?」
「いいえ。鎧の彼は雇われた冒険者の中の一人だそうです。ロキとは古い付き合いがあり、遠方からわざわざ足を運んだのだとか」
「あらら?」
要するに、私の早とちり。
助けに来てくれたのは、お姫様が待ち焦がれていた最強の婚約者ではなかったのです。
リンネさんをお姫様と勘違いしたのは、どうにもそういうことだったようで。
鎧の彼は王都に住んだことがなく、お姫様を知らなかったのです。
「彼が本物の勇者でないのなら、あの場の不手際にも頷けます。冒険者として実力はあれど、民から支持される英雄の器を持ち合わせていないのです」
リンネさんは呆れ交じりに「まあ、もっとも」と続けます。
「勇者ロキ。彼は彼で弟を亡くしたショックのあまりここしばらく寝込み、姫君救出作戦から離脱していたようなので。似たり寄ったりかと」
「ええ……、勇者ってそういうものだっけ……?」
困惑します。
どんな逆境にも抗い、囚われのお姫様を助け出す、誰もが憧れた英雄譚はいずこに?
と、ようやく思い出しました。
「ああっ、勇者ロキ! クランさんのお兄さんだ!」
「誰です?」
「あれです! 地下水道でぺしゃんこにされた剣士の」
「……ああ、彼ですか」
リンネさんも繋がったようです。
つまり、無残にも怪物に殺された弟の死を嘆き悲しむあまり、勇者ロキはお姫様を放ったらかしにして床に臥せていた、と。
「それは……責められないかも」
不幸にあったのが知り合いと分かると、途端に情が沸いてくるから不思議です。
「何者と呼ばれようと、所詮人間ということです。魔神王と同じく、自分を特別な存在だと勘違いした愚か者。いずれにせよ、神から見放された者が大成できるはずありません」
リンネさんは相変わらずバッサリでした。
「また身も蓋もないことを……」
〝勇者〟は最強の冒険者ただ一人に授けられる称号。
彼が有するであろう超人的な能力その全ては、極限の状況を己に強いて来た修練の賜物。
それだけ自分を追い込み続け、限界を超克し続けてきた証でもあります。
正直、頭が下がる想いです。
一度や二度の失敗は大目に見てあげて欲しい。
そう思います。
「そうは言いますが、アルル様。大事において不遇に見舞われる者を、果たして勇者と呼び、頼れるものでしょうか」
「んー、まあ有事の際に居なくなられたら困るけど」
「身の程を知れ、と天から見放されたとしか思えません。そういう運命だったのです。あの淫乱姫君とセットで大層お似合いです」
あまりの言い草に、苦笑いを深めながらも反論します。
「私たちがいなければお姫様助かったかも知れないのに」
「だからこそ余計に彼女には運がなかったとしか。きっと、女神様への信仰心が足りなかったのでしょう」
リンネさんにかかれば、おおよその物事はそれで片づけられてしまうようです。
呆れる私の空気を感じ取ったのか、
「これは言い訳と捉えて欲しくはありませんが」
と前置きし、リンネさんは続けます。
「あんなもの連れ帰っても、後の扱いに困るだけです。魔神王の子を孕んでいると分かった以上、ただでは済みません。普通ならその場で殺されるでしょう。運が良くても投獄。悪ければ魔神王への見せしめとして公開処刑です」
「え、そんなことになるの?」
「国王と王妃が必死なのもそのためです。姫君の様子をその目で確かめ、魔神王との繋がりがないという確証が欲しい。全ては保身のために。王族から魔なる子を生み出したとなれば、権威の失墜は免れません」
「ふうん、そんなことになっちゃうんだ……」
お姫様に生まれなくて良かったと素直に思いました。
だからといって、盗賊の娘も嫌です。
人は生まれを選べないということを、嫌というほど痛感します。
体勢を仰向けに変えて天井を見上げたリンネさんは、投げやり気味に結論を結びます。
「何にせよ、調教された雌は厄介です。虐めてくれる魔神王のところに居た方がある意味幸せを感じられるでしょう」
なんかいろいろと、神官の言葉とは思えませんでした。
天罰降さなくていいの、女神様?
「まあ、見捨てて来たのは私も同じだから、あんまりとやかく言えないけど」
「おや、随分と残忍で非道な所業です。さすがアルル様」
「余裕がなくて。我が身一つで精一杯だもの」
「その割に可愛いおまけをくっつけてきましたね?」
「ああ、うん。助けてもらったお礼にね」
からかうように片目だけ開け、笑みを浮かべるリンネさん。
彼女の視線の先にいた小さな青スライムの身体をそっと撫でてやります。
名前はスララにしました。
枕元で潰れたように伸びていたスララは、気持ち良さそうに身を震わせます。
スライムってこんな風に眠るんですね。
「この子は食べたら駄目よ?」
「お望みとあらば」
他愛のない会話はそれくらいにして、明日のために眠ることにします。
「明日、姫の帰還を祝って祭りごとが催されます」
「お祭り? え、どうして分かるの?」
「聞こえるでしょう、これ」
「……ああ」
耳を澄ませば聞こえてきます、祭囃子に沸く人々の声が。
これは夜通し騒ぐでしょう。
夜が明けても騒ぎは続きそうです。
「必然、街は酔いの回った人々で溢れ、身を隠しながら抜け出すのに最適な状況が出来上がります」
「でもそんなに上手く行く?」
半信半疑です。
助けてくれた鎧の騎士はお姫様のことを知らなかったので、何とかなりましたけど。
私はともかく、リンネさんはつい最近まで王都に滞在していたわけですし。
何より、冒険者の間ではある意味有名な”捕食者を喰らう者”。
正体を隠し通せるでしょうか。
堅牢な石壁を破壊して、そこから高々と跳躍するような人種を相手に、易々と逃げ遂せられるとは思えません。
「妙案がおありで?」
「もう一つ別の脱出ルートは頭にあります。が、いずれにせよ、どこまで通用するかは女神のみぞ知るところでしょう」
実に不安要素の多い作戦です。
リンネさんといるとそんなことばかりで……。
なんていうか、飽きませんねえ。
「故に、明日は迅速かつ的確な行動が必要になってきます。心構えはよろしいですか?」
「いつでも」
覚悟を問う瞳に頷きを返し、私は大きく伸びをして、そのままベッドに倒れ込みます。
キングサイズのベッドを二人占め。
これ以上ないくらいの贅沢です。
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