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激突 三方ヶ原

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 永禄十二年(1569年)四月 遠江国

 武田信玄率いる三万の軍勢は、青崩峠から信州街道を南下し天竜川東岸を進み、徳川方の武将、中根正照が守る二俣城を落とした。
 犬居城の天野景貫は武田方に属し、先鋒として只来城から二俣城攻めに参加する。
 二俣城は、信濃・三河・遠江などへの交通の要衝に築かれた堅城であった。

 二俣城を落とした信玄は、天竜川を渡河して南下、欠下から浜松城をかすめる様に刑部方面へ抜けようと見せ掛ける。

 ここで、武田軍の監視のために出した物見の兵士に続き、抗戦派の諸将が思い思いに武田軍を攻撃し、戦端が開かれてしまう。
 ことここに及んでは、家康の制止も効かず、戦いの規模は大きくなっていく。

 陣形を組んで姫街道を北上していた武田軍は、三方ヶ原において、反転して戦闘隊形を整え、徳川軍を待ち受ける。




 ことここに至っては、致し方無しと、徳川・織田軍は、姫街道を北上する武田軍を追走する。このままでは、浜松城が孤立してしまう。



 戦闘は、家康旗本の先鋒と武田軍中央の小山田信茂との間で始まり、家康旗本が敗れるところを石川数正率いる部隊が救援に向かい盛り返す。
 家康本隊も山県昌景の率いる部隊と交戦し後退させる。しかし、武田勝頼の部隊から横槍を入れられると家康旗本は崩れ、酒井忠次の部隊も崩され、武田軍の小荷駄隊の甘利虎泰が戦闘加入すると、戦力差もあり、徳川・織田連合軍は総崩れの様相を見せていた。



 ここまでは信玄の思う通りの展開だった。武田軍の誰しもが、このまま徳川・織田連合軍への追い討ちに掛かかった。
 戦さでは、敗走する時が一番被害が大きい。逆に追い討ちを掛ける側は、多くの敵を討つ機会である。
 追い討ちにより、武田軍が徳川・織田連合軍を飲み込むなか、その轟音が戦場に響いた。


 ドドドォーーーン!!!!

 信玄本陣の兵士が、バタバタと斃れる。

「なっ、何事じゃ!」

 音がした方向を見る信玄。

 信玄がそこに見たのは、朱の馬鎧を纏った龍の如き巨馬を駆る異形の軍団。見た事もない有機的な鎧を身に纏った武者全てが、巨馬に負けないその巨躯は、その纏う鎧と相俟って、龍の馬を駆る鬼武者と他国から恐れられる光景だった。


 ここで逸早く動いた軍団が有った。
 武田軍にあって、『不死身の鬼美濃』と呼ばれた、馬場春信の部隊だ。
 四十数年間、七十回を超える戦闘に参加するも、かすり傷一つ負わなかったと言われる猛将。
 馬場春信は、北畠家騎馬軍団を目の当たりにし、その危険度を肌で感じ取った。
 あれを止めなければ、武田軍が、御屋形様が危ないと。

 馬場春信の動きに、山県昌景も動き出す。あの朱色の軍団を止めねば不味いと。武田軍本陣が崩壊する可能性がある。
 いや、それよりも赤備えの意地が有った。「甲山の猛虎」とも謳われた兄、飯富虎昌から引き継いだ赤備えに掛けて。



 姫街道を進んだ源太郎率いる騎馬軍団三千。それとは別に、東海道を進軍する竹中重治、明智光秀の部隊があった。

 三方ヶ原の西から現れた三千の騎馬軍団と、浜松城方面から駆けつけた七千の部隊に、総崩れ状態だった徳川・織田連合軍が息を吹き返す。




 馬場春信は、その異形の軍団を目にした時、一目でこちらが狩られる側だと分かった。
 しかし馬場春信の顔は笑っていた。不死身の鬼美濃が、強者を前にいくさにんとしての血が滾っていた。



 馬場春信率いる騎馬五百騎が北畠騎馬軍団を前に、馬から跳び下りる。
 戦国時代、日本では騎乗で戦う戦法を取る者はいない……、北畠騎馬軍団以外は。馬場春信が馬から降りたのも当然だった。


 ドカッ!!

 だが、それは最悪の場面で覆る。
 春信の部下達が、北畠騎馬隊の騎馬突撃に曝され、突き出す槍や馬鎧を纏った巨馬に跳ね飛ばされる。
 ある者が、槍を巨馬に突き立てようとするも、馬鎧に弾かれ、槍の穂先が砕ける。

 呆然としていた春信の前に、一人の武者が馬から降り立つ。
 まだ若いその武者は六尺を優に超える体躯に、見た事もない薙刀の様な得物を手にしていた。その醸し出す雰囲気は、春信をして足が一歩下がる。

「卒爾ながら、馬場美濃守殿とお見受けします」

「御主は?」

「北畠源太郎具房」

 北畠家の当主自ら最前線で戦う事に春信は驚愕するも、強者と戦える事に気分は高揚する。春信は何処までもいくさにんだった。

「左中将殿か、尋常に勝負!」

 馬場春信の槍が源太郎に迫る。

 ガキンッ!

 春信の槍は、源太郎のバルディッシュの一振りで破壊された。

「なっ!」

 槍を捨てた春信が刀を抜き斬りかかる。

 ザンッ!

 次の瞬間、馬場春信の胸に、バルディッシュが突き立てられていた。
 源太郎がバルディッシュを引き抜くと、馬場春信が前のめりに倒れる。

 源太郎は、片手で倒れる春信を拝むと、愛馬《飛影】にヒラリと跳び乗ると、山県昌景率いる赤備えの軍団に向け突撃する。

 北畠騎馬軍団が戦場を蹂躙して行く。

 強兵で知られる武田兵が恐怖に混乱する。龍馬を駆る鬼神は、斃した敵の頸に見向きもせず、ただひたすら敵に喰らいつく。

 北畠家では、源太郎の代になって、大将首などの首をもって手柄を判断する事をやめた。その代わりに軍官が、戦さの詳細を記録している。
 斃された敵将は、北畠家の工兵部隊や衛生兵部隊が遺体を回収して、相手方に返却するか埋葬している。
 武田軍にとって全てが異質だった。


 武田軍の横から襲いかかる、源太郎達三百騎を先頭にした北畠騎馬軍団二千騎。その後に、槍持ちの歩兵部隊千が続く。

 北畠騎馬軍団と山県昌景率いる赤備えの軍団が激突した時、信玄は撤退を決める。

 朱色と朱色が激突し、朱色を朱色が呑み込んでいくなか、戦場に武田本陣からの引き鐘が鳴り響く。




 武田軍の精鋭部隊で知られる赤備えの軍団が、北畠の赤備えの軍団に蹂躙される様は、他の武田軍の心を折るのも仕方のない事だった。

 撤退する武田軍を、総崩れとなった徳川・織田連合軍を纏めた、竹中重治と明智光秀が追撃する。

 追撃は、二俣城を取り返す所まで続けられた。

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