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第3部 笑顔の裏に隠された真実
2-4人が多いところは嫌いだけどスイーツの誘惑には逆らえない
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私は〈新南区〉の上空を、ゆっくり飛んでいた。人が多いところは嫌いだから、普段は、まず来ない場所だ。でも、全ての地区を把握しなければならないから、他の人と一緒の時は、たまに来る。一人で来たのは、今日が初めてだ。
あまり、来たくないけど、今日は特別な目的がある。昨日、メイリオ先輩の部屋に置いてあった雑誌に、スイーツ特集がのっていた。その中に、超おいしそうな『ジェラート』があった。
その店が〈新南区〉にある。だから、わざわざ、店を探しにやって来た。ただ、空から地上を見渡すと、物凄く人が多い。見ていたら、下に降りるのが嫌になってきた。
「誰か誘ったほうが、よかったかな……?」
でも、初めての店は、基本、一人で行くことにしている。誰かを誘って、もし、ハズレの店だったら嫌だし。それに、初めての時は、一人でじっくり、味わいたいからだ。話すのは、嫌じゃないけど、食べる時は、黙々と集中したい。
私は、しばらく、空中をうろうろする。下の様子を確認したあと、覚悟を決めて、地上におりた。駐車場に、エア・ドルフィンをとめると、大通りに出て、目的地に移動を開始する。でも、人が多くて、視界が悪い。こんな時は、背が低いと不便だ。
直接、店まで飛んで行けばよかったけど、雑誌には『駐車スペースがない』と書いてあった。それに、場所も何となくしか、分からない。行けば分かると思って、適当に来てしまった。
こんな時は『ナギサがいれば』と、つい思ってしまう。超うるさいけど、下調べは万全だし、地形もよく知っている。だから、ナギサがいる時は、ついて行くだけで大丈夫。
私は、人の動きに流されながら、少し早足で歩いていた。順調に前には進んでるけど、場所がよく分からない。何だか、だんだん気分が悪くなってきた。おそらく、人が多すぎて、人混みに酔ったんだと思う。
「うーん――気持ちわるい」
私は、そばにあった街灯に、もたれかかり、少し休憩する。深呼吸しようにも、空気が悪くて、息を吸う気になれない。同じ町なのに、風があまり吹いてないし、空気も、よどんでいる気がする。
風歌たちときた時は、二人のあとについていたから、何ともなかった。でも、一人だと、こんなに辛いとは……。
少し休憩していると、
「おい、大丈夫か?」
横から声を掛けられた。
ゆっくり視線を向けると、見覚えのある顔だった。
「キラリン――」
「キラリンじゃなくて、キ・ラ・リ・ス!」
「声でかすぎ……頭にひびく」
相変わらず、さわがしい。
「顔色よくないけど、体調でも悪いのか?」
「店さがしに来たけど、人混みに酔った――」
人が多いから、何となく、嫌な予感はしてた。でも、ここまで気分が悪くなるとは、思わなかった。会社にいる時は、人が多くても、ここまで酷くはならない。
「クフフフッ、何だそんなことか。なら、我に任せるがいい。ここは、我が庭のようなものだからな」
キラリスは、顔に手を当て、急に変なポーズをとる。
「……いい、他の人にきくから」
今は、おふざけに、付き合う気力はない。
「って、ちょっとちょっと、何で私を避けるのよ? 頼れる人が、目の前にいるでしょうが!」
「だって、何か頼りなさそうだし――」
私は疑いのまなざしで、キラリスを見た。
「ちょっ、その冷たい視線やめて……。私、超地元民なんですけどっ! 家も会社も〈新南区〉なんだから」
「じゃあ〈レインボー・ジェラート〉知ってる?」
あまり期待できない。でも、地元ならしってるかも――。
「フッ、もちろん、知ってるとも。店の上空は、いつも通ってるからな」
「なら、案内して」
「クフフフッ、この我に、力を貸せというのか? だが、それには対価が必要だな」
面倒なので、私は歩き始めた。やっぱ、自分で探そう……。
「って、冗談、冗談だってば! もちろん、するする。案内するからー」
キラリスは、私の腕を、ガシッと掴んできた。相変わらず、訳わかんないし、面倒くさい。まだ、話が通じる分、うるさいナギサのほうがましだ。
結局、何だかんだで、キラリスと店に向かうことになった。面倒な性格だけど、店を知っているなら、ついて行ったほうが確実かも。
「何であの店、知ってるんだ?」
キラリスは、私の少し前を歩きながら、たずねて来た。
「雑誌に、若い女の子に大人気って、のってた」
「あー、なるほど。確かに、いつも女子の行列が、できてるもんなぁ」
雑誌に書いてあった通り、やはり人気があるらしい。私は、人混みに酔わないように、キラリスの背中だけを見て歩く。
何度か、道を曲がって進んだところで、
「ほら、あの店だ。行列ができてるだろ」
キラリスが、声をかけて来る。
「おぉ、雑誌で見たのと同じ。よく来るの?」
「クフフフッ、我があんなミーハーな店に、行くわけがあるまい。我が好きなのは、もっとクールな店だ」
ようするに、一度も来たことが無いらしい。
「なら、ここまででいいや。じゃあ」
私は、軽く手をあげると、さっさと列の最後尾に向かう。
「って、ちょっと! ここまで来て、それは無いんじゃないの?」
「だって、嫌いなんでしょ?」
最初から、一人で行くつもりだったから、無理に付き合ってもらう必要はない。
「べ、別に、嫌いとは言ってないし。まぁ、参考までに、ちょっと寄ってみても、いいかなぁー、なんて」
キラリスは、私のあとについてきて、結局、一緒に並ぶことになった。本当に、面倒な性格だ。
しかし、さすがは人気店。人が多くて、なかなか進まなかった。でも、行列に並んで待つ時間は、嫌いじゃない。待てば待つほど、期待感が大きくなり、食べた時、おいしく感じるからだ。
結局、待つこと二十分。ようやく、私たちの番が回って来た。
「自分は、この『ダブル・ブラック』で。クフフフッ、このいかにも、ダークでクールな感じが、素晴らしいな」
最初は、渋々な感じだったキラリスも、いつの間にか、ノリノリになっていた。順番が来る前に、何を食べるか、かなり真剣に選んでたし。
本当は、来たかったけど、単に来る勇気が、なかっただけな気がする。ちなみに『ダブル・ブラック』は、チョコとコーヒーの組み合わせだ。甘さ控えめで、ちょっとビターな味わい。
「私は『レインボー・スーパーデラックス』で」
私も、並んでいる間に決めていたのを、すぐに注文する。メニュー表を見た瞬間、一発で食べるのが決まった。
「って、おい――マジで、それいくのか? 流石に、ヤバイだろ?」
「大丈夫。よゆうで、食べられる」
驚きの声を上げるキラリスに、即答する。
『レインボー・スーパーデラックス』は、七種類のジェラートを、超特盛にしたものだ。まさに、スーパーデラックスなサイズ。並んでいた間、これを注文した人は、一人もいない。
店員が、大きなカップに、ジェラートを次々と盛って行くのを見ていると、期待感がどんどん増してきた。待っている間に、おなかがグーッと鳴る。探し回ったあげく、かなり待たされたので、胃袋はすでに限界だ。
しばらくすると、映画館のポップコーンみたいな、でっかい容器に、七色の鮮やかなジェラートが、山盛りになって出てきた。私は、会計を手早く済ますと、大きな容器を持ち上げる。ずしっとした、重量感が伝わってきて、気分が高揚した。
「マジで、ヤバイなそれ……」
「超おいしそう!」
キラリスだけでなく、他の並んでいた人たちからも、一斉に視線が集まり、驚きの声が上がった。自分の頼んだのが、注目されるの、何となく気分がいい。
私とキラリスは、テーブルに着くと、さっそく食べ始めた。まずは、七色のジェラートを、一つずつ味見してみる。どれも超おいしい!
さっぱりしたの、こってりしたの、甘さが強いの、すっぱいの。色々あって飽きが来ない。味をつぶしあってないし、とてもいい組み合わせだった。このコンビネーション考えた人、きっと天才だ。
一通り味見が終わると、私は本腰を入れて食べ始めた。あまり時間をかけ過ぎると、溶けてしまうので、少しずつペースを上げていく。それでも、ちゃんと味わうことは、忘れない。カップを回して、味変しながら、どんどん食べ進めていった。
となりのキラリスは、ちびちびと食べていた。どうやら、冷たいものは、得意ではないらしい。なら、無理に付き合わなくてもいいのに――。
黙々と食べていると、山盛りだったジェラートも、カップの底に、残りわずかになった。混ざってしまっているけど、それでも美味しい。
カップを傾け、残りの全てを、綺麗に食べきる。残さず全部たべるのが、特盛メニューを頼む時の、大事なマナーだ。だから、私は一度も残したことがない。
私は完食すると、カップとスプーンを置いて、フーッと息をはき出した。社員食堂の『究極盛』に比べれば、全然、楽勝だ。胃にたまる物ではないので、むしろ、少し物足りない気がする。
「マジか……。その小さな体の、どこに入ってるんだ? お前の胃袋は、魔界にでも通じてるのか?」
私の少しあとに食べ終わったキラリスが、驚いた表情を浮かべていた。
「まだ、全然よゆう。もう一個、食べようかな――」
私がメニューを見始めると、
「いや、待て待て。流石に止めとけ!」
キラリスが、真剣な表情で制止する。
「んー……そっか。じゃあ、昼ごはん食べに行こう」
「ちょっ、まだ食べるのか?!」
「だって、もうすぐ昼ごはんの時間。じゃ、私はランチに行くから」
私は立ち上がり、左手を軽くあげると、振り返って駐車場に向かう。
「ちょ、待った待った! しょうがないなぁ、私も付き合ってやるよ」
だが、キラリスが、なぜかついて来る。
「いや、無理について来ないでいい」
「でも、パスタの超美味しい店、知ってるぞ」
「おぉー、美味しいパスタ!」
「しかも、超大盛な」
「おぉー、超大盛!!」
結局、このあと、キラリスに案内され、一緒にランチをすることになった。
ちょっと、うるさくて面倒なところもあるけど、基本的には、悪い人間ではなさそうだ。おいしい店を教えてくれるなら、たまに付き合うぐらいなら、いいかもしれない……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『なんで交通標識ってかわいい絵柄のがないんだろ?』
猫は可愛いし、狼はかっこいい。つまり、ぼっちは可愛いし、かっこいい。
あまり、来たくないけど、今日は特別な目的がある。昨日、メイリオ先輩の部屋に置いてあった雑誌に、スイーツ特集がのっていた。その中に、超おいしそうな『ジェラート』があった。
その店が〈新南区〉にある。だから、わざわざ、店を探しにやって来た。ただ、空から地上を見渡すと、物凄く人が多い。見ていたら、下に降りるのが嫌になってきた。
「誰か誘ったほうが、よかったかな……?」
でも、初めての店は、基本、一人で行くことにしている。誰かを誘って、もし、ハズレの店だったら嫌だし。それに、初めての時は、一人でじっくり、味わいたいからだ。話すのは、嫌じゃないけど、食べる時は、黙々と集中したい。
私は、しばらく、空中をうろうろする。下の様子を確認したあと、覚悟を決めて、地上におりた。駐車場に、エア・ドルフィンをとめると、大通りに出て、目的地に移動を開始する。でも、人が多くて、視界が悪い。こんな時は、背が低いと不便だ。
直接、店まで飛んで行けばよかったけど、雑誌には『駐車スペースがない』と書いてあった。それに、場所も何となくしか、分からない。行けば分かると思って、適当に来てしまった。
こんな時は『ナギサがいれば』と、つい思ってしまう。超うるさいけど、下調べは万全だし、地形もよく知っている。だから、ナギサがいる時は、ついて行くだけで大丈夫。
私は、人の動きに流されながら、少し早足で歩いていた。順調に前には進んでるけど、場所がよく分からない。何だか、だんだん気分が悪くなってきた。おそらく、人が多すぎて、人混みに酔ったんだと思う。
「うーん――気持ちわるい」
私は、そばにあった街灯に、もたれかかり、少し休憩する。深呼吸しようにも、空気が悪くて、息を吸う気になれない。同じ町なのに、風があまり吹いてないし、空気も、よどんでいる気がする。
風歌たちときた時は、二人のあとについていたから、何ともなかった。でも、一人だと、こんなに辛いとは……。
少し休憩していると、
「おい、大丈夫か?」
横から声を掛けられた。
ゆっくり視線を向けると、見覚えのある顔だった。
「キラリン――」
「キラリンじゃなくて、キ・ラ・リ・ス!」
「声でかすぎ……頭にひびく」
相変わらず、さわがしい。
「顔色よくないけど、体調でも悪いのか?」
「店さがしに来たけど、人混みに酔った――」
人が多いから、何となく、嫌な予感はしてた。でも、ここまで気分が悪くなるとは、思わなかった。会社にいる時は、人が多くても、ここまで酷くはならない。
「クフフフッ、何だそんなことか。なら、我に任せるがいい。ここは、我が庭のようなものだからな」
キラリスは、顔に手を当て、急に変なポーズをとる。
「……いい、他の人にきくから」
今は、おふざけに、付き合う気力はない。
「って、ちょっとちょっと、何で私を避けるのよ? 頼れる人が、目の前にいるでしょうが!」
「だって、何か頼りなさそうだし――」
私は疑いのまなざしで、キラリスを見た。
「ちょっ、その冷たい視線やめて……。私、超地元民なんですけどっ! 家も会社も〈新南区〉なんだから」
「じゃあ〈レインボー・ジェラート〉知ってる?」
あまり期待できない。でも、地元ならしってるかも――。
「フッ、もちろん、知ってるとも。店の上空は、いつも通ってるからな」
「なら、案内して」
「クフフフッ、この我に、力を貸せというのか? だが、それには対価が必要だな」
面倒なので、私は歩き始めた。やっぱ、自分で探そう……。
「って、冗談、冗談だってば! もちろん、するする。案内するからー」
キラリスは、私の腕を、ガシッと掴んできた。相変わらず、訳わかんないし、面倒くさい。まだ、話が通じる分、うるさいナギサのほうがましだ。
結局、何だかんだで、キラリスと店に向かうことになった。面倒な性格だけど、店を知っているなら、ついて行ったほうが確実かも。
「何であの店、知ってるんだ?」
キラリスは、私の少し前を歩きながら、たずねて来た。
「雑誌に、若い女の子に大人気って、のってた」
「あー、なるほど。確かに、いつも女子の行列が、できてるもんなぁ」
雑誌に書いてあった通り、やはり人気があるらしい。私は、人混みに酔わないように、キラリスの背中だけを見て歩く。
何度か、道を曲がって進んだところで、
「ほら、あの店だ。行列ができてるだろ」
キラリスが、声をかけて来る。
「おぉ、雑誌で見たのと同じ。よく来るの?」
「クフフフッ、我があんなミーハーな店に、行くわけがあるまい。我が好きなのは、もっとクールな店だ」
ようするに、一度も来たことが無いらしい。
「なら、ここまででいいや。じゃあ」
私は、軽く手をあげると、さっさと列の最後尾に向かう。
「って、ちょっと! ここまで来て、それは無いんじゃないの?」
「だって、嫌いなんでしょ?」
最初から、一人で行くつもりだったから、無理に付き合ってもらう必要はない。
「べ、別に、嫌いとは言ってないし。まぁ、参考までに、ちょっと寄ってみても、いいかなぁー、なんて」
キラリスは、私のあとについてきて、結局、一緒に並ぶことになった。本当に、面倒な性格だ。
しかし、さすがは人気店。人が多くて、なかなか進まなかった。でも、行列に並んで待つ時間は、嫌いじゃない。待てば待つほど、期待感が大きくなり、食べた時、おいしく感じるからだ。
結局、待つこと二十分。ようやく、私たちの番が回って来た。
「自分は、この『ダブル・ブラック』で。クフフフッ、このいかにも、ダークでクールな感じが、素晴らしいな」
最初は、渋々な感じだったキラリスも、いつの間にか、ノリノリになっていた。順番が来る前に、何を食べるか、かなり真剣に選んでたし。
本当は、来たかったけど、単に来る勇気が、なかっただけな気がする。ちなみに『ダブル・ブラック』は、チョコとコーヒーの組み合わせだ。甘さ控えめで、ちょっとビターな味わい。
