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真夏の日の奇跡
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サーメイヤ王国の北端に位置するノトスにも夏の季節が巡って来た。
レイラさん達が俺達の家に来て三日目、レイラさんとクリストフ君の身の回りの世話をする、メイドを雇うと言う話になった。
アンナさんは、頑なにエル専属メイドを主張するので、仕方なくもう一人雇うことにした。
何時もの様に朝食の後、お茶を飲みながら今日の予定を話していた。
「それでレイラさんは、メイドを一人雇うんですね」
「ええ、でもノトスにはメイドを斡旋する商業ギルドがないでしょう。どうしようかしら」
ノトスは凶悪な魔物が跳梁跋扈する深淵の森に近く、冒険者ギルドは有るが、商業ギルドの支部はない。
「そんなの奴隷商で、奴隷を買えば良いんじゃない。犯罪奴隷はさすがに駄目だけど、借金奴隷ならメイドとして雇える人材が、居るかもしれないわよ」
エルが奴隷を勧めて来た。サーメイヤ王国にも奴隷制度は存在する。
基本的には犯罪奴隷と借金奴隷の二種類らしい。借金奴隷は商売に失敗したり、親の借金で奴隷になったりと、理由は様々だ。
待遇は、給金は払われ、衣食住の世話をする義務が主人にある。お金を貯めて自分を買えば奴隷から解放される。
「そうだな、そこで良い人が見つからなければ王都か、マドゥークへ行ってみるのもありだと思うよ」
「そうね王都なら二日で着くものね」
「普通は十日掛かるのよ。馬車に乗れない人はさらにその倍掛かるの。あなた達だけよ」
「まぁ良いじゃない。それより奴隷商にはルキナは連れて行けないから、私と家でお留守番してるわ」
そうだな、小さな子供が行く場所じゃないな。
「分かったよ、じゃあレイラさんとフレデリックさん、そろそろ行きますか」
俺はレイラさんとフレデリックさんと連れだって、先ず冒険者ギルドに向かった。奴隷商の場所をと、メイドに雇う位の奴隷の相場を知りたかったからだ。
冒険者ギルドへは、フレデリックさんが馭者に馬車で向かう。たいした距離でもないのだけど、そこは辺境伯夫人を歩かせることは出来ないみたいだ。
冒険者ギルドに入ると、受付にアンさんが座っていたので、アンさんの受付に並ぶ。
直ぐに俺の順番が回ってくる。
「あら、カイト君。今日は依頼受けていくの?」
「いえ、違うんです。実はお聞きしたい事があって……」
アンさんに、事情を話して奴隷商の場所と相場を教えて貰った。
「ただ気を付けて下さいね。ノトスにある奴隷商は、辺境にある街にあるせいで、中央の目が届かない事をいい事に、違法奴隷を扱っている事もありますから」
「違法奴隷ですか?」
アンさんが言うには、違法奴隷とは、ローラシアで拐われた獣人を奴隷として他国へ売り払うらしい。
「ただ奴隷商を罰する法律はないのよね。違法奴隷を扱えない様にするべきなんだけど」
厳しい世界だと改めて思うが、日本も戦国時代には、乱取り人買いが普通に有った事を考えると、おかしな事じゃないと思った。
まぁそれを許せるかは別の話だけど。
「ありがとうございます」
アンさんにお礼を言ってギルドを出て、貰った地図に従い奴隷商へ向かう。
奴隷商はノトスの東の端に有った。
「いらっしゃいませ。今日はどの様な奴隷をお望みで?」
馬車を預けて奴隷商に入ると、早速揉み手をしながら奴隷商人が出て来た。
俺は奴隷商に入った時から、違和感を感じていた。極微弱で今にも消えてしまいそうな、魔力の波長を感じとっていた。
何故かその魔力の波長が気になっていた。
「お客様、どうされました?」
「んっ?あゝ、何でもない。今日はメイドに雇えるような奴隷を探しに来た」
「メイドでしたらご覧になられるのは、女だけでよろしいですね」
