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第9部 夢の先にあるもの
3-1私は仕事をしている時が一番幸せかも
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年が明けた、一月七日。時間は、朝の五時ちょっと前。いつもよりも、かなり早く目が覚めた。庭で軽く準備運動してから、朝食をサッと済ませる。そのあと、衣装部屋に移動し、制服に着替え、鏡の前で念入りに身支度を整えた。
上位階級になってからは、常に誰かに見られているので、身だしなみには、細心の注意を払っている。でも、今日は、いつも以上に、ていねいに整えていた。エチケット・ブラシで、ホコリを全て取り、しわを綺麗に伸ばす。
化粧台に移動すると、髪もしっかりブラッシングする。化粧は、一切しない代わりに、顔や手足の肌が出ているところに、保湿クリームを塗りこむ。空気が乾燥しているし、一日中、風を浴びているので、スキンケアは必須だ。
「髪よし、服装よし、お肌よし、持ち物もよし。うん、ばっちりだね!」
姿見の鏡の前で、一通りチェックすると、こぶしを握り締め、気合を入れる。
今朝は、起きた瞬間から、滅茶苦茶、気持ちが引き締まっていた。なぜなら、今日は、仕事始めなうえに、一週間ぶりのお仕事からだ。
年初なので、予約は少な目にしてあり、観光案内は、午後からになっている。午前中は、軽く掃除をしたり、備品や設備のチェック。あとは、今後の打ち合わせなどを行う予定だ。
ただ、あまり、リリーシャさんの手を、煩わせたくはない。なので、早めに行って、掃除や備品チェックは、全て終わらせておくつもりだ。いくら上位階級になったとはいえ、うちの会社では、私が一番の新人なので。
それに、体を動かすのは大好きだし。流石に、一週間も休みがあると、仕事がしたくて、うずうずして来る。
ちなみに、二十九日は翌朝まで、徹夜で『送迎祭』に参加し、寝ずに、そのまま仕事に直行。午前中の仕事が終わるとすぐに、時空航行船の特急便に乗って、実家に帰省。家族三人で、お正月を過ごして来た。
年末は、かなりタイトなスケジュールだったし。こっちで、年越しをした直後に、向こうでまた年越しって、微妙に違和感あるけど。これはこれで、結構、楽しかったりする。
相変わらず、実家では、何から何までやってもらって、滅茶苦茶、のんびりできたし。学生時代の友達たちとも再会して、たくさん話したり、遊んだりできた。十分すぎるほど、お正月を満喫して、日ごろの疲れも、全て吹き飛んだ。
実家暮らしは、至れり尽くせりで、楽しかったは、楽しかったんだけど。例のごとく、三日もすると、飽きてしまった。
毎日、たくさんの予約で、目の回るような忙しさだったけど。それが、当たり前になってしまっていたので。何もしないで、ジッとしているのに、耐えられなかったのだ。
やっぱり、私って、仕事をしている時が、一番、幸せみたい。毎日、せっせと動いていないと、逆に、ストレスが溜まってしまうのって。これも、職業病なんだろうか……?
