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ケプラーVS 葦火守(あしかもり)
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夜空は完璧だった。雲一つなく、無数の星々が冷たく輝き、千年を単位にしても変わらぬ軌道を描いている。
廃墟と化した古い天文台。崩れ落ちたドームの裂け目から星光が降り注ぎ、その中心に二つの影が向かい合っていた。
一人は、深紺の法衣を纏う長身の男――ケプラー。白髪は星明かりを弾き、肌に刻まれた金の星図が微かに脈動している。彼の瞳の奥には、実際の夜空よりも整然とした宇宙が広がっていた。
もう一人は、白い軍服に胸甲を備えた戦士――葦火守(あしかもり)。短い白髪の下、紅炎と白光が交錯する瞳が、静かにケプラーを射抜く。拳と翼、そして炎環の紋章が星明かりに浮かび上がっていた。
「ようやく会えたな。星の法則を統べる者よ」
低く、内に熱を秘めた声。
ケプラーは一切の動揺を見せず、静かに応じる。
「終極戦将、葦火守。君の軌道はすでに計算済みだ。ここに立つことも、僕と対峙することも、すべて星の運行に従った必然」
彼が右手を掲げると、腕に浮かぶ軌道環が回転を始め、空気が歪んだ。星光が糸のように集まり、葦火守の周囲に淡い楕円の軌跡を描く。
「楕円の呪縛。君の行動はこの軌道から逸脱できない。抗えば抗うほど、定められた未来へ引き戻される」
葦火守は拳を握りしめる。胸の奥で、二つの声が重なり合った。
――壊せ。すべてを粉々にしろ。
――護れ。この世界を、人の熱を、自由を。
「必然、だと?」
一歩踏み出す。石畳が砕け、紅白の炎が噴き上がった。
「君の言う秩序は、人の涙も笑いも、全部星の冷たい計算に変えることか」
「そうだ。物分りが良いな」
ケプラーの声は淡々としている。
「感情は宇宙のノイズにすぎない。それを排除すれば、世界は永遠に乱れない。十二宮体制は不完全な妥協だ。僕はそれを終わらせ、真の永遠の天球儀を起動する」
葦火守の瞳が燃え上がる。紅炎が強まり、白光がそれを抑え込む。
「護るために壊す。それでいい」
彼は直線的に踏み込んだ。楕円軌道を無視する突進。空気が裂け、衝撃波が廃墟を吹き飛ばす。
「無駄だ。軌道の――」
ケプラーの言葉を遮るように、拳が胸甲を打ち抜いた。轟音。星図が乱れ、ケプラーの身体が弾き飛ばされる。だが次の瞬間、煙のように歪み、元の位置へ戻った。
「攻撃も予測済みだ。最も秩序的な結果――君の敗北が選ばれている」
葦火守は息を吐く。拳から白煙が立ち上る。
「計算、か。なら、これはどうだ」
両手を広げる。崩れた石、歪んだ鉄、かつてこの場所に残された想いが、紅白の炎となって集約される。混沌制御。廃墟そのものを力へ変える。
「僕の拳には、計算できないものがある。人の熱だ。愛だ。憎しみだ。偶然だ」
ケプラーの瞳の星空が、初めて揺らいだ。
「不確定性……ノイズ……」
「それが人間だ」
葦火守は静かに笑う。
「真理は拳に宿る。情熱なき力に、意味はない」
二人は同時に動いた。
運命の天球儀が放たれ、葦火守の生涯を星図として固定しようとする。対する拳は紅白の炎を纏い、正面からそれを打ち砕かんと突き出される。
衝突。
星光と炎が交錯し、天文台全体が白く染まった。
星々は、いつも通り完璧な軌道を描きながら、その光景を見守っていた。
白い閃光が収まると、天文台は跡形もなく消え去っていた。
大地には巨大なクレーター。その底に、二つの影が立っている。
ケプラーは片膝をついていた。法衣は裂け、金の星図は欠け落ちている。白い瞳の奥で、星空が乱れていた――初めての、計算外の揺らぎ。
葦火守は両腕を下げ、肩で息をしている。拳から立ち昇る紅白の炎。胸甲の紋章が激しく脈動し、紅い瞳を白光が必死に抑え込んでいた。
「……不可能だ」
ケプラーの声がかすれる。
