銀腕の武闘派聖女

小狐丸

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三十話 ラッキーデイ

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 冬の冷たい風が、一本の三つ編みにしたプラチナブロンドの髪が揺れる。

 十四歳になった私の身長は、165センチを超え、素の身体能力も随分と上がり、魔力量も成長して、今じゃ魔力オバケって言われるくらいになった。春には十五歳になるので、もう成人まであと少しだ。

 顔も平凡な前世とは違い、フローラお母様似でイケてると思う。

 私はルミエール伯爵領の北西部の国境付近にある防壁の上に立っていた。このまま北西方向に進むと森があり、その先はバルドル王国が在る。

 このバルドル王国との間に在る森は、ユースクリフ王国領でもバルドル王国領でもないので、手入れなどはされていない。

 私の肩に、青い鷹が止まる。風の上級精霊ハヤテだ。

『ユーリ、足の速い奴がもう直ぐ来るよ』
「ありがとうハヤテ」

 これから何が起こるかと言うと、魔物のスタンピートだ。

 ルミエール伯爵領にも幾つも森や林は在るけれど、うちの騎士や冒険者が間引いているので、溢れる事はない。だけど緩衝地帯の森には、冒険者も入る事が少ないので、魔物が間引かれず増え過ぎる事がある。

「で、ハヤテは魔物の数はどうだって?」
「二万くらいだって。今回は少ないみたい」

 ララが森の方を見つめる私に、ルミエール伯爵領側に溢れる魔物の数を聞いてきた。

 ララもスラリとした美人に成長した。器用なララは、魔法も剣も体術も熟す。オールラウンダーね。

「ユーリちゃん。私達だけで戦うの?」
「基本的にはそのつもり。一応、後方にルーシーやミュシャ、キキとボラン達がいるしね」

 マーテルが、私とその親衛隊で戦うのか聞いてきたけど、流石にそんな縛りプレイはしない。まあ、出来なくはないけれど、私達だけだと後始末が大変だからね。

 この場にいるのは、私達と同じ歳のルーシー、二つ歳下のミュシャとキキは、孤児院で暮らしながら冒険者をしている。ボランはもう十七歳で、孤児院を出てルミエール伯爵領で冒険者として活動している。

 勿論、私達や孤児院の子供達だけで、スタンピートに対処する訳じゃない。

「ユーリ様。騎士団と領民の方々、配置に着きました」
「ありがとう。パティ」

 パティが、うちの騎士団と領民の中でも戦える人員が、配置に着いたと報告してきた。

 私達主体で対処するつもりだけど、魔物の数も二万となると、抜けて来る奴もいる。広範囲に影響のある魔法なら、殲滅するのも簡単なんだけど、森は無くしたくないからね。

「久しぶりの魔物祭りだな。お嬢」
「ノックスは、浮かれ過ぎないでね」
「分かってるさ」

 そう。森ごと殲滅しない理由。それは、このスタンピートが、私達ルミエール領にとって、ボーナスみたいなものだから。

 大量の肉に魔物素材、特に魔石は幾ら有ってもいいからね。

 そこにボランとルーシー、ミュシャとキキが駆けて来た。

「お嬢、邪魔しないから、俺達も戦わせてくれよ」
「「姫様!」」
「姫様、お願い!」
「う~ん。大丈夫だと思うけど、あまり前には出ないように約束できるなら良いわよ」
「ありがとう。お嬢!」
「「姫様、ありがとう!」」

 ボランなんて、もう大人だから自己責任だけど、昔からの顔見知りだから、どうしても過保護になっちゃうのよね。


 そしてテンション高く賑やかなお年寄りがいる。

「ガッハッハッ! 魔物の群れなど、わしの剣の錆にしてやるわ!」
「ふん! 張り切り過ぎて、腰を痛めるなよ!」
「ふん! お主こそ、年寄りの冷や水にならぬといいな!」
「なにを!」

 まあ、紹介するまでもなく、ガドウィンお祖父様とジルベールお祖父様だ。

 ジルベールお祖父様もウィリアム伯父様にシルフィード辺境伯家を引き継ぎ隠居したので、よくうちに遊びに来るようになった。ウィリアム伯父様の嫡男ロドリゲスさんが、ローディンお兄様と同じ歳だから、もっと早く隠居してもよかったんだけどね。侯爵家筆頭で辺境を護る家というのは大変みたい。

「いい歳して張り切っちゃって」
「孫達に良いところを見せたいのよ」

 そのガドウィンお祖父様とジルベールお祖父様の姿を、呆れた顔で見ているのは、サーシャお祖母様とバーバラお祖母様。お二人とも護衛が要らないくらいに強いから、お祖父様お二人の手綱をしっかり握ってくれるでしょう。



