私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第8部 分かたれる道

2-4誇り高い生き方は諸刃の剣なのを忘れてはいけない

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 私は、エア・カートを運転し〈南地区〉の上空を飛んでいた。つい先ほどまで、観光案内をして、帰路についているところだ。今回のお客様は、中年のご夫婦だった。身なりの整った服装や、品のよい話し方を見る限り、上流階級の人だろう。
 
 しかも、彼らは、私の母をよく知っていた。昔、母に、何度か観光案内を、して貰ったことがあるらしい。それで『白金の薔薇プラチナローズ』の娘に会ってみたくて、大陸から観光に来た際に、私を指名してくれたのだ。

 結構、こういうお客様は多い。元々は母のファンで、興味本位で、娘の私を見に来るのだ。

 いまだに、母の名声も人気も、非常に強かった。現役を引退したあとも、各種雑誌や、MVに出る機会が多いからだ。先日も『月間シルフィード』に、『これからのシルフィード業界の展望』というテーマで、インタビューが載っていた。

 正直、母の名声で来てくれたお客様は、あまり嬉しくなかった。ただ、私的な感情は、仕事とは無関係なので、プロとして、完璧な接客をする。今日も、お客様に、最高の案内ができたと思う。

 ほどなくして〈ファースト・クラス本社〉が見えてくると、ゆっくり高度を落として行く。大きな敷地の南側にある〈ロサマネッティ館〉の前に、静かに着陸した。

 周囲には、何台ものエア・カートが止まっており、他の社員たちが、お客様の対応中だった。ちょうど、時間は四時半なので、観光の帰宅ラッシュ中だ。

 着陸すると、運転席を降り、すぐに後部座席に向かう。扉を開けると、手を差し出し、二人をエスコートする。

「本日は、大変お疲れ様でした。観光は、お楽しみいただけましたでしょうか?」
 二人が外に出ると、そっと声を掛けた。

「いやー、素晴らしい案内だったよ。流石は『白金の薔薇』のご息女だ。何もかもが、完璧で優雅だったし。『ファースト・クラス一の才女』と、言われるだけはあるね」

「本当に、シルフィードとは、かくあるべきという、素晴らしい対応だったわ。やっぱり『白金の薔薇』の、現役時代の面影があるわね。上品さも美しさも、彼女にそっくりだわ」

 二人は、上品で優雅に。でも、とても、嬉しそうに語っていた。見た感じ、かなり満足してくれた様子だ。

 とはいえ、観光案内中も、母の話ばかり出てきて、何とも言えない、微妙な気分だった。もちろん、母を褒めてくれるのは、純粋に嬉しい。しかし、ことある度に、比較されるのは、自分を見てくれていないようで、複雑な気分になる。

 私は二人を、会社の入口までお見送りすると、踵を返して歩きながら、大きなため息をついた。

「はぁ……こんなものよね。どんなに、最高の仕事をしたとしても。しょせんは、二つ名もない、ただの一般階級なのだから――」

 お客様には、私、個人の名前を憶えて欲しい。とはいえ、一般階級では、それも難しい話だ。しかも、母の名前が、いまだに有名すぎて、ますます霞んでしまう。

 風歌は『スカイ・プリンセス』に昇進して、どんどん、有名になって来ているのに。私は、どんなに必死に頑張っても、結局は、この程度だ。

 たまに、友人や母親に、黒い感情が浮かんでくる。ねたんだところで、どうにもならないのは、分かっているのに。こんな自分が、嫌になって来る……。

 とにかく、今は精一杯、頑張って、自分の道を行くだけよ。気持ちを、切り替えましょう。

 私は、ガレージに、エア・カートを駐機したあと、敷地の中央にある〈ノヴァーリス館〉に向かった。ここのロビーには、出退勤の記録装置がある。また『エア・マスター』以上だけが使える、休憩用のカフェがあった。