「天球儀は、君の生涯を完全に星図化していた。すべての分岐、すべての可能性を網羅し、最も秩序的な結末――僕の勝利を選んだはずだ」
葦火守は顔を上げる。唇に血が滲む。それでも、笑った。
「計算に、抜けがある」
一歩、また一歩。足音がクレーターに反響する。
「人の熱は、星じゃ測れない。ノイズと呼んだそれが、軌道をねじ曲げる」
ケプラーは立ち上がり、軌道環を加速させる。空間が歪み、頭上に巨大な天球の幻影が現れた。永遠の天球儀――世界の運命を固定する究極の魔導具。
「ならば、強制するまでだ」
無数の楕円光が葦火守を包み、動きを縛る。肌が裂け、血が散る。それでも止まらない。
「軌道の強制、発動」
足が勝手に後退する。時間が巻き戻るように、位置が引き戻されていく。
だが――
葦火守は拳を握りしめた。
胸の奥で、二つの声が一つになる。
――壊すために護る。それでいい。
紅白の炎が爆発的に膨張した。混沌制御の極限。星光すら吸収し、情熱へと変える。
「激情共鳴」
その瞬間、遠くにいる仲間たちの想いが集まった。白の軍団、共に戦った者たちの感情が炎となり、背に翼を生やす。
ケプラーの瞳が見開かれる。
「不確定性の……連鎖……!」
葦火守は、強制された軌道を踏み越えた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、拳がケプラーの胸に深く突き刺さる。
衝撃が天球儀を貫き、幻影はひび割れ、崩壊する。金の血が零れ落ちた。
「僕の……永遠なる……秩序は……何だ……」
掠れた声。
「だが、その秩序は冷たすぎた」
葦火守は拳を引き、静かに言う。
「人の熱を捨てた世界に、意味はない」
ケプラーは膝をつき、やがて星屑となって散った。金の光は夜空へ昇り、星々に溶け込んでいく。
葦火守は空を見上げる。星は変わらず輝いている。だが、その光には、わずかな温もりがあった。
「護るために壊した。それでいい」
背を向けて歩き出す。炎は静まり、白い軍服が夜風に揺れた。
静寂が戻る夜空。
ただ一つ、かつてケプラーが立っていた場所に、小さな金の軌道環が残されていた。
ゆっくりと回転を止め、地に落ち、音もなく砕け散った。
廃墟と化した古い天文台。崩れ落ちたドームの裂け目から星光が降り注ぎ、その中心に二つの影が向かい合っていた。
一人は、深紺の法衣を纏う長身の男――ケプラー。白髪は星明かりを弾き、肌に刻まれた金の星図が微かに脈動している。彼の瞳の奥には、実際の夜空よりも整然とした宇宙が広がっていた。
もう一人は、白い軍服に胸甲を備えた戦士――葦火守(あしかもり)。短い白髪の下、紅炎と白光が交錯する瞳が、静かにケプラーを射抜く。拳と翼、そして炎環の紋章が星明かりに浮かび上がっていた。
「ようやく会えたな。星の法則を統べる者よ」
低く、内に熱を秘めた声。
ケプラーは一切の動揺を見せず、静かに応じる。
「終極戦将、葦火守。君の軌道はすでに計算済みだ。ここに立つことも、僕と対峙することも、すべて星の運行に従った必然」
彼が右手を掲げると、腕に浮かぶ軌道環が回転を始め、空気が歪んだ。星光が糸のように集まり、葦火守の周囲に淡い楕円の軌跡を描く。
「楕円の呪縛。君の行動はこの軌道から逸脱できない。抗えば抗うほど、定められた未来へ引き戻される」
葦火守は拳を握りしめる。胸の奥で、二つの声が重なり合った。
――壊せ。すべてを粉々にしろ。
――護れ。この世界を、人の熱を、自由を。
「必然、だと?」
一歩踏み出す。石畳が砕け、紅白の炎が噴き上がった。
「君の言う秩序は、人の涙も笑いも、全部星の冷たい計算に変えることか」
「そうだ。物分りが良いな」
ケプラーの声は淡々としている。
「感情は宇宙のノイズにすぎない。それを排除すれば、世界は永遠に乱れない。十二宮体制は不完全な妥協だ。僕はそれを終わらせ、真の永遠の天球儀を起動する」
葦火守の瞳が燃え上がる。紅炎が強まり、白光がそれを抑え込む。
