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二十七話 お祓い
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早朝、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を乗せた馬車が到着した。
王都から領都まで、あり得ないスピードで駆け抜けたのだろう。馬を替え、尚且つ馬に回復魔法を掛けながら夜通し走ったとしても、この時間で着くなんて、正気の沙汰じゃない。
私は急拵えの舞台で精神を統一し、静かに時を待つ。
朝の空気も相まって、行った事はないけど、神域に居るのではと錯覚する程、なんとかこの場を整えれた。
これもゴクウやミズチ、ハヤテやイフ、ゴレムス、ルナの精霊達とガンツやリンジー達のお陰。
目を閉じて大地の氣と魔力を感じ、大地と宇宙と一つになるイメージで深く深く呼吸する。
少しすると、バタバタと人の気配が近付いて来た。
嗚呼、フローラお母様の解呪では無理だったのね。
フローラお母様の解呪が成功すれば、それに越した事はなかったのだけど……
この世界にも儀式魔法は存在する。マーサお婆ちゃんの魔導書にも、儀式魔法が記された物もあった。だけど、私がこれから行おうとしているのは、そんな魔法とはまったく異質のモノ。
最初、特級呪物を使った呪いの話を聞いた時、何故か直感でこれしかないと思った。
そして、それは多分間違っていない。
工房の前に馬車が止まり、アレクお父様とフローラお母様が飛び出して来た。その後に、聖布でグルグル巻きになったガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を抱えたガーランドとユノスが、そしてローディンお兄様やメルティとルードも心配そうな顔で続く。
「ユーリ!」
「ユーリ! ごめんなさい。私では無理だったわ!」
「お父様とお母様、それとガーランドとユノスもそこで止まって。聖水をかけるけど我慢してね」
私は、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を指示した場所に寝かせてもらい、みんなに少し離れてもらう。
酷い状態ね。本来なら肉眼で見える筈のない呪が、蛇のように黒く纏わり付いている。お祖父様もお祖母様も、完全に意識はないみたい。危険な状態ね。
『これは酷いね。僕でも無理だよ。精霊王さまなら何とか出来たかもしれないけどね』
「ゴクウ、ルナ、お祖父様とお祖母様が、これ以上酷くならないようにお願い」
『任せて』
『抑えてみせるわ』
ゴクウとルナに魔力を渡して、これ以上お祖父様とお祖母様が、呪いにより衰弱しないようお願いする。
そこでふと違和感を感じた。
「あれっ? まさか剣が呪いをレジストしてる?」
『本当だ。ガドウィンとサーシャが、命を取り留めたのは、このオリハルコンの剣のお陰かもね』
「ポメルに嵌め込んだ魔石の属性を聖属性にしておいて正解だったわね」
私は、ほとんど魔力が底を尽きかけた魔石に魔力を補充し、ガドウィンお祖父様の剣を体の上に乗せた。
「お父様! 剣を貸してください!」
「分かった!」
アレクお父様が急いで剣帯からオリハルコンの剣を外し、私に手渡した。それをサーシャお祖母様の体の上に乗せる。
やっぱり、オリハルコンの剣が呪いからお祖父様とお祖母様を守ってくれている。アレクお父様にあげた剣をガドウィンお祖父様が知り、自分も欲しいと何度もねだられた時、打っておいてよかった。
私は、急いで戻って来たガンツやリンジー達を含め、アレクお父様達に向け、聖水に榊を浸してそれを振りかける。
この榊は、偶然見つけたものを、工房の近くに移植してあった。前世で私がよく知る榊と同じかどうかは分からないけど、そこは気にしなくてもいいだろう。
何とか場を整えると、聖水とゴクウ達のお陰で、この場の空気がより清浄なものへと変わる。
本当は、音があれば良かったんだけど、無いものは仕方ない。最善を尽くすのみ。
私は、姿勢を正し、呼吸を整え、精神を極限まで集中させると、ガンツが作ってくれた巫女鈴を鳴らす。
“シャン”
ゆったりと前世から体に染みついた舞を披露する。
“シャン”
鈴の音が鳴る度に、私が舞う度に、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様に絡みつく黒い呪いが薄くなる。
