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幸せになりましょう

汚された玉座

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抜き身の剣を片手に下げて、ユベールから目を離さず一歩一歩近づいていく俺に、怯えた奴は頭を左右に弱々しく振りながら尻でズリズリと後退る。
滑稽だな、もうすぐその空っぽな頭に王冠を戴くはずだったのに、この国の頂点に立つはずだったのに。
そして、腹立たしい。
こんな情けない男に、俺はすべて奪われたのかと。
剣を振りかざすつもりはないが、剣の柄を握る手に力がこもる。

「ヴィクトル。な、なんで生きているんだ・・・。俺が、俺が・・・」

「殺したのに? 残念だな、俺は生きているし、お前たちザンマルタン家は今日で終わりだ」

ユベールとの間に少しの距離を空けて俺は立ち止まる。

「ユベール。いま、モルガンがお前の母とザンマルタン侯爵を捕まえに行っている。もう、お前を守る者はいない」

ここにいたお前たちの取り巻きも、イザックたちの手によって拘束されいるし、ザンマルタン家の騎士が自分の命をかけてお前たちを助けにくることもないだろう。

「そんな・・・じじいまで。だが、まだいるぞ! お、お前たちのほうこそ、いま俺に跪くならば、ゆ・・・許してやるっ!」

強気な発言だが、ユベールはまだ立ち上がることはできない。

「そ、そうよ。いまなら特別に許してあげるわ。ユベール、ヴィクトルに公爵の地位をあげなさいっ」

ユーグから逃げ回っていたエロイーズが、床に座り込むユベールを盾にするように、その背中に隠れて叫ぶ。

「なにを! しかも、なんでヴィクトル殿下が臣籍降下させられるんですか!」

ユーグが俺の代わりに激怒する。
俺は左手を伸ばし顔を真っ赤にしたユーグを制し、冷たい視線で醜い二人を射る。

「うるさいな。言っただろう? お前たちの味方など、もういないと」

むしろ、最初からお前たち自身に忠誠を誓う者も、親愛の情を向ける者もいなかった。
母親は、父親のザンマルタン侯爵の命令どおりに後宮に入り王の子供を産んだだけで、妃としての公務はせずに贅沢だけをしていた。
お前ら二人を母親として愛したことなどないだろう。
ザンマルタン侯爵も同じだ。
二人をただ自身の権力の手駒としか見ていなかった。

俺の眼に憎しみと怒りだけでなく、憐憫の情が混じったのが察せられたのか、ユベールの顔が屈辱に歪むと、とうとうその口からこの国の秘密が発せられた。

「ザンマルタンにはミュールズがついてるんだ! 国王と前国王が後ろにいるんだ! お前ら、今すぐ俺を王にしろっ! じゃないとミュールズが攻めてくるぞ、お前らなんか皆殺しだ!」

「違うわよ! わたしよ、わたしを女王にしなさい! ヴィクトル、そうしたらあなたの命は助けてあげるわ」

ここまできても、王位を争うのか・・・お前らと俺との間に流れている血が恐ろしく感じられる。
俺はわざと俯き、か細い声でエロイーズに問う。

「エロイーズ。俺だけではない。ここにいるユーグも助けてくれるか?」

「はあぁ? あんた、何を考えているの? ダメよダメ! そいつ、獣人じゃないの。なんでそんな奴を助けなきゃいけないのよっ。しかもその犬っころは、わたしを縄で縛ろうとしたのよ? そいつなんか拷問したあとに縛り首よ!」

場を弁えない愚かな女の言葉は、ここにいる亜人全員の怒りだけでなく、その亜人を仲間としたイザックたち、俺たちの怒りをも買った。
俺は残酷に笑いながら俯けていた顔を上げ、エロイーズに対して火魔法を繰り出す。

「きゃあああっ! た、助けてーっ!」

エロイーズのドレスに当たった小さなファイヤーボールに、エロイーズは半狂乱になってゴロゴロと床を転がり回る。
そんな姉の姿を見ても助けようともせずに、自分の安全だけを確保するために四つん這いで逃げるユベール。

