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4ー二人の世界
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次の日、浅野は何度目かのアラームでようやく目を覚ました。
眠い目を擦りながら、カーテンを開ける。太陽がすっかり上り、ギラギラとアスファルトを焼き付けていた。
11時か……。
浅野はおもむろにスマホを手に取った。心配性な母に言われて毎週、電話をかけなければいけない。
母はバイトや大学の集まりに積極的に参加している事をよく思っていなかった。たくさんの小言の中でも、特に服装や門限のルールを守るように厳しく言う。
録音のように同じこと繰り返す母に、「わかった。大丈夫」としか返さない会話。
全ては電車での事が原因だった。それが分かっているからこそ、安心させることを最優先して余計なことは言わないように明るく振る舞う。
ふーーっ。
15分の通話を終えると、深いため息をついた。
母の愛情が重たい鎖のように体に巻き付いて、引っ張られているようだった。
部屋は散らかり、溜った洗濯物も散乱していた。午後にはバイトもある。休日でも一人暮らしの大学生は気が抜けない。
あれだけ憧れていた一人暮らしも、こういう時は面倒になる。
浅野はもう一度ベッドに横たわり、少しの間、ぼーっと天井の模様を見つめた。
まだぼんやりとした頭の中で、昨日の出来事を思い返す。
片瀬は、そのまま電車で帰ると言って、浅野を改札まで見届けた。改札に行く途中、すれ違う何人かが振り向いて、片瀬を見た。片瀬はちょっとした注目を集めていた。
それが恥ずかしいのか目も合わせずに「じゃあ」とだけ言い残して、逃げるようにホームに戻って行く。その後姿が、鮮明に思い出された。
滅多に見られないモノを発見したような、幸福感を与える存在。まるで幻のツチノコみたいだと思う。
そんな自分の考えに、不覚にも一人でプッと笑った。
平日に溜った家事をこなし、課題やバイトに追われながら忙しく過ごす。そんな休日は、体感一日で終わってしまった。
だから、こんなことになっているなんて全く知らなかった――
…
浅野が大学の食堂で、昼食を食べている時だった。
サキがやって来て、浅野を見るなり血相を変えて駆け寄った。
どうやら昨日から何度もメッセージを送っていたらしい。
サキはスマホ画面を浅野に見せた。
「やばいでしょ!?」
「彼氏が喧嘩中に、大学の飲み会で後輩と浮気していた」
そう書かれたSNSの投稿は、8000件以上のいいねとリツイートは1万件を超えていた。
どうやらこの大学の生徒らしいと校内で噂が広まっていると言う。
それからサキは、一段と声を潜めて浅野に近づいた。
「これ、浅野じゃないの?」
「?」
浮気されている決定的な証拠があると言って、投稿された2枚の画像。
そこには、同じ電車に乗っている男女のツーショットと改札へと歩く様子が写っていた。
顔は加工されてモザイクがかけられていたが、背景の駅も女性の鞄もよく見慣れたもの。そこに写るのは間違いなく、浅野本人だった。
「この前の飲み会の時じゃないの?」
「……そうかもしれない」
半ばパニック状態のサキは、口を半開きでパクパク動かした。
頭でたくさんの事を考えていたが、結局なにも言わず、代わりに大きな息を吐いた。
「まさか酔った勢いで人の彼氏に……」
「!?」
「この男は誰なの?」
サキは、まるで悪さをした幼稚園児を叱るような表情で言った。
何やら良からぬ想像をしているサキに、浅野は突っ込む言葉も見当たらない。
「ちょっと待ってよ」
いくらなんでも、無実の罪を着せられることは耐え難い。
浅野が飲み会のあとに起きたことをできるだけ簡潔に説明する。中でも一番のリアクションを見せたのは、写真の男が“伝説のイケメン”片瀬だと知った瞬間だった。
サキはハッと息を止めて、目を丸めた。
「いやいや、絶対うそだ!だって、そんなのおかしいじゃん」
宝くじを当てた友人が信じられないように、何度も首を振った。
普段から感情豊かなサキが、こんなふうに大騒ぎするのは、彼女の推しが結婚発表したとき以来だと浅野は思った。
サキは確かめるように質問を繰り返し、浅野は冷静に答えた。そのうち半信半疑だったサキも、徐々に納得していき最後には「信じる」と頷いて言った。
女性と二人でいただけで、こんなに騒ぎになってしまう。片瀬はやはり、自分とは違う世界に住んでいると痛感させられた。
「悪いことは何もしてないんだから堂々としてなよ」
そう言うサキの優しさに安心しながらも、自責する気持ちが拭えなかった。
今度、会ったら直接謝った方がいいのだろうか?
そんなことを考えながら、浅野は校内のあちこちで、それとなく片瀬の姿を探した。けれど、どこにも片瀬の姿を見ることはなかった。
本当にこの大学に通っているのだろうか?