古代の巫女舞は、神降ろしだったと聞く。今の私はまさに、大神の力をその身に借りて穢れを祓う者也。
そして私は鈴を鳴らし、ゆるりと舞いながら、魔力を高め、声に魔力を乗せて、祝詞を唱える。
《掛けまくも畏き
伊邪那美の大神
創世の女神ルシア
筑紫の日向の橘の
小門の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる
祓戸の大神等
ユールシアの大神等
諸々の禍事・罪・穢
有らむをば
祓い給ひ
清め給へと白す事を
聞こし食せと
恐み恐みも白す》
祝詞の一節を唱える度に、大量の魔力が私から消費され、場の空気が神聖なものへと変わる。祝詞は、この世界用に私なりにアレンジした。この世界の神々のお力も借りたいもの。
祝詞を唱える度に、鈴の音が響く度に、お祖父様とお祖母様の身を蝕む穢れが祓われる。
祝詞を唱え終えるタイミングで、巫女鈴をシャンと鳴らすと、私から更に大量の魔力が抜けていく。
そして発動する聖魔法。
解呪、浄化、状態異常回復、治癒。
強力な聖属性魔力が満ちると共に、別の偉大なる御力が降り注ぐ。
それは神々の祝福。人の力を超えた大神の神威。
“シャン”
舞い終えると共に、最後に鈴の音が響く。
誰もが声を失い呆然とする中、崩れ落ちそうな身体を気合いで支え、私はガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を確認する。
そこには、呪いのカケラもないお祖父様とお祖母様が、安らかな顔で眠っていた。少しすれば目が醒めるだろう。その事にホッとする。
私も絶対大丈夫って保証があった訳じゃないから、成功した事に安堵していた。
大量の魔力を持っていかれた所為もあり、ドッと疲れが押し寄せる。いや、もうこの場で寝てしまいたい。
そこに精霊達が話し掛けてきた。
『……凄いよ。ユーリ』
『え、ええ。大神の力が降りてきたわ』
『凄い神威だったね』
『やべえな。震えちまったぜ』
『まさか上位世界の大神とは……』
『凄いわユーリ。感動したわ』
ゴクウ、ミズチ、ハヤテ、イフ、ゴレムス、ルナが口々に驚きの声を掛けてくれる。精霊でも驚くんだね。
「ユーリ!」
その時、アレクお父様から伺うような声が掛かったので、私は微笑んで頷く。
ドッとその場に喜びの声が上がる。
心地良い疲労感に身を委ねていると、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様が、みんなの喜ぶ声に目を覚ましたみたい。
「お祖父様! お祖母様!」
「父上! 母上! 良かった……本当に良かった……」
「むっ、アレクか」
「まぁ、アレクったら、子供みたいよ」
私がお祖父様とお祖母様を呼ぶ声で、二人が覚醒したのに気付いたお父様が駆け寄り、二人を抱き締める。その声は震えていた。
アレクお父様も、ルミエール伯爵家の当主として毅然とした姿を見せないと、と気を張っていたのね。実の父と母が心配じゃない子供はいないもの。
その日は、ガドウィンお祖父様もサーシャお祖母様も体を休める必要があったので、普段お祖父様とお祖母様が滞在する別館じゃなく、本館の客間で休んでもらう事になった。私も、大掛かりな儀式魔法でヘトヘトだったし、魔力もすっからかんでギリギリだったので、工房にある自室のベッドに潜り込んだ。
お祖父様とお祖母様を無事解呪できたと分かったら、肉体的にも精神的にもドッと疲れがきたのよね。
◇
アレクサンダー視点
僕は何を見せられたのだろう。
父上と母上が、よりにもよって特級呪物などという物により、呪いを掛けられ倒れたと聞いた時、心臓が締め付けられるような気になった。
普段、剣聖などと持ち上げれていても、何も出来ない無力な存在でしかないと思い知らされた。
王都の教会に密かに人を遣わし、司祭に解呪を依頼してみたものの、結果は不可能だったとの報せ。
王都在中の家臣は、直ぐに父上と母上のルミエール領への搬送を決断。替えの馬の手配をするよう要請があった。
僕の妻のフローラは、大陸でも随一と言われる程、高いレベルで聖魔法を操る聖女と呼ばれる魔法使いだ。彼女なら父上と母上を助ける事が出来るかもしれないとの判断は間違っていない。
そして、父上と母上が、呪いに倒れたと、その報せを聞いて動いたのはユーリだった。
僕は、スクッと立ち上がったユーリに戸惑い訪ねた。
「ユーリ、どうしたんだい?」
