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第2部 母と娘の関係
3-3お祭り前の浮かれた町の雰囲気って何か好き
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目が覚めると、しばらくの間、布団のぬくぬく感を楽しむ。少し時間が経ってから、時計を確認した。すると、時間は九時ちょっと前……。
「やばっ、遅刻っ!」
私はガバッと跳ね起きるが、ハッと気付いて冷静に考える。
「そうだ、今日はお休みだったんだ――」
一瞬ヒヤッとしたが、大きく息を吐いて落ち着いた。
週六で働いているため、すっかり『仕事モード』が身についている。なので、休みの日でも、仕事の感覚が残っており、四六時中、緊張の糸が張り詰めていた。いつもなら、とっくに働いている時間なので、何だかおかしな感じがする。
学生時代は、毎日、緊張の欠片もなかったし、休みの日も、寝たいだけ寝て、それでも寝たりなく感じていた。
でも、今は五時半起きが、すっかり習慣になっており、九時まで寝れば十分満足だ。休みの日でも、早朝に目が覚める場合もある。昔に比べると、ずいぶん生活スタイルが変わったものだ。
ベッドで上半身を起こしたまま、しばらくボーっとして時間を過ごす。このボーっとできる時間が、休日の楽しみの一つだ。しかし、数分後には、ベッドから勢いよく飛び降りた。
「朝ごはん、買いに行かなきゃ……」
自炊はしないし保存庫もないので、食べ物の買い出しは、最優先事項だ。早起きをするようになった理由の一つが、この食糧確保のためだった。
朝市やセールに行ったり、焼き立てを買いに行ったりとか。あちこち飛び回るので、結構、忙しい。こっちに来てからは、毎日、チラシも見るようになった。
黙っていても、勝手に食卓に料理が並んでいた実家と違って、限られた予算で、全て自分でやらなければならない。当然、のんびり寝てる暇なんてないよね。
パジャマを脱ぎ捨て私服に着替えると、首にタオルを引っ掛け、ハシゴを降りる。物置部屋の扉を開け階段に向かうと、一階まで一気に駆け下りた。
屋根裏のハシゴも加えると、六階分の階段があるので、ゆっくり歩いていると、物凄く時間が掛かってしまう。まぁ、ドタドタ駆け降りるせいで、よくノーラさんには怒られるんだけど――。
一階の廊下を一番奥まで進むと、小さな流しがある。掃除の用具入れが置いてあり、主に掃除で使うための流しだ。でも、私はいつも、ここで顔を洗っている。屋根裏部屋は、水道が来てないので、ここしか水を使える所がないからだ。
サッと顔を洗いタオルで拭くと、鏡でチェックし、髪や服を適当に整える。昔は完全に無頓着だったけど、シルフィードになってからは、割と身だしなみを気を付けるようになった。
と言っても、ナギサちゃんほど、ビシッとしてる訳じゃないけどね。化粧やスキンケアも、全然やってないし。
「よしっ」
準備が終わると階段に戻り、今度は五階まで一気に駆け上がる。いったん部屋に戻り、ハンガーにタオルを掛けると、財布とマギコンをポケットに突っ込み、再び一階まで駆け降りた。
顔を洗うだけでも、毎回、往復が必要だ。でも、中学時代、陸上部で鍛えた足は健在で、寝起きの目覚ましには、ちょうどいい運動なんだよね。
そういや昔、部活の練習の時、近所の神社に行って『階段ダッシュ』とかよくやったっけ。あれは百段以上あったから、ここの階段は、まだ楽なほうだ。
庭に出てエア・ドルフィンに乗ると、スーッと高度を上げ、町の上空を飛んでいく。向かう先は、行きつけのパン屋〈レモンハウス〉だ。
このお店は、とにかく安くて大きい。もちろん、味も物凄く美味しかった。チェーン店も多いけど、ここは個人店で、いかにも『町のパン屋さん』といった感じだ。
仕事の時は、練習飛行で日によって違う地区に行くから、色んなパン屋を回っている。でも、休日は決まってこの店に買いに行っていた。今のアパートに住み始めてから、ずっと通ってるし、女将さんとも顔なじみだからだ。
ゆっくり町の上空を飛行していると、レインボーカラーなどの、ビビッドな屋根が見えてきた。この町は、派手な色の屋根が多い。空を飛ぶ人が多いので、目印代わりにしているのと、建物の個性を出すためだ。
いかに、個性的な屋根を作るかが、建物のステータスになっていた。そのため、結構、凝った屋根が多い。
