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国を出ましょう

性格の悪い狸に追い詰められました

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目の前に無造作に置かれた、タルニスへの国境通行証。
欲しいよ?欲しいさっ!喉から手が出るほどに欲しいよ?
でもさぁ、怪しくない?
なんでリシュリュー辺境伯家が、こんなものを用意できるのさ?
そして、縁もゆかりもない旅の者に謝礼としてあげるのよ?
胡散臭い・・・。
レイモン氏の態度も加えて、胡散臭いの極致!

「おや?お気に召しませんか?」

ニヤーッと笑うレイモン氏に、ニコニコ顔の可愛いカロリーヌ姫と、ムスーッと黙って腕を組んだままの厳つい爺、辺境伯。
やべぇ・・・正解が分からん・・・。
私だけでなくみんなが背中に、ダラダラと冷や汗をかいていることだろう。
あ、ルネだけが事情が分からずにキョロキョロと、私たちとレイモン氏を見比べている。

「ここからタルニスまでは馬車で1日半ぐらいです。カルージュからタルニスへ向かうより日数も短縮できますよ?」

「そうですね。ただ・・・国交もないタルニスへの正規パスはどうやって?疑いたくは無いですが、私たちも危ない橋は渡るつもりはないので」

ふたりが顔を見合わせて、ニッコリと微笑み合う。
イケメンと美人の微笑みなんて贅沢以外の何物でもないはずなのに、冷や汗かいた背中が寒いわ!凍えるわっ!

「国交はないですが、辺境伯の立場から隣接国に幾人かの知己はおります。偽造ではないですよ?」

「もらっとけ、アルベール。謝礼っていうなら変な小細工はしていないだろうよ」

「リュシアン・・・」

リュシアンは自分の足に両肘を付いて指を組み、不敵に笑い辺境伯を見つめた。
ピクリと辺境伯がそんなリュシアンの態度に反応する。

「ふー。態度が悪くてすみません。では、こちらは遠慮なくいただきます。ありがとうございました」

アルベールから通行証を受け取り、枚数を数える。

・・・リシュリュー辺境伯領地に入ったときは、既にリオネルは子虎の姿だったのに・・・全部で通行証が6枚ありますよ?子虎も通行証は必要ですか?
私がひとり、首を傾げているところに、レイモン氏の爆弾が落とされる。

「いえいえ。これでも不足なぐらいです。愛娘だけでなく・・・愛する妻も助けていただいたのですから」

・・・?

「へ?」

あ、迂闊にも私が反応してしまった。
数えていた通行証から目を放し、ばっちりレイモン氏の顔を見てしまった!
レイモン氏は、してやったりと笑い私に標的を絞る。
ぎゃーっ!やっちまった!
両隣りで大きな溜息を吐かないでーっ!

「やっぱり、妻の病気が治ったのは、貴方がたの仕業ですね?」

「ぃえええええっ?にゃ、にゃんのこと、でしょーう・・・」

空ッとぼけたつもりだったのに・・・アルベールからは「バカですか?」という呟きと、リュシアンからは「喋んな!」というお叱りが届きました。
亀のように首を竦めた私へ、さらに畳みかけるようにふたりのお小言が続く。

「噛むんだから、喋んなって言ったろーが!しかも腹黒兄ちゃんのひっかけに、しっかり反応すんなよ!」

「ひっ!」

「誤魔化せる範囲を逸脱してしまったら、認めているのと同意ですよ?どうするんですか?こんな性格の悪い狸相手に・・・」

「びぇっ!」

「おふたりとも、レイモン氏に対して失礼ですよ?」

セヴランが堪りかねてふたりを止めると、ギロッと睨まれていた。
レイモン氏はくすくすと楽しそうに笑うと、カロリーヌ姫の隣に腰を下ろす。

「妻の病気は命の水が必要だと話ましたが、まさかお持ちだったとは・・・」

持ってたつーか、作ったつーか、いやいや余計なことは言いませんよ?お口チャックです。

「いまさらですか、何を言われているのか分かりません。こちらの通行証はお嬢様を助けた謝礼としてお受け取りいたします」

「そうですか。ああ、妻は貴方がたが屋敷を発った日の朝の食事を終えたあと、驚くほど元気になりました。しばらくは寝たきりだったので歩く練習などが必要だと思いますが、奇跡のようでしたよ」

「はい。お母さまが元気になって、わたくしのことを抱きしめてくれました。皆さんのおかげです。ありがとうございます」

カロリーヌ姫がペコリとその場で、頭を下げてくれた。
つい、私もペコリと頭を下げてしまう。
ふふふ、と柔らかく笑うカロリーヌ姫がとっても可愛らしい。

「それは神様の奇跡ということで。では、私たちはこれで失敬します」

「まだ、話は終わってませんが?」

さっさっと出て行こうとアルベールが腰を浮かしたが、レイモン氏が止める。
なんじゃ?何か他に用事でもあるのか?他に何かやらかしたことあったっけ?

「何をしれっと出て行こうとしているのですか?だいたいトゥーロン王家でさえ、命の水を用意することができなかったのに、一般人が持っていて対価も要求せずに会ったこともない者に黙って使用するし・・・」

じとーっとリオネルを見るレイモン氏。

「明らかに猫じゃない生き物を猫と言い切るし・・・、怪しいんですよね」

ギクッーン!やっぱり、リオネルが猫は厳しかったか・・・。
何も言わない辺境伯の圧も凄いし、こんなに殺伐としてきた雰囲気の中でもニコニコしているカロリーヌ姫も怖い。

「タルニスに行くのは、本当にミュールズ国でお店を開くための準備のためですか?それとも・・・トゥーロン王国に居られない理由でも?」

・・・。
ヤバイヤバイ・・・。
なんか、いろいろとバレてる気がしてきた。
アルベールが危惧していた、逃亡中は情報に疎くなる弊害が出たような気がする。
もしかして、王宮で起きたことやみそっかす王女の出奔とかがリシュリュー辺境伯の耳にまで入ってる?
だとしたら、この人たちは第1王子派?第2王子派?
ここまできて、王都に連れ戻されるなんてないよね?
国境通行証まで贈って、目の前で取り上げないよね?

ギュッと口を結んで、手が真っ白になるほど握りこぶしを強く握って、体が小刻みに震えて・・・。
チート能力があってもどう行動していいか分からなかったら、使いようがないのよっ!

「じゃあ、俺からもいいか?」

リュシアンの落ち着いた声が、部屋に響いた。

「なんですか?」

「・・・ここにいる獣人の騎士たち。・・・あいつら、誰ひとりとして奴隷契約を結んでないのは、なぜだ?」

問いかけているのに、皮肉気に笑ってレイモン氏たちを睥睨するリュシアン。

え?
屋敷の外で訓練していた獣人の騎士たち・・・、あの人たち全員・・・自由な獣人なの?
そんなこと・・・あるのーっ?!
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