ゆかりさんとわたし

謎の人

文字の大きさ
13 / 79
プロローグ

出だしはいつも決まって

しおりを挟む
 
 
「おじゃましまーす……」


 小声で形ばかりの挨拶をします。まだ朝早いので、おそらくゆかりさんは眠っているはずです。
 休日はわたしが朝から来ることを知っているので、たぶん昨夜は夜更かしせずに寝たはず。
 いえ、わかりません。夕方まで寝ていたのだからやはり明け方近くまで起きていて、先ほど眠りについたという可能性も。


「寝顔が見られるかも……」


 ふとした思い付きに、わたしはにやっとした笑みを作って、抜き足差し足で廊下を進み、居間に向かいます。
 雨戸が閉められた縁側から向かいの襖を開き、するりと中へ。
 薄暗い室内には光が直接差し込む場所がなく、程よい暗さを保っているので、素早く襖を閉めます。
 畳が敷かれた部屋のほぼ中央位置。敷かれた布団に人ひとり分の膨らみが見て取れます。

 すすす、とすり足で近寄って、枕の脇へ腰を下ろして覗き込むと、


「…………」


 すー、すー、と規則正しい息づかいをする、透き通るような寝顔がそこにありました。

 薄暗いとはいえもう陽が昇っているので、彼女の顔を堪能するのには何の障害もありません。
 ただ残念な点がひとつ。ゆかりさんは既に目覚めていました。
 もしかしたら寝ていないのかもしれませんが、とにかく。今は眠っているふりをしているだけです。
 ゆかりさんはあまり睡眠を必要としておらず、時々こうしてからかわれるので見分けがつくようになりました。
 眠っている時のゆかりさんと、寝たふりをしている時のゆかりさんのわずかな表情の違いに。

 わたしを驚かせようと、楽しませようとしてくれる彼女の健気な姿が、なんとも可愛らしくて。


「ふふ……」


 思わず笑みが漏れます。

 それを合図にしたようにゆかりさんの息づかいが乱れ、細かく途切れ途切れに息を吐き出しながら身体を震わせ始めます。
 毛布をずり上げて口元を隠します。彼女はなかなか笑い上戸です。
 こうなってしまっては、いたずらも何もあったものではありません。


「おはよう、ゆかりさん」


 呼び掛けに、パチリと目を開き、隠していた口元の微笑みを見せてくれます。
 ちょいちょいと手招きして、


「ん? なあに?」


 わたしが訊ねると、左手の指で右手の掌を指すジェスチャー。それで伝わります。


「どうぞ」


 わたしの右手をゆかりさんの顔の前に差し出すと、ゆかりさんは左手を手の甲に添えて、右手の人差し指をペンに見立てて、手のひらに言葉を書きます。


〝おはよう〟


 少しこそばゆいですが、これはこれで。
 さすがに布団の中にいただけあってゆかりさんの手はしっかりと温かく、わたしは知らずのうちにほっとします。
 幽霊も体温があるんだ、などとひとりで勝手にのんびりしていると、ゆかりさんがさらに指を動かして、


〝みぃちゃんは、きょうもかわいいわね〟
「んん? えっと……、ゆかりさんと会うからおめかししてきたの、特別よ?」


 冗談めかしにそう返すと、ゆかりさんはまたにこやかに微笑んで。
 わたしも楽しくて、自然と笑顔になれて。
 こんな時間が永遠に続くことを願わずにはいられませんでした。


〝きょうはどうする?〟


 きちんとクエスチョンマークまでつけて訊ねられ、わたしは遠くへ行きかけた意識を引き戻します。


「ああ、えっと。どうしようか……」


 天井を仰いで考えます。いつものことです。
 わたしは特別何かしたくて来ているわけではなくて、強いて言うのならゆかりさんに会いたくて来ているので、目的は達成されました。
 かと言って、このままじゃあね、と帰るだなんてとんでもないことです。そんなもったいないことは、わたしにはできません。

 だから、わたしはいつも話題を用意してきます。
 お休みの日を長く二人で楽しめるように。
 不思議だったり、
 嬉しかったり、
 楽しかったり、
 不気味だったり、
 怖かったり、
 良く分からなかったりする、
 そんなお話を。

 ゆかりさんは、わたしのお話を楽しみにしてくれています。
 決して自惚れなどではなくて、彼女の柔らかい笑顔からそういう気持ちが伝わるのです。
 ゆかりさんが喜んでくれるのなら。退屈せずに済むのなら。わたしと遊んでくれるきっかけとしてくれているのなら。
 わたしはどれほど苦労してでも、お話を運んでくることでしょう。
 動けない彼女の目となり耳となり、彼女のもとへお話を届けることでしょう。


「ゆかりさん、あのね」


 出だしはいつも決まっていました。


「こんなことがあったんだけど―――」


  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...