銀腕の武闘派聖女

小狐丸

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二十六話 凶報

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 その日、ルミエール伯爵家の屋敷は落ち着きを失っていた。

 それは、ルミエール伯爵家の王都に在る屋敷から使い魔により報された一報が原因だった。

 それによると、先代ルミエール伯爵であるガドウィンお祖父様と、その妻であるサーシャお祖母様が倒れたらしい。

「「お父様!」」
「ローディン、ユーリ、執務室で話そう」
「「はい」」

 報せを受け取ったアレクお父様の顔色がよくない。そもそも、常勝将軍や雷帝と呼ばれたお祖父様と、ユースクリフ王国最高の魔導士であるお祖母様が、同時に倒れるなんて、異常事態という他ない。



 執務室に居るメンバーは、アレクお父様、フローラお母様、ローディンお兄様と私ユーリ。騎士団長のガーランド、執事長のセドリック、侍女長のカサンドラ、侍女でありながら諜報部門に属しているユノス。何時ものメンバーだけど、今日はそこにもう一人居た。

「オウルが居るって事は、それだけ深刻なのね」
「そういう事だ」

 私がオウルと呼んだのは、ルミエール伯爵家で諜報部門のリーダーを勤める人物。その顔を知るのは、極一部の家臣くらい。そのオウルが居るって事は、それだけ深刻な事態だという事。

 そこでお父様の視線を受け、オウルが話し始める。

「先代様と大奥様がお倒れになった原因は、強力な呪いで間違いないです。直ぐに秘密裏に王都の教会で、司祭に解呪を依頼しましたが叶わず、聖布でお二人を封じ、現在大急ぎでエルローダスに搬送中です」
「……その判断は間違いない。ここにはフローラが居るからな」

 そう話を向けられたフローラお母様の表情も硬い。

 呪い。カースとも言う。軽いものなら、少し体調が悪くなる程度で解呪も難しくない。ただ、王都の教会で司祭クラスが解呪できないレベルとなると、それはもう特級呪物が関わってくる可能性がある。そうなると聖魔法の使い手として、ルミエールの聖女と呼ばれるお母様でも、確実に解呪が出来るか分からないからこその表情だ。

 特級呪物とは、古代の遺跡などから発掘される事もある、もの凄くヤバイやつ。それこそ堕ちた神や異界の悪魔の力が込められた、ユースクリフ王国では、持っているだけで罪になるシロモノ。

 格は違うけど、私のアガートラムの対極に位置する物だ。

「それで、父上と母上の容態は?」
「現在、王都駐在の回復魔法使い二人が、交代で回復魔法を掛けています。同時に、馬車の中に結界を張り、周囲への影響を抑えています。ユーリお嬢様が作られた聖水を王都の屋敷に常備していたお陰で、何とか抑えられています」
「そうか……」

 ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様の容態は余り芳しくないみたい。回復魔法は、命を繋ぐだけ。根本的に呪いを解呪しないと、回復魔法を使っていても、例え聖布で呪いの状態を多少封じていても、どんどん衰弱するだけだ。

 聖水には、穢れを祓う力がある。だからルミエールの屋敷にもストックはあるし、王都の屋敷にも常備しておいた。

 王都で多くの貴族や商人と会うガドウィンお祖父様やサーシャお祖母様だから、何処で穢れを貰って来るか分からないからね。

 そもそも魔法抵抗力の高いお二人だから、少々の呪い程度ならレジストしてしまうから、聖水は本当に念の為だったけど、功を奏したみたい。

「馬の替えは?」
「既に手配済みです。明後日の朝には到着されるかと」

 馬車の馬を替えながら、夜通し全速力で戻って来るようね。となれば、私も準備が必要になる。

 そこで私は立ち上がる。

「ユーリ、どうしたんだい?」
「お父様、お話したと思いますが、私は前世で神職だったのです。穢れを祓うなら準備が必要ですから」

 私はそれだけ言うと、速足で部屋を出て、リンジーにガンツを呼ぶように頼む。

「ガンツを呼んでくれる」
「ガンツさんなら、ユーリお嬢様の工房だと思います」
「丁度いいわ」

 私は工房へと急ぐ。ガンツと協力して作りたい物がある。



 工房の鍛治スペースにはガンツの姿があった。

「ガンツ! 大急ぎの仕事よ!」
「どうしたお嬢。珍しく慌ててるじゃないか」
「ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様が、おそらく特級呪物を使った呪いにやられたわ!」
「なっ! 特級呪物じゃと……」

