酒呑童子 遥かなる転生の果てに

小狐丸

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第七十七話 存在進化

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 ガラガラガラ………………。

「ジル、馬車の速度を落として」

 ホクトからジルへ馭者を替わり、街道をヴァルハイム領へと進み、全体の三分の二を過ぎた頃、ホクトがジルへ馬車のスピードを落とすように小声で指示を出す。

「盗賊かしら?」

「あゝ、貴族の子息が乗っている馬車には見えないよね。護衛が1人も居ないし」

 ホクトとサクヤは、気配察知で街道近くに待ち伏せする15~16人潜んでいる事をつかんだ。
 ただ、今更盗賊の10人や20人、ホクト達にとってはゴブリンと大差なかった。
 三男とは言え、子爵の息子が護衛も付けずに馬車で移動しているとは、誰も思わないだろう。一見すると盗賊には良いカモに見えたかもしれない。

「ヴァルハイム家の紋章が入っているんだけどな~」

 武で鳴るヴァルハイム家の紋章が入った馬車を、積極的に襲う盗賊は普通はいない。おそらく他国から流れてきた盗賊なのだろうとホクトは推測した。

『主様、我が葬って参りましょうか?』

 遁甲していたシユウの声がする。
 饕餮トウテツであるシユウも一度のレベルアップを経て、言葉も流暢に操るようになった。

「いや、エレボスがひょっとすると存在進化するかもしれないから、シユウはエレボスのサポートをしてやってくれないか?」

『承知しました』

『では、私は空から援護します』

「お願いミサキ」

 普通の烏程の大きさに変化していた八咫烏ヤタガラスのミサキが、馬車から飛び立った。

 ホクトの専属侍女アマリエも、盗賊が待ち伏せしている状況で、慌てる事なく馬車の中で刺繍をしていた。それこそホクトを生まれた頃から知っているアマリエにとって、盗賊程度相手ではホクトが遅れをとることなど想像出来なかった。

「ジル、馭者を替わろう」

 馬車を走らせながらホクトはジルと馭者を交代する。
 ジルは気配を消すと、そのまま馬車から飛び降り街道を外れて盗賊の背後に回り込む。





「頭、馬車が見えて来ましたゼ!」

「バカな奴らだ。護衛も付けずに、襲ってくれと言ってる様なモノだぜ」

 街道の両側に潜みながら、馬車が来るのを待つ盗賊達。その内の一人が、木の上から弓で馬を狙っている。弓で馬を仕留めて、その後馬車に襲いかかる段取りだった。

 しかし、馬車が弓の射程に入っても、射手から矢が放たれる事はなかった。
 ジルの影から這い出したエレボスが、木の上で待ち伏せしていた盗賊を頭から呑み込んだ。

 ドサッ

 馬車の走る音にかき消され、射手が木から落ちた事に盗賊達が気付く事はなかった。
 スピードを落としてゆっくりと近付いてくる馬車を、今か今かと待ちわびる盗賊達を、背後からエレボスが襲いかかる。

「がっ、ぐゎぼっ、…………」

「ひぃぃ~~!!」

「なっ!?スライムだと!?」

 待ち伏せしていた所に突然襲われた盗賊達は、混乱の極みに達し思考が停止する。
 エレボスに襲われた盗賊の頭は、そこで街道の反対側で待ち伏せしている筈の手下に動きがない事に気がつく。



 エレボスが盗賊に襲いかかっていたその頃、街道の反対側では、シユウが一瞬で盗賊達を葬った。
 地面から現れたシユウは、その角と牙、爪を振るうと、盗賊達は叫び声をあげる間も無く命を落としていた。

『ふむ、かくも脆いモノか、人と言うのは』



 そして待ち伏せしていた盗賊達から一人離れた場所に、斥候役の盗賊が居た。
 遠目に異変を感じた見張り役の盗賊は、脇目も振らずに逃げ出した。

「はぁ、はぁ、はぁ、……ギャアァァァーー!!」

 突然男の身体が炎に包まれ燃え上がる。

 その上空を黒い烏に似た鳥が舞っていた。
 八咫烏のミサキが逃げる盗賊を燃やし尽くしたのだ。




「ギャアァ!!」

 エレボスが次々と盗賊に襲いかかり、逃げ出そうとした盗賊の手足をジルが斬りつけ、その動きを封じていく。
 エレボスは、動きを封じられた盗賊の顔を覆い溶かしていく。

 全ての盗賊が息絶えるまで15分もかからなかった。



 全ての盗賊を斃し終えた時、エレボスがブルブルと震えて光を放ち、一回りその身体が大きく変化し始めた。

「!!  ホクト様! エレボスが進化しそうです!」

 ホクトとサクヤが馬車を止め、エレボスの元へ駆けつけると、以前より一回り大きく、体色がより黒くなったエレボスが居た。

「ほぉ、大きくなったんだな。
 それでどんな種族になったんだ?」

「はい、シャドウアサシンスライムと言うそうです。完全に新種になるらしいとエレボスが言っています」

「へぇ~、暗殺系のスキルに特化しているのかな?」

「はい、全ての影へと潜れる他、影から影へと移動する事も出来る様になり、気配を消す隠密、毒の種類や効果も自由度が増しました」

「シユウやミサキと違って、エレボスはあと二~三回存在進化出来そうだな」

「はい、これでエレボスもホクト様やサクヤ様のお役に立てると思います」

 既に、その存在は頂点に達している饕餮や八咫烏とは違い、元々の魔物としては低ランクのスライムだったエレボスは、レベルアップによる存在進化をこの先も何度か迎える事が出来るだろう。

 ホクト達は盗賊の死体を後始末すると、ヴァルハイム領へと走り出した。






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