「よし、じゃあ、行こっか!」
私は、パシッと頬を軽く叩くと、意気揚々と会社に向かうのだった――。
******
会社に着くと、まずは、ガレージに行って、掃除用具を持って来る。そのあと、用水路に係留してある、エア・ゴンドラを、一台ずつ、綺麗に掃除していく。
ハタキで、ほこりを綺麗に落とし、床をほうきと塵取りで、ていねいに掃除する。そのあとは、一台ずつ、雑巾できれいに磨いていく。
例え、汚れていなくても、隅から隅まで、手を抜かずに、全力で掃除する。これは、見習い時代から、ずっと続けていることだ。
外が終わると、今度は、ガレージの中に移動して、一台ずつ掃除していく。その途中、ある機体の前で、ピタリと足が止まり、少し考え込む。
それは、初心者用の、オレンジ色の練習機だ。私が墜落した時に、大破してしまったので、新型の機体になっている。毎日、綺麗に手入れしているけど、今は、誰も乗っていない。でも、いつか来る、未来の新人のために、心を込めて掃除する。
ガレージの中が終わると、次は庭のはき掃除だ。結構、敷地が広いので、とても時間が掛かる。それでも、葉っぱ一つ見落とさず、綺麗にゴミをとって行く。建物の外壁も、汚れが目に付くところは、綺麗に拭いて行った。
外が全て終わると、今度は、事務所の中に移動する。年末に大掃除したので、綺麗なままだ。カーテンも、新しく替えたので、とても新鮮な感じがした。
「ふぅー。やっぱり、ここに来ると、落ち着くなぁー」
心の中が、じんわりと温かくなる。実家に帰った時と、同じような気分だ。
まずは、受付カウンターから掃除を始める。それが終わると、次は、お客様の待合スペースだ。ここの壁には、たくさんの写真が飾ってある。どんどん数が増えて、いくつかの写真は、額縁に入っていた。
エヴァさんが撮ってくれて、コンテストで金賞になった、風車の前で、私が風と戯れている写真。十五の時なので、物凄く若い。あとは『ノア・グランプリ』で優勝して、表彰台でトロフィーをかかげている写真。
その隣には、私が『スカイ・プリンセス』になった時のもの。リリーシャさんと並んで、会社の前で撮った記念写真だ。
もう一つ、二度目に『ノア・マラソン』に出場した時の、私が走っている姿が映っている写真。ファンの人が撮って、私に送ってくれたものだ。
他にも、お客様と一緒に撮ったものなど、色んな写真が飾ってある。中には、アリーシャさんとリリーシャさんが、一緒に映っている写真が、何枚かあった。
以前は、アリーシャさんの写真は、全くなかったんだけど。途中から、飾られるようになった。たしか、昨年の『慰霊祭』の後からだったと思う。リリーシャさんも、心の整理が、ついて来たのかもしれない。
「おっと、感傷にひたってる場合じゃないよ。初日なんだから、気合を入れないと」
私は、再び気持ちを引き締め、掃除を再開する。
ちょうど、事務所内のデスクを掃除していると、後ろから声を掛けられた。
「風歌ちゃん、おはよう」
この優しくて、柔らかな声は、リリーシャさんだ。振り向かずとも、リリーシャさんの、最高に素敵な笑顔が、脳裏に浮かぶ。
私は手を止めると、急いで振り返り、頭を下げた。
「おはようございます、リリーシャさん。今年もまた、一年間、よろしくお願いいたします。さらに精進するため、今まで以上に、頑張ります!」
腰から九十度に曲げ、大きな声で、気合の入った挨拶をする。
「風歌ちゃん、こちらこそ、よろしくね。今年もまた、一生懸命、頑張りましょう」
「はいっ!」
静かに頭を上げると、そこには、いつも通りに、優しく柔らかな、リリーシャさん笑顔があった。
やっぱり、リリーシャさんの笑顔を見ると、心からホッとする。『この世界に帰って来たんだなぁー』って、実感する。私にとっては、リリーシャさんこそが、帰るべき場所だからだ。