「私は『レインボー・スーパーデラックス』で」
私も、並んでいる間に決めていたのを、すぐに注文する。メニュー表を見た瞬間、一発で食べるのが決まった。
「って、おい――マジで、それいくのか? 流石に、ヤバイだろ?」
「大丈夫。よゆうで、食べられる」
驚きの声を上げるキラリスに、即答する。
『レインボー・スーパーデラックス』は、七種類のジェラートを、超特盛にしたものだ。まさに、スーパーデラックスなサイズ。並んでいた間、これを注文した人は、一人もいない。
店員が、大きなカップに、ジェラートを次々と盛って行くのを見ていると、期待感がどんどん増してきた。待っている間に、おなかがグーッと鳴る。探し回ったあげく、かなり待たされたので、胃袋はすでに限界だ。
しばらくすると、映画館のポップコーンみたいな、でっかい容器に、七色の鮮やかなジェラートが、山盛りになって出てきた。私は、会計を手早く済ますと、大きな容器を持ち上げる。ずしっとした、重量感が伝わってきて、気分が高揚した。
「マジで、ヤバイなそれ……」
「超おいしそう!」
キラリスだけでなく、他の並んでいた人たちからも、一斉に視線が集まり、驚きの声が上がった。自分の頼んだのが、注目されるの、何となく気分がいい。
私とキラリスは、テーブルに着くと、さっそく食べ始めた。まずは、七色のジェラートを、一つずつ味見してみる。どれも超おいしい!
さっぱりしたの、こってりしたの、甘さが強いの、すっぱいの。色々あって飽きが来ない。味をつぶしあってないし、とてもいい組み合わせだった。このコンビネーション考えた人、きっと天才だ。
一通り味見が終わると、私は本腰を入れて食べ始めた。あまり時間をかけ過ぎると、溶けてしまうので、少しずつペースを上げていく。それでも、ちゃんと味わうことは、忘れない。カップを回して、味変しながら、どんどん食べ進めていった。
となりのキラリスは、ちびちびと食べていた。どうやら、冷たいものは、得意ではないらしい。なら、無理に付き合わなくてもいいのに――。
黙々と食べていると、山盛りだったジェラートも、カップの底に、残りわずかになった。混ざってしまっているけど、それでも美味しい。
カップを傾け、残りの全てを、綺麗に食べきる。残さず全部たべるのが、特盛メニューを頼む時の、大事なマナーだ。だから、私は一度も残したことがない。
私は完食すると、カップとスプーンを置いて、フーッと息をはき出した。社員食堂の『究極盛』に比べれば、全然、楽勝だ。胃にたまる物ではないので、むしろ、少し物足りない気がする。
「マジか……。その小さな体の、どこに入ってるんだ? お前の胃袋は、魔界にでも通じてるのか?」
私の少しあとに食べ終わったキラリスが、驚いた表情を浮かべていた。
「まだ、全然よゆう。もう一個、食べようかな――」
私がメニューを見始めると、
「いや、待て待て。流石に止めとけ!」
キラリスが、真剣な表情で制止する。
「んー……そっか。じゃあ、昼ごはん食べに行こう」
「ちょっ、まだ食べるのか?!」
「だって、もうすぐ昼ごはんの時間。じゃ、私はランチに行くから」
私は立ち上がり、左手を軽くあげると、振り返って駐車場に向かう。
「ちょ、待った待った! しょうがないなぁ、私も付き合ってやるよ」
だが、キラリスが、なぜかついて来る。
「いや、無理について来ないでいい」
「でも、パスタの超美味しい店、知ってるぞ」
「おぉー、美味しいパスタ!」
「しかも、超大盛な」
「おぉー、超大盛!!」
結局、このあと、キラリスに案内され、一緒にランチをすることになった。
ちょっと、うるさくて面倒なところもあるけど、基本的には、悪い人間ではなさそうだ。おいしい店を教えてくれるなら、たまに付き合うぐらいなら、いいかもしれない……。
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次回――
『なんで交通標識ってかわいい絵柄のがないんだろ?』
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