77 / 79
エピローグ
プロポーズ?
しおりを挟むそんなわたしの目の前で、ゆかりさんは一度大きく目を見開いて、それからゆっくりと細めて。
愛おしそうな眼差しでわたしを見つめて、ひと言。
「プロポーズ?」
きれいな澄んだ声で、そう問いかけてきました。
わたしが手を握っているせいもありますが、それだけではありません。
ゆかりさんは以前話してくれました。大切なことは声に出して伝えたいのだと。
蕩けそうなほど嬉しそうな笑みが、ゆかりさんの顔中に広がっていくのが分かります。
一方のわたしはようやく慌てだして、否定の言葉を口にしようとして、
「ち、ちが―――く、ない……」
どうにかそれを飲み込みます。
ゆかりさんの瞳を見つめて、しっかりと気持ちを言葉にします。
「どういう風に思われても構わない……。わたしはゆかりさんと一緒に居たい。ただそれだけ……。そのためにプロポーズが必要だって言うんなら、わたしは何度だってプロポーズするよ」
ゆかりさんはくすくすと楽しそうにひとつ笑って、ゆっくりと首を横に振ります。
「一回でいいわ。一回でみぃちゃんの気持ちが全部伝わったもの。とっても嬉しい」
「そう? 本当に?」
「ええ」
「そっか……。良かった」
おかしなことを言ってしまって嫌われたらどうしようかと思っていたわたしは、長く深く安堵のため息をついて、
「でも、それって今とどう違うのかしら」
続くゆかりさんの声に、またドキリとします。
「え……。ええと?」
ゆかりさんは開いている左手でわたしの手を包み込んで、優しく離して、代わりにスケッチブックとペンを手に取ります。
白い紙面に黒いペンで書いた言葉をわたしに見せます。
〝今でもあなたは十分私のために時間を使ってくれている。みぃちゃんは十分私のことを気遣ってくれている。目覚めない私を待っていて欲しいだなんて、最大級の我がまま押し付けているの。私はこれ以上、あなたに何かを望むわけにはいかないわ〟
それからスケッチブックの裏面をひっくり返して見せて、
〝私の我がままを、これ以上あなたに背負わせたくない〟
そこにはそんな言葉が書かれていて、とても寂しい言葉が書かれていて、
「そんなことない!」
わたしはショックで、思わず強い調子の声を出してしまいました。
そして一気にトーンダウンします。
涙交じりの声が、隠しておきたい気持ちが、わたしの口から漏れます。
「そんなこと、ない。だって、これは全部自分のため……。わたし、ひとりでいるのが寂しくて、嫌で、堪らなくて。ゆかりさんとずっと一緒に居たくて……。もしゆかりさんも寂しいのなら、わたしと一緒に居てくれないかって……。そんな風に思っただけで……」
そう、全てはわたしの我がままで、甘えで……。
結局、立場が逆でした。
本当なら、健康なわたしが病弱な彼女の我がままをたくさん聞いてあげなくちゃいけないのに……。
わたしは情けないわたしが嫌いで、そんなわたしを好きだと言ってくれるゆかりさんに申し訳なくて……。
卑屈な気持ちで胸がいっぱいでした。
そういうのを全部吐き出して、楽になりたかっただけなのかもしれません。
わたしはぽつぽつと口を開きます。
「だから、我がままなのはわたしの方……。本当にごめんなさ―――」
心から謝ろうとして、けれど最後まで言う前にゆかりさんがわたしを引き寄せて、優しく包み込みました。
「え……?」
突然のことに驚いていると、耳元できれいな声が囁きます。
「謝らないで、みぃちゃん。それは私の言葉だから。私が言わなくちゃいけないことだから」
「ゆかりさん?」
わたしは訳が分からず、ただ彼女のことを呼びます。
ゆかりさんの胸に顔を埋めて、声がくぐもります。
ゆかりさんは、つらいのにも構わず言葉に声を乗せてわたしに伝えてきます。
きっとそれがとても大切なことだから。
「ごめんなさい。よく考えもせず、あなたの好意を無下にしようとして。これ以上迷惑をかけたくないだなんて、それが一番の我がままだったわ……」
「そんな……。そんなことが我がままだなんて……」
到底そうは思えません。
生まれてからずっと不自由に囚われているのだから、もっとずっと好き勝手言ってもいいのに。
それくらいの権利はあるはずなのに。
反論しようとするわたしを、ゆかりさんはさらにぎゅっとすることで黙らせます。
「みぃちゃんがあまりにも私を普通に扱ってくれるから、忘れてしまうところだったわ。私がどれほど恵まれているのか。あなたがどれほど、私を幸せな気持ちにさせてくれるのか……」
「ゆかりさん……」
「私、みぃちゃんのことが大好きよ」
「うん、わたしも……」
何故か、その言葉には自然と素直に返事をすることができました。
ゆかりさんが大切にしている気持ちに、言葉に、わたしも素直な気持ちを返すことができて本当に良かったと、そう思いました。
それからしばらくの間、わたしたちは抱き合ったまま時間を過ごしました。
ひんやりとした感触の奥にゆかりさんのぬくもりを頬に感じて……。
とても心地の良い時間でした。
うつらうつら微睡んでいたわたしの背中で、ゆかりさんの指がなめらかに動きます。
何か言葉を伝えようとしたその動きが、途中で止まってしまいます。
目だけを上げると、ゆかりさんは静かにわたしを見つめていました。
そして、
「もし、一緒に暮らしたら……。今とどう違うのかしら」
先程の質問を繰り返しました。
「私は今も有り余るくらいの幸せをみぃちゃんから貰っているのに……。もっと長い時間を一緒に過ごすようになったら、どうなるのかしら……」
鈴を転がすような澄んだ声がわたしの耳をくすぐります。
その心地の良さに少し身動ぎしつつ、わたしは考えて、それから言葉にします。
「そうね、単純に一緒にいる時間が増えると思う。幸せな気持ちでいられる時間が、長くなると思う。だって、一日ずっと一緒に居られるんだから」
ゆかりさんは、ふふ、とおかしそうにはにかんで、
「おはようからおやすみまで?」
わたしも笑顔で答えます。
「おやすみの後もずっと。だからもう寂しくなくなるの。お互い」
溢れる感情を噛みしめるかのようにゆかりさんは瞳を閉じて、薄く開いて、ゆっくりと気持ちをわたしに伝えてくれます。
「ああ、それは……。とっても素敵なことね、みぃちゃん」
「うん、そうだね。ゆかりさん」
答えて、わたしは静かに目を閉じました。きっとゆかりさんも。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる