ケプラー特集

桂圭人

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ケプラー VS デウス・エクス・マキナ

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廃墟となった星理王国の天文台。
最上階のドームは半壊し、夜空がそのまま室内へと流れ込んでいる。雲ひとつない天蓋に、無数の星々が冷たく瞬いていた。
その中心に、巨大な魔導具――永遠の天球儀が浮かんでいる。
金色の光が脈打ち、世界の運命を書き換えようとするかのように、静かに回転していた。
ケプラーは、その前に立っていた。
白い髪は星光を受けて淡く輝き、露出した肌に刻まれた星図が、ゆっくりと回転を続けている。彼の瞳の奥では、星空そのものが映り込み、地上のあらゆる存在の軌道を、確実に固定し始めていた。

「もうすぐだ」

低く、静かな声が響く。

「偶然は消え、自由は消え、感情の揺らぎも消える。すべては完璧な楕円を描き、永遠に回り続ける」

そこに感情はない。ただ宇宙の法則を告げる、神託のような声音だった。
そのとき、空気が歪んだ。
床から墨を流し込んだような黒い霧が湧き上がり、やがて一人の人影を形作る。
黒い外套を纏った男――デウス・エクス・マキナ。
墨鋼の筆を手に、彼は楽しげな目でケプラーを見据えた。

「おい、ケプラー。ずいぶんでかい玩具を回そうとしてるな」

低く、どこか愉快そうな声。終わりを前にした者特有の高揚が、そこにはあった。

ケプラーはゆっくりと振り返る。白い瞳が、デウスを正確に捉える。

「終わらせ屋か。契約もないのに、何の用だ」

「契約? いや、今回は違う」

デウスは肩をすくめ、天球儀へと歩み寄る。一歩踏み出すごとに、床には薄い墨の跡が残った。

「世界が“終わらない”って噂を聞いてな。ちょっと気になっただけだ。…永遠の秩序、か。悪くねぇ響きだぜ。だがよ――本当にそれでいいのか?」

ケプラーの表情は変わらない。

「宇宙は完璧な法則で動く。人間の“不確定性”はノイズに過ぎない。それを排除すれば、悲しみも、喜びも、すべてが計算された軌道に収まる。永遠に乱れぬ世界が生まれる」

デウスは小さく笑った。

「永遠、ねぇ……。悪いな、それじゃ物語が終わらねぇんだよ」

彼は筆を軽く振る。
虚空に描かれた「終」の一文字が、墨の光を帯びて浮かび上がり、ゆっくりと天球儀へ近づいていく。

「物語は、終わるから美しい。始まりは誰にでもできる。だが、終わらせるのは――俺の仕事だ」

ケプラーの腕に浮かぶ軌道環が輝きを増し、天球儀の回転が加速する。

「終わりとは崩壊だ。秩序の敵だ。僕はそれを拒む」(…終わる? 終わるんだよな? 僕が求めてたのは、これで合ってるか? 何故、秩序の敵なのだ? もしやこれは…僕の心を見据えて来てるのでは?)

「違うな」

デウスは静かに首を振った。

「終わりは救いだ。“終わらせてほしい”って願いがあるから、意味が生まれる。お前が作ろうとしてる世界には、誰も“もういい”って言えねぇ。誰も諦められない。それって、残酷じゃねぇか?」

その瞬間、星空がわずかに揺れた。
金色の光が墨の文字に触れ、かすかに歪む。

ケプラーの声に、初めてひびが走る。

「……秩序とは、哀しみをも計算することだ。永遠の中で、すべては受け入れられる」

デウスは天球儀のすぐ傍に立ち、筆を構えた。

「だったら、俺が計算してやるよ。お前の物語の“重さ”をな」

虚空に魂秤が現れる。
片方の皿に乗せられたのは、ケプラーの魂――数千年分の知識と孤独、完璧を求め続けた冷たい理性。
もう片方に、デウスは筆で一文字を書き加えた。

「終」

天秤は、ゆっくりと、しかし確実に傾く。
ケプラーの瞳に映る星空が、初めて乱れた。

「……君は、僕を終わらせる気か?」(……やはり、僕の心を見据えて来たのかもしれない)

「ああ」

デウスは穏やかに微笑む。

「お前の願いは“永遠”だろ? なら、その願いを終わらせてやる。それが、お前の物語の最高の結末だ」

墨の文字が天球儀に触れ、金の光は静かに溶けていく。
回転が止まる。
夜空は薄れ、朝焼けがドームを満たした。
ケプラーは膝をつく。白かった髪は、ゆっくりと灰色へと変わっていく。

「……そうか。終わりは、始まりよりも良い、か」(あ……僕の求めてた物だ……なんで分かったんだ?……)

その呟きは、驚くほど穏やかだった。

デウスは筆を収め、背を向ける。
床に残った墨の跡は、潮が引くように消えていった。

「いい物語だったぜ、ケプラー」

次の瞬間、彼の姿は霧となり、跡形もなく消える。
天文台に残ったのは、朝の光だけだった。
永遠の天球儀は、もう回らない。
物語は、終わった。
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