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三十二話 理解出来ない者達
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ユースクリフ王国の北西に位置するバルドル王国では、大掛かりな作戦が遂行されていた。
それはバルドル王国とユースクリフ王国を隔てる森。いや、バルドル王国とルミエール伯爵領とを隔てる森での作戦。
この森は、冒険者が足を踏み入れる事はあるが、バルドル王国として組み入れる利の少ない地故に、ユースクリフ王国との緩衝地帯として存在していた。
ルミエール伯爵家としては、領内にもっと魔力濃度の濃い森は幾つも在るので、然程必要ではない土地。しかし、バルドル王国の認識は違った。
バルドル王国の認識では、手付かずで多くの魔物が跳梁跋扈する危険な森。過去、何度も開拓する試みも全て頓挫していた。
樹を切り倒し、森を拓こうとし、結果モンスタースタンピードで、甚大な被害を被った。
そこで、それを逆手に取った作戦を実行し始める。
魔物の数が増えたタイミングで、森の中央部付近で魔寄せの香を使い、その後バルドル王国側から魔除けの香を炊き、尚且つ追い立てる事で、人為的なモンスタースタンピードをルミエール伯爵領側へと発生させる。
ルミエール伯爵家に被害を与え、しかもスタンピートの後暫くは森が落ち着くので、バルドル王国にも二重の意味で利がある作戦という訳だ。
「隊長! 魔寄せの香、設置完了しました!」
「よし! 火を着けたら、直ぐに退避だ!」
森の中央付近に、魔寄せの香を幾つも設置するのは、バルドル王国の兵士達にとって命懸けの仕事だった。
そもそも森の魔物の数が増えたタイミングを見計らっているので、中央付近まで到達するのに、何人もの怪我人を出している。
香に火を着け、煙が立ち上り兵士達は必死に退避する。この退避も簡単ではない。魔物の棲息する森を進むのだから。
寝る間を惜しんだ必死の強行軍で、何とか森の入り口付近、バルドル王国の国境近くに戻って来た兵士達は、次に魔除けの香を配置していく。
「そろそろか」
「はい。中央付近の魔物密度上昇。そろそろ頃合いかと」
「よし! 魔除けの香に火を! 風魔法使いは、煙をルミエール伯爵領方向へ送れ!」
命懸け、且つ、大規模な作戦ではあるものの、その結果を彼等が知る事はない。七年前のユーリ誘拐事件が起こってから、ルミエール伯爵領内に潜入していたバルドル王国やローデシア王国の諜報員は全て排除されたのだから。
それでも商人を通して情報を仕入れるのだが、時間が掛かる上に正確性に欠ける。
結果が出ようが、全くルミエール伯爵家に被害が出てなかろうが、兵士達には関係ない。上から命じられれば、それに従うしかないのだから。
魔物が狙い通り、ルミエール伯爵領の方へ移動し始めたのを確認し撤収した兵士達は、バルドル王国へと戻って来た。
「隊長! 怪我人は多数ですが、死者はゼロです!」
「ご苦労。今日はもう休んでいい」
「はっ! 了解致しました!」
作戦を指示されていた隊長が、部下の報告にホッと息を吐く。これは、決して国を守る兵士の仕事ではない。そう思えるだけに、今回は死者が出なかった事に安堵したのだ。
そんな余り意味のない。いや、ルミエール伯爵領ではお祭り扱いの、人為的なモンスタースタンピードを指示したベルンハルト王は、不機嫌を隠しもせず玉座で貧乏ゆすりをしていた。
そのベルンハルト王の機嫌を伺うのは、宰相のビュルーワ。
「陛下、随分とご機嫌が悪いようですな」
「ふん! 効果が如何程あるか分からぬものに、意味はあるのか?」
この作戦に関しては、今回二回目になるのだが、前回もルミエール伯爵領に、大きな被害が出たという情報は得られなかった。
「……嫌がらせ程度には効果はあるかと。それに、これは我が国にも利のある作戦ですから」
「分かっておる。増え過ぎた魔物が、我が国に向かうと考えれば、やる意味はあるのだろう」
ベルンハルト王は忘れもしない。数が増え過ぎバルドル王国側に溢れだした魔物の波を。
あのモンスタースタンピードの所為で、バルドル王国は数年非常に苦しい日々を送った。
