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轢殺塔輪
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フロレアルの春は、いつもより重く、湿った空気をまとっていた。
ヴィル=シェーンハイトは、最後のコレクションのフィナーレドレスを前に立ち尽くしていた。 完璧だったはずの布地に、最後の一輪だけ足りない。 エベルが作ったはずの「最後の花」が、届かなかった。
「遅い……」
彼の声は乾いて、工房の木の床に落ちた。
エベル=フェルミエは、もう三日間、姿を消していた。 最後に彼女が残した言葉は、ただ一言。
「ごめんね。もう、花を結べないかもしれない」
その夜、都市の外縁部で異様な振動が始まった。
地響き。 鉄とコンクリートが悲鳴を上げるような、低く長い軋み。
そして現れた。
黒赤のロングコートを翻し、白髪を無造作に垂らした男。 額の赤金サイバーモノクルが、赤いコードの奔流を映し続けている。 カタストロフ=クラッシュ。 構造破壊部門の、最後の管掌。
彼の背後には、既に《クリムゾン・クラッシュタワー》が展開を終えていた。 高さ三百メートルを超える移動式破壊塔は、まるで逆さにした黒い棘の樹のように街を見下ろし、基部から赤黒い亀裂を地面に刻み始めていた。
ヴィルは、崩れゆく大通りを走った。 目指すは、花工房のあった場所。 もうそこにエベルはいないとわかっていても。
「なぜだ……なぜ今なんだ……」
工房は既に半壊していた。 屋根が落ち、壁が抉られ、花びらが血のように散乱している。
その中心に、彼女はいた。
エベルは膝を抱えて座り、両手で最後の花束を握り潰していた。 花弁が指の間から零れ、赤と白が混じって染みを作っている。
「……ヴィル」
彼女の声は、ひどく小さかった。
「私の花は、もう“想い”を結べないの。だって――私が、想いを全部、壊してしまったから」
ヴィルは一歩踏み出した瞬間、理解した。
エベルの周囲に、微かに赤いコードが漂っている。 カタストロフのモノクルと同じ色。 彼女の瞳にも、ほんのわずか、同じ虚無が宿っていた。
「君は……彼に」
「違うよ」
エベルは首を振った。
「私が、選んだの。ヴィルの完璧を、守りたかったから。でも完璧って、脆いものだって知ってしまった。だから……私が先に、壊すことにしたの」
遠くで、タワーが変形を始めた。
《轢殺塔輪》
最後の切り札。 破壊の塔が、巨大な車輪と無数の破砕履帯を持つ、終末の轢殺車へと姿を変える。
カタストロフは静かに呟いた。
「全てぶっ潰す」
アクセルが唸りを上げた。
ヴィルはエベルを抱き寄せた。 最後の花束が、二人の間で潰れて、血のような汁を滴らせた。
「なら、俺も一緒に壊れる」
エベルが、初めて泣いた。
「ごめんね……でも、ありがとう」
次の瞬間。
轢殺塔輪が、全速で突進してきた。
都市の中心を、粉々に抉りながら。
花びらと鉄片と、赤いコードが渦を巻いて舞い上がり、 フロレアルの空を、最後の祝彩のように染めた。
そして――
すべてが、静かになった。
カタストロフは、煙の中からゆっくりと歩み出た。 モノクルのレンズに映るのは、もう何も映っていない。 虚無だけ。
彼は、倒れ伏した二人を見下ろし、ただ一瞥する。
白髪が風に揺れ、黒赤のコートが翻り、最後の破壊者は、静かに背を向けた。
花も、恋も、完璧も、すべてを轢き殺した男は、もう何も語らず、崩れゆく都市の果てへと消えていった。
ヴィル=シェーンハイトは、最後のコレクションのフィナーレドレスを前に立ち尽くしていた。 完璧だったはずの布地に、最後の一輪だけ足りない。 エベルが作ったはずの「最後の花」が、届かなかった。
「遅い……」
彼の声は乾いて、工房の木の床に落ちた。
エベル=フェルミエは、もう三日間、姿を消していた。 最後に彼女が残した言葉は、ただ一言。
「ごめんね。もう、花を結べないかもしれない」
その夜、都市の外縁部で異様な振動が始まった。
地響き。 鉄とコンクリートが悲鳴を上げるような、低く長い軋み。
そして現れた。
黒赤のロングコートを翻し、白髪を無造作に垂らした男。 額の赤金サイバーモノクルが、赤いコードの奔流を映し続けている。 カタストロフ=クラッシュ。 構造破壊部門の、最後の管掌。
彼の背後には、既に《クリムゾン・クラッシュタワー》が展開を終えていた。 高さ三百メートルを超える移動式破壊塔は、まるで逆さにした黒い棘の樹のように街を見下ろし、基部から赤黒い亀裂を地面に刻み始めていた。
ヴィルは、崩れゆく大通りを走った。 目指すは、花工房のあった場所。 もうそこにエベルはいないとわかっていても。
「なぜだ……なぜ今なんだ……」
工房は既に半壊していた。 屋根が落ち、壁が抉られ、花びらが血のように散乱している。
その中心に、彼女はいた。
エベルは膝を抱えて座り、両手で最後の花束を握り潰していた。 花弁が指の間から零れ、赤と白が混じって染みを作っている。
「……ヴィル」
彼女の声は、ひどく小さかった。
「私の花は、もう“想い”を結べないの。だって――私が、想いを全部、壊してしまったから」
ヴィルは一歩踏み出した瞬間、理解した。
エベルの周囲に、微かに赤いコードが漂っている。 カタストロフのモノクルと同じ色。 彼女の瞳にも、ほんのわずか、同じ虚無が宿っていた。
「君は……彼に」
「違うよ」
エベルは首を振った。
「私が、選んだの。ヴィルの完璧を、守りたかったから。でも完璧って、脆いものだって知ってしまった。だから……私が先に、壊すことにしたの」
遠くで、タワーが変形を始めた。
《轢殺塔輪》
最後の切り札。 破壊の塔が、巨大な車輪と無数の破砕履帯を持つ、終末の轢殺車へと姿を変える。
カタストロフは静かに呟いた。
「全てぶっ潰す」
アクセルが唸りを上げた。
ヴィルはエベルを抱き寄せた。 最後の花束が、二人の間で潰れて、血のような汁を滴らせた。
「なら、俺も一緒に壊れる」
エベルが、初めて泣いた。
「ごめんね……でも、ありがとう」
次の瞬間。
轢殺塔輪が、全速で突進してきた。
都市の中心を、粉々に抉りながら。
花びらと鉄片と、赤いコードが渦を巻いて舞い上がり、 フロレアルの空を、最後の祝彩のように染めた。
そして――
すべてが、静かになった。
カタストロフは、煙の中からゆっくりと歩み出た。 モノクルのレンズに映るのは、もう何も映っていない。 虚無だけ。
彼は、倒れ伏した二人を見下ろし、ただ一瞥する。
白髪が風に揺れ、黒赤のコートが翻り、最後の破壊者は、静かに背を向けた。
花も、恋も、完璧も、すべてを轢き殺した男は、もう何も語らず、崩れゆく都市の果てへと消えていった。
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