「お父様、お話したと思いますが、私は前世で神職だったのです。穢れを祓うなら準備が必要ですから」
ユーリは、そう言うと速足で部屋を出て行った。
フローラと顔を見合わせるも、意味が分からない。ただ、ユーリなりの考えがあるのだろう。
父上と母上を乗せた馬車が、屋敷に到着したのは、まだ夜も明けきらない時間だった。だいぶ無理をさせたようだ。
屋敷に運び込まれた父上と母上は、意識もなく衰弱している。魔法使いじゃない僕にも、黒く纏わりつく気持ちの悪い影のような、煙のようなものが見える。これ程の呪いなんて僕も初めて見る。
「フローラ!」
「ええ、頑張ってみるわ」
ユースクリフ王国最高の聖魔法使いのフローラで無理なら、もう手の打ちようがない。
そして精神を集中したフローラが、解呪の魔法を発動させる。
聖魔法の光が父上と母上を包み込む。
「ああっ!」
ただ、光は呪いに弾かれたように消え、フローラが悲痛な叫び声を上げた。
「ごめんなさい、貴方」
「いや、仕方ない。父上と母上をユーリの工房に運ぼう」
「え、ええ」
もうユーリを頼るしかなかった。直ぐに父上と母上を再び馬車に乗せ、ユーリの工房へと急ぐ。
工房に到着し、馬車から飛び降りる。
僕達が工房に着くと、ユーリが見た事もない衣装に身を包み待っていた。
「ユーリ!」
「ユーリ! ごめんなさい。私では無理だったわ!」
「お父様とお母様、それとガーランドとユノスもそこで止まって。聖水をかけるけど我慢してね」
落ち着いた様子のユーリが、僕達に指示を出す。その時になって、この場所を守るように、ユーリの契約した精霊達が取り囲んでいるのに気付いた。
四方に、火、水、風、土の精霊と、中央に光と闇の精霊。
『これは酷いね。僕でも無理だよ。精霊王さまなら何とか出来たかもしれないけどね』
「ゴクウ、ルナ、お祖父様とお祖母様が、これ以上酷くならないようにお願い」
『任せて』
『抑えてみせるわ』
ユーリがゴクウとルナに魔力を渡し、聖と闇の精霊魔法を発動。父上と母上に光が降りかかり、闇が呪いを抑える。
そこでユーリが何かに気が付いたような表現になる。
「あれっ? まさか剣が呪いをレジストしてる?」
『本当だ。ガドウィンとサーシャが、命を取り留めたのは、このオリハルコンの剣のお陰かもね』
「ポメルに嵌め込んだ魔石の属性を聖属性にしておいて正解だったわね」
なんと、倒れていてもその手から離さなかった父上の剣。父上がユーリに強請って打ってもらったオリハルコンの剣が、父上と母上を守ってくれていたなんて。
「お父様! 剣を貸してください!」
「分かった!」
ユーリは、私の方を振り向くと、腰の剣を貸すよう言ってきた。直ぐに剣を渡すと、ユーリは母上の上に剣を置いた。
ユーリは、濃い緑の葉が付いた枝を水に浸し、父上と母上それと周りに集まった僕達に振り掛けていく。
ああ、これは聖水か。
この場所が、まるで教会のような神聖な気が満ちている気がする。
すると姿勢を正し、集中したユーリが悠然と立ち、手に持つ何かを振る。
“シャン”
不思議な音色が響き、それだけで何もかも浄化してゆくような錯覚になる。
凛とした佇まいのユーリが、ゆっくりと舞い始める。
その度に鳴る涼やかな音色。
そしてユーリの口から、魔法の詠唱だろうか? 僕には意味の分からない言葉が紡がれる。
そして降り注ぐ、圧倒的な神威。
神職でもない僕にも分かる神の圧倒的な力。
音の無くなった世界に、ただただ茫然とするしかない僕達を他所に、精霊達の話す声がする。
『……凄いよ。ユーリ』
『え、ええ。大神の力が降りてきたわ』
『凄い神威だったね』
『やべえな。震えちまったぜ』
『まさか上位世界の大神とは……』
『凄いわユーリ。感動したわ』
ハッとして僕は、ユーリの名を呼ぶ。
「ユーリ!」
僕を振り返り頷くユーリが、父上と母上を呼んだ。それをきっかけに、解呪が成功したのが分かった皆んなが喜びの声を上げた。
「お祖父様! お祖母様!」
ユーリの声に目を覚ました父上と母上が、その目を開ける。
「父上! 母上! 良かった……本当に良かった……」
「むっ、アレクか」
「まぁ、アレクったら、子供みたいよ」
思わず子供の頃のように、二人を抱きしめた僕の頬から涙が零れ落ちる。
よかった。本当によかった。
◇
同じ頃、この世界ユールシアの神々も、余りの事態に唖然としていた。
「やべぇ。思わず震えがきたぜ」
「ええ、知っているつもりだったけれど、上位世界の大神の神威は凄いわね」