派手な色にしたり、屋根に文字や絵を描いたり、大きな風見鶏やオブジェクトを設置したり。特に、商売をやっている建物は、奇抜な屋根が多い。空がメインの交通手段である、この世界ならではの、独自の文化だった。
しばらくすると、屋根の上の『巨大なレモン』のオブジェクトが見えて来た。大きい上に黄色なので、上空からでも良く見える。オブジェクトには『レモンハウス』の文字が書かれていた。
店の上までくると、香ばしいパンの香が漂って来る。匂いを嗅いだだけで、おなかが『グーッ』と音を立てた。
いやー、今日も私の胃袋は絶好調。九時に開店だから、この時間に来ると、全て焼き立てなんだよね。
店の前にエア・ドルフィンを停めると、私は期待に胸を膨らませながら、店に入った。扉を開けると、パンを並べていた女将さんが、こちらに振り返る。
「あら、風歌ちゃん、おはよう」
「おはようございます、マナさん」
笑顔の女将さんに、元気よく挨拶を返す。
このお店は、家庭的な雰囲気で、店に入るとホッとするんだよね。何か、実家に帰って来たような、不思議な安心感がある。女将さんも、とても気さくで明るいし。
ちなみに、この町には『マナ』という名前の女性が多い。『マナの恩恵を得られるように』と願いのこもった、縁起のいい名前なんだって。
「今日は、お仕事お休み?」
「はい、今日は一日のんびりです」
食料の確保さえできれば、あとは、一日中のんびり、まったり過ごす。空を散歩したり、広場のベンチで休憩したり、何も考えずに、ダラダラと過ごしている。まぁ、週に一回ぐらいは、力抜かないとね。
「じゃあ、ゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます。ちなみに、今日のオススメはなんですか?」
「全部お勧めだけど、ジャンボ・コロッケパンが、今日のイチオシよ」
マナさんが指さす先には、大きなコロッケパンが、どーんと置いてあった。
「うわぁ、すっごく食べごたえありそう!」
普通のコロッケパンって、コッペパンの間に切れ目を入れて、半分に切ったコロッケが二つ入ってる感じだよね。でも、ここのは、大きなコロッケが丸ごと二枚、これまた大きなコッペパンで挟んである。
大きすぎて、コロッケがパンから、思いっ切りはみ出していた。パンというより、バーガーに近い。
間に入っている千切りキャベツも量が多く、パンが物凄く盛り上がっている。流石に、ジャンボの名は伊達ではなかった。朝にしては、少し重い気がするけど、今日は休みだからいいよね。
私は『ジャンボ・コロッケパン』を手に取りトレーにのせるが、重量感が半端なかった。あとは、お約束の『ジャンボ・メロンパン』だ。ここに来ると、必ず買ってしまう。ニ十センチの大きさがありながら、味は繊細で、とてもおいしい。
うーん、二つも食べられるかなぁ? でも、普段は節約してるし。仕事のために、しっかり栄養とっておかないとね。どっちも、カロリーが超高そうだけど、私はいくら食べても太らない体質なので、問題ナッシング。
レジに行くと、笑顔で待機していたマナさんが、嬉しそうに話し掛けて来る。
「もうすぐ『蒼海祭』だけど、風歌ちゃんの会社は何かやるの?」
「うちの会社は、何もやらないです。二人しかいない小企業なので。でも『蒼海祭』は初参加なので、凄く楽しみです!」
やはり、この時期はどこに行っても『蒼海祭』の話題がでる。あと、いつもに比べて、ウキウキした感じの人が多かった。お祭りが楽しみなのは、私だけじゃないみたい。
「風歌ちゃんは、この町に来たばかりだもの。全部のお祭りが初めてなら、楽しみが一杯あるわね」
「はい、何から何まで超楽しみです!」
「若いって、いいわねぇ」
「マナさんだって、凄く若いじゃないですかー」
見た感じ、二十代後半ぐらいだと思う。
「あら嬉しい。それじゃ、これサービスしちゃう」
「わーい、ありがとうございます!」
マナさんは、持ってきたばかりのトレーから、大きなクロワッサンを一つ取り、追加で袋に入れてくれた。個人店だと、割とこういうサービスをしてくれることが多い。
「そうそう、うちも『蒼海祭』には出店するから、是非、遊びに来てね」
「パン屋さんも、出店をやるんですか?」
「えぇ、参加するパン屋は多いわよ」
へぇー、そうなんだ。この町はパン屋が多いから、物凄い数の店が出るんだろうなぁ。
