いずれ最強の錬金術師?

小狐丸

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十七話 マッドな研究者

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 トリアリア王国が進出し、何とか開発に漕ぎ着けた未開地の南西部。その面積は大きくないものの、トリアリア王国として海を得た事は大きい。

 その場所の更に端。人の余り近付かない場所に、ポツリと建つ二階建ての建造物。そこに、マーキラス王が支援する研究者が引き篭もっていた。

 何故、この場所でというのは、ここがほぼトリアリア王国とサマンドール王国以外が関与しない土地だからだ。

 ユグル王国は勿論の事、バーキラ王国やロマリア王国の人間も足を踏み入れる事はない。

 冒険者ギルドも存在せず、脛に傷を持つ人間が身を寄せるには絶好の場所だった。

 その場所で、一人の男が眉間に皺を寄せていた。

「勇者の血の残りが心許ないな。鮮度も気になる。可能ならば、あの逃げた女勇者の血か肉が欲しいところだが……」

 男は、試験管に小分けにしたドス黒い液体……血を眺めて不満を口にする。



 男の名は、ジャッジ。元シドニア神皇国の人間で、錬金術師であり薬師。タクミを思わせる取得スキルを持つが、勿論戦闘能力は皆無で、生粋の研究者だった。

 何故、ジャッジが召喚された勇者の血を持っているのか。それは、当時の教皇により進められていた人造勇者計画の責任者だからだ。

 勇者の血とは言っても、アカネが逃げ出した後の事なので、血はアキラとヤマトのものだ。

 アカネの逃亡により、危機感を感じた教皇達が、勇者に準ずる存在を自ら作り出そうとしたのだろう。

 戦力の確保に自重がないのは、未開地での戦争で使われたイモータルソルジャーの例をみてもよく分かる。

 イモータルソルジャーは、恐怖心や痛覚を無くした不死身の兵士を造るのが目標だった。だが、出来上がったのは、その過程で理性まで無くした、ジャッジ曰く不出来なガラクタだった。

 ジャッジの研究は、イモータルソルジャーほど短時間で結果が出るようかものではなかったので、結果的にシドニア神皇国が亡びる事で、研究は頓挫した筈だった。

 しかしジャッジはそんな事では諦めない。

 ジャッジにとって、研究の成果が結果が重要であり、その研究をどう使うかは興味がない。研究さえ続けられるのなら、何処の勢力や権力者、どの様な悪人だったとしても手を組む事に戸惑わない。

 そんなジャッジが、トリアリア王国に自分を売り込むのは自然な流れだろう。

 バーキラ王国やロマリア王国が、そんな倫理的に問題が大きい研究を援助するとは思えない。中には、野心ある貴族もいるかもしれないが、ジャッジにはトリアリア王国以上のパトロンはいないと考えていた。




 男の目の前で、ネズミの魔物が穴という穴から血を流して死んだ。

「むぅ。また拒否反応か。人間でも魔物でも、適合する個体が少ないな。何か理由がある筈なのだが……」

 勇者の血をそのまま魔物や人間に入れても、当然何も起こらない。ただ、血液型が合わずに死ぬだけだ。

 ただ、そこは勇者の血。召喚された時点でレアスキルを獲得するナニカがあるのは間違いない。

 そこでジャッジは、勇者の血に様々な物を混ぜたり、錬金術で濃縮してみたりと、気の遠くなる回数のトライアンドエラーを繰り返した。

 そんな研究室に、トリアリア王国から研究の進捗を確認する者が訪れる。これは、既に形だけになっている。それも仕方ない。十年近く成果のない研究なのだ。トリアリア王国自体が苦境だった事もあり、わざわざ定期的に確認に来るだけジャッジの研究に少しは期待しているという事だろう。

 そしてその男の来訪は、研究に行き詰まっていたジャッジにとって福音となる。

「何だと! 勇者を討ち倒した聖域のトップの娘だとぉ!」
「ジャッジさん、落ち着いてください。彼女達が居るのは、バーキラ王国の王都に在る学園です。我らトリアリア王国の人間が、軽々しく入り込める場所ではありませんよ」