「彼女の魂が、彼の神を祀る神職の家系だったところに、あの右腕、アガートラムが呼び水になったのでしょう」
上位世界の大神の神威に、圧倒されたと言うのは、武神であり鍛治神でもあるアレス。そのアレスに同意する女神が、地母神ボディス。最後に比較的落ち着いて事の推測をするのが、この世界を創世した主神である女神ルシア。
この世界の神々にとっても、ユーリの神降ろしは想定外だったようだ。
「でも良い影響がありそうですね」
「ええ、偶然ですが、上位世界の大神の力が僅かに降り注いだ結果、この世界がより安定しました」
「それに、あの娘っ子のお陰で、俺達の世界の武術が随分と進歩したしな」
ボディスが、今回の件はよかったと言うと、ルシアも頷き世界が安定したと喜ぶ。アレスは武神でもあるので、ユーリが伝える武の進歩は、己の神威が上がると喜ぶ。
「ともあれ、彼女の魂を譲り受けたのは正解でしたね」
ユーリは、人の身でありながら、ユールシアの神々を驚かせ、神々はユーリの存在を強く意識した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
初回放送はいかがでしたでしょうか。
楽しんでいただければ幸いなのですが。
次回の放送も楽しんで頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
王都から領都まで、あり得ないスピードで駆け抜けたのだろう。馬を替え、尚且つ馬に回復魔法を掛けながら夜通し走ったとしても、この時間で着くなんて、正気の沙汰じゃない。
私は急拵えの舞台で精神を統一し、静かに時を待つ。
朝の空気も相まって、行った事はないけど、神域に居るのではと錯覚する程、なんとかこの場を整えれた。
これもゴクウやミズチ、ハヤテやイフ、ゴレムス、ルナの精霊達とガンツやリンジー達のお陰。
目を閉じて大地の氣と魔力を感じ、大地と宇宙と一つになるイメージで深く深く呼吸する。
少しすると、バタバタと人の気配が近付いて来た。
嗚呼、フローラお母様の解呪では無理だったのね。
フローラお母様の解呪が成功すれば、それに越した事はなかったのだけど……
この世界にも儀式魔法は存在する。マーサお婆ちゃんの魔導書にも、儀式魔法が記された物もあった。だけど、私がこれから行おうとしているのは、そんな魔法とはまったく異質のモノ。
最初、特級呪物を使った呪いの話を聞いた時、何故か直感でこれしかないと思った。
そして、それは多分間違っていない。
工房の前に馬車が止まり、アレクお父様とフローラお母様が飛び出して来た。その後に、聖布でグルグル巻きになったガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を抱えたガーランドとユノスが、そしてローディンお兄様やメルティとルードも心配そうな顔で続く。
「ユーリ!」
「ユーリ! ごめんなさい。私では無理だったわ!」
「お父様とお母様、それとガーランドとユノスもそこで止まって。聖水をかけるけど我慢してね」
私は、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を指示した場所に寝かせてもらい、みんなに少し離れてもらう。
酷い状態ね。本来なら肉眼で見える筈のない呪が、蛇のように黒く纏わり付いている。お祖父様もお祖母様も、完全に意識はないみたい。危険な状態ね。
『これは酷いね。僕でも無理だよ。精霊王さまなら何とか出来たかもしれないけどね』
「ゴクウ、ルナ、お祖父様とお祖母様が、これ以上酷くならないようにお願い」
『任せて』
『抑えてみせるわ』
ゴクウとルナに魔力を渡して、これ以上お祖父様とお祖母様が、呪いにより衰弱しないようお願いする。
そこでふと違和感を感じた。
「あれっ? まさか剣が呪いをレジストしてる?」
『本当だ。ガドウィンとサーシャが、命を取り留めたのは、このオリハルコンの剣のお陰かもね』
「ポメルに嵌め込んだ魔石の属性を聖属性にしておいて正解だったわね」
私は、ほとんど魔力が底を尽きかけた魔石に魔力を補充し、ガドウィンお祖父様の剣を体の上に乗せた。
「お父様! 剣を貸してください!」
「分かった!」
アレクお父様が急いで剣帯からオリハルコンの剣を外し、私に手渡した。それをサーシャお祖母様の体の上に乗せる。
やっぱり、オリハルコンの剣が呪いからお祖父様とお祖母様を守ってくれている。アレクお父様にあげた剣をガドウィンお祖父様が知り、自分も欲しいと何度もねだられた時、打っておいてよかった。
