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第二章

四十一話 婿養子、影と出会う

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 稽古、農作業、細々な作業に教師役にと、忙しくも一人娘の佐那と遊ぶ時間は確保しつつ、穏やかな時間が過ぎていた。

 サミアさん達の武術訓練も順調で、日々より実戦的に進化する千葉流をそこそこ身に付けているんじゃないかな。



 相変わらず、僕とお義父さんは交代で森の深部までを巡回して異変がないか調べている。

 フェルミアちゃんとヘティスちゃんを助ける切っ掛けとなった、森の東側の調査が無くなった訳じゃないだろう。

 前人未到の地を調査したという実績は、それだけで、それを成した貴族に国から褒賞が与えられるらしい。

 実際に土地や物を手に入れた訳じゃないのに、とも思うが、確かに情報は大切で、それが有用なら褒賞も惜しくないだろう。

 それに森の中の行軍は難しいだろうが、少数の精鋭なら森を抜けるのも可能な筈だ。

『いや主人あるじそれは難しいと思いますよ』
「えっ、そうかな」

 だけどその考えをフーガが否定する。

『ほんの一握りの高ランク冒険者なら、森を抜ける事も可能でしょうが、 犠牲もなしには無理でしょう。この森の中を魔物に襲われる事なく野営など難しいですよ』
「ああ、確かにフーガに乗れば野営は必要ないもんな。僕でもこの森で野営なんてしたくないしな」
『それでも、東側の豊かな自然と肥沃な土地を知られれば、犠牲を覚悟で兵を出す貴族は掃いて捨てるほど居るでしょうね』
「西側の国について、少し調べた方がいいかもな」
『主人の外見では難しいでしょうね』
「だな」

 この世界で、黒髪黒目の人族はほとんど居ないらしい。だから僕やお義父さんが街で情報収集するには、一工夫が必要となってくる。

 フーガと呑気に世間話しながら歩いているのは、森の深部だった。

 南北に長い森の中央部が、名も無き森と呼ばれ怖れられている場所。その森の深部を縦にフーガと二人? 一人と一匹? まぁいいか、パトロール中である。

 魔物と遭遇すれば討伐するし、魔物が逃げれば追わない。

 このパトロールは、魔物の討伐が目的ではなく、この前のように目的を持って足を踏み入れる人間を警戒してのものだ。



 そしてこんなに呑気に歩いていても大丈夫なのかというと、これが大丈夫だったりする。

 例外はあるが、強い魔物になる程知能が高い傾向がある。そうすると、勝てない相手には襲いかからない。そしてフーガは、この森の頂点に位置する存在だ。

 この世界に全て合わせても六体しか居ない聖霊獣のフーガは、その存在だけで魔物を寄せ付けない。

 まあ、気配を消さないで行動すればだけど。





 冒険者でさえ足を踏み入れる事の少ない、名も無き森の中、そこで隠れ住むものがいた。

 木の上に作られた、家とも呼べないバラックに二人の男が戻って来た。出迎えたのは妻と娘。

「カーラ、獲物だ」
「あなた、ご苦労様」
「母さん、早くメシにして」
「お兄ちゃん、静かに」
「お、おお、悪い」

 大型犬サイズの鼠の魔物を手に入って来た三十半ばの男の名はジェスタ、その後に入って来たジェスタに良く似た顔の十代半ばの少年がジュドー、二人を出迎えたのがジェスタの妻カーラ、ジュドーの声の大きさを注意したのは、娘のジェンヌだ。

 ヒソヒソと小さな声で話すのは、勿論此処が名も無き森の中だからだ。

 ジェスタ達は、ある国から逃げ出し、追手が差し向けられたとしても、探す場所の選択肢に考え難いこの場所へと逃げ込んだ。

 普通の人間なら絶対にこの森を逃げ場所には選ばない。だが、ジェスタ達の特殊な能力がそれを可能にしていた。

 ジェスタ達は、只の人族ではない。

 その容姿は、少し肌が日に焼けているような色をしている以外は、普通の人族と何も変わらない。

 ただ、ジェスタ達には特殊な能力、影に潜り溶け込める魔法があった。

 人族では適性を保つ者は殆ど居ない、闇魔法に適性を保つ種族、ハイド族。

 身体能力は人族と変わらないが、その魔法適性故に、長い大陸の歴史の中で隠密や暗殺、防諜を担ってきた。

 ある者は、国から諜報部門の駒として、ある者は非合法組織の暗殺者として、またある者は貴族家の汚れ仕事を一手に担う。

 その種族としての能力故に、時の権力者と密接に関わってきた彼らは、歴史の中で常に不遇な扱いを受けていた。

 それは騎士が持て囃され、諜報に関わる者を下賎な輩と蔑む者が大多数を占めていた。

 ごく稀に、信頼関係で結ばれた人族とハイド族の主従も存在するが、それは稀有な例だった。

 ハイド族は、少しずつその数を減らしながら、大陸に散らばり生きて来た。

 危険な任務に使い捨ての駒として使われ、情報を知りすぎたと始末され、種族として衰退の一途をたどっていた。

 ジェスタもそうだった。

 ジェスタは、四つの家族でとある貴族に傭われ、諜報機関として働いていた。
 決して真っ当な仕事ではない。貴族同士の騙し合い、不正の隠蔽、対立貴族を貶めるなど、ジェスタ自身、胸を張って誇りを持って仕事をしているとは言えなかった。

