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8-推し活
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その日の夜、浅野は久しぶりにサキと電話をした。
片瀬の言った通り、SNSの投稿は削除されていた。不安で憂鬱だったのが、今はすっかり解放されてスッキリした気分だった。
浅野が今日の出来事を話している間、サキは相槌を打ちながら静かに聞いていた。
その内容はほとんど片瀬のことばかり。
何度も名前が出てくるので、サキは何回「片瀬」と言うか数えてみることにした。
しかし、それも多すぎて途中で諦めてしまうほどだった。
そして浅野の話が一段落したのを確認すると一言。
「それ、重症だよ」と茶化すわけでもなく、いたって真剣に言い放った。
「ついにイケメンの威力を思い知ったか」
そう言って、「うんうん」と一人で勝手に納得している。
サキの診断では、浅野は引き返せないほど、どっぷり片瀬の魅力にハマっているという。
「確かに魅力的だし人気がある理由もよくわかるけど……」
浅野は自分が片瀬に対して恋愛的な感情を持っているとは思えない。
もしくは認めたくないのかもしれない。
「まあまあ、あのイケメンに優しくされて好きになるなって言う方が難しいかもね」
「だから、違うって」
浅野もすぐに素直にはならなかったし、サキも自分の考えを変える気はなく、何度か押し問答になった。
「そんなに否定するほど、大きい感情だってことだよ」
「?!」
その言葉が、夜ベッドに入ってからもずっと頭の中をぐるぐると駆け回って浅野を悩ませた。
浅野にとって片瀬はツチノコだ。
珍しく謎も多い存在。
だから気になってしまうだけ……。
そんな風に思いながら、浅野はゆっくり目を閉じで眠った。
…
しかし――
次に片瀬に会ったとき、その考えは一瞬で崩れ去った。
あんなに否定していたのに、浅野は今、他のことに何一つ集中できないでいた。自分は本当に重症なのかもしれない。
まるで夢をみているように、妙にふわふわとした気分に苛まれている。
「おい浅野」
もう何度目かの、喝が入った。
「すみません!」
今日は、夏期講習の最終打ち合わせ。前回カフェに集まったメンバーが再び大学の準備室に集まっていた。
部屋の空調は動いていたが、年季が入っているせいか十分に機能していないようだった。
いつもより静かで空気に緊張感がある。それは、きっとムードメーカーの森岡がいないせいだ。今日は、森岡の代わりに片瀬が参加していて、浅野が集中できない最大の原因だった。
…
浅野にとって、忍耐試験のような打ち合わせは順調に進み、予定より早く終わった。
ふう……。
浅野がお茶で一息つく。
準備室に誰もいなくなったのを確認して、
「話聞いてなかったでしょ」と、サキが浅野を叱った。
「だって……」
「だって?」
浅野は打ち合わせ中の片瀬の姿を思い出す。
いつも率先して雑談をはじめる森岡と違って、片瀬は趣旨とは関係のない話を誰かがはじめると自然に話を戻してリードした。
そんな姿はとても意外で、浅野の心にさらに深く刻まれた。
浅野が、ぼーっと想像の中に旅立ったのを見て、サキが首を横にふった
「ついに壊れたな……」
もう浅野は自分に抗おうとはしなかった。
…
大学で片瀬を見つけるのは、困難を極めた。3年の先輩について行って、それとなく片瀬の情報を探ろうという計画はすぐに失敗する。
なぜなら、いつも片瀬よりも先に森岡に見つかるからだ。
「こんな所で、何してるんだよ」
普段から声の大きい森岡は、こっそり会いに来ている浅野にとって一番の天敵だ。
「推し活って大変なんだな……」と、心の中でぼやく。
それでも、めげずにバレないように、慎重に片瀬を追いかけた。浅野はこれまでの片瀬に対する自分の感情に真剣に向き合った。
そして何日もかけた結果――
片瀬は「推し」という結論に至った。
「推し?」サキは全く理解できないという顔だったけど、浅野は気にしない。
推しというのは、ただ無条件に“癒されたり”、“元気をもらえる”存在のことだ。いつかのバイト先で、聞いた言葉がキッカケだった。
それからは変に意識することもなく、周りの目に気にしすぎる事も減っていった。
片瀬に会ってから、浅野の毎日が少しずつ変わり始めていた――
…
地道な努力の末に、浅野はようやく片瀬を見つけた。
土曜日の朝、ほとんど誰もいない図書館――
ソファーにゆったりと座り本を読んでいる片瀬の姿が、そこにあった。
壁一面の大きな窓ガラスから、やわらかな朝の日差しが差し込んでいる。その日差しが片瀬の頭にかかって、床にシルエットが浮かんでいた。
浅野は邪魔をしないように、少し離れた場所にそっと座る。片瀬もすぐ浅野に気づいたけれど、特に声をかけることもせずに静かに本を読んでいた。