本人は、シルフィードが『進むべき道ではない』『いつまで続けるか分からない』と、言っていたけど。あの一件以降も、仕事は完璧だし。接客も、素敵な笑顔で、とても楽しそうにやっていた。
いつ辞めてしまうか分からない、という不安はあったけど。私は、深く考えるのは止めた。誰にだって、進むべき道を、選ぶ権利があるのだし。今を、精一杯に生きることのほうが、はるかに大事だからだ。
「風歌ちゃんは、相変わらず元気ね」
「はいっ、それだけが、取り柄ですから」
「そんなこと、ないわよ。元気さや行動力は、見習い時代から、変わらないけれど。全てにおいて、とても成長したと思うわ」
「本当に、成長しているでしょうか……?」
「もちろんよ。もう、私を越えているかもしれないわね」
「えぇっ?! そんなこと、絶対にあり得ませんから!」
リリーシャさんに、成長を認めてもらえるのは、物凄く嬉しい。でも、追い越しただなんて、いくらなんでも言いすぎだ。ようやく、リリーシャさんの背中が、見えてきた程度なのだから。
彼女は、私にとっては、まだまだ、手が届かない場所にいる。憧れであり、大きな目標であるのは、いまだに変わらない。
「ところで、ご実家のほうは、どうだったの?」
「両親とも、とても元気でした。友達たちとも、会えましたし。至れり尽くせりで、思いっきり遊んで、ゴロゴロして。十分すぎるほど、休暇を満喫してきました」
食事は、毎食、お母さんが用意してくれるうえに、料理も滅茶苦茶、豪華だった。お父さんが、大奮発したみたいで、高級食材なんかも一杯あったし。まとめ買いしたものが多くて、お正月中は、ひたすら食べてばかりだった。
あと、二人から、お年玉まで、もらってしまった。今は、結構な収入があるので、断ったんだけど。『二十歳になるまでは』と、無理矢理、渡されてしまった。
帰省の際には、両手に一杯、持てるだけお土産を、買って行ったんだけど。結局、もらうほうが圧倒的に多く、全然、親孝行らしいことは、出来なかった。実家では、私は、まだまだ、子ども扱いなのだ。
でも、一番、嬉しかったのは、仕事を認めてくれたことだ。『頂点を獲る』という約束は、果たせていないけど。それでも、上位階級になれたわけだし。以前のように、気後れしながら帰郷する必要もなくなった。
「そう。それは良かったわね。昇進のこと、とても喜んでいたんじゃない?」
「父親は、滅茶苦茶、喜んでました。まぁ、母親のほうは、特に、変わった様子はなかったですけど――」
お母さんは、相変わらず、厳しい。昔から、ちょっと、いい結果を出しても『そんなの、出来て当たり前』なんて言う、ドライな性格なのだ。
「表に出さなくても、心では、とても喜んでいるはずよ。以前、お忍びで来た時も、物凄く心配していたし」
「だと、いいんですけど……」
私は、人の心を読むのが、得意ではないから。ちゃんと、言葉や態度にしてくれないと、全く分からない。見たまんまでしか、判断できないので――。
「今日は、仕事始めに軽く掃除を、と思ったのだけど。風歌ちゃんが、ほとんど、やってくれたみたいね」
「はい。外は全て終わりました。あとは、事務所内だけですけど。年末に、念入りに掃除したので、すぐに終わると思います」
「そうね。では、今年の営業方針について、少し、お話ししておきましょうか」
「はい」
営業方針って、なんだろ? 一年の抱負、みたいな感じかな? 今までは、特に、そんな話は出ていなかったけど。うちは個人企業のせいか、特に、厳しい規則や営業ノルマもなく、とても緩やかだった。
「風歌ちゃんは、今年から、経営の仕事を、覚えてもらおうと思うの」
「えっ、経営ですか――?!」
「常に、新しい挑戦は、大切よ。それに、風歌ちゃんなら、もう、それが出来るぐらいの能力は、充分にあると思うわ」