私は、急いで戻って来たガンツやリンジー達を含め、アレクお父様達に向け、聖水に榊を浸してそれを振りかける。
この榊は、偶然見つけたものを、工房の近くに移植してあった。前世で私がよく知る榊と同じかどうかは分からないけど、そこは気にしなくてもいいだろう。
何とか場を整えると、聖水とゴクウ達のお陰で、この場の空気がより清浄なものへと変わる。
本当は、音があれば良かったんだけど、無いものは仕方ない。最善を尽くすのみ。
私は、姿勢を正し、呼吸を整え、精神を極限まで集中させると、ガンツが作ってくれた巫女鈴を鳴らす。
“シャン”
ゆったりと前世から体に染みついた舞を披露する。
“シャン”
鈴の音が鳴る度に、私が舞う度に、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様に絡みつく黒い呪いが薄くなる。
古代の巫女舞は、神降ろしだったと聞く。今の私はまさに、大神の力をその身に借りて穢れを祓う者也。
そして私は鈴を鳴らし、ゆるりと舞いながら、魔力を高め、声に魔力を乗せて、祝詞を唱える。
《掛けまくも畏き
伊邪那美の大神
創世の女神ルシア
筑紫の日向の橘の
小門の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる
祓戸の大神等
ユールシアの大神等
諸々の禍事・罪・穢
有らむをば
祓い給ひ
清め給へと白す事を
聞こし食せと
恐み恐みも白す》
祝詞の一節を唱える度に、大量の魔力が私から消費され、場の空気が神聖なものへと変わる。祝詞は、この世界用に私なりにアレンジした。この世界の神々のお力も借りたいもの。
祝詞を唱える度に、鈴の音が響く度に、お祖父様とお祖母様の身を蝕む穢れが祓われる。
祝詞を唱え終えるタイミングで、巫女鈴をシャンと鳴らすと、私から更に大量の魔力が抜けていく。
そして発動する聖魔法。
解呪、浄化、状態異常回復、治癒。
強力な聖属性魔力が満ちると共に、別の偉大なる御力が降り注ぐ。
それは神々の祝福。人の力を超えた大神の神威。
“シャン”
舞い終えると共に、最後に鈴の音が響く。
誰もが声を失い呆然とする中、崩れ落ちそうな身体を気合いで支え、私はガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様を確認する。
そこには、呪いのカケラもないお祖父様とお祖母様が、安らかな顔で眠っていた。少しすれば目が醒めるだろう。その事にホッとする。
私も絶対大丈夫って保証があった訳じゃないから、成功した事に安堵していた。
大量の魔力を持っていかれた所為もあり、ドッと疲れが押し寄せる。いや、もうこの場で寝てしまいたい。
そこに精霊達が話し掛けてきた。
『……凄いよ。ユーリ』
『え、ええ。大神の力が降りてきたわ』
『凄い神威だったね』
『やべえな。震えちまったぜ』
『まさか上位世界の大神とは……』
『凄いわユーリ。感動したわ』
ゴクウ、ミズチ、ハヤテ、イフ、ゴレムス、ルナが口々に驚きの声を掛けてくれる。精霊でも驚くんだね。
「ユーリ!」
その時、アレクお父様から伺うような声が掛かったので、私は微笑んで頷く。
ドッとその場に喜びの声が上がる。
心地良い疲労感に身を委ねていると、ガドウィンお祖父様とサーシャお祖母様が、みんなの喜ぶ声に目を覚ましたみたい。
「お祖父様! お祖母様!」
「父上! 母上! 良かった……本当に良かった……」
「むっ、アレクか」
「まぁ、アレクったら、子供みたいよ」
私がお祖父様とお祖母様を呼ぶ声で、二人が覚醒したのに気付いたお父様が駆け寄り、二人を抱き締める。その声は震えていた。
アレクお父様も、ルミエール伯爵家の当主として毅然とした姿を見せないと、と気を張っていたのね。実の父と母が心配じゃない子供はいないもの。
その日は、ガドウィンお祖父様もサーシャお祖母様も体を休める必要があったので、普段お祖父様とお祖母様が滞在する別館じゃなく、本館の客間で休んでもらう事になった。私も、大掛かりな儀式魔法でヘトヘトだったし、魔力もすっからかんでギリギリだったので、工房にある自室のベッドに潜り込んだ。
お祖父様とお祖母様を無事解呪できたと分かったら、肉体的にも精神的にもドッと疲れがきたのよね。
◇
アレクサンダー視点
僕は何を見せられたのだろう。
