悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 音月

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9、左手の指輪の話。

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ボーッと船の上から海を眺める生活。
こんなにボーッと生きてたら体が鈍っちゃう。
ずっと制服着てるわけにもいかないし、何か着替えをよこせと訴えたら、ハヴィもなんか格好がバカンス仕様に。
一回着てしまうと何だか楽で動きやすい。なので気に入ってしまい格好に何ら抵抗もなくなった。
順応性とは恐ろしい物である。

服装はとりあえず置いといて、ずっと船の上にいるというのはとても暇であった。
見渡すばかりは海。ほとんと景色に変化はない。
たまに飛んでくる白い鳥は、我々の食糧を狙ってくる敵になった。
鳥と戦うにも限度があり、1日のほとんどが暇なのである。

あーあ、どっかから海賊でも来てくれないかな。
今日の体調なら30海賊ぐらいならいい運動になりそうなんだけどなんて、不吉なことを考えていた。

「30海賊は何の単位だよ。」

「え?俺今口に出してた?」

「めちゃくちゃ出してた。」

アンセルはそういうと、憐れむような嘘くさい笑顔をハヴィに向けた。
そんなアンセルにハヴィはベーッと舌を出した。

誘拐されて、早1週間がたった。
ハヴィは甲板で、今日も海を眺めながら筋トレをしていた。

そろそろ俺の誘拐に関して誰かが動いている頃かな。
うちの親……は、動くわけないか。
オルト……は、今頃ハヴィいないけどまぁいいや知らねって羽伸ばしてそうだし。
騎士団……は、みんな元気かな俺が出した宿題の訓練ちゃんとやってるかなやってなきゃ許さんけど。
シセル団長も心配してるんじゃなかろうか。
てか俺、無断欠勤とかなっててクビになってないかな?なんて事を百面相しながら、筋トレそっちのけで考え込んでいた。
自分の置かれている立場に気が付いたのか、ヒョエっと悲鳴をあげて自分の頬を両手で持ち上げている。ハヴィはヤバイヤバイと呟くと勢いよく立ち上がった。

「こんなところで油を売ってる場合じゃない。」

ボソリと呟く言葉に、書類を読んでいたアンセルがハヴィを見つめた。
視線に気がつきハヴィもアンセルの方を見つめる。
あの変なサングラスは飽きたのかもうかけてはいないのだが、今度は大きめの麦わら帽子を気に入っている様子。
何だかバカンスに来たマダムみたいだなと思ったけど、言わないでおこう。

「……早く帰らなきゃ。」

言葉を言い換えて、ハヴィは呟いた。

「帰れないよ、まだ。」

ハヴィの言葉に間を入れず答えるアンセル。

「は!?」

アンセルは書類を置いて立ち上がると、ゆっくりとハヴィの前に歩いてきた。
そして自分の頭に被っていた麦わら帽子を、ハヴィにグイッと目深に被せる。
なので全く表情というか、むしろ前さえ見えないが、ハヴィは抵抗もせず被ったままアンセルがいる方を見上げた。

「帰れないって、もう1週間だぞ?もうそろそろ家出も終わりだろ。」

「……家出じゃないでしょ。私は追放されたんだよ?そしてキミはそんな私の私物。」

「いや私物じゃないって何度も」

「……約束破る気?」

被せた帽子の網目から、うっすらとアンセルの視線を感じる。
『約束』と言われたら何も言えない、だってハヴィは一応、騎士なのだから。

騎士たるもの、正々堂々信念を貫く。
信念とは己を偽らないこと。

だけどこんなの約束とは違う気がする、と。
帽子ごとガシガシと頭を乱暴に掻きむしっていると、ふと指の何かに引っかかって帽子が落ちた。
やっとひらけた視界だが、目の前にいたはずのアンセルが見えない。
でもまず先にさっきの引っ掛かりが気になり、自分の左手を視線まで上げた。
え、なんだろうと自分の手をマジマジと見ると。

「あ!!!」

自分の左手に見覚えのある金色の指輪。

「あああ、しまった……これ借りたままだった。」

「……ハヴィ?」

気がつくと、背後に立っているアンセルに左手を取られる。
「あっ」と叫ぶまもないぐらい、みるみるアンエルの綺麗な顔がサッと冷えていくのがわかる。

「え、あの、アンセル、さん?」

ハヴィの左手をぎゅっと掴んだまま、アンセルはフルフルと震え始めた。

「……ハヴィ?キミは私のものなのに、コレ……どういうことか言い訳できる?」

アンセルに指輪ごとぎゅっと握られた自分の左手。
痛い痛いそんな力いっぱい握りしめたら血が止まる!
というか指に金属込みで握られるのガチで痛いって!!

痛みに耐えながら、目にいっぱい涙を溜めて抵抗するも聞き入れてもらえず。
アンセルに声が届くまで、ハヴィの左手は握られっぱなしだった。


・・・

「言い訳も何も、これ俺のじゃないから。」

「んん?」

じゃあ誰のだ。
誰が誰に送った誰宛の指輪をハヴィが何故つけているのだと。
淡々と、尚且つ早口でアンセルに責められどうしようもなくなり、場所を変えて話そうとアンセルの部屋へと戻った。
アンセルの部屋というか、まぁ、二人が使っている部屋。
この船で一番広い部屋らしいのだが、ベッドは大きなのが一つ。
大人が二人で寝ても、余裕のある大きさだ。

子供の頃はよく一緒に寝ていたので抵抗はないが、大人になったら中々気まずいものがあるなと思っているのだが、今は誘拐され中なので仕方ない、と思い直す。
最初は床で寝ると抵抗していたのだが、アンセルが離れることを許してくれないのだ。

部屋に戻っても『一体誰のもので誰が誰でどれなのか』と煩いので、とりあえずハグで落ち着かせる。
よーしよし、落ち着け落ち着くんだ。
大きな犬でもあやすように背中を撫で、頭を撫でる。
しばらく撫でるとアンセルのお口はきゅっと黙った。

「じゃあ説明するけど、お利口に聞けよ?」

納得できてない顔で目を細めているが、無言で頷くアンセル。
そんなアンセルにハヴィはホッと胸を撫で下ろし、指輪の謎を話し始めるのだった。
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