北畠の鬼神

小狐丸

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17 富国強兵

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 天文二十二年(1553年)二月

 俺が生まれるまでの北畠家は、侍が九千人、その内の騎上千五百騎。小人(武家で雑用に従った身分の低い者)六千人を合わせて一万五千の大将だった。

 そこに俺の始めた兵農分離により、北畠家では軍役の仕組みが変更され、俺の率いる軍は戦さの度に足軽や雑兵を集める必要がなくなった。

 兵の訓練も合同で行い、規律と統率の取れた軍団が徐々にだが確実に育っている。


 俺の直属の常備兵部隊は、槍兵部隊、弓兵部隊、騎馬部隊、弓騎兵部隊、黒鍬衆、兵站部隊、衛生兵部隊、合わせて二千だ。
 この兵の中心となっているのは、孤児院出身の者や農家の次男、三男以降、土豪や国人衆の三男以降の者達だ。
 最初期から居る者は、もう八年以上の付き合いになる。
 厳しい訓練を乗り越えた自慢の精鋭兵達だ。

 ここに兄上や大河内家、大宮家、芝山家、鳥屋尾家が、徐々に俺の方式を採用して編成した部隊を合わせると、実は今の北畠は万を超える兵を即時に動かせる。
 しかもそこに北畠水軍を加えれば更に兵の数は増える。

 長野工藤家との戦さでは、周辺国に警戒されないように寡兵で挑んだという側面もある。

 専属兵士を増やすという事は、その分銭が掛かる。

 その金策の為、この十年様々なものに手を出して来た。

 農政改革により飢えて死ぬ民は無くなった。
 様々な物産も広く交易で利を得ている。
 硝石も順調に生産出来ている。
 粗銅からの金銀の抽出と、銅銭の鋳造も思ったよりも上手くいっている。

 それらのものが複合的に作用し合い、北畠領には商人が集まり、それがまた銭を産む。
 北勢や六角領からの流民が多いが、治安の維持は徹底している。
 飢えに苦しみ、一縷の望みを抱いて北畠領に来た流民も、黒鍬衆が新規開拓した村で元気に働き、その中から黒鍬衆や他の部隊の戦力となる者も居た。




 隔壁構造を取り入れたキャラベル船は現在五隻、和船を改造して外洋にも耐えるようにした改造船が三隻、ガレオン船が一隻完成し、操舵訓練の成果が実り、南は琉球から呂宋、北は蝦夷まで交易を始めている。

 呂宋からは待望のサトウキビを手に入れる事が出来た。
 忍び衆の八部衆が周辺国から助け出した奴隷や孤児の中から希望者を募り、小笠原諸島への入植を始めている。

 この小笠原諸島や遠方へ行く為に、外洋を航行できる船が必要だったんだ。

 そのお陰で歴史を先取りサツマイモやサトウキビ、ジャガイモを手に入れる事が出来た。

 水軍は、志摩七人衆や志摩十三地頭、鳥羽小浜に本拠を持つ小浜衆を纏め上げ、更に熊野水軍の堀内氏善を臣従させ、伊勢湾から紀伊新宮までを支配下に置く事が出来た。

 堀内氏善は、熊野水軍を率いると共に熊野別当でもあり宗教的権威でもあった。

 歴史深い熊野水軍と紀伊の地、そして宗教的権威を味方につけた意味は大きかった。

 お互いに争っていた水軍達が、何故纏まっているのか。実は単純な話で、荒くれ者の海賊衆には、圧倒的な武の力を見せつけるだけでよかった。

 海賊らしく力を示せば、尊敬と憧憬、それと忠誠を集めるのは難しくなかった。




 今、俺の目の前では、新兵の訓練が行われている。
 黒鍬衆と協力して造成した広い訓練場の地面は砂が敷かれている。他にも斜面や障害物のあるこのクロスカントリー訓練場は、新兵の体力向上と足腰の鍛錬にもってこいだ。

 新兵は十歳くらいから十五歳くらいの若く身分の低い者が多い。ここに居れば、少々狭いが住む場所と、最低限の衣服と日に三回の食事が与えられる。それもあって、新兵に応募する者は後を絶たない。

 ただ、黒鍬衆や兵站部隊といった直接戦闘する機会の少ない部隊があるとは言え、全員が兵士に向く訳もなく、本人の希望と適性を考え、新規開墾した村で農地を与えて農民となる者、兵士には向かないが、手先が器用で職人に向く者など、安濃郡の大規模開発の始まった、今の北畠領には働く場所なら困らない。

 ここで問題となるのは女の子だ。
 俺達が手を差し出さなければ、売られてその先は碌なものじゃないのは目に見えている。
 だから俺は、男も女も同じく読み書き計算を教えている。読み書きと四則計算が出来るだけで商家に喜ばれ、色々と働き口もある。
 他にも今の北畠領内では、絹製品や綿製品の織り子など、女でも出来る仕事は多い。

 北畠家に限って言えば、兄上や父上にもお願いして、侍女以外に文官としても採用もしている。

「この中で物になりそうな者は、三分の一程度ですな」
「黒鍬衆や兵站部隊になら回せそうな者はちらほら見えますが」
「何処にも行けなさそうな者はどの位居る?」

 訓練を指揮していた久助(滝川一益)と大之丞(大宮景連)が新兵訓練で兵士として残る割合を報告してきた。

「殿の仰っていた衛生兵の部隊を作る事を考えれば、完全に落ちこぼれる者はそう居ないと思いますが、父上の方に回した方がいい者は何人か居ます」
「八郎殿(滝川資清)が人を欲しがっていましたからな」
「優秀な文官は、なかなか人数が集まらないからな。八郎殿には負担を掛けて申し訳ないと思っているよ」
「何を仰います。我等滝川一族郎党、殿の為なら何時でも喜んで命を捨てる覚悟です」
「いや、命は捨てないで」

 滝川一族に限った話じゃないんだけど、彼等の忠誠が重い。だけどこれは滝川一族だけじゃなく、伊賀や甲賀の貧しい土豪出身の者はほぼ同じような感じだ。

 そこに突然気配が生まれる。

「源四郎様、御所様がお呼びです」
「千代女か、分かった。直ぐに向かう」

 声を掛けてきたのは、望月千代女。
 史実では、信濃国の望月本家、望月盛時の後妻となり信濃巫の巫女頭となったとされる人物。

 俺と同じ歳で、望月出雲守が北畠家に臣従した後、俺に仕えるようにと送り込んできた。
 もう六年以上一緒に暮らしている千代女は、この時代の女性にしては立派に成長している。まだ十三歳の美少女だが、将来的二メリハリのあるナイスバディなる事間違いないだろう。

 それと同時に千代女は、孤児院出身の楓と共に俺の屋敷内での警護役でもある。俺に護衛が必要かと言う話は別にして、身の回りの世話をしてくれる女子が武勇に優れているのは頼もしい。
 甲賀望月家の武術と忍びの技、俺達と共に鍛錬した練気術のお陰で、並みの武将の十人や二十人相手にしても遅れは取らない。

 忍び集団、北畠八部衆の人数が増え仕事が忙しく、常に側に侍る事が難しくなった道順に代わって、千代女は甲賀との繋ぎの役目も果たしていた。



 農政を改革し、商業が発展する下地を整え、常備兵を鍛え、装備に充実させ、情報を早く広く集める体制を整えた。

 先ずは伊勢の統一を目指す。



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