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ぬいぐるみ燃やし
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あのキスの後、私(桐野 菜月(きりの なつき))の人生は一変した。朝倉蓮(あさくら れん)――れんくん――は、私の指輪をジャケットのポケットにしまい込み、まるでそれがなかったことにするかのように、私の手を引いて歩き出した。
「今だけでいいから」
彼の言葉が耳に残る。家に帰るはずの道を逸れ、私たちは街の外れの小さなホテルに入った。抵抗なんて、最初からなかった。好きだった人からの誘惑に、30歳の人妻の私はあっさり負けた。 ベッドで彼に抱かれながら、思い出した。中学の頃のれんくん。いつも周りを笑わせて、授業を邪魔して、でも誰よりも優しかった。あの頃の私は、ただの片思いで満足していたのに。今は違う。夫の顔なんて浮かばない。罪悪感? ない。面白みのない結婚生活の代償だ。 朝になると、れんくんは私の指輪を返してきた。でも、その目は本気だった。
「また会おう、なつき」
私は頷くしかなかった。運命の歯車が、確かに狂い始めた。
それから数週間、夫との生活は変わらず味気ない。朝の置き手紙、遅い帰宅、会話のない夕食。でも、心の中はれんくんでいっぱい。会社帰りにこっそり会うようになり、キス以上のことを繰り返した。
「俺、なつきのこと中学から好きだった」
れんくんはそう言って笑う。高校で疎遠になったのは、私が避けていたからだって。でも今は、取り戻すみたいに激しく求めてくる。 夫は気づかない。いや、気づいていても何も言わない。あの人は昇進のために結婚しただけ。愛なんてない。 ある夜、夫が珍しく早く帰ってきた。「今日は一緒に飯食おう」って。
テーブルで向かい合っても、話すことない。スマホをいじりながら、れんくんからのメッセージを盗み見る。
「今夜、会おう」
心臓が跳ねる。夫の視線を感じて、慌てて画面を伏せた。
そんな日々が続く中、奇妙なことが起きた。夫の様子がおかしくなったんだ。最初は小さなこと。朝の置き手紙が、いつもより乱れた字で書かれていた。
「今日も遅くなる。気をつけろ」――気をつけろ? 何に?
会社で夫の同僚に聞いたら、「最近、変な夢見てるって言ってたよ。白髪の男が現れて、ぬいぐるみを燃やすんだって」 ぞわっとした。夫はそんな話をするタイプじゃない。でも、その夜、家に帰ると夫がソファでうずくまっていた。
「なつき、助けてくれ……あいつが来る」
「あいつって誰?」
夫の目は怯えきっていた。
「マッドネス……白髪の男。俺をぬいぐるみにするって」
笑い飛ばそうとしたけど、夫の言葉が本気っぽくて怖くなった。れんくんに相談しようかと思ったけど、夫の異変はエスカレートした。夜中に叫んで起きるようになり、しまいには「俺は犠牲になる。皆を救う」なんてつぶやく。 それは、れんくんの昔の言葉に似ていた。
「誰かが傷つく姿をもう二度とみたくないの。俺は絶対に皆を救ってみせる……俺の"最愛"」
まさか……。
ついに、その夜が来た。夫はベッドで震えながら眠りにつき、私は隣でスマホを握っていた。れんくんからのメッセージ。
「今夜は来ない方がいいかも」――何それ?
部屋が急に冷え込んだ。窓が開いているわけじゃないのに、風が吹き込んできた。夫が飛び起きて叫んだ。
「来るな! マッドネス!」
暗闇から現れたのは、白髪の男。長い髪を垂らし、白い瞳が不規則に明滅する。黒赤のロングコートに赤い鎖、顔半分を覆う赤金の仮面。常に不安定な笑みを浮かべた、華奢な体型の男。
「ふふ、ようやく会えたね。君の夫さん」
夫は後ずさり。
「やめろ……俺をぬいぐるみにしないでくれ!」
マッドネス――狂気の剣、マッドネス=カオスフレア。精神汚染機構の司令だって? そんなの、現実じゃないはず。でも、そこにいた。
「君は邪魔者だよ。なつきの運命を狂わせないために、『俺が全て背負う』」
その言葉……れんくんの言葉だ。まさか、れんくんが? いや、れんくんは普通の人間。でも、この男の目は、れんくんの真剣な眼差しに似ていた。 マッドネスは手を掲げた。「最後の切り札――ぬいぐるみ燃やし」 夫の体が縮み始めた。まるで人形のように。布地のような肌、綿のような中身。夫は小さくなり、ぬいぐるみの姿に変わった。
「いやぁぁ!」
夫の悲鳴が、ぬいぐるみの可愛らしい声に変わる。マッドネスはそれを拾い上げ、指先から炎を灯した。赤い炎がぬいぐるみを包み、ゆっくり燃やし始めた。
「これで、なつきは自由だ。『俺の"最愛"』を、守るために」