「でも、私、数字とか、物凄く苦手なんですけど……」
今まで、経営に関する仕事は、全てリリーシャさんがやっていた。色々お手伝いはしたいけど、計算とか苦手だし。やっぱり、適材適所だと思う。
「大丈夫よ。誰だって、最初から上手く行く人は、いないわ。エア・ドルフィンを飛ばすのだって、最初は、苦手だったでしょ?」
「まぁ、それは確かに――」
今では、体の一部のように飛ばしているけど。初めての時は、エンジンすら掛からずに、大変な苦労をした記憶がある。
「何事も、慣れだから。それに、風歌ちゃんが、経営の仕事も、全てできるようになれば。私がいなくても、問題なく、会社が回るようになるから」
「えっ……?!」
「これから、毎日、少しずつ教えていくから。ちょっとずつ、慣れて行ってね」
「は――はい」
リリーシャさんは、とても優しい笑顔で話している。でも、訊き返せるような感じでもなかった。それに、いまさら、蒸し返したくはない。
私は、少し不安を覚えながら、無理矢理、自分を納得させるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『今の幸せは誰かの努力の上にあることを忘れてはいけない』
自分だけが幸せに浸るのではなく、周りにその幸せを振りまくことです
上位階級になってからは、常に誰かに見られているので、身だしなみには、細心の注意を払っている。でも、今日は、いつも以上に、ていねいに整えていた。エチケット・ブラシで、ホコリを全て取り、しわを綺麗に伸ばす。
化粧台に移動すると、髪もしっかりブラッシングする。化粧は、一切しない代わりに、顔や手足の肌が出ているところに、保湿クリームを塗りこむ。空気が乾燥しているし、一日中、風を浴びているので、スキンケアは必須だ。
「髪よし、服装よし、お肌よし、持ち物もよし。うん、ばっちりだね!」
姿見の鏡の前で、一通りチェックすると、こぶしを握り締め、気合を入れる。
今朝は、起きた瞬間から、滅茶苦茶、気持ちが引き締まっていた。なぜなら、今日は、仕事始めなうえに、一週間ぶりのお仕事からだ。
年初なので、予約は少な目にしてあり、観光案内は、午後からになっている。午前中は、軽く掃除をしたり、備品や設備のチェック。あとは、今後の打ち合わせなどを行う予定だ。
ただ、あまり、リリーシャさんの手を、煩わせたくはない。なので、早めに行って、掃除や備品チェックは、全て終わらせておくつもりだ。いくら上位階級になったとはいえ、うちの会社では、私が一番の新人なので。
それに、体を動かすのは大好きだし。流石に、一週間も休みがあると、仕事がしたくて、うずうずして来る。
ちなみに、二十九日は翌朝まで、徹夜で『送迎祭』に参加し、寝ずに、そのまま仕事に直行。午前中の仕事が終わるとすぐに、時空航行船の特急便に乗って、実家に帰省。家族三人で、お正月を過ごして来た。
年末は、かなりタイトなスケジュールだったし。こっちで、年越しをした直後に、向こうでまた年越しって、微妙に違和感あるけど。これはこれで、結構、楽しかったりする。
相変わらず、実家では、何から何までやってもらって、滅茶苦茶、のんびりできたし。学生時代の友達たちとも再会して、たくさん話したり、遊んだりできた。十分すぎるほど、お正月を満喫して、日ごろの疲れも、全て吹き飛んだ。
実家暮らしは、至れり尽くせりで、楽しかったは、楽しかったんだけど。例のごとく、三日もすると、飽きてしまった。
毎日、たくさんの予約で、目の回るような忙しさだったけど。それが、当たり前になってしまっていたので。何もしないで、ジッとしているのに、耐えられなかったのだ。
やっぱり、私って、仕事をしている時が、一番、幸せみたい。毎日、せっせと動いていないと、逆に、ストレスが溜まってしまうのって。これも、職業病なんだろうか……?
