悪役令嬢は推しを愛でるのに忙しいので婚約破棄して構いません!~『推し活工房』を作って聖遺物を販売中!

水月

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1 悪役令嬢、前世の記憶を取り戻す

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 午後の陽光が、ステンドグラスを透過して応接室の床に鮮やかな色彩の影を落としている。
 空気中を舞う金色の塵さえも、この完璧な静寂の一部であるかのようだった。  

 目の前には、彫刻のごとき美貌を湛えた婚約者、エドウィン・フォーレ・アルカディア第一王子が座している。

 金糸を紡いだような髪、理知的な碧眼。
 この国の誰もが、彼を神の最高傑作と称える。  

 けれど。  
 私の心は、凍てつくような戦慄に支配されていた。

 ――ああ、なんという残酷な神の戯れ!

 私は、辛うじて叫びを飲み込む。  

 この光景、この会話、そして鏡に映る自分自身の、毒を秘めた薔薇のような美しさ。  
 すべてが、前世で愛好した学園系乙女ゲーム『恋と真理のエトワール~王立学園恋愛哲学録~』の世界そのものだったのだ。  
 
  大学で哲学を専攻しながら、深夜アニメと乙女ゲーを摂取する拗らせオタクだった過去を思い出した、私、アルマデリア・エルデンベルク。  
 ヒロインを虐げ、最後には断罪の祭壇に捧げられる――破滅を約束された、典型的な悪役令嬢として、今、この場所にいる。

「アルマデリア、聞いているのか?」

 エドウィン殿下の冷ややかな声。 

「……はい。申し訳ございません、エドウィン殿下。少々、考え事をしておりましたわ。殿下の仰る通り、我々の関係はもはや――実存主義的な行き詰まりを見せておりますわね」 

「……実存、なんだと?」

 驚愕に目を見開く殿下は、私の予測通りの反応が返って来て面白い。

 ふふふ、そう、この私、悪役令嬢という二つ名を、今日、この瞬間をもって廃業した。

 私は一年後、断罪の祭壇に上がるつもりはない。 
 私は、生き延びてみせる。 

 その時、重厚な扉が音もなく開かれた。 

「失礼いたします」  

 低く、地を這うような美しい声。  

 私の心臓が、跳ねる。
 否、それは魂が震える音だった。  

 銀糸の髪をなびかせ、青灰色の瞳に理性の光を宿した騎士。
 鋼のように鍛え上げられた長身を、黒銀の制服に包んでいる。

 近衛騎士でありエドウィン殿下の護衛騎士、レイナルド・シュタイナー。  

 ――彼こそが、私の魂の聖域。

 銀糸の髪?
 美しいに決まっている。
 だが私が着目すべきはそこではない。
 
 殿下の背後に控える際の、あの完璧な四十五度で固定された首筋のライン。
 そして、剣の柄に添えられた手袋越しの、骨ばった指の関節。

 禁欲という概念が服を着て歩いているその人は、前世の私が、画面越しに狂おしいほどの情熱を捧げた最推し、だった。

「殿下、お時間です。臨時会議が控えております」 

「ああ、そうだったな」  

 エドウィン殿下が立ち上がる。
 レイナルドは一礼し、影のように殿下の背後に控えた。
  
 その、峻烈なまでに美しい横顔。
 私は思わず、理性の歯止めを失っていた。

「……あの、レイナルド卿!」

 レイナルドが、ゆっくりとこちらを振り向く。
 その瞳に宿るのは、憐憫ですらない、絶対的な虚無。
 冷ややかな氷の壁だ。 

「……何か御用でしょうか、エルデンベルク令嬢」  

 その、拒絶さえも愛おしい。
 私は昂ぶる動悸を抑え、懸命に言葉を紡いだ。 

「その……常日頃の献身に感謝を。殿下をお守りする貴方の気高き姿、心から尊敬しておりますわ」  

 レイナルドの眉が、わずかに動いた。
 困惑か、それとも嫌悪か。 

「……お言葉ですが、これは私の義務にすぎません。令嬢に心痛をかける及ぶものではないかと」  

 突き放すような、無機質な拒絶。 
 その瞬間、私の脳内に、前世で学んだある哲学者の言葉が雷撃のように奔った。

『愛とは、対象を所有することではない。対象の自由を承認することである』

 ――ああ、これだ。これこそが愛のイデアだわ……!

「……エルデンベルク嬢?」

 怪訝そうに眉をひそめる最推し。
 そのゴミを見るような冷徹な瞳があまりにも尊くて、私は危うくその場に跪きそうになる。

 そう、彼は義務という氷の檻の中に、その高潔な魂を閉じ込めている。
 ならば、私がすべきは彼に媚びることではない。 
 彼の義務を物理的に支え、彼の美学をこの世の形あるものとして固定すること……。

 そのために。
 私は、この完璧に整えられた爪を捨て、ハンマーを握ることを決意した。

 この手で、推しの美を永遠に保存するための聖域を築き、その中で哲学的に彼を愛でるのだ。

 死の運命? 
 婚約破棄? 

 そんなものは、些末な問題にすぎない。 

 エドウィン殿下も、訝しげに目を細めた。 

「珍しいな、アルマデリア。お前が私以外の男に言葉をかけるとは」

 彼らが去った後、重い扉の音が虚しく響いた。  
 私は知っている。

 原作のアルマデリアは、レイナルドを、殿下の時間を奪う邪魔な番犬、として忌み嫌っていたことを。

 つまり、彼の私に対する好感度は、すでに零を通り越してマイナスである。
 ……つら。
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