 流石のガンツも特級呪物というワードに愕然としている。でも、そんな時間も惜しい。

「ガンツ、儀式魔法を使う。今から設計図を描くから、大急ぎで作って!」
「わ、分かった! 先代様と大奥様には世話になっているからな。何でも言ってくれ!」

 私は、サラサラと急ぎ必要な物の設計図を描いてガンツに渡す。

「お願い!」
「おう! 任せとけ! 素材は?」
「黄銅でお願い!」
「分かった!」

 早速、動き出すガンツ。私はリンジーに布の発注をお願いする。

「リンジー、白い布地と赤い布地をお願い。それと縫製部門で手が空いている人も何人か連れて来て!」
「分かりました!」

 リンジーが早歩きで、縫製工房に向かう。

 私は急いで型紙を起こし布地を待つ。



 リンジーが、布地を抱え、縫製部門の女性二人を連れて戻って来た。

「リンジー、皆んな、直ぐに裁断して仕立てるわよ!」
「「「はい!」」」

 そこからは、時間との戦いだ。私は、リンジーに仕立てのリーダーをお願いし、ガンツのところを手伝ったり、縫製の手伝いをしたりと、作業が上手く回るよう動く。


 ある程度、任せられると判断すると、工房の外に出る。

「ゴクウ、工房周りに聖属性の魔力を放出するわよ」
『何時も以上にだね』
「ええ、可能な限り神域に近付けるわ」

 マーサお婆ちゃんの家で使っている結界を応用し、工房周辺に聖属性の魔力が留まるようにしてから、自作のナマポーションを飲みながら、聖属性の魔力を放出する。

『ユーリ、少し魔力をちょうだい』
「はい。どうぞ」

 ゴクウが広域浄化魔法を発動。工房周辺がキラキラとした光が輝き、精霊達が喜び踊る。

『ユーリ、そろそろ休んだほうがいいよ』
『そうね。儀式魔法をするんでしょう。魔力を回復させておかないと』
「ありがとう。ゴクウ、ミズチ」

 ゴクウとミズチから休むように言われ、私はその場に座禅を組み目を閉じて瞑想する。

『どれ、俺たちも手伝うか』
『うむ。結界の状態を維持する程度しか出来んがな』
『結界の中を整えるくらい出来るか』
『呪いを抑えるなら任せて』

 火の精霊イフと土の精霊ゴレムス、風の精霊ハヤテ、闇の精霊ルナも手伝ってくれるみたい。感謝しかないわね。ルナは黒豹の姿をしている。余り表に出て来ないけれど、緊急事態だからね。それにルナは優しい子だから。



 私が瞑想していると、ユノスが夕食を持って来てくれた。と言っても、食べるのはお粥とお水だけ。これは事前にリンジーに言ってお願いしていたメニュー。

 あ、そうそう。お粥は、麦粥じゃなく、お米のお粥。そう。この世界にもお米があるの。水の豊富な地域でしか栽培していないけれど、ルミエール伯爵領でも一部の地域で作っているの。

 朝に魔力が完全に回復するよう計算しながら、時々魔力を放出。魔力の回復を促すマーサお婆ちゃん特製のお茶を飲み、そして瞑想する事を繰り返す。



 夜も更けた頃、ガンツが完成した物を持って出て来た。

「お嬢、これでどうじゃ。初めて作る物じゃが、問題ないと思うぞ」
「……うん。良い出来だと思うわ。ありがとうガンツ」

 ガンツに頼んだ物は、私の思った通りの出来だった。流石ドワーフね。

「ワシに手伝える事はあるか?」
「そうね。出来る事はないけれど、この場に居たいのなら、身を清めて服も洗った綺麗な物に着替えてね」
「分かった!」

 ガンツは、そう言うと急いで駆けて行った。ドワーフの短い足でドタドタと走り去るガンツ。ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様が心配で、じっとしていられないみたい。

「ユーリお嬢様! 出来ました!」
「ありがとうリンジー。リンジー達は、工房のお風呂に入って、着替えてね」

 私はガンツが作ってくれた物と、リンジー達が仕立ててくれた衣装に、聖魔法強化の付与をする。念には念をよね。

 夜が明け始めた頃、私以外全ての準備が完了した。

 私は、リンジーにお願いしていた衣装のうちの一つ、白装束を着ると工房の近くの泉で禊を行う。

 この泉の水は、水の精霊ミズチと聖属性の精霊ゴクウの影響で、聖水に準ずるレベルの聖なる水と化していた。

 禊を終えると、イフとハヤテが濡れた私を乾かしてくれる。

 そして着替えるのは、前世で何度も着た巫女装束。

 あとはガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様の到着を待つだけだ。



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 この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。

 初回放送はいかがでしたでしょうか。
 楽しんでいただければ幸いなのですが。
 次回の放送も楽しんで頂けると嬉しいです。

 それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。


 あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。



 また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。

 12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。



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