だいたい今まで気づかなかったのだから、不思議ではないのかもしれない。
それでも浅野は、無意識のうちに片瀬を探してしまうのだった。
眠い目を擦りながら、カーテンを開ける。太陽がすっかり上り、ギラギラとアスファルトを焼き付けていた。
11時か……。
浅野はおもむろにスマホを手に取った。心配性な母に言われて毎週、電話をかけなければいけない。
母はバイトや大学の集まりに積極的に参加している事をよく思っていなかった。たくさんの小言の中でも、特に服装や門限のルールを守るように厳しく言う。
録音のように同じこと繰り返す母に、「わかった。大丈夫」としか返さない会話。
全ては電車での事が原因だった。それが分かっているからこそ、安心させることを最優先して余計なことは言わないように明るく振る舞う。
ふーーっ。
15分の通話を終えると、深いため息をついた。
母の愛情が重たい鎖のように体に巻き付いて、引っ張られているようだった。
部屋は散らかり、溜った洗濯物も散乱していた。午後にはバイトもある。休日でも一人暮らしの大学生は気が抜けない。
あれだけ憧れていた一人暮らしも、こういう時は面倒になる。
浅野はもう一度ベッドに横たわり、少しの間、ぼーっと天井の模様を見つめた。
まだぼんやりとした頭の中で、昨日の出来事を思い返す。
片瀬は、そのまま電車で帰ると言って、浅野を改札まで見届けた。改札に行く途中、すれ違う何人かが振り向いて、片瀬を見た。片瀬はちょっとした注目を集めていた。
それが恥ずかしいのか目も合わせずに「じゃあ」とだけ言い残して、逃げるようにホームに戻って行く。その後姿が、鮮明に思い出された。
滅多に見られないモノを発見したような、幸福感を与える存在。まるで幻のツチノコみたいだと思う。
そんな自分の考えに、不覚にも一人でプッと笑った。
平日に溜った家事をこなし、課題やバイトに追われながら忙しく過ごす。そんな休日は、体感一日で終わってしまった。
だから、こんなことになっているなんて全く知らなかった――
…
浅野が大学の食堂で、昼食を食べている時だった。
サキがやって来て、浅野を見るなり血相を変えて駆け寄った。
どうやら昨日から何度もメッセージを送っていたらしい。
サキはスマホ画面を浅野に見せた。
「やばいでしょ!?」
「彼氏が喧嘩中に、大学の飲み会で後輩と浮気していた」
そう書かれたSNSの投稿は、8000件以上のいいねとリツイートは1万件を超えていた。
どうやらこの大学の生徒らしいと校内で噂が広まっていると言う。
それからサキは、一段と声を潜めて浅野に近づいた。
「これ、浅野じゃないの?」
「?」
浮気されている決定的な証拠があると言って、投稿された2枚の画像。
そこには、同じ電車に乗っている男女のツーショットと改札へと歩く様子が写っていた。
顔は加工されてモザイクがかけられていたが、背景の駅も女性の鞄もよく見慣れたもの。そこに写るのは間違いなく、浅野本人だった。
「この前の飲み会の時じゃないの?」
「……そうかもしれない」
半ばパニック状態のサキは、口を半開きでパクパク動かした。
頭でたくさんの事を考えていたが、結局なにも言わず、代わりに大きな息を吐いた。
「まさか酔った勢いで人の彼氏に……」
「!?」
「この男は誰なの?」
サキは、まるで悪さをした幼稚園児を叱るような表情で言った。
何やら良からぬ想像をしているサキに、浅野は突っ込む言葉も見当たらない。
「ちょっと待ってよ」
いくらなんでも、無実の罪を着せられることは耐え難い。
浅野が飲み会のあとに起きたことをできるだけ簡潔に説明する。中でも一番のリアクションを見せたのは、写真の男が“伝説のイケメン”片瀬だと知った瞬間だった。
サキはハッと息を止めて、目を丸めた。
「いやいや、絶対うそだ!だって、そんなのおかしいじゃん」
宝くじを当てた友人が信じられないように、何度も首を振った。
普段から感情豊かなサキが、こんなふうに大騒ぎするのは、彼女の推しが結婚発表したとき以来だと浅野は思った。
サキは確かめるように質問を繰り返し、浅野は冷静に答えた。そのうち半信半疑だったサキも、徐々に納得していき最後には「信じる」と頷いて言った。
女性と二人でいただけで、こんなに騒ぎになってしまう。片瀬はやはり、自分とは違う世界に住んでいると痛感させられた。
「悪いことは何もしてないんだから堂々としてなよ」
そう言うサキの優しさに安心しながらも、自責する気持ちが拭えなかった。
今度、会ったら直接謝った方がいいのだろうか?
そんなことを考えながら、浅野は校内のあちこちで、それとなく片瀬の姿を探した。けれど、どこにも片瀬の姿を見ることはなかった。
本当にこの大学に通っているのだろうか?
だいたい今まで気づかなかったのだから、不思議ではないのかもしれない。
それでも浅野は、無意識のうちに片瀬を探してしまうのだった。
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