「よし、じゃあ、行こっか!」
私は、パシッと頬を軽く叩くと、意気揚々と会社に向かうのだった――。
******
会社に着くと、まずは、ガレージに行って、掃除用具を持って来る。そのあと、用水路に係留してある、エア・ゴンドラを、一台ずつ、綺麗に掃除していく。
ハタキで、ほこりを綺麗に落とし、床をほうきと塵取りで、ていねいに掃除する。そのあとは、一台ずつ、雑巾できれいに磨いていく。
例え、汚れていなくても、隅から隅まで、手を抜かずに、全力で掃除する。これは、見習い時代から、ずっと続けていることだ。
外が終わると、今度は、ガレージの中に移動して、一台ずつ掃除していく。その途中、ある機体の前で、ピタリと足が止まり、少し考え込む。
それは、初心者用の、オレンジ色の練習機だ。私が墜落した時に、大破してしまったので、新型の機体になっている。毎日、綺麗に手入れしているけど、今は、誰も乗っていない。でも、いつか来る、未来の新人のために、心を込めて掃除する。
ガレージの中が終わると、次は庭のはき掃除だ。結構、敷地が広いので、とても時間が掛かる。それでも、葉っぱ一つ見落とさず、綺麗にゴミをとって行く。建物の外壁も、汚れが目に付くところは、綺麗に拭いて行った。
外が全て終わると、今度は、事務所の中に移動する。年末に大掃除したので、綺麗なままだ。カーテンも、新しく替えたので、とても新鮮な感じがした。
「ふぅー。やっぱり、ここに来ると、落ち着くなぁー」
心の中が、じんわりと温かくなる。実家に帰った時と、同じような気分だ。
まずは、受付カウンターから掃除を始める。それが終わると、次は、お客様の待合スペースだ。ここの壁には、たくさんの写真が飾ってある。どんどん数が増えて、いくつかの写真は、額縁に入っていた。
エヴァさんが撮ってくれて、コンテストで金賞になった、風車の前で、私が風と戯れている写真。十五の時なので、物凄く若い。あとは『ノア・グランプリ』で優勝して、表彰台でトロフィーをかかげている写真。
その隣には、私が『スカイ・プリンセス』になった時のもの。リリーシャさんと並んで、会社の前で撮った記念写真だ。
もう一つ、二度目に『ノア・マラソン』に出場した時の、私が走っている姿が映っている写真。ファンの人が撮って、私に送ってくれたものだ。
他にも、お客様と一緒に撮ったものなど、色んな写真が飾ってある。中には、アリーシャさんとリリーシャさんが、一緒に映っている写真が、何枚かあった。
以前は、アリーシャさんの写真は、全くなかったんだけど。途中から、飾られるようになった。たしか、昨年の『慰霊祭』の後からだったと思う。リリーシャさんも、心の整理が、ついて来たのかもしれない。
「おっと、感傷にひたってる場合じゃないよ。初日なんだから、気合を入れないと」
私は、再び気持ちを引き締め、掃除を再開する。
ちょうど、事務所内のデスクを掃除していると、後ろから声を掛けられた。
「風歌ちゃん、おはよう」
この優しくて、柔らかな声は、リリーシャさんだ。振り向かずとも、リリーシャさんの、最高に素敵な笑顔が、脳裏に浮かぶ。
私は手を止めると、急いで振り返り、頭を下げた。
「おはようございます、リリーシャさん。今年もまた、一年間、よろしくお願いいたします。さらに精進するため、今まで以上に、頑張ります!」
腰から九十度に曲げ、大きな声で、気合の入った挨拶をする。
「風歌ちゃん、こちらこそ、よろしくね。今年もまた、一生懸命、頑張りましょう」
「はいっ!」
静かに頭を上げると、そこには、いつも通りに、優しく柔らかな、リリーシャさん笑顔があった。
やっぱり、リリーシャさんの笑顔を見ると、心からホッとする。『この世界に帰って来たんだなぁー』って、実感する。私にとっては、リリーシャさんこそが、帰るべき場所だからだ。
本人は、シルフィードが『進むべき道ではない』『いつまで続けるか分からない』と、言っていたけど。あの一件以降も、仕事は完璧だし。接客も、素敵な笑顔で、とても楽しそうにやっていた。
いつ辞めてしまうか分からない、という不安はあったけど。私は、深く考えるのは止めた。誰にだって、進むべき道を、選ぶ権利があるのだし。今を、精一杯に生きることのほうが、はるかに大事だからだ。
「風歌ちゃんは、相変わらず元気ね」
「はいっ、それだけが、取り柄ですから」
「そんなこと、ないわよ。元気さや行動力は、見習い時代から、変わらないけれど。全てにおいて、とても成長したと思うわ」