壊された街や村の復興に、死者の埋葬。辺境の村は幾つも廃村となった。
「まぁ、我が国が荒らされるよりはマシか」
「ええ。復興は大変でしたから。本当に大変でした」
「そ、そうじゃの」
宰相であるビュルーワが、遠くを見るような表情で呟く。当時、各地から上がる被害状況を取りまとめ、国民の救済から辺境の貴族からの救援要請への対応。冒険者ギルドへの緊急依頼と商業ギルドへの食料確保。全て宰相のビュルーワが責任者だった。何日もまともに寝れなかったし、食事を摂る暇もなかった。その記憶が蘇る。
ベルンハルト王もビュルーワの様子に、二度とモンスターススタンピードを自国側で起こしてはならないと、自分達のする非道を正当化する。
それにユースクリフ王国は敵対国だ。損害が与えれるなら立派な作戦行為だ。しかも、対象になるのが、憎きルミエール伯爵家なら戸惑う事はない。
「それで、ルミエール伯爵家の被害状況はいつ分かる?」
「それは暫くの猶予をお願いします。何せ、面倒ですが、関係のない商人や冒険者を使っての情報収集ですから。時間が掛かります」
「むう。面倒な」
「申し訳ありません」
敵対国のユースクリフ王国に、バルドル王国の諜報員を派遣するのも苦労はあるが、ルミエール伯爵領は特に難しい。これがシルフィード辺境伯領ほど広ければ、まだ何とかなっただろうが、広いと言っても伯爵家の領地。ユーリの誘拐事件依頼、領民以外の出入りが厳しくチェックされ、ほぼ送り込めなくなっている。
その結果、商人や冒険者から、それとなく情報を仕入れるのだが、当然時間が掛かる。新鮮な情報など望めない。
ベルンハルト王は知らない。自分達が、嫌がらせと思って行っている事が、ルミエール伯爵家では楽しいイベントだという事を……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
初回放送はいかがでしたでしょうか。
楽しんでいただければ幸いなのですが。
次回の放送も楽しんで頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
それはバルドル王国とユースクリフ王国を隔てる森。いや、バルドル王国とルミエール伯爵領とを隔てる森での作戦。
この森は、冒険者が足を踏み入れる事はあるが、バルドル王国として組み入れる利の少ない地故に、ユースクリフ王国との緩衝地帯として存在していた。
ルミエール伯爵家としては、領内にもっと魔力濃度の濃い森は幾つも在るので、然程必要ではない土地。しかし、バルドル王国の認識は違った。
バルドル王国の認識では、手付かずで多くの魔物が跳梁跋扈する危険な森。過去、何度も開拓する試みも全て頓挫していた。
樹を切り倒し、森を拓こうとし、結果モンスタースタンピードで、甚大な被害を被った。
そこで、それを逆手に取った作戦を実行し始める。
魔物の数が増えたタイミングで、森の中央部付近で魔寄せの香を使い、その後バルドル王国側から魔除けの香を炊き、尚且つ追い立てる事で、人為的なモンスタースタンピードをルミエール伯爵領側へと発生させる。
ルミエール伯爵家に被害を与え、しかもスタンピートの後暫くは森が落ち着くので、バルドル王国にも二重の意味で利がある作戦という訳だ。
「隊長! 魔寄せの香、設置完了しました!」
「よし! 火を着けたら、直ぐに退避だ!」
森の中央付近に、魔寄せの香を幾つも設置するのは、バルドル王国の兵士達にとって命懸けの仕事だった。
そもそも森の魔物の数が増えたタイミングを見計らっているので、中央付近まで到達するのに、何人もの怪我人を出している。
香に火を着け、煙が立ち上り兵士達は必死に退避する。この退避も簡単ではない。魔物の棲息する森を進むのだから。
寝る間を惜しんだ必死の強行軍で、何とか森の入り口付近、バルドル王国の国境近くに戻って来た兵士達は、次に魔除けの香を配置していく。
「そろそろか」
「はい。中央付近の魔物密度上昇。そろそろ頃合いかと」
「よし! 魔除けの香に火を! 風魔法使いは、煙をルミエール伯爵領方向へ送れ!」
