はやゆうの話

皇 晴樹

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嫉妬(菊地 隼人の場合)

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「隼くん、いい感じ!」

鳴り響くシャッター音。
フラッシュの光。
大人たちの様々な声。

俺は今、片岡咲希こと姉の菊地愛美に頼まれて、とある雑誌のモデルをしている。
本当はこんなことしたくない。
でも、弟の琉夏と……
なんといっても幼馴染で恋人の大和田優那に頼まれたからには、断るわけにはいかなかった。


「お疲れさま~。隼くん、超かっこよかったよ!!」
「まな姉…もうこんな仕事受けないでくれ…」
「えー? すっごくよかったのに! ね? ゆーなもそう思うでしょ?」
「うん! キラキラしてたよ、隼人。さすが王子様だね」
「優那。充電」
「はいはい」

優那を抱きしめて疲れを癒す。
こうしないとやってられない。

「隼人くん。次回の特集も…」
「無理です」
「そこをなんとか…!」
「嫌です」

モデルなんて、もうやりたくない。


しばらくして、モデルをした雑誌が発売された。

学校に行くと、普段話さない人たちも俺に声をかけてきて、俺の席の周りにたくさんの人が集まった。

「隼人、すげーな」
「菊地くん、超かっこいい!」
「副会長! またモデルのお仕事するんですか?」
「…みんなありがとう。まだわからないけど、機会があれば、またやりたいかな」

うん、完璧。
ニコニコ笑ってれば、それでいい。


突然、背後からガタッと音がした。

彼と目が合う……けど、すぐに逸らされた。

「優那!」

そのまま無言で出て行った。


俺の平穏な日常を、

優那との時間を、

返してくれ!

叫びたいのに、叫べない。

俺はお得意の仮面を貼り付けて、みんなの声を聞いていた。


放課後

「優那。帰ろう」
「僕、用事あるから。先に帰っていいよ」
「待ってる」
「そういうのいいから。先に帰って」
「なぁ、俺何かした?」
「別に」
「先輩」

廊下から速水が呼ぶ。

「ごめんね。先生の話が長くて…」
「大丈夫ですよ」

優那は笑顔で彼の元へ駆けて行く。

「優那!!」

俺が呼んでも振り返らない。

「呼ばれてますよ?」
「いいんだ。行こう、速水くん」
「え、あ…はい」

優那が、怒ってる。


——ガラガラガラッ。

「忘れ物しちゃった……って、菊地!?」
「速、水…」
「……何かあったの?」

彼女はゆっくりと近づき、俺の顔を覗き込んだ。

「もしかして、瞬がまた何かやらかした?」
「ち、違う。速水は悪くない」
「…ねぇ、瞬のことも速水って呼んでるんでしょ? 紛らわしいから名前で呼んでよ。私も……隼人って呼ぶから」
「わかった」

速水——由香は俺の前の席に座り「あのさ」と言いかけて口を閉ざした。

「ん?」
「……大和田は、隼人のことが大好きって聞いたけど」
「知ってる」
「……自信なさげだよ」

『自信なさげ』か……

いつだって、不安な自分はいる。
でもそれを、心の奥底に隠しておけたのはきっと、
優那がいたから。

優那のやさしさに、俺は甘えていただけ。

俺は決して強くなんかない。

ただの強がりで見栄っ張り。
今更だけど、優那の騎士さまなんて、俺には向いていないのかも。

……こんなことを考えてしまうなんて、らしくない。

「私は、」

俺をまっすぐに見る彼女の瞳は澄んで綺麗だ。

「…私は、隼人が好き」
「え?」

今、好きって……

「この状況で言うべきことじゃないのはわかってる。でも、伝えたくなって……別に、大和田から隼人を奪おうなんて思ってないし、二人の間に入る隙なんてないから」
「……ありがとう」