「本当に、成長しているでしょうか……?」
「もちろんよ。もう、私を越えているかもしれないわね」
「えぇっ?! そんなこと、絶対にあり得ませんから!」
リリーシャさんに、成長を認めてもらえるのは、物凄く嬉しい。でも、追い越しただなんて、いくらなんでも言いすぎだ。ようやく、リリーシャさんの背中が、見えてきた程度なのだから。
彼女は、私にとっては、まだまだ、手が届かない場所にいる。憧れであり、大きな目標であるのは、いまだに変わらない。
「ところで、ご実家のほうは、どうだったの?」
「両親とも、とても元気でした。友達たちとも、会えましたし。至れり尽くせりで、思いっきり遊んで、ゴロゴロして。十分すぎるほど、休暇を満喫してきました」
食事は、毎食、お母さんが用意してくれるうえに、料理も滅茶苦茶、豪華だった。お父さんが、大奮発したみたいで、高級食材なんかも一杯あったし。まとめ買いしたものが多くて、お正月中は、ひたすら食べてばかりだった。
あと、二人から、お年玉まで、もらってしまった。今は、結構な収入があるので、断ったんだけど。『二十歳になるまでは』と、無理矢理、渡されてしまった。
帰省の際には、両手に一杯、持てるだけお土産を、買って行ったんだけど。結局、もらうほうが圧倒的に多く、全然、親孝行らしいことは、出来なかった。実家では、私は、まだまだ、子ども扱いなのだ。
でも、一番、嬉しかったのは、仕事を認めてくれたことだ。『頂点を獲る』という約束は、果たせていないけど。それでも、上位階級になれたわけだし。以前のように、気後れしながら帰郷する必要もなくなった。
「そう。それは良かったわね。昇進のこと、とても喜んでいたんじゃない?」
「父親は、滅茶苦茶、喜んでました。まぁ、母親のほうは、特に、変わった様子はなかったですけど――」
お母さんは、相変わらず、厳しい。昔から、ちょっと、いい結果を出しても『そんなの、出来て当たり前』なんて言う、ドライな性格なのだ。
「表に出さなくても、心では、とても喜んでいるはずよ。以前、お忍びで来た時も、物凄く心配していたし」
「だと、いいんですけど……」
私は、人の心を読むのが、得意ではないから。ちゃんと、言葉や態度にしてくれないと、全く分からない。見たまんまでしか、判断できないので――。
「今日は、仕事始めに軽く掃除を、と思ったのだけど。風歌ちゃんが、ほとんど、やってくれたみたいね」
「はい。外は全て終わりました。あとは、事務所内だけですけど。年末に、念入りに掃除したので、すぐに終わると思います」
「そうね。では、今年の営業方針について、少し、お話ししておきましょうか」
「はい」
営業方針って、なんだろ? 一年の抱負、みたいな感じかな? 今までは、特に、そんな話は出ていなかったけど。うちは個人企業のせいか、特に、厳しい規則や営業ノルマもなく、とても緩やかだった。
「風歌ちゃんは、今年から、経営の仕事を、覚えてもらおうと思うの」
「えっ、経営ですか――?!」
「常に、新しい挑戦は、大切よ。それに、風歌ちゃんなら、もう、それが出来るぐらいの能力は、充分にあると思うわ」
「でも、私、数字とか、物凄く苦手なんですけど……」
今まで、経営に関する仕事は、全てリリーシャさんがやっていた。色々お手伝いはしたいけど、計算とか苦手だし。やっぱり、適材適所だと思う。
「大丈夫よ。誰だって、最初から上手く行く人は、いないわ。エア・ドルフィンを飛ばすのだって、最初は、苦手だったでしょ?」
「まぁ、それは確かに――」
今では、体の一部のように飛ばしているけど。初めての時は、エンジンすら掛からずに、大変な苦労をした記憶がある。
「何事も、慣れだから。それに、風歌ちゃんが、経営の仕事も、全てできるようになれば。私がいなくても、問題なく、会社が回るようになるから」
「えっ……?!」
「これから、毎日、少しずつ教えていくから。ちょっとずつ、慣れて行ってね」
「は――はい」
リリーシャさんは、とても優しい笑顔で話している。でも、訊き返せるような感じでもなかった。それに、いまさら、蒸し返したくはない。
私は、少し不安を覚えながら、無理矢理、自分を納得させるのだった……。
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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