部屋に煙が広がり、夫のぬいぐるみは灰になった。マッドネスは笑いながら消えていった。 私は震えながら立ち上がった。すべてが狂っている。でも、心のどこかで……解放された気がした。れんくんからのメッセージが届く。
「大丈夫か? 俺が守るよ」
運命の歯車は、完全に狂った。でも、私はそれを止めない。止められない。
「今だけでいいから」
彼の言葉が耳に残る。家に帰るはずの道を逸れ、私たちは街の外れの小さなホテルに入った。抵抗なんて、最初からなかった。好きだった人からの誘惑に、30歳の人妻の私はあっさり負けた。 ベッドで彼に抱かれながら、思い出した。中学の頃のれんくん。いつも周りを笑わせて、授業を邪魔して、でも誰よりも優しかった。あの頃の私は、ただの片思いで満足していたのに。今は違う。夫の顔なんて浮かばない。罪悪感? ない。面白みのない結婚生活の代償だ。 朝になると、れんくんは私の指輪を返してきた。でも、その目は本気だった。
「また会おう、なつき」
私は頷くしかなかった。運命の歯車が、確かに狂い始めた。
それから数週間、夫との生活は変わらず味気ない。朝の置き手紙、遅い帰宅、会話のない夕食。でも、心の中はれんくんでいっぱい。会社帰りにこっそり会うようになり、キス以上のことを繰り返した。
「俺、なつきのこと中学から好きだった」
れんくんはそう言って笑う。高校で疎遠になったのは、私が避けていたからだって。でも今は、取り戻すみたいに激しく求めてくる。 夫は気づかない。いや、気づいていても何も言わない。あの人は昇進のために結婚しただけ。愛なんてない。 ある夜、夫が珍しく早く帰ってきた。「今日は一緒に飯食おう」って。
テーブルで向かい合っても、話すことない。スマホをいじりながら、れんくんからのメッセージを盗み見る。
「今夜、会おう」
心臓が跳ねる。夫の視線を感じて、慌てて画面を伏せた。
そんな日々が続く中、奇妙なことが起きた。夫の様子がおかしくなったんだ。最初は小さなこと。朝の置き手紙が、いつもより乱れた字で書かれていた。
「今日も遅くなる。気をつけろ」――気をつけろ? 何に?
会社で夫の同僚に聞いたら、「最近、変な夢見てるって言ってたよ。白髪の男が現れて、ぬいぐるみを燃やすんだって」 ぞわっとした。夫はそんな話をするタイプじゃない。でも、その夜、家に帰ると夫がソファでうずくまっていた。
「なつき、助けてくれ……あいつが来る」
「あいつって誰?」
夫の目は怯えきっていた。
「マッドネス……白髪の男。俺をぬいぐるみにするって」
笑い飛ばそうとしたけど、夫の言葉が本気っぽくて怖くなった。れんくんに相談しようかと思ったけど、夫の異変はエスカレートした。夜中に叫んで起きるようになり、しまいには「俺は犠牲になる。皆を救う」なんてつぶやく。 それは、れんくんの昔の言葉に似ていた。
「誰かが傷つく姿をもう二度とみたくないの。俺は絶対に皆を救ってみせる……俺の"最愛"」
まさか……。
ついに、その夜が来た。夫はベッドで震えながら眠りにつき、私は隣でスマホを握っていた。れんくんからのメッセージ。
「今夜は来ない方がいいかも」――何それ?
部屋が急に冷え込んだ。窓が開いているわけじゃないのに、風が吹き込んできた。夫が飛び起きて叫んだ。
「来るな! マッドネス!」
暗闇から現れたのは、白髪の男。長い髪を垂らし、白い瞳が不規則に明滅する。黒赤のロングコートに赤い鎖、顔半分を覆う赤金の仮面。常に不安定な笑みを浮かべた、華奢な体型の男。
「ふふ、ようやく会えたね。君の夫さん」
夫は後ずさり。
「やめろ……俺をぬいぐるみにしないでくれ!」
マッドネス――狂気の剣、マッドネス=カオスフレア。精神汚染機構の司令だって? そんなの、現実じゃないはず。でも、そこにいた。
「君は邪魔者だよ。なつきの運命を狂わせないために、『俺が全て背負う』」
その言葉……れんくんの言葉だ。まさか、れんくんが? いや、れんくんは普通の人間。でも、この男の目は、れんくんの真剣な眼差しに似ていた。 マッドネスは手を掲げた。「最後の切り札――ぬいぐるみ燃やし」 夫の体が縮み始めた。まるで人形のように。布地のような肌、綿のような中身。夫は小さくなり、ぬいぐるみの姿に変わった。
「いやぁぁ!」
夫の悲鳴が、ぬいぐるみの可愛らしい声に変わる。マッドネスはそれを拾い上げ、指先から炎を灯した。赤い炎がぬいぐるみを包み、ゆっくり燃やし始めた。
「これで、なつきは自由だ。『俺の"最愛"』を、守るために」
部屋に煙が広がり、夫のぬいぐるみは灰になった。マッドネスは笑いながら消えていった。 私は震えながら立ち上がった。すべてが狂っている。でも、心のどこかで……解放された気がした。れんくんからのメッセージが届く。
「大丈夫か? 俺が守るよ」
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