「やっぱり、海産物を販売するんですか?」
「売るのはパンやお菓子よ。魚の形とか、海に関係あれば、何でもいいから」
「あぁ、なるほど」
確かに、パン屋が魚を売るわけないか……。
「最近は、全く関係ないお店も増えたわね。昔は儀式的なものだったらしいけど、今はただの娯楽だから。でも、お祭りは、楽しければ何でもありよね」
「ですよねー」
二人で顔を見合わせて笑う。
「風歌ちゃんは、お祭り中は、仕事が忙しいんじゃない?」
「いえ、私はいつも通りです。まだ見習いで、お客様を乗せられないので。午前中に仕事を軽く手伝ったら、あとはフリーなんです」
今回も、ナギサちゃんたちと一緒に、お祭りを見て回る予定だ。
「なら、ゆっくりお祭りを楽しめるわね」
「出店を片っ端から回る予定です。最初は『イベントの時に遊んでていいのかなぁ』って、凄く心配だったんですけど。実際に参加して楽しむのも、新人の立派な仕事だって、先輩に言われて」
リリーシャさんも、昔、見習い時代は、お祭りを楽しんでたって、言ってたし。アリーシャさんも、やっぱり、同じだったんだって。みんな、めぐりめぐって、成長しているんだよね。
だから、一人前になるまでは、私もお祭りを全力で楽しもうと思う。そして、いつか後輩ができたら、同じことを言って、伝えてあげるんだ。まぁ、私に後輩ができるかは、謎だけど……。
「とても良いことを言う先輩ね」
「はい、最高の先輩です!」
私は、しばらく世間話をしたあと、パンの袋を大事に抱えて店を出た。
それにしても、毎月イベントがあるから、楽しいことだらけだよね。『先輩を差し置いて、新人の私がこんなに楽しんでいいのだろうか?』という負い目は、前回の『魔法祭』の時に、すっかりなくなった。
リリーシャさんがよく言っている『楽しむことが大事』というのは、本当だと思う。自分が楽しめないと、お客様を楽しませることは出来ないし。楽しむことが、一人前のシルフィードになるために必要なら、思いっ切り楽しまないとね。
私はエア・ドルフィンに乗ると、こぶしを握り締め気合を入れた。
「よし、今日も一日、楽しみまっしょい!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『久々に三人そろった楽しいランチタイム』
人間同士仲良くなるには美味しいものを一緒に食べるのが一番だ
「やばっ、遅刻っ!」
私はガバッと跳ね起きるが、ハッと気付いて冷静に考える。
「そうだ、今日はお休みだったんだ――」
一瞬ヒヤッとしたが、大きく息を吐いて落ち着いた。
週六で働いているため、すっかり『仕事モード』が身についている。なので、休みの日でも、仕事の感覚が残っており、四六時中、緊張の糸が張り詰めていた。いつもなら、とっくに働いている時間なので、何だかおかしな感じがする。
学生時代は、毎日、緊張の欠片もなかったし、休みの日も、寝たいだけ寝て、それでも寝たりなく感じていた。
でも、今は五時半起きが、すっかり習慣になっており、九時まで寝れば十分満足だ。休みの日でも、早朝に目が覚める場合もある。昔に比べると、ずいぶん生活スタイルが変わったものだ。
ベッドで上半身を起こしたまま、しばらくボーっとして時間を過ごす。このボーっとできる時間が、休日の楽しみの一つだ。しかし、数分後には、ベッドから勢いよく飛び降りた。
「朝ごはん、買いに行かなきゃ……」
自炊はしないし保存庫もないので、食べ物の買い出しは、最優先事項だ。早起きをするようになった理由の一つが、この食糧確保のためだった。
朝市やセールに行ったり、焼き立てを買いに行ったりとか。あちこち飛び回るので、結構、忙しい。こっちに来てからは、毎日、チラシも見るようになった。
黙っていても、勝手に食卓に料理が並んでいた実家と違って、限られた予算で、全て自分でやらなければならない。当然、のんびり寝てる暇なんてないよね。
パジャマを脱ぎ捨て私服に着替えると、首にタオルを引っ掛け、ハシゴを降りる。物置部屋の扉を開け階段に向かうと、一階まで一気に駆け下りた。
屋根裏のハシゴも加えると、六階分の階段があるので、ゆっくり歩いていると、物凄く時間が掛かってしまう。まぁ、ドタドタ駆け降りるせいで、よくノーラさんには怒られるんだけど――。