自然と口から溢れた言葉。

「隼人…?」
「こんな俺を好きになってくれて、ありがとう」
「うん」

由香はふわりと笑って言葉を続けた。

「私は、大和田に向けるあなたの笑顔が好きなの。私たちに向ける嘘の笑顔じゃない、『ホンモノ』の笑顔が好き」
「……バレてたんだ」
「バレバレよ。まあ、他の人は気づいてないかもしれないけど」
「よく見てるんだな、由香は」
「……隼人だって、大和田のことよく見てるじゃない」
「うん、好きだからね」
「私だって、それと同じ」

これが、『普通』なのか?
もし、由香と俺が付き合ったら……
こんな風に二人きりで話したり、一緒に帰ったり、休日はデートをしたり……

「私は大和田じゃないよ」

由香の声に我にかえると、俺の右手が彼女の頭の上にあった。

「ご、ごめん!」
「ううん。私にとっては嫌なことじゃないから大丈夫」

好きな相手から触れられるのは嫌じゃないかもしれないけど、由香は複雑だろう。

優那だけじゃなくて、彼女も傷つけてしまう俺は最低だ。


そもそも、どういう想いで俺に告白してくれたんだ?

「由香」
「なに?」

なんて聞いたらいいのかわからない。

言葉が見つからない。

こういう状況に慣れていないから。

「私がどうしてこのタイミングで告白したのか、知りたいんでしょ?」

俺が頷くと、彼女は「正直ね」と笑った。

「隼人が落ち込んでる原因は、大和田について悩んでいるからだろうなって。さっきも言ったけど、私はあなたのホンモノの笑顔が好き。だから、仲直りしていつものあなたに戻って欲しいっていう私の願いよ。回りくど過ぎたかな?」
「……由香も、琉夏も、速水も、みんな周りをよく見ているのに、俺はそれができないんだ。どうしたらそんな風にできる?」
「…良い意味でも悪い意味でも、あなたはまっすぐな人だと思う。一途で、好きなことや好きな人には一直線。そのせいで周りが見えなくなっちゃう。数歩下がって周りを見渡せば、自然と見えてくるよ。もちろん、大和田のこともね」
「優那のことも…?」

彼女は静かに頷いてゆっくり立ち上がった。

「私、帰るね」
「うん。ありがとう」
「そんな、お礼を言われるほどのことはしてないよ。ただ、私の想いを伝えただけ。頑張ってね、隼人」


再び一人になった教室で、俺はぼんやりと窓の外を眺めた。

優那の騎士になった日も、告白した日も、こんな風に綺麗な空だったな。
でも今は、その空さえも切なく感じてしまうほどに俺は傷心しきっていた。
自業自得と言われればそれまでだけど。

優那はたまに、『隼人の考えていることがわからない』って言うけど、俺もお前の考えていることがわからなくて悩んでるんだよ。

好きだから相手の考えていることがわかる、なんて嘘だ。
実際に俺たちは、わかりあえていないんだから……


「兄ちゃん。何してるの?」
「…見ればわかるだろ?」

振り返らずに答える。

「優那くんのこと考えてたんだね」
「・・・」

どうしていつも、
俺の考えていることが弟にバレるんだ!?
勘がいいのか、俺がわかりやすいのか……

「ねぇ、兄ちゃん。もし優那くんが会長じゃなく、普通の人だったとして、注目されていなかった彼が突然クラスの人気者になったら……どういう気持ちになる?」

優那の周りにたくさんの人が集まって……

「絶対嫌だ」
「うん。オレも同じ立場だったら嫌だなって思う」

弟の言いたいことはわかった。

今の俺の状況から、優那が怒るのも無理はない。

優那が嫉妬してくれたことに、少しだけ嬉しいと思う俺は、やばい…?