命懸け、且つ、大規模な作戦ではあるものの、その結果を彼等が知る事はない。七年前のユーリ誘拐事件が起こってから、ルミエール伯爵領内に潜入していたバルドル王国やローデシア王国の諜報員は全て排除されたのだから。
それでも商人を通して情報を仕入れるのだが、時間が掛かる上に正確性に欠ける。
結果が出ようが、全くルミエール伯爵家に被害が出てなかろうが、兵士達には関係ない。上から命じられれば、それに従うしかないのだから。
魔物が狙い通り、ルミエール伯爵領の方へ移動し始めたのを確認し撤収した兵士達は、バルドル王国へと戻って来た。
「隊長! 怪我人は多数ですが、死者はゼロです!」
「ご苦労。今日はもう休んでいい」
「はっ! 了解致しました!」
作戦を指示されていた隊長が、部下の報告にホッと息を吐く。これは、決して国を守る兵士の仕事ではない。そう思えるだけに、今回は死者が出なかった事に安堵したのだ。
そんな余り意味のない。いや、ルミエール伯爵領ではお祭り扱いの、人為的なモンスタースタンピードを指示したベルンハルト王は、不機嫌を隠しもせず玉座で貧乏ゆすりをしていた。
そのベルンハルト王の機嫌を伺うのは、宰相のビュルーワ。
「陛下、随分とご機嫌が悪いようですな」
「ふん! 効果が如何程あるか分からぬものに、意味はあるのか?」
この作戦に関しては、今回二回目になるのだが、前回もルミエール伯爵領に、大きな被害が出たという情報は得られなかった。
「……嫌がらせ程度には効果はあるかと。それに、これは我が国にも利のある作戦ですから」
「分かっておる。増え過ぎた魔物が、我が国に向かうと考えれば、やる意味はあるのだろう」
ベルンハルト王は忘れもしない。数が増え過ぎバルドル王国側に溢れだした魔物の波を。
あのモンスタースタンピードの所為で、バルドル王国は数年非常に苦しい日々を送った。
壊された街や村の復興に、死者の埋葬。辺境の村は幾つも廃村となった。
「まぁ、我が国が荒らされるよりはマシか」
「ええ。復興は大変でしたから。本当に大変でした」
「そ、そうじゃの」
宰相であるビュルーワが、遠くを見るような表情で呟く。当時、各地から上がる被害状況を取りまとめ、国民の救済から辺境の貴族からの救援要請への対応。冒険者ギルドへの緊急依頼と商業ギルドへの食料確保。全て宰相のビュルーワが責任者だった。何日もまともに寝れなかったし、食事を摂る暇もなかった。その記憶が蘇る。
ベルンハルト王もビュルーワの様子に、二度とモンスターススタンピードを自国側で起こしてはならないと、自分達のする非道を正当化する。
それにユースクリフ王国は敵対国だ。損害が与えれるなら立派な作戦行為だ。しかも、対象になるのが、憎きルミエール伯爵家なら戸惑う事はない。
「それで、ルミエール伯爵家の被害状況はいつ分かる?」
「それは暫くの猶予をお願いします。何せ、面倒ですが、関係のない商人や冒険者を使っての情報収集ですから。時間が掛かります」
「むう。面倒な」
「申し訳ありません」
敵対国のユースクリフ王国に、バルドル王国の諜報員を派遣するのも苦労はあるが、ルミエール伯爵領は特に難しい。これがシルフィード辺境伯領ほど広ければ、まだ何とかなっただろうが、広いと言っても伯爵家の領地。ユーリの誘拐事件依頼、領民以外の出入りが厳しくチェックされ、ほぼ送り込めなくなっている。
その結果、商人や冒険者から、それとなく情報を仕入れるのだが、当然時間が掛かる。新鮮な情報など望めない。
ベルンハルト王は知らない。自分達が、嫌がらせと思って行っている事が、ルミエール伯爵家では楽しいイベントだという事を……
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この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
初回放送はいかがでしたでしょうか。
楽しんでいただければ幸いなのですが。
次回の放送も楽しんで頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
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