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第六十四話 弟子VS従者
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剣呑な空気がその場を支配していた。
その空気を作り出しているのは、虎人族の少年カジムと、ダークエルフの女性ジルだ。
場所は王都のヴァルハイム子爵邸の裏庭。
事の起こりは、何時もの様に早朝の魔法鍛錬をしてある時に、それは起こった。
珍しく早朝の鍛錬を一緒にする為に、カジムが屋敷を訪れた。
そこまではごく普通の日常風景、カジムはホクトを師匠と崇め、アニキと慕っているので、早朝の鍛錬に参加するのは珍しくない。ただ、何時もと違っていたのは、そこにホクトの従者として修行するダークエルフのジルが居たことくらいだ。
「何でアニキの側に常にいるんだよ!」
「従者ですから当然です」
最初は何事もなく鍛錬をしていたのだが、鍛錬の合間にホクトへ水を持って来たり、汗を拭いたり世話をするジルにカジムが噛みついた。
「アニキの世話は、姐さんか弟子の俺がするから、アニキから離れろ!」
「私は、ホクト様の従者ですからお世話するのは当然ですし、奥様になられるサクヤ様も共にお世話します。
あなたは弟子でしょう。私は従者です。どちらがお二人のお世話をするかは、考えなくとも分かるでしょう?」
「ぐぎぎ…………」
「まあまあ、つまらない事で言い争わない」
「ふん!」「チッ!」
ホクトがつまらない仲裁に入ると、仕方なくカジムとジルが言い争いをやめる。
「カジム、これからは冒険者ギルドの依頼でもジルはパーティーを組むんだから、仲良くしろとは言わないけど、喧嘩はやめてくれよ」
「そうよ、ジルがホクトの従者になるのは、私も認めてるの。エルフと同じ時を過ごせる従者は貴重なのよ」
エルフであるホクトとサクヤは、同じエルフである母のフローラやエヴァは別として、父のカインやバグス、兄達とはどう長くても百年ほどで別れが来てしまう。その点、長い寿命を生きるエルフに寄り添える存在は、同族かダークエルフやドワーフのような妖精種と呼ばれる種族に限られる。
「……アニキと姐さんがそう言うなら」
カジムが仕方なくそう言うと、ジルがふふんと大きな胸を反らす。
「あぁん!」
それを見たカジムがジルを睨む。
「……まぁ、ゆっくり仲良くなってくれれば良いよ。それよりカジム、毎朝の瞑想はちゃんと続けているか?」
「ウッ!…………いや、その、獣人族は魔法は苦手だからさ」
バツが悪そうにカジムが言い訳する。
「カジム、獣人族でも魔力は大事だよ。
剣術でも体術でも、魔力量が多いと色々と出来ることが増えるし、手札を増やすのは対魔物、対人問わず有効だからね」
「身体強化以外に使い道あるのか?」
「ちょっとだけ見せるから、それをカジムなりに消化して自分のモノにするんだ」
ホクトはそう言うと、皆んなから少し離れる。
裏庭の中央で一人立つと、体術のシャドウを始めるホクト。
最初は普通に何時ものコンビネーションを見せていたホクトが、トンッと空中にジャンプした次の瞬間、カジムとジルは驚愕する。ホクトが空中の何もない場所を蹴って軌道を変える。
「「なっ!」」
次第にホクトが連続して空中の何もない場所を足場に複雑な立体軌道を繰り広げる。
「「………………」」
やがて空中の蹴る立体軌道に加え、地上や空中で急加速、急停止を見せ始める。
カジムは地上で突然加速するのは、まだ理解できないがホクトだからと無理矢理納得出来る。だが、空中に浮いた状態で急加速、急停止する繰り返すのには、理解も納得も出来なかった。
「…………マナシールドと風魔法」
さすがにダークエルフのジルは、ホクトが何をしているのかわかったようだ。
やがてホクトが動きを止めて、皆んなの前に帰って来た。
「ジルは何をしているかわかったみたいだね。
カジム、僕は何も複雑な事をした訳じゃないよ。マナシールドを足場に、風魔法で加速と停止を補助しているだけなんだ」
「でも、必要な大きさ必要な強度のマナシールドを、望む場所に望むタイミングで、しかも無詠唱で激しく動きながら行使するのは、非常に難度が高いと思いますが…………」
ジルが、自身も魔法適性の高いダークエルフだけあって、ホクトが何気なく見せた技術が、簡単な物じゃない事を知っている。
「そうね、だからホクトは口を酸っぱくして言うのよ、魔力操作、魔力操作ってね」
サクヤがそう言うと、カジムはシュンとなり、ジルは納得して頷いた。
「そう言う事だね。魔力操作が上手く出来るようになれば、無詠唱で最少の魔力を使って、最大の結果を出せるようになるから。
あと、今みたいな空中での立体軌道は、空間把握能力が必要になってくるんだけどね。僕とサクヤは時空間属性があるから、その辺はアドバンテージがあったけど、その辺はカジムの努力次第かな」
「わかったよ、アニキ、姐さん。
俺もアニキみたいになってみせるぜ」