「琉夏」
「んー?」
「俺、由香に告白された」
「由香……? あ、瞬のお姉さんのことか。あれ? 兄ちゃんって名前呼びじゃなかったよね?」
「そこはどうでもいいだろ」
「え、よくないよ」
「……速水と呼び方が同じだから、名前で呼んでって言われただけ!」
「ふーん。本当にそれだけ?」
「は?」

他に何があるんだよ?

「揺らいだりしなかった?」
「……し、してない」
「嘘つき」

冷ややかな眼差しを俺に向ける。

「揺らいではいない。由香と付き合ったらって少し想像しただけ。これが世間でいう『普通』なのかなって」
「……兄ちゃんもオレも、普通という名のレールから外れているかもしれない。 でも、普通って何? 誰が基準なの? そんなのわかんないじゃん。別に誰を好きになったって、誰と付き合ったって関係なくない?」

琉夏の言う通りだ。

俺が自信を失う必要なんてない。
だって、俺は……


「おかえり。優那」
「ただい、ま…」

いつも通り、いつも通りで。

自分に言い聞かせる。

「今日の課題、少し難しくてさ。夕飯の後、教えてくれる?」
「・・・」
「優那?」
「……ずるい」

優那は顔を覆ってその場に座り込んだ。

「だ、大丈夫か!?」
「どうして、」

俺の手を振り払って、優那はゆっくりと立ち上がった。

「どうして隼人は僕にやさしくするの? ひどいことしたのに」
「俺は気にしてな…」
「嘘つき」

さっき、琉夏にも同じことを言われたな。
でも、目つきが違う。

優那は悲しそうな目で俺を見ている。

「隼人がみんなに囲まれてニコニコ笑ってるところを見たら、なんだかモヤモヤして…気づいたらあんな態度とっちゃってて……僕は、」
「優那。顔、上げて」

俺を見上げる彼の涙で濡れた頬に触れた。
下唇を噛み締めて、涙が溢れるのを我慢しているようだ。

「俺も、モヤモヤしたりイライラしたりすることがあるよ。というか、ほぼ毎日、かな」

「何を言いたいの?」と目で訴える彼。
そんな彼の瞳に映る俺は今、どんな顔をしている?

「俺は、嬉しいよ。優那が嫉妬してくれて」
「え…?」
「俺と同じ気持ち、味わえただろ?」
「……隼人は、」

顔を背けて震える声で言う。

「隼人はいつもこんな気持ちで、僕の隣にいるの?」
「…優那のこと独り占めしたいのに、お前の周りにはいつも誰かがいるだろ? 優那は『みんなの生徒会長』だから」
「隼人も、その一人でしょ?」
「優那にとって俺は、『誰か』の中の一人ってことか」
「ち、違う」

あぁ、またやってしまった。
どうしていつも煽るようなことしか言えないんだよ……
今は煽るつもりなんてなかったのに。

「俺は、ジャングルジムで誓ったあの日からずっと…優那だけだよ」
「隼人」

絞り出すような声で俺の名前を呼ぶ君は、本当に……

壊れてしまいそうで、

「好きだよ」
「うん」
「大好きだよ」
「うん」

俺の背中に手を回してぎゅっと服を握る。

「…ごめんね」
「謝らなくていいよ」


『好き』

ただそれだけで、俺は強くなれる気がする。

優那。前に言ったよな?
『暗闇から連れ出してくれて、ありがとう』って。

言ってなかったけど、俺も同じだ。
俺の世界をカラフルに染めてくれたのは…君なんだよ。

これからも、俺の知らない世界を見せてくれ。


顔を埋めている君の髪に触れる。

数秒後、顔を上げた優那は

「騎士さま」

今までにないくらいの笑顔で

「ありがとう」

俺は、とんでもない人物を好きになってしまったのかもしれない。

再び彼を力強く抱きしめた。

「く、苦しい」
「我慢して」







やっぱり、君には敵わないや。

いくら君が俺に嫉妬しても、
俺は君以上に感じているから。

こんなにも苦しくなるのは

全部、君のせいだ。



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