ケプラー特集

桂圭人

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ケプラーVSアディシェス

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暗く冷たい地下施設――統制局最深部、実験区画《零度回廊》
壁面は霜に覆われ、足音一つが凍てつく空気を震わせる。ここは感情が許されぬ領域。恐怖だけが、純粋なデータとして収集される場所だ。

アディシェスは、胸に無表情の仮面を掲げた紋章を下げ、白銀の防護服に身を包んでいた。白髪は几帳面に分けられ、白色の虹彩が淡く光る。唇に浮かぶ冷ややかな笑みは、喜びでも嘲りでもない。ただ観察者であることの証に過ぎなかった。

今日の標的は、特別な「資料」

拘束台に固定された男――ケプラー。
数千年の時を生き、金血白者と呼ばれる古代種族の生き残り。白い髪、白い瞳の奥には星空が揺らぎ、肌には天球儀の文様が刻まれている。深紺と白銀の法衣は破れ、腕の《軌道環》は光を失いかけていた。封印を解かれたばかりだというのに、その身から放たれる神聖な威圧は衰えていない。

「実に興味深い資料だ」

アディシェスが静かに呟く。氷のように澄んだ声。

「君は感情という不純物を極限まで排除した理性の結晶……僕が目指す境地に、限りなく近い」

ケプラーはゆっくりと顔を上げた。瞳の奥で星々が静かに回転する。

「愚かな人間よ。君の理性など、宇宙の法則の前では塵に等しい。秩序とは、哀しみすら計算することだ。君には理解できぬ」

アディシェスは解体メスを手に取り、ケプラーの腕へ近づけた。刃先が触れる寸前、《リサージュ・カッター》が起動する。精神共鳴拷問具が淡く発光し、意識への侵入を試みた。
その瞬間、ケプラーの瞳が鋭く輝く。

《軌道の強制》

低く静かな声とともに、空間が歪んだ。
アディシェスの手は不可視の力に弾かれ、軌道を外れる。メスは空を切り、共鳴は途切れた。

「無駄だ」

ケプラーが告げる。

「僕の運命は、すでに星図に刻まれている。君ごときが改変できるものではない」

アディシェスの眉が、ほんのわずかに動いた。それが彼にとって最大の感情表現だった。

「興味深い……君は恐怖を感じていないのか?」

能力が発動する。《恐怖吸引》
空気が重く沈み、温度が急激に下がる。だが、ケプラーの表情は一切変わらない。星の法則を信奉する彼にとって、恐怖という不確定要素は存在しなかった。

「恐怖? それは人間のノイズに過ぎぬ。僕は宇宙の完璧な運行を知っている。偶然も自由も、すべては軌道の上にある」

アディシェスは初めて、明確な違和感を覚えた。
恐怖を吸収できない。能力が強化されない。代わりに、自身の内部で何かが軋む音がした。感情を排除し続けた精神構造が、初めて触れる「未知」によって、ひび割れ始めている。

「……ならば、解析しよう」

距離を取らず、むしろ近づく。
冷たい手がケプラーの頬に触れ、体温を拒む指先が星図の文様をなぞる。

「君の秩序は、感情を計算の外に置いた幻想だ。宇宙は完璧かもしれない。だが人間は違う。僕はその不純物をこそ、支配する」

ケプラーの瞳に、初めて微かな揺らぎが走った。

「君は……崩壊しているぞ、銀の仮面よ。感情を排除すればするほど、君自身がノイズになる」

アディシェスは笑った。冷ややかで、淡い笑み。

「それもまた、価値あるデータだ」

理性の化身たちは、互いを「資料」として見据え、静かに睨み合う。零度回廊の空気はさらに冷え、霜が壁を覆い尽くしていく。

この対峙は、まだ始まったばかりだった。
恐怖による秩序と、星の法則による秩序――どちらが先に、ひび割れるのか。

それは、誰にも予測できなかった。
翌日、ケプラーは殺処分されました。めでたしめでたし。


「うざい」――アディシェス
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