 もう情報収集の為の諜報機関とは言えない。

 大人達で話し合い逃亡を決めた。

 仕事毎に金銭で傭われ、情報を収集するハイド族も居るが、ジェスタ達は祖父の代に現在の貴族に傭われ、諜報機関の組織として活動してきた。

 当然、雇い主である貴族家の裏を知り尽くしたジェスタ達が仕事を離れる時は、死ぬ時だと貴族家の当主は考えている。

 だから逃げた。

 幸いな事は赤子が居なかった事か。

 乳飲み子を抱えて逃げるのは流石に難しい。


 追手からの追跡から身を隠す場所として、名も無き森を選んだ。

 特殊な能力を保つハイド族とはいえ、危険な森で住むのはリスクが大きい。

 何より魔物に気付かれぬよう、囁くような声でしか話せないのはストレスが溜まる。



 魔法でお湯を沸かし料理を作り、食事を済ませて家族の団欒だが、皆の顔には一様に疲れが浮かんでいた。

 逃亡生活を始めて三ヶ月で、彼らの生活は既に限界に達していた。

 ジェスタには四つの家族を守る責任がある。

 このまま森で隠れ住むのも限界は近い。だが何処の国へ逃げても隠れ住むのは変わらない。

 一ヶ所に定住は難しく、追手から逃れる為に転々としないといけないだろう。



 次の日、四つの家族の男達が狩りに出かける。

 ジェスタの息子ジュドーは十五歳で成人しているので同行するが、他の三家族は子供がまだ十歳未満なので留守番だ。

 五人のハイド族が森の中を気配を消し、足音を立てないよう細心の注意を払って獲物を探す。

 狙う獲物もよく選ぶ必要がある。

 ジェスタ達が使う武器は、短剣やナイフ、暗器の類など、魔物に対して大きな威力は望めない。故に、一撃で仕止める事が出来る魔物を選ぶ必要があるのだ。

 森の浅い場所では、時折冒険者が薬草の採取や魔物の素材目当てに森に入る事もある。だからジェスタ達は、それよりも少しだけ深い場所での狩りになる。

 例え遭遇したとしても、気づかれない自信はあるが、稀にカンのいい冒険者に見つかる可能性も低いがある。

 そういった理由もあって、比較的森の深い場所を探索していたジェスタ達。深い場所と言っても少しだけなのは、この森にはジェスタ達ハイド族の特殊能力を使っても尚危険な魔物が複数存在するからだ。

 ただ、その日は朝から獲物が捕れず、ジェスタ達にも焦りが生まれていたのだろう。

 知らず知らずのうちに、より森の深い場所へと足を踏み入れてしまっていた。

 その事に気づいたジェスタは、内心で舌打ちすると共に、息子のジュドーと仲間をどうすれば逃がせるのか、高速で思案を巡らせる。

 時間はあまりない。何故なら、目線の先にジェスタが此処が森の深部だと気づいた理由のイモータルヴァイパーが地面を這っているのだから。

 イモータルヴァイパー、直径が1メートルをはるかに超え、その全長は50メートルにもなる巨大な蛇の魔物。強力な毒と、イモータルの名が示すように、非常識な再生回復能力を保つ、名も無き森の深部に棲むAランクの魔物。

 ジェスタ達が束になっても敵わない、出会ったら死を覚悟する魔物。

 それがまるでジェスタ達を無視するように、何かに向けて襲い掛かろうとその鎌首を持ち上げた。

 その臨戦態勢をとるイモータルヴァイパーの先に、ジェスタは信じられないものを見て、思わず声を上げそうになる。

 信じられない事に、名も無き森の深部を、まるで散歩でもするかのように歩く人族の青年と、それに従う巨大な狼。

 シヤャャャャーー!!

 イモータルヴァイパーが、人間など丸呑みに出来そうな顎門で襲い掛かる。

 しかしジェスタ達は、そこで信じられないものを見る事になる。

 巨体にもかかわらず、もの凄いスピードで青年に襲い掛かったイモータルヴァイパーの頭が下にドサリと落ちる。

 勢いのついた体だけが数メートル進み、青年と巨狼は、始めから分かっていたかのように、それを避け、木をなぎ倒して頭の無くなったイモータルヴァイパーが止まった。

 あの青年が腰に差す剣で斬ったのだろうが、ジェスタにはその抜く手も見えなかった。

 頭を失ったイモータルヴァイパーの体は、暫くのたうちまわっていたが、やがて動かなくなり、次の瞬間、切り落とされた頭と共にその場から掻き消えた。

 驚くジェスタに、巨大な狼が警告を発した。

『其処に隠れる者共よ。少しでも我が主人に敵意をみせれば切り刻むぞ』
「こらこら、そんなに脅かさない」

 ジェスタ達が突然の事に、身動きも出来ず固まっていると、巨狼から警告され、その巨大な狼が、ただの魔物ではなく聖霊獣だと理解する。
 そして傍に立つ青年が、信じ難いが聖霊獣の契約者だと理解した。

 次の瞬間、ジェスタ達の行動は早かった。

 その場に跪き頭を下げ、ジェスタが代表して謝罪する。

「聖霊獣様に、その契約者様、我らに敵対する意思はございません」

 ジェスタは、聖霊獣とその契約者と思われる青年に、敵意はないと、土下座のような姿勢で弁明する。他の四人もジェスタに続いてその場に土下座する。

「ああ、頭を上げてください。ほら、フーガが脅すから」
『主人、この森で人が潜んでいれば、警戒するのは当然です』
「そうだけど、敵意はなかったみたいだし、僕とフーガならどうとでもなるだろう?」

 名も無き森の中に居るのを、忘れてしまいそうになるような青年と聖霊獣のやり取りに、ジェスタは直感的に決断すると助けを求めていた。

「聖霊獣様、契約者様、どうか我らをお救いください」

 それは諜報に身を置いてきたジェスタの直感だった。

 この人なら自分達ハイド族を導いてくれる。

 ジェスタは、何故かそう確信を持てた。



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