 お客様を待つ時間に使ったり、退勤までの、残り時間を潰すのに、使う場合が多い。そのため、この時間は、利用者が多かった。中途半端な時間だったので、私も今日は、ここで、十七時まで過ごすことにした。

〈ノヴァーリス館〉の一階は、とても大きなロビーになっている。敷地の中央にあり、東西南北に出口があるため、移動で通り抜ける人も多い。カフェは、ロビーの奥のほうにある。

 ロビーを進んで行くと、何やら、声が聞こえて来た。東に向かう廊下付近で、数人のシルフィードが固まっている。一人の子の周りを、数人が取り囲んでいるうえに、声色を聴く限り、仲良く世間話、という訳ではなさそうだ。

 私も、過去に、やられたことがあるので、平和的な状況ではないのが、すぐに分かった。明らかに、敵意のようなものが、周囲に漂っている。

 私は、足を止め、一瞬、考えた。今日は、結構、疲れている。なので、就業時間が終わるまでは、心穏やかに過ごしたい。
 
 もし、顔を突っ込めば、面倒事になるのは、目に見えていた。丸く収める自信はあるが、不快な気分になるのは、間違いない。

 はぁー……まったく面倒ね。どうして、こんな、人目に付くところでやるのよ? でも、見てしまった以上、放っておく訳にも、いかないわよね――。

 私は、小さなため息をつくと、その集団に、ゆっくりと向かって行った。近づくにつれ、声の内容が、ハッキリ聞こえて来る。

「あなた、生意気すぎるのよ。もう少し、目上の者に対する、敬意を払いなさい」
「そうよ。見習いの分際で、その大きな態度はなに?」
「先輩の言うことは、素直に聴く。それが、絶対のルールでしょ?」
 
 どうやら、一人の新人に対して、複数人の先輩が、取り囲んでいるようだ。もちろん、新人の指導は大事だが、言い方が、あまりに荒っぽすぎる。それに、これは指導ではなく、いじめに近い。

 だが、取り囲まれていた子は、全く物怖じした様子はなかった。それどころか、鋭い視線で、睨み返している。

「フンッ、そんな暗黙のルール、守る必要があるんですか? 年功序列は、会社のルールでは、ありませんよね? そもそも、歳が一つ二つ上だから、何だって言うんです? 私は、尊敬に値する人以外の言葉は、聴く気はないので」

「だいたい、自分より劣った人間に従うんなんて、馬鹿のやることでしょ? 私を従わせたいなら、せめて、トップになってからにして下さいよ」

 彼女は、澄ました顔で言い返す。その瞬間、周囲の敵意が、急激に強くなるのを感じた。

 ちょっと、何を考えてるのよ……? そんな言い方をしたら、火に油を注ぐだけじゃないの。言いたいことは、分からなくはないけど。もう少し、言い方ってものが、あるでしょ?

 その時、一瞬、彼女と昔の自分の姿が、重なって見えた。そういえば、私も、昔は、あんな感じだった。周囲は全員が敵で、能力が全てだと思っていた。

 もっとも、私の場合、目上の者への礼儀は、徹底していたし。言いたいことがあっても、心の中の文句で、済ませていたが。

「このっ、ちょっと成績がいいからって、いい気になって!」 
「いくら、成績がトップとはいえ、しょせんは、見習いの中での話でしょ!」
「役立たずの新人が、デカい顔してるんじゃないわよ!」

