歌姫は若き王を落としたい

白藤結

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8話 街中デートで落としたい(2)

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 デート当日、アルテシアが緊張しながらオズワルドの部屋に行けば、お忍びであるため、彼はどこかのいいところのお坊ちゃんのような格好をしていた。いつもは丁寧に撫で下ろされている髪はくしゃっとしており、衣服も下流貴族か中流貴族が着るようなものだ。雰囲気につられてか、目元がいつもよりキリッとしているような気がする。
 そんな平生とは違う彼に、アルテシアの胸がどきりと高鳴る。何となく見続けたくなくて、視線を逸らしながら戸惑いを隠すように告げた。

「ほ、ほら、行くわよ。今日はたーんと買い物につきあってもらうんだから!」
「ああ」

 返事をしたオズワルドの方を見ることなく、アルテシアは歩き出した。



 お忍びであるため中流貴族の格好をした二人と護衛は、王宮の使用人専用の裏口からこっそりと出た。オズワルドとアルテシアが並んで歩き、少し距離を取って護衛騎士が数人ついていく形だ。彼らにもなるべく中流貴族らしい衣服をまとってもらっている。
 ぽつぽつと会話しながら歩き、そして商店の並ぶ大通りへ来ると、アルテシアは思わず目を見開いた。

 時折聞こえてくる呼びこみの声に、まだ全員ではないもののちらほらと見られる人々の笑顔。屋台に並ぶ品物は相変わらず小ぶりで数は少ないけれど、きっと一年後、二年後には大ぶりのものがたくさん並んでいるに違いない。
 ほぅ、とアルテシアは感嘆の息をつく。初めてこの王都に足を踏み入れたとき、馬車からちらりと見えた光景。あれよりも少しだけ、だけど確実に国は良くなっている。

「すごいわね……。こんな短期間で、国ってこんな変わるものなの」
「いや、さすがにそれは無理だ。実は国王になる前……将軍だったときからいろいろと政策は進めていてな。いろいろな者たちに妨害されていたが、ときどきは議会で通っていたから、その成果が出たのだろう」
「そうだったの?」

 それは初めて知った。ふむ、とアルテシアは頷く。彼はずっと国のことを考え、国王になる前から国のために様々なことをしてきた。それが少し悔しい。アルテシアはレーヴェン王国にいたころ、何もしてこなかったから。
 だからこそ、これからはちゃんと国のことを考えて、憐れむだけじゃなくて救いの手も差し伸べるのだって決めた。それが、今のアルテシアがやりたいことだ。

 すっと目を閉じると、最後に見たレーヴェン王国の光景が瞼の裏に浮かぶ。色褪せた街、やせ細った人々。もうあの国から出てから結構な時間が経っている。国が発展するのには時間がかかるけれど、衰退するのは一瞬だ。きっと、その光景よりも状況は悪くなっている。

「……どうかしたのか?」

 オズワルドに尋ねられ、アルテシアは目を開き、彼の青みがかった黒い瞳を静かに見つめる。
 そして、ゆっくりと口を動かした。

「私はレーヴェン王国の国民が大事よ。だけど、シュミル王国の国民も大切だし、この世界に暮らす人全員が穏やかに、幸せに暮らせればいいなって思うわ。……ただの理想だって、分かってる。だけど、そうなってほしいのよ」
「…………そうか」

 オズワルドはそう言って、ゆるりと微笑んだ。優しく和らいだ目元に、思わず心臓が跳ねる。熱が頬に集まって、ごまかすためにぷいっとそっぽを向き、この話はこれで終わらせようと店を周り始めようとしたところで、オズワルドの低い声が鼓膜を揺らした。

「俺は、そんなこと諦めてしまっていた。うちの国民だけが助かればいいって、本気で思っていた。……レーヴェン王国に協力をしてもらおうと決めたのだって、結局は国民のためだ。だが……そうだな。シュミル王国の国民ではないとはいえ、彼らにも生活はあるし、悲しむ人もいる。そんなことすら見失っていた」

 そう、呟くように、気持ちを整理するかのようにオズワルドは言うと、改めてアルテシアを見つめた。いつの間にかアルテシアは自然と彼の方を振り返ってしまっていたため、真っ向から見つめられる形になる。
 そして、オズワルドは今まで見たことのない、少年らしい心の底からの笑みを浮かべた。


「ありがとう。だから、できることなら、これからもずっとともにいてほしい」


 そう言われて、思わず固まった。言葉の意味を理解するのに少しかかって、それでようやく噛み砕くと、顔が燃えるように熱くなった。頭の中が混乱する。ぱくぱくと口を動かして、なんとか声を出した。