「そうだな」
「では少しお待ち下さい」
待ち合い室で少し待たされると、奴隷商人が三人の女奴隷を連れて来た。
一人一人説明を受け、一旦奴隷が連れ出される。
「どうですかレイラさん」
「う~ん、やっぱり王都から家から一人連れて来た方が良いかしら」
それなら最初から侍女を連れて来てよと思ったけど、今更言っても仕方ない。バスターク辺境伯家に働く侍女もこんな辺境に来たくないか。
「お望みの奴隷は見付かりませんか、この街は危険な深淵の森が近いので、どうしても戦える男の奴隷が多いのです」
そこで俺はどうしても微弱な波長の魔力が気になって仕方がなかった。
「全部の奴隷を見せてもらって良いですか?」
「構いませんが」
「レイラさんすいません。ここで待ってて貰えますか」
「あら、私も行くわよ」
レイラさんにそう言われ、仕方なく全員で建物の奥へと案内される。
俺は気になる波長の魔力を感じる方向へ、他の部屋を見もせずに進む。
「……ここは?」
そこは、一番奥の薄暗い湿った部屋だった。ただ中には二人の奴隷しか居ない。
一人は今にも命が消え入りそうな気配がする。身体のあちこちが欠損して、寝たきりで動いていない。辛うじて呼吸はしているようだ。
もう一人は、寝たきりの奴隷を看病しているが、その奴隷も顔の半分が火傷で爛れている。片手も余り動かせない様だ。
レイラさんとフレデリックさんは絶句している。
「この二人は、国外の業者から押し付けられたんですが、片方は今にも死にそうだし、もう片方もあの火傷ですから娼館にも売れず困ってたんですよ」
「幾らだ?」
「えっ?」
「だから、幾らだ?」
まさか売れるとは思わず、驚く奴隷商人。
「出来れば二人合わせて金貨4枚でどうでしょうか」
「(カイト様、値段の交渉はお任せ下さい)」
フレデリックさんが耳元で囁くので俺は頷く。
「今にも死にそうな奴隷に、金貨4枚は法外だと思いますが。治療院に連れて行くだけで、その倍は掛かる筈です」
「ぐっ、仕方ありませんな。では金貨2枚でどうでしょう」
フレデリックさんが頷くので、俺も了承する。
その場で金貨2枚を支払い、急いて奴隷契約を結び二人を馬車に運び込む。
直ぐに今にも死に掛けている方の奴隷にハイヒールをかける。
ついでに二人に浄化をかけて汚れを落とす。
「それで、この二人を買った理由は有るのよね」
レイラさんが馬車に乗り、ハイヒールで死に掛けていた奴隷の状態が落ち着いた所で聞いて来た。
当然の疑問だと思う。
「この死に掛けていた女性の奴隷から感じる魔力の波長が、俺の良く知る波長に凄く似ていたんです。でもお陰で確信さました」
「……もしかして、ルキナちゃんの親族?」
今にも死に掛けていた奴隷は兎人族だった。
薄いピンクがかった銀の髪も、ちぎれた白い耳もルキナと良く似ていた。顔は傷が酷くて分かりづらいが、20歳前後に見える。
「魔力の波長がルキナと良く似ているから間違いないと思います」
「でもルキナちゃん、お母さんかお姉さんのこの姿を見て、ショック受けないかしら」
レイラさんがそう言う位に酷い状態だった。
欠損や傷の跡も酷いが、まともに食べれていないのだろう。骨と皮膚だけのガリガリで、見るも痛ましい。
「欠損は直ぐに治します」
俺はそう言うとエクストラヒールを兎人族の女性にかける。
女性の身体を光が包み込み、次の瞬間欠損が治っていた。
白い兎耳も、薄くピンクがかった銀の髪も、その顔も間違いなくルキナの親族に違いなかった。
「「!?」」
レイラさんとフレデリックさんが、エクストラヒールを目にして絶句している。エクストラヒールを使えるのは、やはり希少なのだろう。
「……カイトさんが非常識なのは、この際置いといて、もう一人の方を買ったのも理由があるのですか?」
「いいえ、その、……ついでと言うか」
「はぁ、まぁ仕方ないでしょうね」
