いずれ最強の錬金術師?

小狐丸

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十九話 マッドな研究者の成果

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 思わぬ成果に顔を綻ばせる男。元シドニア神皇国出身の錬金術師で魔法使いジャッジだ。

「まさか研究する事十数年。やっとここまで来たか」

 目の前には、二メートルを超える体高の大猿。勿論、魔物なのだが、その瞳には高い知性を感じさせる。

「そもそも薬で力を引き出しても、理性や判断力がなくなれば意味はない。おまけに光属性が弱点になるなど、欠陥品もいいところだ」

 ジャッジは、かつて未開地での戦争に使われたイモータルソルジャーを生み出した薬は、大失敗だと思っていた。

 ジャッジ自身、純粋な研究者なので、戦闘に関しては素人なのだが、それでも痛みを感じず人を超えたパワーを引き出せたとしても「戦え」と「止まれ」程度の簡単な命令しか受け付けないモノなど、欠陥品としか思えない。

 人間を黒いオーガに変化させた薬も失敗作だと切り捨てる。多少、命令を聞くようだが、ゴブリンに毛が生えた程度の知能では頂けない。元の人間よりも劣化が激しい。

「ふむ。試作208号の体格なら、頭からローブを被れば街にも侵入が可能かもしれんな」

 大猿の魔物は、ゴリラのように人とは乖離した体格ではなく、人間を少しゴツくした感じに留まっている。少々腕が長いが外套を被せれば誤魔化せる範囲だとジャッジは判断した。わざわざ人間を魔物に変質させる必要などない。まあ、どうせ人間を魔物化させた薬はもう作れない。邪精霊由来の素材など残っていないのだから。

「流石に狼系の魔物を街に持って行くのは難しいからな。……いや、大きな箱に入れれば大丈夫か」

 これだけ知能が高く命令を聞くなら、箱の中でも大人しく時を待つ事も可能かもしれない。

「やっと、やっと一歩踏み出せた。この次は人間だな。マーキラス王に重犯罪奴隷を仕入れるよう要請しておかなければな」

 これまでも何度も人間を実験台にしてきたジャッジだ。今更、人間を実験台にする事への忌避感などない。

 この世界でも猿と人間は似ていると考えられているようで、ジャッジが大猿の魔物を実験台にしたのは、最終的に人間を勇者の血から造られたモノで、強化するのが目標だからだ。

「それに何となく、勇者の血に適合する者と、そうでない者がいる事は分かっている。あらかじめ非検体の血と混ぜてみてチェックすれば、成功率は上がる筈だ。それより大猿の魔物をもう二~三匹用意してもらうか。それが成功すれば、次は人間で試してみよう」

 成功体と呼べる大猿の魔物が三匹もいれば、あの残る勇者の女と、女神の使徒とも言える男の子供を手に入れる事が出来る可能性が高いとジャッジは俄然ヤル気をだす。



「そうだ。208号。お前は同種の魔物を統率する事が可能か?」
「……」

 ジャッジの問い掛けに、大猿の魔物は頷いた。

「おおっ! なら幾つか作戦を練る事が出来るな。トリアリアの奴に、バーキラ王国の学園は校外学習を実施しているか探ってもらうか」

 ジャッジの頬が弛む。聖域にいるアカネは無理でも、バーキラ王国の王都にいるエトワール達ならチャンスはある。しかも校外学習で外に出ているなら尚更だ。

 この世界の貴族が通うような学校は、どこの国でも似たようなプログラムだった。

 勿論、国ごとに教える歴史などは異なるが、貴族や平民問わず必ずあるのが、郊外での魔物の討伐訓練だ。

 ジャッジも旧シドニア神皇国の学園で、学年ごとに実施させれていた校外学習に参加した記憶がある。まあ、あれは演習と呼んだ方がしっくりとくるだろうが。

「そうなると大猿タイプの208号だけでは、少々足りないな。とはいえ、勇者の血薬で能力を引き上げたとしても、元の知能が低過ぎると指揮に従うかどうか怪しいしな」

 もともと魔物の中では知能の高い208号。ジャッジは、そのレベルに近い魔物を頭の中でリストアップしていく。

「ゴブリンも上位種なら大丈夫か。いや、オークの方がいいか。狼系の魔物も可能性はあるな。群れで生きる魔物は、強力な統率者に従うだろう」

 どうやって魔物を生け捕りするのかという問題はあるが、その辺は試作208号である大猿の魔物に指示すればなんとかなるとジャッジは楽観的だ。

 しかも、ここは未開地を開拓した街。魔物を確保するなら魔境はそこかしこに在る。

「取り敢えず、この近辺の魔境に棲む魔物のリストを出させるか」

 そうジャッジが呟いたところに、タイミングよくトリアリア王国の人間が現れた。この男が、ジャッジの研究の進捗具合を確認したり、必要になる物があった場合に手配している。

「どうですか? 研究の進捗具合は? って、魔物っ!?」
「慌てるな。試作208号は成功作だ。指示を与えねば襲わない」
「成功したのですか?」

 研究室に入って来た男は、その場に立つ大猿の魔物に驚くも、ジャッジが宥め、じっと身動きもせず待機する魔物に驚きの声を上げる。

「まだ魔物限定だ。これを人間でも成功させねばならない。それが成功すれば、強化度を上げねばならない。成功などまだまだ先の話だ」
「それでも大きな一歩では? それで、普通の魔物との違いは?」
「見て分かる通り、高い知能があり命令を高いレベルで遂行可能だ。魔物としての能力も上がっている」
「それは凄い」

 男が研究成果に賛辞を送り、加えて在野の魔物との差を問う。それに対するジャッジの答えに表情も綻ぶ。トリアリア本国と未開地に開拓した街を定期的に往復するという、男にとってある意味貧乏くじと言える仕事だっただけに、成果が出始めた事に喜びは隠せない。


 そこでジャッジは、研究をもう一歩先へと進める為に、男へと素材の発注をする。

「そこでだ。新しく素体となる魔物と人間を頼む。魔物は選ぶ事は不可能だろうが、人間は可能なら戦闘に従事していた者がいいな。犯罪奴隷でもかまわん。鉱山に送るか、死罪にするしかないクズは幾らでも居るだろう」
「……ふむ。比較的知能の高い魔物か。コントロールが効かなくなりそうなのはダメだな。分かった。陛下に許可を取る必要はあるが、何とか捕獲してみよう。人間の方も今更だな。あんたの研究で何人が廃棄されたか」
「ふん。どうせ、死罪か死ぬまで鉱山で働く奴らだ。そんなクズが偉大な研究の礎となれるのだ」
「分かった。分かった。それも含めて陛下に報告しておく。返事はそう遅くならない筈だ」

 ジャッジはトリアリア王国の男が出て行くのを見もせず、大猿の魔物に指示を出す。

「208号。お前の眷属を増やせ。数は多くなくてもいい。質が重要だ。次いでにお前もレベルを上げておけ」
「……」

 ジャッジは大猿の魔物、試作208号にフード付きの外套を渡すと、猿系の魔物の眷属を集めるよう指示を出す。

 その指示に頷いた大猿の魔物は、外套を受け取ると羽織り、フードを目深に被る。

「うむ。それなら大柄な人間に見えるな。では行け」
「……」

 こうしてジャッジは大猿の魔物を送り出す。

 ジャッジの欲しいのは、アカネとエトワール達の血のみ。自身の研究の成果しか興味はない。

 未開地の南西端。トリアリア王国が開拓した街で、静かに、だけれども確実に計画は進行していた。




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