「ね、ねぇ、それって……」

 ――プロポーズなの?
 そう尋ねようとした途端、サッと心臓が冷や水を浴びせられたかのように冷えた。……もし、違ったら。もし、馬鹿にされたら。そう思うと恐ろしくてたまらなくて、彼に訊くことなんてできやしなかった。
 アルテシアが黙りこくっていると、訝しんでか、オズワルドが「どうかしたのか?」と尋ねる。けれどそれに答えることはできなくて、不安を心の底に押し込んで感情を取り繕うと、ふんっと鼻を鳴らした。

「何でもないわ。ほら、早く行きましょう。私、雑貨屋に入りたいのよ」
「……そうか」

 わずかに不信感を抱いているようだったが、オズワルドは頷く。その顔を見ることなく、アルテシアはさっさと歩き始めた。

 足早に進み、ユイリアがおそらく侍女仲間から聞いたと思われる、おすすめの雑貨屋に入った。小さな木造建築の、可愛らしい雰囲気の雑貨屋で、扉を押すとカランカラン、とベルの音が響いた。
「わぁ」と思わずアルテシアは歓声をあげる。店の中はどこもかしこも可愛らしい雑貨で溢れていた。雑貨の種類も様々で、髪飾りからネックレス、はたまたレースで作られた靴下まで。

 アルテシアは無意識のうちに惹かれるようにして様々な雑貨を眺める。同じものでも薄いものから明るく濃いものまでと、色違いのものが多くあり、女性が好きな雑貨をいつでも付けれるようにと気遣いに溢れているように感じた。
 いろいろな棚を眺め、あれがいいこれがいいと見定めていく。そして、ある商品に目を留めた。

(可愛い……)

 アルテシアの胸がきゅう、と締まった。
 それは髪飾りだった。何の変哲もない、少しだけ地味と思われるベージュのリボンに真っ白なレースがついたもの。だけどうっすらと描かれたクマの模様がすごく可愛らしくて、とても丁寧に作られていて、アルテシアはすぐにこれが欲しい、と思った。
 だけど……。アルテシアは顔を歪め、自らの髪をひと房持ち上げた。

(私、こんな髪だもの……きっと似合わないわね)

 アルテシアの髪は主張の強いにんじん色だ。控えめなベージュなんて髪色に負けて消えてしまうだろう。むしろ邪魔になってしまう。
 ため息をこぼしながら別の雑貨を見ようとすると、ぬっと背後から男らしいがっしりとした手が伸びてきて、アルテシアの見ていた髪飾りを掴んだ。え、と思いながら見ると、すぐ傍にはオズワルドがいた。さぁ、とアルテシアは青ざめる。ただでさえこちらの買い物に付き合ってもらっているのに、完全に存在を忘れて放置してしまっていた。こんな可愛らしい女性向けの雑貨屋で、居心地が悪かったに違いない。

 慌てて謝ろうとしたが、オズワルドはこちらに視線を向けることなく、手に持った髪飾りをアルテシアの髪にそっとつけた。あまりにも優しくつけたためか少しずりおちるのが見えなくても分かったけれど、目の前にいる彼に気にした様子はない。うん、と頷きながら髪飾り――アルテシアの耳元に口を寄せた。

「やはり、おまえは可愛いな」

 低く掠れた声が耳をくすぐり、アルテシアは思わず身をよじった。そしてしばらくして言葉の意味を理解すると、カァ、と顔を真っ赤に染め、「な、な……」と意味のない音を口からこぼす。
 そんなアルテシアを見て、オズワルドは甘い笑みを浮かべ、再度髪飾りに触れた。

「もう少し見るか?」

 アルテシアはぶんぶん、と首を振った。気に入ったものが見つかる度にあんな声出されたら、耳がもたない。

「も、もう大丈夫……」
「そうか」

 そう言うと、オズワルドはアルテシアの手を掴み、いつの間にか奥に控えていた店主の元へと向かう。おそらく初めからいたのだろうが、雑貨に夢中だったアルテシアはその存在に全く気づいてなかった。なんとなく気恥ずかしくて、目を伏せる。
 オズワルドは店主の元に着くと、「これをくれ」と言ってアルテシアの髪飾りを指差した。店主は微笑んだまま値段を口にする。平民もやって来るからだろうか、その値段は想像よりはるかに安かった。
 へぇ、と思いながらアルテシアが頷いていると、オズワルドがこちらを覗きこむ。顔が間近にまで迫って、思わず胸が跳ねた。

「そういえば、俺は荷物持ちのつもりだからお金を持ってきてないが、おまえは?」

 …………お金。アルテシアは慌てて、ユイリアの気遣いを期待しながら簡素なドレスのポケットを漁る。入っていたのは真っ白なハンカチだけで、お金だと思われるものは何もない。
 さぁ、と青ざめる。その様子から察したのか、オズワルドが確認するように、厳しい顔つきで尋ねる。

「……ないんだな」
「……ええ。いつも、ユイリアに任せていたから……」

 なんとも言えない沈黙が店の中に落ちた。
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