一階の廊下を一番奥まで進むと、小さな流しがある。掃除の用具入れが置いてあり、主に掃除で使うための流しだ。でも、私はいつも、ここで顔を洗っている。屋根裏部屋は、水道が来てないので、ここしか水を使える所がないからだ。
サッと顔を洗いタオルで拭くと、鏡でチェックし、髪や服を適当に整える。昔は完全に無頓着だったけど、シルフィードになってからは、割と身だしなみを気を付けるようになった。
と言っても、ナギサちゃんほど、ビシッとしてる訳じゃないけどね。化粧やスキンケアも、全然やってないし。
「よしっ」
準備が終わると階段に戻り、今度は五階まで一気に駆け上がる。いったん部屋に戻り、ハンガーにタオルを掛けると、財布とマギコンをポケットに突っ込み、再び一階まで駆け降りた。
顔を洗うだけでも、毎回、往復が必要だ。でも、中学時代、陸上部で鍛えた足は健在で、寝起きの目覚ましには、ちょうどいい運動なんだよね。
そういや昔、部活の練習の時、近所の神社に行って『階段ダッシュ』とかよくやったっけ。あれは百段以上あったから、ここの階段は、まだ楽なほうだ。
庭に出てエア・ドルフィンに乗ると、スーッと高度を上げ、町の上空を飛んでいく。向かう先は、行きつけのパン屋〈レモンハウス〉だ。
このお店は、とにかく安くて大きい。もちろん、味も物凄く美味しかった。チェーン店も多いけど、ここは個人店で、いかにも『町のパン屋さん』といった感じだ。
仕事の時は、練習飛行で日によって違う地区に行くから、色んなパン屋を回っている。でも、休日は決まってこの店に買いに行っていた。今のアパートに住み始めてから、ずっと通ってるし、女将さんとも顔なじみだからだ。
ゆっくり町の上空を飛行していると、レインボーカラーなどの、ビビッドな屋根が見えてきた。この町は、派手な色の屋根が多い。空を飛ぶ人が多いので、目印代わりにしているのと、建物の個性を出すためだ。
いかに、個性的な屋根を作るかが、建物のステータスになっていた。そのため、結構、凝った屋根が多い。
派手な色にしたり、屋根に文字や絵を描いたり、大きな風見鶏やオブジェクトを設置したり。特に、商売をやっている建物は、奇抜な屋根が多い。空がメインの交通手段である、この世界ならではの、独自の文化だった。
しばらくすると、屋根の上の『巨大なレモン』のオブジェクトが見えて来た。大きい上に黄色なので、上空からでも良く見える。オブジェクトには『レモンハウス』の文字が書かれていた。
店の上までくると、香ばしいパンの香が漂って来る。匂いを嗅いだだけで、おなかが『グーッ』と音を立てた。
いやー、今日も私の胃袋は絶好調。九時に開店だから、この時間に来ると、全て焼き立てなんだよね。
店の前にエア・ドルフィンを停めると、私は期待に胸を膨らませながら、店に入った。扉を開けると、パンを並べていた女将さんが、こちらに振り返る。
「あら、風歌ちゃん、おはよう」
「おはようございます、マナさん」
笑顔の女将さんに、元気よく挨拶を返す。
このお店は、家庭的な雰囲気で、店に入るとホッとするんだよね。何か、実家に帰って来たような、不思議な安心感がある。女将さんも、とても気さくで明るいし。
ちなみに、この町には『マナ』という名前の女性が多い。『マナの恩恵を得られるように』と願いのこもった、縁起のいい名前なんだって。
「今日は、お仕事お休み?」
「はい、今日は一日のんびりです」
食料の確保さえできれば、あとは、一日中のんびり、まったり過ごす。空を散歩したり、広場のベンチで休憩したり、何も考えずに、ダラダラと過ごしている。まぁ、週に一回ぐらいは、力抜かないとね。
「じゃあ、ゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます。ちなみに、今日のオススメはなんですか?」
「全部お勧めだけど、ジャンボ・コロッケパンが、今日のイチオシよ」
マナさんが指さす先には、大きなコロッケパンが、どーんと置いてあった。
「うわぁ、すっごく食べごたえありそう!」
普通のコロッケパンって、コッペパンの間に切れ目を入れて、半分に切ったコロッケが二つ入ってる感じだよね。でも、ここのは、大きなコロッケが丸ごと二枚、これまた大きなコッペパンで挟んである。
大きすぎて、コロッケがパンから、思いっ切りはみ出していた。パンというより、バーガーに近い。
間に入っている千切りキャベツも量が多く、パンが物凄く盛り上がっている。流石に、ジャンボの名は伊達ではなかった。朝にしては、少し重い気がするけど、今日は休みだからいいよね。
