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第壱蟲 『抑蟲』

Parasite-Kiss

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「さあ、これにて説明は終了よ……何か疑問点等はあるかしら?」

 『蟲姫』は『抑蟲』の背を再びつつき、元の優しげな表情でそう言う。

 先程までの威圧感は何処へやら、両の手の平を合わせ、ミゾレからの質問を心待ちにしている様に見える。

「あ、あの……。」

「なぁに?何でも質問していいわよ?」

 何故か『蟲姫』は先程までよりも一層機嫌良さそうにしており、ミゾレに対して少し軽い口調で応じる。

「それで……だっ『代償』というのは一体……?」

 彼女は忘れてはいなかった。

 ユキの話す『蟲姫』の『噂』にはその様な文があることを。
 美味い話には裏があり、『蟲姫』の『噂』にもそれがあるという事を。

「……『代償』?」

 『蟲姫』はキョトンとした表情を浮かべ、テーブルの横に立つ『生慈』と顔を見合わせる。

 『生慈』に関してもミゾレの発言は予想外だったらしく、僅かに顔色を強張らせ『蟲姫』をじっと見つめる。

「『蟲姫』は『願い』を叶える代わりに……その人の大事なモノを求めると……その……友人に……。」

 しかしミゾレは下を向き、『蟲姫』から目を逸らすようにしていた為に二人の異常には気付かない。

「ふぅん……。」

 『蟲姫』は興味深そうに息を漏らし、どこか意地の悪い表情を見せる。

「ニンゲン世界の『噂』ではそうなっているのねぇ……。」

 そう言うと彼女は口元を緩ませ、椅子から立ち上がってミゾレの方へと歩み始める。

「えっと……お金……じゃなくて、やっぱり『目玉』とかそういうのですかね?」

 今になって襲い来る恐怖に、ミゾレは身体を震えさせる。

 『願い』を一つ叶えるのである。

 それ相応のリスクはあって当然と考えるのが筋であろう。

「そうねぇ……正直な話、アナタの眼球なんて貰っても飾る趣味も無いしねぇ。」

 『蟲姫』はミゾレの椅子の横にてその歩みを止め、彼女の方をじっと見つめる。

「じゃあ……一体……。」

 『蟲姫』はミゾレの頬に触れ、顔をこちらに向かせる。

 そして彼女の顎に手を添え、そっと上へ向かせた。

 ミゾレは『蟲姫』を見上げ、涙の溜まった瞳でじっと彼女をみつめる。

 彼女の身体は震え、涙で視界はぼやけていた。

「ふふふ……決めた。」

 彼女はそう呟くと、顔を近付け、ミゾレの唇と自らのソレとを触れさせた。

「……!!」

 刹那に感じるは唇の感触。

 接吻。

 『蟲姫』の行ったのはまさしくソレであった。

 ミゾレはもはや驚くことすらもままならない。

 脳裏にあるは驚きと混乱の入り乱れたショート寸前の思考。

 そしてその最中に彼女の口内に入り込むは『蟲姫』の舌である。

「んっ……ふっ……!!」

 互いの舌は生暖かい唾液を纏って絡み合い、唇より一本の筋となって流れ伝う。

 口内を『蟲姫』の一部により自らの舌と共に掻き回され、触れてもいない筈の身体が痙攣する。

 もはや『蟲姫』による口付けによりミゾレの中の恐怖は吹き飛び、ただ溢れ出る快楽のみがその身を支配している。

 中高生の経験し得るファーストキスにしては、あまりにも刺激が強く、あまりにも高等過ぎる代物であった。

「んっ……むっ……」

 ミゾレは恍惚とした表情へと変わり、『蟲姫』にその身を任せている。

 というより現時点で彼女に抵抗する術も無く、支配権を眼前の白き姫に委ねる他無かった。

 心臓は高鳴り、息は荒げ、身体が熱くなっていく。

 ただ顔の一部分が触れているだけ。

 それなのに甘美で、快楽に満ちていた。

「……ふふふ。」

 『蟲姫』はミゾレの唇から自らのモノを離し、見つめ合う様に彼女の表情を窺う。

 ミゾレはとろんとした表情で『蟲姫』を見上げる。

 ほんの数分の出来事に関わらず、ミゾレは自ら立つ事さえままならず思考も浮遊した状態となっていた。

「確かに頂いたわ。」

 『蟲姫』はミゾレの頭に手を乗せ、愛玩動物に対してするように優しく撫で回す。

「アナタの『大事なモノ』。」

 『蟲姫』ミゾレに対し微笑み、そして囁く。

 対してミゾレは突如奪われたファーストキスの意味にようやく気付き、両手を頬に当て、目を見開いて顔を真っ赤に染め上げる。

「……『生慈』。」

 『蟲姫』は変わらず無表情で立つ『生慈』に呼びかける。

「……なんでしょう?」

 対し『生慈』はミゾレの訪れてからも微動だにしない声色で応える。

「彼女を送って差し上げて頂戴。」

 『蟲姫』は照れるミゾレをじいっと見下ろしつつ、『生慈』にそう告げる。

「……了解致しました。」

 『生慈』は少し間を置いてそう言い、胸に手を当て深く『蟲姫』に頭を下げた。
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