あの部屋を見て、放って置けなかったのは事実だ。俺が全ての弱者を救える訳ないけど、ルキナの親族の奴隷程じゃないけど、もう一人もあのままじゃ死を待つだけだと、感じる位には酷い状態だ。
「確かに偽善ではありますが、今回のカイト様は間違っていません」
フレデリックさんがそう言った。俺はその言葉の意味が分からずフレデリックさんを見る。
「ルキナ様の親族の女性は勿論、もう一人の奴隷も間違いなく違法奴隷でしょう。おそらくローラシアから拐われたのでしょうが……」
「そうね、本来ならこうした違法奴隷の救済は、私達貴族がするべき事ですね。
カイトさんは知ってるかしら。『ノブレス・オブリージュ』財産、権力、社会的地位を与えられた貴族には、それに伴う責任があるの。
カイトさんは、私達の代わりに弱者を救済してくれたんだもの、余り気にしなくて良いわ」
「そう言う事でございます」
レイラさんとフレデリックさんにそう言われて、少し気分が楽になったので、もう一人の奴隷の状態を確認する。
「……この子も酷いですね」
もう一人の奴隷も獣人だった。見た感じ年令も俺と変わらない様に見える。白い髪にイヌ科の耳がある。だけど片方の耳から顔の右半分、身体の右半身が酷い火傷で爛れている。
奴隷商の部屋に居る時は、動いていたが今は力なく横になり動かない。
「とりあえず治療します」
俺は彼女にもエクストラヒールを使う。
火傷で爛れたケロイドが治るか心配だったけど、問題なく綺麗になり、白い髪も綺麗に蘇った。
よく見ると、この子は狐人族だったみたいだ。
ちなみにこの世界の獣人には二種類存在する。
ほぼ人の姿で、耳だけ動物の特徴を残すタイプ。尻尾はない。ルキナやこの狐人族の女の子がそのタイプだ。
もう一つのタイプが、二足歩行の動物というタイプの獣人がいる。
「フレデリック、この子たちの着替えが必要だわ。ベッドも買わないと」
「かしこまりました」
古着を何着か買って家に帰る。
「レイラさん、すいません。今日はメイドを探す予定だったのに」
「あら、この子達のうち、どちらか一人をメイドにしても良いじゃない。両方でも良いのよ」
レイラさんがそう言うなら気が楽だな。
家に着いて、兎人族の女の人を俺が抱いて家に入る。すると、俺が帰ったのに気付いたルキナが走って迎えてくれる。
そこで俺が抱いている女性を見て、目を見開き驚愕の表情を見せた後、顔をくしゃくしゃにして抱きついて来た。
「……ま、ママ!ママ!ママー!」
意識のない母親に縋り付き、泣きじゃくるルキナを見て、神にこの親子を救えた奇跡に感謝した。
ルキナの泣き声に、慌てて出て来たエルとアンナさんに事の説明をする前に、ルキナの母親をベッドに寝かせる。
ルキナも泣き疲れて、母親にしがみついたまま寝てしまった。
狐人族の少女も別のベッドに寝かせ、アンナさんは、消化の良い食べ物を作りにキッチンへ俺達はリビングへ向かった。
「そう、本当に幸運だったわね。ルキナと似た魔力の波長なんて、カイトじゃなきゃ気付けなかったでしょうし」
「そうね、ルキナちゃんがマドゥークで保護されて、お母さんがノトスで見付かるなんて、まさに奇跡に近いわね」
エルとレイラさんが本当に良かったと言いあっている。
「そうですな、幾ら獣人の生命力とはいえ、良くノトスまで生きて運ばれました。それにあの状態では、途中で魔物の餌に捨てられる恐れもありましたから」
フレデリックさんの言う通り、よく殺さずにノトスの奴隷商に持ち込んでくれたと思う。
「もう一人の女の子も含めて、元気になってからね」
「エル、お母さんとあの子達の必要な物を買いに行きましょう。フレデリック、馬車をお願い」
「かしこまりました、奥様」
「じゃあカイトとアンナは、ルキナとルキナのお母さん達をお願いね」
エルとレイラさんは、フレデリックさんを馭者に出掛けて行った。