獣人族の自分にも目指せる形を示され、これまで以上に魔力操作を鍛錬する事を決意するカジム。その近くでホクトの見せた技術に、目の中がハートマークになっているジルだった。
その空気を作り出しているのは、虎人族の少年カジムと、ダークエルフの女性ジルだ。
場所は王都のヴァルハイム子爵邸の裏庭。
事の起こりは、何時もの様に早朝の魔法鍛錬をしてある時に、それは起こった。
珍しく早朝の鍛錬を一緒にする為に、カジムが屋敷を訪れた。
そこまではごく普通の日常風景、カジムはホクトを師匠と崇め、アニキと慕っているので、早朝の鍛錬に参加するのは珍しくない。ただ、何時もと違っていたのは、そこにホクトの従者として修行するダークエルフのジルが居たことくらいだ。
「何でアニキの側に常にいるんだよ!」
「従者ですから当然です」
最初は何事もなく鍛錬をしていたのだが、鍛錬の合間にホクトへ水を持って来たり、汗を拭いたり世話をするジルにカジムが噛みついた。
「アニキの世話は、姐さんか弟子の俺がするから、アニキから離れろ!」
「私は、ホクト様の従者ですからお世話するのは当然ですし、奥様になられるサクヤ様も共にお世話します。
あなたは弟子でしょう。私は従者です。どちらがお二人のお世話をするかは、考えなくとも分かるでしょう?」
「ぐぎぎ…………」
「まあまあ、つまらない事で言い争わない」
「ふん!」「チッ!」
ホクトがつまらない仲裁に入ると、仕方なくカジムとジルが言い争いをやめる。
「カジム、これからは冒険者ギルドの依頼でもジルはパーティーを組むんだから、仲良くしろとは言わないけど、喧嘩はやめてくれよ」
「そうよ、ジルがホクトの従者になるのは、私も認めてるの。エルフと同じ時を過ごせる従者は貴重なのよ」
エルフであるホクトとサクヤは、同じエルフである母のフローラやエヴァは別として、父のカインやバグス、兄達とはどう長くても百年ほどで別れが来てしまう。その点、長い寿命を生きるエルフに寄り添える存在は、同族かダークエルフやドワーフのような妖精種と呼ばれる種族に限られる。
「……アニキと姐さんがそう言うなら」
カジムが仕方なくそう言うと、ジルがふふんと大きな胸を反らす。
「あぁん!」
それを見たカジムがジルを睨む。
「……まぁ、ゆっくり仲良くなってくれれば良いよ。それよりカジム、毎朝の瞑想はちゃんと続けているか?」
「ウッ!…………いや、その、獣人族は魔法は苦手だからさ」
バツが悪そうにカジムが言い訳する。
「カジム、獣人族でも魔力は大事だよ。
剣術でも体術でも、魔力量が多いと色々と出来ることが増えるし、手札を増やすのは対魔物、対人問わず有効だからね」
「身体強化以外に使い道あるのか?」
「ちょっとだけ見せるから、それをカジムなりに消化して自分のモノにするんだ」
ホクトはそう言うと、皆んなから少し離れる。
裏庭の中央で一人立つと、体術のシャドウを始めるホクト。
最初は普通に何時ものコンビネーションを見せていたホクトが、トンッと空中にジャンプした次の瞬間、カジムとジルは驚愕する。ホクトが空中の何もない場所を蹴って軌道を変える。
「「なっ!」」
次第にホクトが連続して空中の何もない場所を足場に複雑な立体軌道を繰り広げる。
「「………………」」
やがて空中の蹴る立体軌道に加え、地上や空中で急加速、急停止を見せ始める。
カジムは地上で突然加速するのは、まだ理解できないがホクトだからと無理矢理納得出来る。だが、空中に浮いた状態で急加速、急停止する繰り返すのには、理解も納得も出来なかった。
「…………マナシールドと風魔法」
さすがにダークエルフのジルは、ホクトが何をしているのかわかったようだ。
やがてホクトが動きを止めて、皆んなの前に帰って来た。
「ジルは何をしているかわかったみたいだね。
カジム、僕は何も複雑な事をした訳じゃないよ。マナシールドを足場に、風魔法で加速と停止を補助しているだけなんだ」
「でも、必要な大きさ必要な強度のマナシールドを、望む場所に望むタイミングで、しかも無詠唱で激しく動きながら行使するのは、非常に難度が高いと思いますが…………」
ジルが、自身も魔法適性の高いダークエルフだけあって、ホクトが何気なく見せた技術が、簡単な物じゃない事を知っている。
「そうね、だからホクトは口を酸っぱくして言うのよ、魔力操作、魔力操作ってね」
サクヤがそう言うと、カジムはシュンとなり、ジルは納得して頷いた。
「そう言う事だね。魔力操作が上手く出来るようになれば、無詠唱で最少の魔力を使って、最大の結果を出せるようになるから。
あと、今みたいな空中での立体軌道は、空間把握能力が必要になってくるんだけどね。僕とサクヤは時空間属性があるから、その辺はアドバンテージがあったけど、その辺はカジムの努力次第かな」
「わかったよ、アニキ、姐さん。
俺もアニキみたいになってみせるぜ」
獣人族の自分にも目指せる形を示され、これまで以上に魔力操作を鍛錬する事を決意するカジム。その近くでホクトの見せた技術に、目の中がハートマークになっているジルだった。
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