父上と母上が、よりにもよって特級呪物などという物により、呪いを掛けられ倒れたと聞いた時、心臓が締め付けられるような気になった。
普段、剣聖などと持ち上げれていても、何も出来ない無力な存在でしかないと思い知らされた。
王都の教会に密かに人を遣わし、司祭に解呪を依頼してみたものの、結果は不可能だったとの報せ。
王都在中の家臣は、直ぐに父上と母上のルミエール領への搬送を決断。替えの馬の手配をするよう要請があった。
僕の妻のフローラは、大陸でも随一と言われる程、高いレベルで聖魔法を操る聖女と呼ばれる魔法使いだ。彼女なら父上と母上を助ける事が出来るかもしれないとの判断は間違っていない。
そして、父上と母上が、呪いに倒れたと、その報せを聞いて動いたのはユーリだった。
僕は、スクッと立ち上がったユーリに戸惑い訪ねた。
「ユーリ、どうしたんだい?」
「お父様、お話したと思いますが、私は前世で神職だったのです。穢れを祓うなら準備が必要ですから」
ユーリは、そう言うと速足で部屋を出て行った。
フローラと顔を見合わせるも、意味が分からない。ただ、ユーリなりの考えがあるのだろう。
父上と母上を乗せた馬車が、屋敷に到着したのは、まだ夜も明けきらない時間だった。だいぶ無理をさせたようだ。
屋敷に運び込まれた父上と母上は、意識もなく衰弱している。魔法使いじゃない僕にも、黒く纏わりつく気持ちの悪い影のような、煙のようなものが見える。これ程の呪いなんて僕も初めて見る。
「フローラ!」
「ええ、頑張ってみるわ」
ユースクリフ王国最高の聖魔法使いのフローラで無理なら、もう手の打ちようがない。
そして精神を集中したフローラが、解呪の魔法を発動させる。
聖魔法の光が父上と母上を包み込む。
「ああっ!」
ただ、光は呪いに弾かれたように消え、フローラが悲痛な叫び声を上げた。
「ごめんなさい、貴方」
「いや、仕方ない。父上と母上をユーリの工房に運ぼう」
「え、ええ」
もうユーリを頼るしかなかった。直ぐに父上と母上を再び馬車に乗せ、ユーリの工房へと急ぐ。
工房に到着し、馬車から飛び降りる。
僕達が工房に着くと、ユーリが見た事もない衣装に身を包み待っていた。
「ユーリ!」
「ユーリ! ごめんなさい。私では無理だったわ!」
「お父様とお母様、それとガーランドとユノスもそこで止まって。聖水をかけるけど我慢してね」
落ち着いた様子のユーリが、僕達に指示を出す。その時になって、この場所を守るように、ユーリの契約した精霊達が取り囲んでいるのに気付いた。
四方に、火、水、風、土の精霊と、中央に光と闇の精霊。
『これは酷いね。僕でも無理だよ。精霊王さまなら何とか出来たかもしれないけどね』
「ゴクウ、ルナ、お祖父様とお祖母様が、これ以上酷くならないようにお願い」
『任せて』
『抑えてみせるわ』
ユーリがゴクウとルナに魔力を渡し、聖と闇の精霊魔法を発動。父上と母上に光が降りかかり、闇が呪いを抑える。
そこでユーリが何かに気が付いたような表現になる。
「あれっ? まさか剣が呪いをレジストしてる?」
『本当だ。ガドウィンとサーシャが、命を取り留めたのは、このオリハルコンの剣のお陰かもね』
「ポメルに嵌め込んだ魔石の属性を聖属性にしておいて正解だったわね」
なんと、倒れていてもその手から離さなかった父上の剣。父上がユーリに強請って打ってもらったオリハルコンの剣が、父上と母上を守ってくれていたなんて。
「お父様! 剣を貸してください!」
「分かった!」
ユーリは、私の方を振り向くと、腰の剣を貸すよう言ってきた。直ぐに剣を渡すと、ユーリは母上の上に剣を置いた。
ユーリは、濃い緑の葉が付いた枝を水に浸し、父上と母上それと周りに集まった僕達に振り掛けていく。
ああ、これは聖水か。
この場所が、まるで教会のような神聖な気が満ちている気がする。
すると姿勢を正し、集中したユーリが悠然と立ち、手に持つ何かを振る。
“シャン”
不思議な音色が響き、それだけで何もかも浄化してゆくような錯覚になる。
凛とした佇まいのユーリが、ゆっくりと舞い始める。
その度に鳴る涼やかな音色。
そしてユーリの口から、魔法の詠唱だろうか? 僕には意味の分からない言葉が紡がれる。
そして降り注ぐ、圧倒的な神威。
神職でもない僕にも分かる神の圧倒的な力。
音の無くなった世界に、ただただ茫然とするしかない僕達を他所に、精霊達の話す声がする。
『……凄いよ。ユーリ』
『え、ええ。大神の力が降りてきたわ』
『凄い神威だったね』