「さて、俺も何か栄養のある物を作るか」
俺も料理を作る為にキッチンへ向かう。
(ついでにルキナが喜ぶデザートでも作るか)
レイラさん達が俺達の家に来て三日目、レイラさんとクリストフ君の身の回りの世話をする、メイドを雇うと言う話になった。
アンナさんは、頑なにエル専属メイドを主張するので、仕方なくもう一人雇うことにした。
何時もの様に朝食の後、お茶を飲みながら今日の予定を話していた。
「それでレイラさんは、メイドを一人雇うんですね」
「ええ、でもノトスにはメイドを斡旋する商業ギルドがないでしょう。どうしようかしら」
ノトスは凶悪な魔物が跳梁跋扈する深淵の森に近く、冒険者ギルドは有るが、商業ギルドの支部はない。
「そんなの奴隷商で、奴隷を買えば良いんじゃない。犯罪奴隷はさすがに駄目だけど、借金奴隷ならメイドとして雇える人材が、居るかもしれないわよ」
エルが奴隷を勧めて来た。サーメイヤ王国にも奴隷制度は存在する。
基本的には犯罪奴隷と借金奴隷の二種類らしい。借金奴隷は商売に失敗したり、親の借金で奴隷になったりと、理由は様々だ。
待遇は、給金は払われ、衣食住の世話をする義務が主人にある。お金を貯めて自分を買えば奴隷から解放される。
「そうだな、そこで良い人が見つからなければ王都か、マドゥークへ行ってみるのもありだと思うよ」
「そうね王都なら二日で着くものね」
「普通は十日掛かるのよ。馬車に乗れない人はさらにその倍掛かるの。あなた達だけよ」
「まぁ良いじゃない。それより奴隷商にはルキナは連れて行けないから、私と家でお留守番してるわ」
そうだな、小さな子供が行く場所じゃないな。
「分かったよ、じゃあレイラさんとフレデリックさん、そろそろ行きますか」
俺はレイラさんとフレデリックさんと連れだって、先ず冒険者ギルドに向かった。奴隷商の場所をと、メイドに雇う位の奴隷の相場を知りたかったからだ。
冒険者ギルドへは、フレデリックさんが馭者に馬車で向かう。たいした距離でもないのだけど、そこは辺境伯夫人を歩かせることは出来ないみたいだ。
冒険者ギルドに入ると、受付にアンさんが座っていたので、アンさんの受付に並ぶ。
直ぐに俺の順番が回ってくる。
「あら、カイト君。今日は依頼受けていくの?」
「いえ、違うんです。実はお聞きしたい事があって……」
アンさんに、事情を話して奴隷商の場所と相場を教えて貰った。
「ただ気を付けて下さいね。ノトスにある奴隷商は、辺境にある街にあるせいで、中央の目が届かない事をいい事に、違法奴隷を扱っている事もありますから」
「違法奴隷ですか?」
アンさんが言うには、違法奴隷とは、ローラシアで拐われた獣人を奴隷として他国へ売り払うらしい。
「ただ奴隷商を罰する法律はないのよね。違法奴隷を扱えない様にするべきなんだけど」
厳しい世界だと改めて思うが、日本も戦国時代には、乱取り人買いが普通に有った事を考えると、おかしな事じゃないと思った。
まぁそれを許せるかは別の話だけど。
「ありがとうございます」
アンさんにお礼を言ってギルドを出て、貰った地図に従い奴隷商へ向かう。
奴隷商はノトスの東の端に有った。
「いらっしゃいませ。今日はどの様な奴隷をお望みで?」
馬車を預けて奴隷商に入ると、早速揉み手をしながら奴隷商人が出て来た。
俺は奴隷商に入った時から、違和感を感じていた。極微弱で今にも消えてしまいそうな、魔力の波長を感じとっていた。
何故かその魔力の波長が気になっていた。
「お客様、どうされました?」
「んっ?あゝ、何でもない。今日はメイドに雇えるような奴隷を探しに来た」
「メイドでしたらご覧になられるのは、女だけでよろしいですね」
「そうだな」
「では少しお待ち下さい」
待ち合い室で少し待たされると、奴隷商人が三人の女奴隷を連れて来た。
一人一人説明を受け、一旦奴隷が連れ出される。
