オルフェウスVSネオ・アビス・クロニクル(ゴールデンアルカナ)

桂圭人

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オルフェウスVSアグリネス

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金将の居城・白の間。

大理石の床に、朝陽が完璧な角度で射し込み、磨き上げられた白面を鏡のように反射していた。  

そこに立つのは、ただ一人。

白徽警衛団近衛隊長、オルフェウス・マクレイン。  
胸の重厚な金属製の盾型紋章が鈍く光を返す。  
彼は無言のまま、金将の背中ごしに、正面の扉を見据えていた。

「絶対に、君を傷つけさせない」

それが、彼の存在意義のすべてだった。

扉が、音もなく歪んだ。

空間そのものがきしみ、硝子が逆さに落ちるような音が響く。  
割れた鏡面の隙間から、異物がにじみ出る。

現れたのは、アグリネス。

……美しい。

あまりにも整いすぎた顔立ちだった。  
白に、グリッチのノイズが混じった髪が波打つたび、割れたホログラムのような皮膚が朝陽を受けて妖しく煌めく。

だが、網膜に焼きつくのは「逆」の像だ。

目が、脳が、勝手にねじれる。  
鏡を覗くたび、自分を呪いたくなるような、圧倒的な醜悪としてしか認識できない。

「美しいものって、壊したくなるよね」

アグリネスが、柔らかく微笑んだ。

その瞬間、オルフェウスの視界に、ひびが入る。

脳裏に映る仲間達の顔が、腐り落ちた。

白い大理石が、膿と黒ずんだ血で汚れ始める。  
自分の盾さえ、ただの錆びた鉄くずのように見えた。

破像鏡が展開する。

円形の鏡面が空中に無数に浮かび上がり、金血の鎖で連結されていく。  
一面一面が、オルフェウスの「美」の記憶を映し出し、即座に逆相変換をかけていく。

――かつて守ってた家族の笑顔が、膿に覆われた腫れ物だらけの顔に変わる。  
――隊長から授かった白徽の紋章が、便所の汚れのような染みに変わる。  
――鏡の中の自分の顔が、蛆虫の群れに喰い荒らされていく。

「見ろ。キミの『忠義』だって、ただの醜い執着だ」

アグリネスの声が、耳の奥を直接なぞる。

オルフェウスは歯を食いしばった。  
膝が震える。  
視界がノイズで塗りつぶされていく。

それでも――彼は一歩も退かなかった。  
金将の前に、立ち続ける。

「……黙れ」

低く、かすれた声が漏れる。

「僕の忠義を、君ごときに測られる筋合いはない」

左腕をわずかに動かし、盾を構える。

重厚な金属だけが、歪んだ視界の中でも唯一「正しく」見えた。  
それは、彼が自分の手で磨き続けてきたものだからだ。  

誰の目にも美しく映れなくていい。  
オルフェウスにとって、それは「正義」の形そのものだった。

アグリネスが、楽しげに笑う。

「だったら、試してみようか」

《グリッチ・リフレクション》発動。

360度を囲む鏡が、一斉に閃光を放つ。  
世界がエラーのモザイクで塗り潰される。

仲間達の姿が、叩き潰された肉塊に変わる。  
城が崩れ、床が腐り、天井に広がる空が膿で満たされていく。

無数の「醜悪の真実」が、オルフェウスの精神に直接突き刺さった。

――キミは無力だ。  
――守れない。  
――キミの忠義なんて、笑いものだ。  
――見ろよ、金将が泣いている。全部、キミのせいだ。

オルフェウスの膝が、音を立てて折れる。  
握り締めていた盾が、床に落ち、甲高い音を響かせた。

だが。

その瞬間――

床に反射した光の中で、盾の表面に「小さな傷」があるのが見えた。

昨日の演習で、金将が振るった剣が、ほんのわずかに掠めてつけた傷。  
それだけの、取り立てて意味もない、浅い傷。

その傷だけが、歪んだ世界の中でも「正しく」そこにあった。

完璧じゃない。  
だからこそ、誰の目にも美しく映れなくていい。  

それは、彼がここに立ち続けてきた証そのものだった。

オルフェウスは、ゆっくりと立ち上がる。

視界はまだねじ曲がっている。  
仲間達の顔はただの腐肉にしか見えない。  
城は崩壊し、自分の腕は蛆虫の塊に見える。

それでも、彼は盾に手を伸ばし、拾い上げた。

「……見えるか?」

掠れた声で、自分自身に問いかけるように呟く。

「僕の盾に、傷がある」

息を整え、続けた。

「それは、僕が確かにここに立っていた証だ」

「君がどれだけ世界を歪めても、この傷だけは消えない」

アグリネスが、わずかに目を細める。  
周囲の鏡が、金切り声のような軋みを上げた。

「醜いものほど、本物なんだよ」

オルフェウスが、一歩、踏み出す。

歪んだ世界の中を、盾を前に突き出して。  
再び、金将の前へと歩を進める。

「僕は、美しい王じゃない」

「完璧な騎士でもない」

「ただの、傷だらけの盾だ」

その言葉と同時に。

破像鏡に、ぱきん、と亀裂が走った。

アグリネスがわずかによろめく。  
美しい顔が、初めて醜く歪んだ。

「……つまらない」

「美しくないものは、映す価値もない」

乾いた声とともに、鏡が次々と砕け散る。  
ガラス片のような断片が宙でエラーの光となって消え、空間が元の形を取り戻していく。

朝陽が、もう一度、完璧な角度で床を照らした。

オルフェウスは、膝をついたまま、しばらく動けなかった。

視界はまだ歪んでいる。  
仲間達の顔は、なおも腐った肉塊にしか見えない。  

それでも彼は、盾を胸に抱きしめるように押し当て、小さく呟いた。

「……隊長、無事でしょうか」

背後から、静かな声が落ちてくる。

「無事だよ、オルフェウス」

隊長が、ゆっくりと近づいてくる気配がした。  
歪んだ視界の中でも、その声だけは、確かに「正しく」届く。

「君がいたから、僕は美しくいられた」

オルフェウスの目から、初めて涙が落ちた。

その涙が、どれほど醜く歪んで見えようとも――  
彼にとって、それは疑いようのない「本物」だった。
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