ツチノコ

松山葉

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7-風に揺れる

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今日もまた、飲み会の催促メッセージが来ていた。
片瀬は、できるだけ壁を作らないように色んな集まりに参加していたが、こういうお酒の席は特に苦手で、次第に適当な理由をつけて避けていた。

なのに、片瀬の学部は無駄に仲が良かった。月に1回あるかないか、それでも頻繁に後輩も参加する飲み会や集まりがある。

あの日も、本当は行かないつもりだったけれど、2年になってから一度も参加しないのはマズい気がする……。
そんな思いで渋々出かけたのだった。

新入生歓迎にも出なかったし、1年生とはこれが本当の初対面だ。
それなりにお酒が入っている連中に絡まれながら、何とかやり過ごしていると、見覚えのある女の子が向かいの席に座った。
人の顔や名前を覚えるのは得意なので間違いない、あの子だ。

目が合うと浅野はサッと視線を外し、その後も無関心な態度を貫いていた。
「……」

浅野と呼ばれたその女の子は、注文をとったり、飲みゲームで変な罰ゲームを受けたりしていた。時には、友人の分のお酒まで引き受けることもあった。

見るからに無理をしているのに、笑顔を絶やさない姿は片瀬の目に痛々しく映った。
特に、森岡は何かと浅野の名前を呼んで雑用をさせていた。最後には、帰りの介抱までさせる始末だった。
まるで当たり前の日常であるように、浅野はそれを受け入れていた。

そんな姿をみた時からだろうか?
浅野に対して苛立ちに似た、違和感を感じ始めた。気が付くと片瀬は二次会の誘いを断って、浅野の前に立っていたのだった。



片瀬の大きな目が、臆病に小さくなっている浅野を捉えた。
「さっき、なんで逃げたの?」
図書館前の並木道を二人で歩きながら片瀬が聞いた。
浅野は、見られていたと気づかなかったのか、動揺して苦笑いした。

片瀬から見た浅野は、かなり人見知りをしていた。
他の人と話すときは、よく笑ういじられキャラ的な感じだった気がするけど、単にまだ打ち解けてないだけだろうか?
今もすごく気まずそうに緊張しているのが伝わってくる。その姿が、一緒に電車で帰った飲み会の日を思い出させた。

2人の沈黙を埋めるように、ザザザッと木の葉っぱが一斉に音をたてた。今日は、風がよく吹く。

「あの、この間ありがとうございました」
浅野は思い出したように明るく言った。

少し間が空いて、片瀬はゆっくり慎重に話始める。
「電車……苦手だって……?」

「森岡先輩が?」
片瀬は静かにうなずく。
「酔ってたから、わざと言ったんじゃないと思うよ……?」

片瀬が何か言おうと、タイミングを見計らって浅野を見た。
「もしかして森岡と付き合ってるの?」
「え?!」
突拍子もない意外な言葉に浅野は目を丸めた。

「いや、何も考えずに追いかけたけど、もしかしたら邪魔しちゃったかと思って。こういうの男同士で確認するのも変だし……?」

浅野は微笑んだまま、少し考え込んだ。
図星だったのか……?
片瀬は神妙な表情で、浅野の言葉を待った。

「……電車に嫌な思い出があって……それで、森岡先輩と一緒に帰るんです」
浅野はなるべく重くならないように、明るく言って笑った。
「むしろ私が送ってもらってるんですよ。見えないと思いますけど」
片瀬は黙ったまま、浅野をじっと見つめて言葉を受け止めていた。

「先輩が来てくれた時、すごく安心したんです。なんか映画みたいでしたよ」
緊張がほぐれたのか、浅野が明るく冗談を言った。

「……どうせ同じ電車に乗るはずだったから」
いつものぶっきらぼうな声で片瀬はつぶやく。やっぱり浅野は、飲み会が初対面だと思っているようだ。
正直、自分の顔を忘れられる経験はあまりしてこなかった片瀬にとって、少し複雑な気分だった。

「もしかしたら同じ電車で会ったことあるかもね」
「!?」

その言葉に浅野が何度か問い返したが、片瀬は拗ねたように頑なに、何も答えなかった。浅野といる時は、完璧な片瀬の子どもっぽい一面が自然と見え隠れしていた。

「そういえば……あの後、大丈夫でしたか?」
彼女との誤解は解けたのか、浅野は申し訳なさそうに聞いた。
「あの投稿、本人に消してもらったから」
浅野はじっと疑い深く片瀬を見つめた。

その視線を避けるように、片瀬は顔を逸らした。
「謝りたかったんだ……もう心配しなくていいよ」
片瀬が小さく口角を上げて頷くのを見て、浅野もほっと一安心して同じように頷いた。

それだけ言って別れると、片瀬は駅の方へ歩き始めた。
足取りは重くも軽くもない。
頭の中で、さっきの会話を思い返す。

普段なら波風を立てない片瀬が、浅野と話していると胸がざわついた。人目を気にして本音を隠している。そんな自分を見ているような、違和感があった。

夕方になっても容赦なく太陽がコンクリートを焼きつけた。熱をまとった強い風が、片瀬の全身を煽って通り抜けていった。
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