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冒険しましょう

それぞれが動きだします

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トゥーロン王国の王都は例の騒ぎのあと、何とも言えない陰鬱な気に満ちていて、街を行きかう本来は賑やかなおばさんたちも、口元をキュッと結び足早に家路を歩いていく。

王都の大通りを一本外れた道の、冒険者たちが通う食堂「ミゲルの店」は、そんな陰気な雰囲気に惑わされず、今日もモクモクと料理のいい匂いの煙を辺りにまき散らしている。
カラーン!

「おうっ、いらっしゃい」

店の男の陽気な掛け声に、店に入ってきた冒険者風情の男は軽く右手を上げて応える。
いつも座る店の奥の席へ。

「いつものくれよ」

「あいよ。あー、今日はスープじゃなくてシチューなんだ」

「ああ、かまわない」

出された水をひと口に飲み、客の男は疲れた息を吐いた。

「どうした?どうしたお疲れだね?」

店の男は店内の客足が落ち着いたのをいいことに、客の前の椅子に腰を下ろした。

「んー・・・」

客の男は、冒険者の風体でここひと月ぐらいから見かけるようになった、素性不明の男だ。
もちろん、店の男の態度は客に対するサービストークではなく、怪しい男に対する警戒である。

店の男、イザックは慎重に男の様子を窺う。
剣ダコがある手は、紛れもなくこの男が剣を扱えることを示している。
だが、本人が身分を隠して粗暴なフリをしていても、育ちの良さは隠せない。
・・・なによりも、こいつを見ているとヴィクトル様を思い出す。

イザックが客の気を引いている内に裏戸にはミゲルが立ち、外にはオーブリーが先ほどまで店にいた冒険者たちと一緒に見張っている。
果たしてこの男は味方か敵か?

イザックが賭けに出ようとしているのと同じく、客の男もイザックたちに何かを感じていた。
ミュールズ国第2王子アベルは、無事にトゥーロン王国に潜入し冒険者に変装して、愛しのリリアーヌの死の真相と友人ヴィクトルの安否を探っていたのだ。




一方、目的は違うが奇しくも忘れられていた第4王女シルヴィー殿下の行方を捜している者たちは、案の定、国境付近でその行方を見失っていた。

ミュールズ国からの間諜は、通常トゥーロン王国の者が国外に出るルートを辿っていき、トゥーロン王国の宰相が放った影たちは一度、主の元へと報告へ戻った。

「そうか・・・。ミュールズ国の骸骨と狸もシルヴィー殿下を捜していたか・・・」

書類に埋もれて、窓を開けて換気もできない空気の澱んだ執務室で、宰相は恐ろしく不健康な顔でそう呟いた。

「それで、国境を越えたルートが分からないだと?奴等は?ふむ、ミュールズ国へと流れる川を下っていったか・・・。そのルートはないだろう」

もともとシルヴィー殿下が国外に出ることを考えていたとしたら、間違いなくミュールズ国へと向かうだろう。
近いし、国交もある。
だが、シルヴィー殿下が国外に出ることをのだ。
なにも知らない、知らされない、教えてもらえない無知な少女だったのだから・・・。

「裏でシルヴィー殿下を誘導している人物がいる。それはミュールズ国の者ではない」

では、誰だ?
トゥーロン王国に恨みがあるのは亜人たちだが・・・、むしろトゥーロン王国からミュールズ国へと手を伸ばすつもりか?

「・・・アンティーブ国か」

獣人の王が治める亜人差別の無い国。
彼の国が、とうとうミュールズ国へ剣を向けるか?

「おい。アンティーブ国へ捜しに行け。そうだな、たぶんどこかの連合国から船で移動しただろう。では、アンティーブ国のアラスだな」

パチンと指を鳴らすと、部屋に居ただろう数名の人の気配がふっと消えた。

「はぁーっ」

宰相は重たいため息を吐く。
あの馬鹿なユベールのせいで通常の政務以外にも、愚行の尻ぬぐいが山のように増えていく。
早くシルヴィー殿下を見つけ出し、ザンマルタン家とユベールたちを排除しないと、私が潰れる。
ふーっとまたため息を吐いて、宰相はショボショボする目を擦り、机の上の書類に集中する。

・・・あのパーティーで犠牲にならなかったことを喜べばいいのか、嘆けばいいのか・・・。

今日も屋敷には帰れないだろう。






「さぁ、アンティーブ国に着いたよ。ヴィー」

「・・・ああ」

「もっと喜びなよ。ここまではトゥーロン王国の追手は来ないし、もし来たとしても彼らは自由に行動できないよ。むしろトゥーロン王国の人間だと亜人たちにバレたら私刑リンチされかねないから、気をつけなきゃね」

クスクスと笑って船を降り、足元軽く桟橋を進むベルナール。

「アラスでいい宿に泊まって、冒険者ギルドで情報を仕入れて、そして・・・ふふふ」

ヴィクトルはベルナールの不気味な笑いに、眉を顰めた。

今、アンティーブ国の港町アラスに着いたばかりだというのに、ベルナールに付いてきた男に街の男が近寄り何か話をしている。
・・・まさか、アンティーブ国にもベルナールの協力者がいるのか?
その男はベルナールの耳にも何事かを囁いている。

「へー」

「どうした?」

「うん?最近はアラスの街の近くにあるゴダール男爵領地が栄えているらしいよ?なんでも立ち寄った冒険者たちが家督問題で揉めていた領地を立て直すのに尽力したんだって」

「?なんだその情報は?」

もっと血生臭い話かと思っていたのに、拍子抜けしてしまった。

「ここでの用事を済ませたら立ち寄って行こう。どうせ王都まで行くのだから」

「・・・勝手にしろ」

ベルナールはヴィクトルの肩を叩いて、前へと歩き出した。
その口元はトゥーロン王国ではすることのなかった微笑を浮かべて。





ヴィーはがっくりとしていた。
それはもう、両手両膝を地面に付けて、頭をだらーんと下げた姿勢で叫ぶ。

「なんだって、こんなことになるのよーっ!」

ヴィーの隣には赤子を抱いたルネと、勇ましい魔獣馬がカッカッと蹄を鳴らし立っていた。
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