 ジャッジは男からの情報に、久しぶりに気持ちが湧き上がるのを感じ思わず叫んだ。しかし、それに男は水を差す。敵国の王都だからなんだというのだ。

「お前達は、そればかりだ。逃げ出した勇者の女も連れて来る事ができず、せめて血か肉をと言っても無理の一言だ」
「当たり前じゃないですか。あの残った勇者の女が何処に居ると思っているのですか。聖域ですよ。報告では、不定期に王都に顔を出しているようですが、それを掴むのも一苦労なんです。そもそもあの女は元勇者です。我がトリアリア王国の精鋭を充てても一蹴される可能性の方が高いのですよ」

 ジャッジは、早い段階でアカネの血や肉などを手に入れられないかトリアリア側に頼んでみた。それに対する返答は不可。当然だ。聖域の中には侵入は不可能だし、王都に在るタクミの商会に顔を出すとはいっても、何時来ているのかも分からない。

 これは、王都の商会の地下に転移部屋があるからなのだが、それをトリアリア王国が知る事はない。バーキラ王国にさえ漏れていない秘密なのだから。

 しかもトリアリア王国は、バーキラ王国と停戦協定も終戦協定も交わしていない。もう既に十年何方からも動きがないが、未だ戦争継続中なのだ。そんな敵地の王都に、トリアリアの諜報員を送り込むのも難しいのだ。

 トリアリア王国からの入国者は、厳重にチェックされているので、第三国を経由するにもロマリア王国も敵対国だ。仮に送り込めたとしても、大人しく街の噂を集める程度ならいいだろう。たが、不穏な動きをすれば、すぐさまバーキラ王国の暗部に摘発されてしまう。

「クソッ! 私に戦う力が有れば……」
「無理は言わないでください。一応、陛下にも上申してみますから」

 ジャッジもそれは分かっている。だから自身に戦闘能力の無さを嘆く。

 ジャッジは、生粋の研究者だ。魔法には精通しているが、それでもタクミ達と比べると何枚も格が落ちる。魔物と戦う事もないので、レベルが低く魔力量もそれ程多くない。

 まあ、ジャッジが今更パワーレベリングしたとしても、強くなれるかと聞かれると否と答えるだろうが。

 とはいえジャッジは、行動力だけは無駄にある。だから実際に自身で聖域への侵入が可能かどうか試している。当然、結界を抜けれる訳もなく、すごすごと帰ってくるはめになった。

「出来損ないを使ってみるか。騒ぎくらいは起こせる。その隙に、その娘達を拐って……」
「その辺も含めて陛下に確認してみますから。くれぐれも先走らないでくださいね」
「分かってる。私が自由気ままに研究に没頭できるのもマーキラス王のお陰だからな」

 ジャッジの口から出た「出来損ない」という不穏なワード。当然、マーキラスには報告済みなので、トリアリア王国側も把握している。それでもマーキラスが動かないのは、現状では使えないと判断しているからだ。

 勇者の血とジャッジ特製の秘薬、そこに特定の魔物の魔石を錬成すると、人間、魔物問わず強化する技術を開発していた。

 ただ、ジャッジやトリアリア王国が出来損ないと言うだけあり、残り少ない勇者の血を使って、量産する意味はないという認識だった。

 マーキラスにしてみれば、イモータルソルジャーや獣人族の戦闘奴隷の方がまだ使えるレベルでは、わざわざ聖域にいるタクミ達を怒らせる技術を用いるリスクは犯せない。

「どちらにしても最低でもイモータルソルジャーを超えるものでないと、こちらとしては動く事は出来ませんよ」
「あんな不出来なモノと一緒にしてくれるな。私の作品は、出来損ないの状態でもあんなモノと比べものにならんわ」
「分かりました。その辺も含めて報告書を上げておきます」
「頼むぞ。ああ、逃げた勇者の女でもいいからな。どちらかが手に入れれば、私の研究は完成に近付く筈だ」

 ジャッジは、男にそこそこ出来のいい試作品は使える事を伝え、マーキラス王に期待する。

 本来なら、人の血を材料にした程度で、何かを強化など出来ない筈なのだが、アキラとヤマトの血には確かに特別な力が宿っていた。

 それが世界を壊しかねなかった異世界召喚の影響なのかは分からない。アキラとヤマトが、この世界の人間よりも高い成長力を持っていたからか、発現したレアスキルの所為なのか不明だ。

 そして、それはアカネにも当て嵌まる。

 そして、創世の女神ノルンが創造し、大精霊達の加護を持つタクミの娘達もまた特別なのは間違いなかった。




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『いずれ最強の錬金術師?』のコミック版6巻が、7月19日より順次書店にて発売予定です。

お手に取って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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