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プロローグ
おやすみなさい
しおりを挟む「…………」
まあ、今思い出してみても、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい話でした。
エレベータの中、大きな鏡が真っ赤な顔をにやにやと歪めるわたしを映し出します。……五階に着くまで他の人が乗ってこなくて本当に良かった。
自宅の扉を開き、玄関へ入ってから薄暗い室内に向けて、小さく、
「ただいま」
返事はありません。
ママはパパの単身赴任について行ってしまいました。わたしが中学へ上がる年の春のことです。
それから早三年。もう三回も赴任期間が延長になっていました。
寂しくないといえば嘘になります。もういい加減慣れたというのも嘘です。
ひとりの夜はとても寂しい。わたしの言葉に応えてくれる人がいないこの家には、正直あまり長くいたくありません。
こんなことに慣れるだなんて、とても無理な話です。
だからこそゆかりさんが心配であり、それでも平然と、自由気ままに生活する彼女を強い人だと感じるのです。
もちろん、敷地から出ることができない今となっては、そうするしかないのでしょうけれど。
両親がいつこちらへ帰って来るのか分かりません。本当に帰って来るかどうか怪しいものです。
このまま向こうで生活し続けて、いずれわたしも呼ばれるのかもしれません。ゆかりさんと気軽に会えなくなる日が来るかもしれません。
目下、最大の懸念事項です。
リビングを通って台所に入り、蛇口をひねって冷たい水を一杯。
電気もつけることなく、くるりと踵を返して自室へ向かいます。
ご飯もお風呂も、全てゆかりさんのお家で済ませてきました。心のケアについても、ゆかりさんと話せたことで、彼女の笑顔をたくさん見られたことで、大変満足しています。
ゆかりさんの手料理がどうしてあんなにも魅力的なのか、わたしは何となく思い至りました。きっと、家庭の味なのです。
長らく母親と離れて暮らすわたしにとって、あまり料理が得意ではないわたしにとって、ゆかりさんの手料理はきっと母の味。
どこまでも優しくて包み込んでくれそうな、温かい味でした。
その温かさがまだ口の中に残っているうちに今日は寝てしまおうと、わたしはさっさと寝間着に着替えてベッドに入ります。
時刻は十九時前。高校生にしては早すぎる時間ですが、両親の不在で生活が不規則気味になっているわたしにはあまり関係ありません。
自分の体温で徐々に温まるお布団に包ってぬくぬくまどろんでいれば、自然と寝入っているものです。
明日は土曜日。休日です。
朝早く起きて宿題を片づけて、それからゆかりさんのお家へ行く日です。
「ふう」
一日の疲れを吐き出すように長く息をつきます。お布団に入るとしてしまう、わたしの癖です。
柔らかな抱き枕を引き寄せて顔を埋めます。
明日はゆかりさんとどんな話をしようか。
そんなことを考えて、ふと彼女がこうしている今も一緒にいてくれたらどんなにいいだろう、と思います。
無性にゆかりさんの笑顔を見たくなります。甘えたくなります。
いっそ、わたしに憑りついてくれたらいいのに……。
本当は良くないことだけれど、でもこの時間くらいは。
ひとりが寂しい時くらいは。
自分の気持ちに素直になって、心の中にゆかりさんを思い浮かべるくらいしてもいいんじゃないかと、そんな風に思ってしまうのでした。
柔らかい布地に頬を押し当てて、
「おやすみなさい」
そこに居ない人へ呼びかけて、わたしは静かに目を閉じました。
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