私は『ジャンボ・コロッケパン』を手に取りトレーにのせるが、重量感が半端なかった。あとは、お約束の『ジャンボ・メロンパン』だ。ここに来ると、必ず買ってしまう。ニ十センチの大きさがありながら、味は繊細で、とてもおいしい。
うーん、二つも食べられるかなぁ? でも、普段は節約してるし。仕事のために、しっかり栄養とっておかないとね。どっちも、カロリーが超高そうだけど、私はいくら食べても太らない体質なので、問題ナッシング。
レジに行くと、笑顔で待機していたマナさんが、嬉しそうに話し掛けて来る。
「もうすぐ『蒼海祭』だけど、風歌ちゃんの会社は何かやるの?」
「うちの会社は、何もやらないです。二人しかいない小企業なので。でも『蒼海祭』は初参加なので、凄く楽しみです!」
やはり、この時期はどこに行っても『蒼海祭』の話題がでる。あと、いつもに比べて、ウキウキした感じの人が多かった。お祭りが楽しみなのは、私だけじゃないみたい。
「風歌ちゃんは、この町に来たばかりだもの。全部のお祭りが初めてなら、楽しみが一杯あるわね」
「はい、何から何まで超楽しみです!」
「若いって、いいわねぇ」
「マナさんだって、凄く若いじゃないですかー」
見た感じ、二十代後半ぐらいだと思う。
「あら嬉しい。それじゃ、これサービスしちゃう」
「わーい、ありがとうございます!」
マナさんは、持ってきたばかりのトレーから、大きなクロワッサンを一つ取り、追加で袋に入れてくれた。個人店だと、割とこういうサービスをしてくれることが多い。
「そうそう、うちも『蒼海祭』には出店するから、是非、遊びに来てね」
「パン屋さんも、出店をやるんですか?」
「えぇ、参加するパン屋は多いわよ」
へぇー、そうなんだ。この町はパン屋が多いから、物凄い数の店が出るんだろうなぁ。
「やっぱり、海産物を販売するんですか?」
「売るのはパンやお菓子よ。魚の形とか、海に関係あれば、何でもいいから」
「あぁ、なるほど」
確かに、パン屋が魚を売るわけないか……。
「最近は、全く関係ないお店も増えたわね。昔は儀式的なものだったらしいけど、今はただの娯楽だから。でも、お祭りは、楽しければ何でもありよね」
「ですよねー」
二人で顔を見合わせて笑う。
「風歌ちゃんは、お祭り中は、仕事が忙しいんじゃない?」
「いえ、私はいつも通りです。まだ見習いで、お客様を乗せられないので。午前中に仕事を軽く手伝ったら、あとはフリーなんです」
今回も、ナギサちゃんたちと一緒に、お祭りを見て回る予定だ。
「なら、ゆっくりお祭りを楽しめるわね」
「出店を片っ端から回る予定です。最初は『イベントの時に遊んでていいのかなぁ』って、凄く心配だったんですけど。実際に参加して楽しむのも、新人の立派な仕事だって、先輩に言われて」
リリーシャさんも、昔、見習い時代は、お祭りを楽しんでたって、言ってたし。アリーシャさんも、やっぱり、同じだったんだって。みんな、めぐりめぐって、成長しているんだよね。
だから、一人前になるまでは、私もお祭りを全力で楽しもうと思う。そして、いつか後輩ができたら、同じことを言って、伝えてあげるんだ。まぁ、私に後輩ができるかは、謎だけど……。
「とても良いことを言う先輩ね」
「はい、最高の先輩です!」
私は、しばらく世間話をしたあと、パンの袋を大事に抱えて店を出た。
それにしても、毎月イベントがあるから、楽しいことだらけだよね。『先輩を差し置いて、新人の私がこんなに楽しんでいいのだろうか?』という負い目は、前回の『魔法祭』の時に、すっかりなくなった。
リリーシャさんがよく言っている『楽しむことが大事』というのは、本当だと思う。自分が楽しめないと、お客様を楽しませることは出来ないし。楽しむことが、一人前のシルフィードになるために必要なら、思いっ切り楽しまないとね。
私はエア・ドルフィンに乗ると、こぶしを握り締め気合を入れた。
「よし、今日も一日、楽しみまっしょい!」
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『久々に三人そろった楽しいランチタイム』
人間同士仲良くなるには美味しいものを一緒に食べるのが一番だ
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