『やべえな。震えちまったぜ』
『まさか上位世界の大神とは……』
『凄いわユーリ。感動したわ』
ハッとして僕は、ユーリの名を呼ぶ。
「ユーリ!」
僕を振り返り頷くユーリが、父上と母上を呼んだ。それをきっかけに、解呪が成功したのが分かった皆んなが喜びの声を上げた。
「お祖父様! お祖母様!」
ユーリの声に目を覚ました父上と母上が、その目を開ける。
「父上! 母上! 良かった……本当に良かった……」
「むっ、アレクか」
「まぁ、アレクったら、子供みたいよ」
思わず子供の頃のように、二人を抱きしめた僕の頬から涙が零れ落ちる。
よかった。本当によかった。
◇
同じ頃、この世界ユールシアの神々も、余りの事態に唖然としていた。
「やべぇ。思わず震えがきたぜ」
「ええ、知っているつもりだったけれど、上位世界の大神の神威は凄いわね」
「彼女の魂が、彼の神を祀る神職の家系だったところに、あの右腕、アガートラムが呼び水になったのでしょう」
上位世界の大神の神威に、圧倒されたと言うのは、武神であり鍛治神でもあるアレス。そのアレスに同意する女神が、地母神ボディス。最後に比較的落ち着いて事の推測をするのが、この世界を創世した主神である女神ルシア。
この世界の神々にとっても、ユーリの神降ろしは想定外だったようだ。
「でも良い影響がありそうですね」
「ええ、偶然ですが、上位世界の大神の力が僅かに降り注いだ結果、この世界がより安定しました」
「それに、あの娘っ子のお陰で、俺達の世界の武術が随分と進歩したしな」
ボディスが、今回の件はよかったと言うと、ルシアも頷き世界が安定したと喜ぶ。アレスは武神でもあるので、ユーリが伝える武の進歩は、己の神威が上がると喜ぶ。
「ともあれ、彼女の魂を譲り受けたのは正解でしたね」
ユーリは、人の身でありながら、ユールシアの神々を驚かせ、神々はユーリの存在を強く意識した。
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この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
初回放送はいかがでしたでしょうか。
楽しんでいただければ幸いなのですが。
次回の放送も楽しんで頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
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悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
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姉妹差別の末路
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粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
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物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
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お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
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我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
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アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
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家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
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