「ヴィクトル殿下。これを」

リシュリュー辺境伯の騎士の一人が俺に渡したのは、ミュールズ国で配られた新聞だ。

「ユベール。これを読め。さすがに文字ぐらいは読めるだろう?」

フンッと鼻で笑って新聞をユベールの顔面に投げる。
ぶはっと大げさに反応したあと、新聞を読みガクガクと震えだした。

「なによっ! なんでわたしを助けないのよ、ユベール!」

四方八方に転がってドレスに着いた火を消したエロイーズは、髪を振り乱しユベールへと突っかかる。

「・・・嘘だ・・・」

ユベールの手から落ちた新聞を、エロイーズも見る。

「えっ・・・。国王と前国王が幽閉? 新国王にミシェル第一王子? なんで・・・? 亜人奴隷売買のことも、帝国との取引も、みんなみんなバレているじゃないの!」

こんなものと言いながら、エロイーズは手にした新聞をビリビリに破っていくが、そんなことで事実は変わらない。

「わかっただろう? お前たちには、もう誰もいない。いや最初から誰もいなかった。せめてこの国の未来のために犠牲になれ」

エロイーズが蒼白な顔で俺を見る。
ユベールは頭を抱え子供みたいに泣きじゃくっている。

「いずれ、ミュールズ国王たちも幽閉されたままミシェルから毒杯を賜るだろう。亜人奴隷売買に関わった主な者は極刑になる。ザンマルタン侯爵もな」

トゥーロン王国が生まれ変わるために、民の目からも諸外国にもわかる形で終焉を迎えなければならない。
・・・本当なら、リリアーヌの仇として俺の手でお前たちを斬り殺してやりたいのに。

「ふうーっ」

息を深く吐いて気持ちを落ち着ける。
俺は王子で、この国の王となる。
私怨は・・・堪えなければならない。
グッと握った剣の柄に力を入れる。
決して、決して・・・ユベールとエロイーズを殺してはいけない!

「ヴィクトル殿下。二人を捕縛します」

「ああ」

ユーグとリシュリュー辺境伯の騎士たちが、呆然と床に座り込む二人を囲むようにして近づいていく。
俺の横には、いつのまにかベルナールが立っていた。
終わった・・・そう思った俺の耳に、二人の命乞いが聞こえてくる。

「嫌だ嫌だ! なんで俺が死ななきゃならないっ! 俺は何もしてないじゃないか! 亜人を奴隷にしていたのは俺だけじゃない! 亜人が差別されていたからいけないんだろう? 亜人がこの国にいるのがいけないんだっ」

「そうよそうよ! なんでわたしがこんな目にあうのよっ。亜人なんて別にどうでもいいじゃないの! 帝国が欲しいっていうからあげただけよ! 人じゃない者をわたしたちが使ってあげただけじゃないっ!」

ビキッと自分のこめかみから血管が浮き出る音がした。
剣の柄を握る手が・・・徐々に上へと上がるのを止められない。

「ヴィクトル! お前だってそうだろう? 王族で奴隷にしていたんだ。お前だって亜人差別をしていたんだ! 俺がお前を斬ったのだってお前が王太子になりそうだったからだ! 俺が王太子に選ばれていたら、お前が俺を斬っていたんだ!」

「わ、わたしだってそうよ。リリアーヌだってミュールズに嫁がれたら困るから排除しただけよ。いいじゃない、王女はわたしがいれば、他はいらないじゃないっ! ただそれだけのことよ!」

「貴様ら・・・。ここまできても、そんな言葉しか吐けないのかっ!」

食いしばった歯から漏れ出た声は、自分のものとは思えないほど低く怒りに燃えた声だった。
もう、剣を持った腕は頭の上に振りかざされていて、俺がユベールへと向かう足は止められなかった。

「亜人なんて、俺たちのためにいるんだっ! 俺たちのために死ねばいいんだっ!」

「ユベール!」

ザシュッ!

――――――玉座は、赤い血で汚された。

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