 周囲からは、一斉に、非難の声があがった。あからさまに、敵意をむき出しにして、皆、怒りを隠そうともしない。

 だが、新人の子は、全く動じた様子はなく、その怒りを全て、真正面から受け止めていた。先輩、三人を相手に、大した度胸だ。流石に、私でも、ここまではやらない。
 
 今にも、飛び掛かりそうな様子だったので、私は、事が大きくなる前に、止めることにした。

「あなたたち、何をやっているの? 新人、一人を相手に、複数人掛かりとは、褒められた行為ではないわね」
 私が声を掛けると、全員の視線が、一斉にこちらに向いた。
 
「えっ、ナギサお姉様?!」
「ナギサお姉様、ご機嫌よう」
「お疲れ様です、ナギサお姉様」

 皆の顔から、一瞬で、怒りの感情が消え、一斉に頭を下げて来た。ただ一人、新人の子を除いては。

 でも、これが、普通の反応だった。うちの会社では、年功序列かつ、徹底した階級制度だ。確かに、明確な、会社のルールではない。しかし、これが、昔からの伝統になっている。とても封建的だが、本人も知っていて、入社したはずだ。

「まったく、はしたないわね。このような、人目に付く場所で。〈ファースト・クラス〉の社員として、もう少し、品位を考えたら?」

「――そ、それは。この子が、あまりに、非常識なもので……」
「そうなんです。あまりにも、非礼な態度なのです」
「その――ナギサお姉様からも、何か言って頂けませんか?」

 取り囲んでいた子たちは、私に助けを求めるような、視線を送って来た。つい先ほどまで、あれだけ強気だったのに。完全にお手上げ、といった様子だった。

 本当に、情けないわね。新人、一人に、集団で攻撃したうえに、最後は、助けを求めるなんて。しょせん、こういう連中は、群れないと何もできない人間だ。とはいえ、年長者として、ここは、丸く収めなければならないわね。

 彼女たちから事情を聴くと、その新人の子が、すれ違った際に、挨拶をしなかったのが原因のようだ。会釈一つせず、目線すら合わせず、無視して通り過ぎる。これは、確かに、物凄く非礼な行為だ。

 しかも、今回が、初めてではないらしい。過去にも、何度か、注意していたらしいが、全く改善が見られなかった。しかも、上位階級のお姉さま方にも、同じ態度をとっているらしい。

 これは、マズイわね……。流石に、上位階級者に対してまで、その態度では。うちの会社は、特に、礼節を重んじているのだから。このままでは、いずれ、お客様に対しても、その非礼な態度が、出てしまうかもしれないし――。

「事情は、分かったわ。でも、それと、あなたたちがやった行為は、別問題よ。明らかに、感情がこもっていたし。指導には、見えなかったわ。あと、集団で取り囲むなんて、卑劣以外の、何ものでもないでしょ?」

「……」 
 私が言うと、皆、黙り込んでしまった。

 その様子を確認すると、今度は、新人の子の前に進み出た。私が、彼女の目を見ると、鋭い視線で、気丈に睨み返してくる。

「なぜ、あなたは、先輩に挨拶をしなかったの? 礼儀作法が重要であることは、講義やミーティングでも、指導があったでしょ?」
 私は、静かに、彼女に話しかけた。

「挨拶する相手は、私自身が選びます。挨拶する価値のない人間にも、しなければならないんですか?」

 彼女が答えた瞬間、後方から、殺気が沸き上がってくる。私は、後ろに振り返り、目で合図すると、皆、大人しくなった。

 再び、新人の子に向き直ると、
「挨拶だけではなく、先輩からのアドバイスも、聴くつもりがないということ?」
 冷静に質問する。

「もちろん、自分より優れた人の言葉は、聴くつもりです。ですが、それ以外の人の話は、聴くつもりはありません」
 彼女は、あっさりと言い放つ。

「先ほど、あなたは、言っていたわね。トップになってから来いと。トップの言うことなら、聴けるの?」
「はい、もちろんです。自分より優れた人間の言うことを聴くのは、当然ですから」

「そう、話が早くて、助かるわ。つまり、私の言うことなら、何でも聴くということね?」
「は――?」

「私は、見習い時代から、常に成績はトップ。今も、営業成績は、同期の中でトップよ。あと、学校も、首席で卒業しているわ。これでは、不足かしら?」
 私が答えると、彼女は初めて、驚きの表情を浮かべた。