「どうですかレイラさん」
「う~ん、やっぱり王都から家から一人連れて来た方が良いかしら」
それなら最初から侍女を連れて来てよと思ったけど、今更言っても仕方ない。バスターク辺境伯家に働く侍女もこんな辺境に来たくないか。
「お望みの奴隷は見付かりませんか、この街は危険な深淵の森が近いので、どうしても戦える男の奴隷が多いのです」
そこで俺はどうしても微弱な波長の魔力が気になって仕方がなかった。
「全部の奴隷を見せてもらって良いですか?」
「構いませんが」
「レイラさんすいません。ここで待ってて貰えますか」
「あら、私も行くわよ」
レイラさんにそう言われ、仕方なく全員で建物の奥へと案内される。
俺は気になる波長の魔力を感じる方向へ、他の部屋を見もせずに進む。
「……ここは?」
そこは、一番奥の薄暗い湿った部屋だった。ただ中には二人の奴隷しか居ない。
一人は今にも命が消え入りそうな気配がする。身体のあちこちが欠損して、寝たきりで動いていない。辛うじて呼吸はしているようだ。
もう一人は、寝たきりの奴隷を看病しているが、その奴隷も顔の半分が火傷で爛れている。片手も余り動かせない様だ。
レイラさんとフレデリックさんは絶句している。
「この二人は、国外の業者から押し付けられたんですが、片方は今にも死にそうだし、もう片方もあの火傷ですから娼館にも売れず困ってたんですよ」
「幾らだ?」
「えっ?」
「だから、幾らだ?」
まさか売れるとは思わず、驚く奴隷商人。
「出来れば二人合わせて金貨4枚でどうでしょうか」
「(カイト様、値段の交渉はお任せ下さい)」
フレデリックさんが耳元で囁くので俺は頷く。
「今にも死にそうな奴隷に、金貨4枚は法外だと思いますが。治療院に連れて行くだけで、その倍は掛かる筈です」
「ぐっ、仕方ありませんな。では金貨2枚でどうでしょう」
フレデリックさんが頷くので、俺も了承する。
その場で金貨2枚を支払い、急いて奴隷契約を結び二人を馬車に運び込む。
直ぐに今にも死に掛けている方の奴隷にハイヒールをかける。
ついでに二人に浄化をかけて汚れを落とす。
「それで、この二人を買った理由は有るのよね」
レイラさんが馬車に乗り、ハイヒールで死に掛けていた奴隷の状態が落ち着いた所で聞いて来た。
当然の疑問だと思う。
「この死に掛けていた女性の奴隷から感じる魔力の波長が、俺の良く知る波長に凄く似ていたんです。でもお陰で確信さました」
「……もしかして、ルキナちゃんの親族?」
今にも死に掛けていた奴隷は兎人族だった。
薄いピンクがかった銀の髪も、ちぎれた白い耳もルキナと良く似ていた。顔は傷が酷くて分かりづらいが、20歳前後に見える。
「魔力の波長がルキナと良く似ているから間違いないと思います」
「でもルキナちゃん、お母さんかお姉さんのこの姿を見て、ショック受けないかしら」
レイラさんがそう言う位に酷い状態だった。
欠損や傷の跡も酷いが、まともに食べれていないのだろう。骨と皮膚だけのガリガリで、見るも痛ましい。
「欠損は直ぐに治します」
俺はそう言うとエクストラヒールを兎人族の女性にかける。
女性の身体を光が包み込み、次の瞬間欠損が治っていた。
白い兎耳も、薄くピンクがかった銀の髪も、その顔も間違いなくルキナの親族に違いなかった。
「「!?」」
レイラさんとフレデリックさんが、エクストラヒールを目にして絶句している。エクストラヒールを使えるのは、やはり希少なのだろう。
「……カイトさんが非常識なのは、この際置いといて、もう一人の方を買ったのも理由があるのですか?」
「いいえ、その、……ついでと言うか」
「はぁ、まぁ仕方ないでしょうね」
あの部屋を見て、放って置けなかったのは事実だ。俺が全ての弱者を救える訳ないけど、ルキナの親族の奴隷程じゃないけど、もう一人もあのままじゃ死を待つだけだと、感じる位には酷い状態だ。
