声なし王女と教育係

白藤結

文字の大きさ
39 / 48
第一部

四章(8)

しおりを挟む
 夜、とある貴族の屋敷で開かれた舞踏会にて。ジェラードとダンスを踊っているクラリスを見て、ルークは首を傾げる。
 ルークが所用で休んだ次の日から、クラリスの様子がおかしくなった。何かに迷っているように苦しげで、悲しげで、顔色はメイクをしていなくとも青白く、どこか儚げな雰囲気を漂わせていた。何かを憂いているような雰囲気、とも言える。とにかくいつもと違って闊達な様子はなく、明らかにつらそうだった。

 いったい何があったのかと、その前日はずっとクラリスに張りついていたはずのエッタに尋ねたのだが、彼女は無言で首を振るだけだった。おそらく言うのを止められているのだろう。
 それが、ルークには心苦しかった。二年以上の時を彼女のそばで過ごした。信頼されていると、思っていた。それなのに悩みを打ち明けてもらえないということは、それらが錯覚で、実はまだエッタほど信用されていないということであって……

 そのとき曲が終わりに向かい始めた。くるくると回っていた人たちも少しずつその動きを緩やかにしていく。ルークはクラリスたちが最後にいるであろう場所を予測すると、ホールの隅を歩いてなるべくその場所に近づいていった。
 その途中で曲が終わり、余韻もまた少しして消え去る。途端、会場はざわめきに包まれることとなった。

 ルークはほかの人と同じように何かをクラリスに向けて喋っているジェラードを見て、少し足を早める。急がなければ隣国の第二王子に返事をすることができなかったからと、悪意のある者によってクラリスが責められることとなるからだ。それだけは絶対に避けなければならない。
 二人の元に着くと、どうやらちょうどジェラードが話し終わったところらしく、口を閉じ、クラリスが手を上げた。ルークはそれを見て、言葉にする。

「わかっております。……もう少し、お待ちください」

 そう発しつつ、いったい何の話をしていたのだろう? とルークは内心首を傾げた。まったく話が見えてこない。あとでクラリスに尋ねたらいいのだろうが……もしそれが近ごろの不調に関わることであったら?

(傷口をえぐるような真似はしたくないし……)

 黙って見守っていたほうが良いだろう。そもそもルークはクラリスに従う者なのだ。アドバイスなどあまりでしゃばった真似をしては、離れてしまったあとが大変だろう。
 ――彼女のそばに、永遠にいられるはずなどないのだから。いずれ離れなければならない。

 それなのに。そうなることは理解しているのに。
 どうしてだかルークの胸はキリキリと締め上げられ、悲鳴をあげていて。
 思わずぐっ、と手を握りしめると、「そうですか」というジェラードの声が降ってきた。

「――ですが、気をつけてくださいね。クラリス様の体は、クラリス様だけのものではございませんから」

 その物言いにルークはとっさに表情筋を引き締めた。
 そういう言葉はあまり好きではなかった。クラリスだって人間で、彼女の意志が、望みがある。しかしその言葉はそれらを否定し、ただ王族としてあれというようなもので。
 ちらりと彼女の方を見れば、見るからに落ち込んだ様子でそっと目を伏せていた。どうして、と思う。そんなことを言われたのに、どうして彼を咎めない。あなた様はそれでいいのですか?

 ふと冷静さをかいてしまっていることに気づき、ゆっくりと呼吸を意識して行う。それだけで少しずつ鼓動は落ち着いていき、いつものように視野が広がって客観的に見られるようになった。
 そもそもジェラード自身には、言葉にそんな意味合いを含ませたつもりはないのかもしれないのだ。言葉とは曖昧なもので、状況を正確に認識していなければ言葉の真意を汲み取ることができないこともある。ルークがいないときに二人は会話していたようだから、今回もそれに当たるのかもしれない。
 ……それでも警戒しておくに越したことはないが。

 そう思い、ちらりとジェラードを見れば、にっこりとした笑顔がこちらに向けられた。しかし、その双眸は一切笑っていなくて。
 ――〝あの子〟とは全然違う。
 とろりとした蜂蜜色の髪は同じでも、顔立ちもよく似ていても、その瞳の色は、内包された感情はまったくの別物だ。

(いや……でも、あれから何年も経っているのだし……)

〝あの子〟も、このような瞳をするようになったのかもしれない。ルークのせいで。
 そんなことを思いつつ、しかし小さくかぶりを振って思考を切り替える。今はそのようなことを考えている場合ではない。〝あの子〟のことは、もう、ルークには関係のないことなのだから。

 そのとき、ジェラードがルークから視線を外し、にっこりとクラリスに笑いかけた。「では、そろそろ行きましょうか」と言ってエスコートのために手を差し出す。クラリスは――はい、と手話でそう答えて、そっと手を重ねた。これから二人で挨拶回りだ。本当はシャールフのことをよく知らないであろうジェラードをクラリスがリードするはずだったのだが、その関係は最初のころから崩れてしまっている。

(国王陛下も、気にしているだろうな……)

 おそらくクラリスにジェラードの案内を任せたのは、彼女に実績を上げさせて王位に一歩近づけるためだろうから。
 そんなことを考えながらルークは二人の数歩後ろをついて行き、彼らが立ち止まるとそっとクラリスの横に控えるようにする。二人が――というよりは主にジェラードが対応する者は本当に様々だ。公爵から果ては子爵まで。派閥もクラリス派、エリオット派、中立派関係なくにこやかに挨拶をしている。親しくする相手も派閥など一切気にしていないようだった。……少なくともそう見える。

 ルークはすっ、と目を細めた。彼の目的はいったい何なのだろう。ラウウィスの者だから派閥など知らない? ……そんなはずはない。ということは彼が親しくする人には何かしら共通点があるはずだ。しかしそれがまったく見えてこず、ルークはいつもひっそりと頭を悩ませていた。
 クラリスが成人をし、派閥間の対立が激しくなるこの時期に彼が来訪したのには、きっとなにか目的があるのだろう。しかしそれが、まったく見えてこなくて。

 はぁ、と思わず心の中でため息をつく。彼の目的がわからないのは国王も一緒らしく、側近のヘクターにそれとなく探るよう言われていたのだ。しかし成果はかんばしくなく、ただいたずらに時間が過ぎるばかりだった。
 そんなふうに考えながらも作り笑いを浮かべながらクラリスの手話通訳をしていると、「すみません」と声をかけられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...