 しばしの無言のあと、
「……十分です」
 彼女は、小さな声で答える。

「なら、言わせてもらうわ。挨拶は、しっかりしなさい。それは、ルールでも何でもなく、レディーとしての、たしなみよ。他人のためにするのではなく、自分の品位を守るためにやりなさい」
 
「あと、先輩方の言うことは、しっかり聴きなさい。反論したければ、せめて、一人前になってから、することね。見習いに、発言権はない。これは、どこの業界でも、同じことよ。私も、同じ道を、通ってきているわ」

「……」 
 
 彼女は、一応、話は聴いているが、完全に納得した感じではなかった。まぁ、そう簡単に、その頑固な性格は、直らないだろう。

「別に、今は、納得いかなくてもいいわ。でも、私の言うことは、聴くのでしょ? 反論があるなら、私より、上の立場になってからになさい。分かった?」
「――はい」

 彼女は、小さく答えた。

 私は、取り囲んでいた子たちに向き直ると、静かに声を掛ける。
「これで、いいかしら? あなたたちも、指導をするなら、もっと品のある方法でやりなさい」

「はい。お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「ナギサお姉様。本当に、ありがとうございました」
「流石は、ナギサお姉様です。大変、勉強になりました」

 私が頷くと、皆、一礼して、静かに立ち去って行った。

 結局、原因を作ったのは、この子なのだが。どっちもどっちだと思う。それにしても、挨拶一つできない子が、よく〈ファースト・クラス〉に受かったものだ。うちの入社試験は、業界内でも、屈指の難易度なのだから。

 能力はもちろん、品位や礼節まで、徹底的に審査される。非常識で、礼儀知らずな人間なら、確実に落とされるはずだ。

「私は、エア・マスターの、ナギサ・ムーンライト。あなたは?」
「ヴィオレッタ・アルマーニ。見習いです」

「先輩、三人を相手に、一歩もひるまなかった気丈さは、大したものね。その強さは、いずれ、大きな武器になるわ」
「えっ……?」

 彼女は、意外そうな表情をする。きっと、くどくど、お説教されるとでも、思っていたのだろう。でも、このタイプの頑固な子には、うるさく言っても、時間の無駄だ。それに、気の強い子は、嫌いではない。

「でも、その強さは、本当に大事な時のために、とっておきなさい。むやみやたらに、使うものではないわ。だいたい、あんな連中、自分の誇りを懸けてまで、戦う相手じゃないでしょ?」

「目線を同じ高さに合わせて、争うということは、自分のレベルを下げるだけ。例え、心から納得していなくても、礼節さえ守っていれば、無用な争いは起こらなわ。フリでもいいから、見習いの間は、大人しくしていなさい」

 私が、目をじっと見つめると、彼女は静かに頷いた。

「それじゃ、私は行くわ」
 一言かけると、私は、踵を返し、歩き始める。

 まったく、厄介事は嫌いなのに。つい、顔を突っ込んでしまうのは、私の悪い癖だ。別に、正義感が強い訳ではない。ただ、曲がったことや、卑劣な真似をする人間が、許せないだけだ。

 それにしても、どこにでも、いるものね。あぁいう、癖の強い人間は。どうして、波風立てないように、賢くできないのかしら?

 だが、自分の見習い時代を思い出すと、あまり、強く言えない気もする。私も昔は、周り中に、敵意を振りまいていた時期があったので。

 彼女の目を見れば分かる。誰にも負けず、誰にも屈しない、ほとばしる強い意志とプライド。しかし、気高く生きるのは、方法を間違えれば、敵を増やすだけの、諸刃の剣なのだ。

 でも、今の私には、関係ないことね。変な問題さえ起こさなければ、あとは、本人の自由なのだから。

 私は、歩く速度を上げると、さっさと、その場を立ち去るのだった……。


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次回――
『例え死んだとしても私は絶対に逃げたりしない』

 失っても得るものもある!それは逃げない心だ!
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