「確かに偽善ではありますが、今回のカイト様は間違っていません」
フレデリックさんがそう言った。俺はその言葉の意味が分からずフレデリックさんを見る。
「ルキナ様の親族の女性は勿論、もう一人の奴隷も間違いなく違法奴隷でしょう。おそらくローラシアから拐われたのでしょうが……」
「そうね、本来ならこうした違法奴隷の救済は、私達貴族がするべき事ですね。
カイトさんは知ってるかしら。『ノブレス・オブリージュ』財産、権力、社会的地位を与えられた貴族には、それに伴う責任があるの。
カイトさんは、私達の代わりに弱者を救済してくれたんだもの、余り気にしなくて良いわ」
「そう言う事でございます」
レイラさんとフレデリックさんにそう言われて、少し気分が楽になったので、もう一人の奴隷の状態を確認する。
「……この子も酷いですね」
もう一人の奴隷も獣人だった。見た感じ年令も俺と変わらない様に見える。白い髪にイヌ科の耳がある。だけど片方の耳から顔の右半分、身体の右半身が酷い火傷で爛れている。
奴隷商の部屋に居る時は、動いていたが今は力なく横になり動かない。
「とりあえず治療します」
俺は彼女にもエクストラヒールを使う。
火傷で爛れたケロイドが治るか心配だったけど、問題なく綺麗になり、白い髪も綺麗に蘇った。
よく見ると、この子は狐人族だったみたいだ。
ちなみにこの世界の獣人には二種類存在する。
ほぼ人の姿で、耳だけ動物の特徴を残すタイプ。尻尾はない。ルキナやこの狐人族の女の子がそのタイプだ。
もう一つのタイプが、二足歩行の動物というタイプの獣人がいる。
「フレデリック、この子たちの着替えが必要だわ。ベッドも買わないと」
「かしこまりました」
古着を何着か買って家に帰る。
「レイラさん、すいません。今日はメイドを探す予定だったのに」
「あら、この子達のうち、どちらか一人をメイドにしても良いじゃない。両方でも良いのよ」
レイラさんがそう言うなら気が楽だな。
家に着いて、兎人族の女の人を俺が抱いて家に入る。すると、俺が帰ったのに気付いたルキナが走って迎えてくれる。
そこで俺が抱いている女性を見て、目を見開き驚愕の表情を見せた後、顔をくしゃくしゃにして抱きついて来た。
「……ま、ママ!ママ!ママー!」
意識のない母親に縋り付き、泣きじゃくるルキナを見て、神にこの親子を救えた奇跡に感謝した。
ルキナの泣き声に、慌てて出て来たエルとアンナさんに事の説明をする前に、ルキナの母親をベッドに寝かせる。
ルキナも泣き疲れて、母親にしがみついたまま寝てしまった。
狐人族の少女も別のベッドに寝かせ、アンナさんは、消化の良い食べ物を作りにキッチンへ俺達はリビングへ向かった。
「そう、本当に幸運だったわね。ルキナと似た魔力の波長なんて、カイトじゃなきゃ気付けなかったでしょうし」
「そうね、ルキナちゃんがマドゥークで保護されて、お母さんがノトスで見付かるなんて、まさに奇跡に近いわね」
エルとレイラさんが本当に良かったと言いあっている。
「そうですな、幾ら獣人の生命力とはいえ、良くノトスまで生きて運ばれました。それにあの状態では、途中で魔物の餌に捨てられる恐れもありましたから」
フレデリックさんの言う通り、よく殺さずにノトスの奴隷商に持ち込んでくれたと思う。
「もう一人の女の子も含めて、元気になってからね」
「エル、お母さんとあの子達の必要な物を買いに行きましょう。フレデリック、馬車をお願い」
「かしこまりました、奥様」
「じゃあカイトとアンナは、ルキナとルキナのお母さん達をお願いね」
エルとレイラさんは、フレデリックさんを馭者に出掛けて行った。
「さて、俺も何か栄養のある物を作るか」
俺も料理を作る為にキッチンへ向かう。
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