浅野は、早起きして図書館に来て正解だったと思った。
本をめくりながら時折、こっそりと片瀬を盗み見る。それだけで十分幸せに感じられた。
片瀬の言った通り、SNSの投稿は削除されていた。不安で憂鬱だったのが、今はすっかり解放されてスッキリした気分だった。
浅野が今日の出来事を話している間、サキは相槌を打ちながら静かに聞いていた。
その内容はほとんど片瀬のことばかり。
何度も名前が出てくるので、サキは何回「片瀬」と言うか数えてみることにした。
しかし、それも多すぎて途中で諦めてしまうほどだった。
そして浅野の話が一段落したのを確認すると一言。
「それ、重症だよ」と茶化すわけでもなく、いたって真剣に言い放った。
「ついにイケメンの威力を思い知ったか」
そう言って、「うんうん」と一人で勝手に納得している。
サキの診断では、浅野は引き返せないほど、どっぷり片瀬の魅力にハマっているという。
「確かに魅力的だし人気がある理由もよくわかるけど……」
浅野は自分が片瀬に対して恋愛的な感情を持っているとは思えない。
もしくは認めたくないのかもしれない。
「まあまあ、あのイケメンに優しくされて好きになるなって言う方が難しいかもね」
「だから、違うって」
浅野もすぐに素直にはならなかったし、サキも自分の考えを変える気はなく、何度か押し問答になった。
「そんなに否定するほど、大きい感情だってことだよ」
「?!」
その言葉が、夜ベッドに入ってからもずっと頭の中をぐるぐると駆け回って浅野を悩ませた。
浅野にとって片瀬はツチノコだ。
珍しく謎も多い存在。
だから気になってしまうだけ……。
そんな風に思いながら、浅野はゆっくり目を閉じで眠った。
…
しかし――
次に片瀬に会ったとき、その考えは一瞬で崩れ去った。
あんなに否定していたのに、浅野は今、他のことに何一つ集中できないでいた。自分は本当に重症なのかもしれない。
まるで夢をみているように、妙にふわふわとした気分に苛まれている。
「おい浅野」
もう何度目かの、喝が入った。
「すみません!」
今日は、夏期講習の最終打ち合わせ。前回カフェに集まったメンバーが再び大学の準備室に集まっていた。
部屋の空調は動いていたが、年季が入っているせいか十分に機能していないようだった。
いつもより静かで空気に緊張感がある。それは、きっとムードメーカーの森岡がいないせいだ。今日は、森岡の代わりに片瀬が参加していて、浅野が集中できない最大の原因だった。
…
浅野にとって、忍耐試験のような打ち合わせは順調に進み、予定より早く終わった。
ふう……。
浅野がお茶で一息つく。
準備室に誰もいなくなったのを確認して、
「話聞いてなかったでしょ」と、サキが浅野を叱った。
「だって……」
「だって?」
浅野は打ち合わせ中の片瀬の姿を思い出す。
いつも率先して雑談をはじめる森岡と違って、片瀬は趣旨とは関係のない話を誰かがはじめると自然に話を戻してリードした。
そんな姿はとても意外で、浅野の心にさらに深く刻まれた。
浅野が、ぼーっと想像の中に旅立ったのを見て、サキが首を横にふった
「ついに壊れたな……」
もう浅野は自分に抗おうとはしなかった。
…
大学で片瀬を見つけるのは、困難を極めた。3年の先輩について行って、それとなく片瀬の情報を探ろうという計画はすぐに失敗する。
なぜなら、いつも片瀬よりも先に森岡に見つかるからだ。
「こんな所で、何してるんだよ」
普段から声の大きい森岡は、こっそり会いに来ている浅野にとって一番の天敵だ。
「推し活って大変なんだな……」と、心の中でぼやく。
それでも、めげずにバレないように、慎重に片瀬を追いかけた。浅野はこれまでの片瀬に対する自分の感情に真剣に向き合った。
そして何日もかけた結果――
片瀬は「推し」という結論に至った。
「推し?」サキは全く理解できないという顔だったけど、浅野は気にしない。
推しというのは、ただ無条件に“癒されたり”、“元気をもらえる”存在のことだ。いつかのバイト先で、聞いた言葉がキッカケだった。
それからは変に意識することもなく、周りの目に気にしすぎる事も減っていった。
片瀬に会ってから、浅野の毎日が少しずつ変わり始めていた――
…
地道な努力の末に、浅野はようやく片瀬を見つけた。
土曜日の朝、ほとんど誰もいない図書館――
ソファーにゆったりと座り本を読んでいる片瀬の姿が、そこにあった。
壁一面の大きな窓ガラスから、やわらかな朝の日差しが差し込んでいる。その日差しが片瀬の頭にかかって、床にシルエットが浮かんでいた。
浅野は邪魔をしないように、少し離れた場所にそっと座る。片瀬もすぐ浅野に気づいたけれど、特に声をかけることもせずに静かに本を読んでいた。
浅野は、早起きして図書館に来て正解だったと思った。
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