「護るために壊す。それでいい」
彼は直線的に踏み込んだ。楕円軌道を無視する突進。空気が裂け、衝撃波が廃墟を吹き飛ばす。
「無駄だ。軌道の――」
ケプラーの言葉を遮るように、拳が胸甲を打ち抜いた。轟音。星図が乱れ、ケプラーの身体が弾き飛ばされる。だが次の瞬間、煙のように歪み、元の位置へ戻った。
「攻撃も予測済みだ。最も秩序的な結果――君の敗北が選ばれている」
葦火守は息を吐く。拳から白煙が立ち上る。
「計算、か。なら、これはどうだ」
両手を広げる。崩れた石、歪んだ鉄、かつてこの場所に残された想いが、紅白の炎となって集約される。混沌制御。廃墟そのものを力へ変える。
「僕の拳には、計算できないものがある。人の熱だ。愛だ。憎しみだ。偶然だ」
ケプラーの瞳の星空が、初めて揺らいだ。
「不確定性……ノイズ……」
「それが人間だ」
葦火守は静かに笑う。
「真理は拳に宿る。情熱なき力に、意味はない」
二人は同時に動いた。
運命の天球儀が放たれ、葦火守の生涯を星図として固定しようとする。対する拳は紅白の炎を纏い、正面からそれを打ち砕かんと突き出される。
衝突。
星光と炎が交錯し、天文台全体が白く染まった。
星々は、いつも通り完璧な軌道を描きながら、その光景を見守っていた。
白い閃光が収まると、天文台は跡形もなく消え去っていた。
大地には巨大なクレーター。その底に、二つの影が立っている。
ケプラーは片膝をついていた。法衣は裂け、金の星図は欠け落ちている。白い瞳の奥で、星空が乱れていた――初めての、計算外の揺らぎ。
葦火守は両腕を下げ、肩で息をしている。拳から立ち昇る紅白の炎。胸甲の紋章が激しく脈動し、紅い瞳を白光が必死に抑え込んでいた。
「……不可能だ」
ケプラーの声がかすれる。
「天球儀は、君の生涯を完全に星図化していた。すべての分岐、すべての可能性を網羅し、最も秩序的な結末――僕の勝利を選んだはずだ」
葦火守は顔を上げる。唇に血が滲む。それでも、笑った。
「計算に、抜けがある」
一歩、また一歩。足音がクレーターに反響する。
「人の熱は、星じゃ測れない。ノイズと呼んだそれが、軌道をねじ曲げる」
ケプラーは立ち上がり、軌道環を加速させる。空間が歪み、頭上に巨大な天球の幻影が現れた。永遠の天球儀――世界の運命を固定する究極の魔導具。
「ならば、強制するまでだ」
無数の楕円光が葦火守を包み、動きを縛る。肌が裂け、血が散る。それでも止まらない。
「軌道の強制、発動」
足が勝手に後退する。時間が巻き戻るように、位置が引き戻されていく。
だが――
葦火守は拳を握りしめた。
胸の奥で、二つの声が一つになる。
――壊すために護る。それでいい。
紅白の炎が爆発的に膨張した。混沌制御の極限。星光すら吸収し、情熱へと変える。
「激情共鳴」
その瞬間、遠くにいる仲間たちの想いが集まった。白の軍団、共に戦った者たちの感情が炎となり、背に翼を生やす。
ケプラーの瞳が見開かれる。
「不確定性の……連鎖……!」
葦火守は、強制された軌道を踏み越えた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、拳がケプラーの胸に深く突き刺さる。
衝撃が天球儀を貫き、幻影はひび割れ、崩壊する。金の血が零れ落ちた。
「僕の……永遠なる……秩序は……何だ……」
掠れた声。
「だが、その秩序は冷たすぎた」
葦火守は拳を引き、静かに言う。
「人の熱を捨てた世界に、意味はない」
ケプラーは膝をつき、やがて星屑となって散った。金の光は夜空へ昇り、星々に溶け込んでいく。
葦火守は空を見上げる。星は変わらず輝いている。だが、その光には、わずかな温もりがあった。
「護るために壊した。それでいい」
背を向けて歩き出す。炎は静まり、白い軍服が夜風に揺れた。
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