 そんな周りとは別に、不安そうにしている人もいる。

「ねえ、ロディ。皆様、楽しそうにされていますが、本当に大丈夫なのですか? 魔物のスタンピートって、街が幾つも滅びる厄災だと聞きますよ」
「リズ、心配しなくても大丈夫だよ。あの森の魔物程度、ルミエール伯爵家では森の恵みなんだよ」
「そ、そうなのですか?」

 ローディンお兄様のお嫁さんエリザベス義姉様。嫡男も生まれたばかりだから心配になるのは仕方ない。実家は武門の家系でもないしね。

 確か、前回のスタンピートは、二年前だったから、まだ訓練を始めて間もないエリザベス義姉様は不参加だったわね。こういうのは、実際に自分の目で見ないと理解できないか。

 そこにお父様とお母様、メルティとルードが近付いて来た。

「お姉様!」
「お姉ちゃん!」

 十歳になったメルティとルードも、今回初参加で興奮気味ね。

「メルティとルードも参加するのね」
「うん! お父様とお母様の近くならいいんだって!」
「僕も、魔物を倒しまくるよ!」
「頑張ってね」

 抱きついてきた二人の頭を撫でる。相変わらず可愛い妹と弟だ。ローディンお兄様とエリザベス義姉様の間に生まれた甥っ子も可愛いけれど、メルティとルードはこのまま可愛いままでいて欲しいわね。

「ユーリ。少しいいかな?」
「お父様、どうされました?」
「初撃に子供達に魔法を撃たせてあげたいんだけど、構わないかい?」
「ええ。勿論です。指揮はお父様が?」
「いや、フローラがとるよ」

 アレクお父様から、スタンピート初体験の子供達に、初撃を任せたいという話だった。勿論、私に否はない。フローラお母様が指揮するなら心配もない。

「私が一番にやっつけるの!」
「僕が一番だよ!」
「こら! 母の指示に従うのですよ!」
「「はーい!」」

 近くでは、メルティとルードの張り切る声が聞こえる。

「あ、あの、私もですわよね」
「リズ、緊張しなくていいよ。何時もの訓練と同じだよ。母上の指示に従って、魔法を放つだけさ」
「ごめんなさい。実戦となるとどうしても……」

 エリザベス義姉様の緊張は仕方ない。ご実家のロックウェル侯爵家は、優れた文官を輩出する事で、国家の運営に寄与してかた家だ。よくこんなゴリゴリの脳筋だらけのルミエール伯爵家に嫁いで来たと感心するもの。

「それにしても……、本当にお祭りみたいですね」
「まぁ、もともと北西からのスタンピートは、ルミエール伯爵家にとって脅威でもなんでもなかったんだけど、この七年くらいで、ユーリがルミエール領をみっちり鍛えちゃったからね」
「ああ……なる程」

 防壁の内側は、エリザベス義姉様が言うように、本当にお祭り騒ぎだった。教会が炊き出しをしていたり、屋台が幾つも並んで串焼き肉やスープ、甘味を売っている。ルミエールやシルフィード以外の人間が見れば、頭を疑うだろうね。

 冒険者も、ルミエール領を拠点にしている人はまだしも、たまたま立ち寄った人達は、酷く狼狽しているもの。


『ユーリ、先頭が森を出て来たよ』
「お母様、合図はお願いします」
「ええ、任せてちょうだい」

 本来なら、魔物は自分達のテリトリーから出て来る事はない。今回のような、魔物暴走(スタンピート)を起こすと、興奮状態で暴走しているので、こうして私達の方へと襲って来る。まあ、このスタンピートは、人為的なものだから、本来の魔物暴走と同じかどうか知らないけどね。

「放て!」

 防壁の上にズラリと並んだ私達が、フローラお母様の合図で魔法を放つ。

 飛び交う様々な魔法による法撃。勿論、手加減は忘れない。折角のお肉や素材が台無しになるからね。

「撃ち方止め!」

 魔法による法撃で、最初に襲って来た足の速い魔物が、ほぼ沈黙したところで、フローラお母様から法撃中止の指示が入る。このまま、遠距離からの攻撃で十分対処できるんだけど、剣を片手にワクワクしているお祖父様二人がいるからね。

 ほら、我慢出来ずに飛び出しちゃった。

「はぁ、ララ、マーテル、パティ、ノックス。行くわよ!」
「ええ!」
「「はい!」」
「おう!」

 防壁から飛び出した私達は、お祖父様二人を一瞬で追い抜き、森から溢れ出た魔物の塊に突撃する。

 さあ、祭りの始まりよ!




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 この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。

 初回放送はいかがでしたでしょうか。
 楽しんでいただければ幸いなのですが。
 次回の放送も楽しんで頂けると嬉しいです。

 それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。


 あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。



 また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。

 12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。



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