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ケプラーVSハルマヘラ
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ハルマヘラは、廃墟と化した星理王国の遺跡、その最奥でそれを初めて目にした。
崩れ落ちた天文台のドーム。その裂け目から、夜空が降り注ぐように広がっている。埃に埋もれた巨大な天球儀が、かすかな星光をまといながら、静かに回転していた。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
白い髪、白い瞳。瞳の奥では、無数の星々が微かに瞬いている。肌に刻まれた金の星図は、呼吸するかのように淡く脈動し、深紺の法衣をまとう長身の姿は、まるでこの廃墟そのものが彼を守るために残されたかのようだった。
「ここは、立ち入り禁止の領域だ」
静かな声が、ドーム全体に行き渡る。感情の揺れはない。ただ、疑いようのない事実を告げる、神聖な威圧感だけがそこにあった。
だが、ハルマヘラは怯まなかった。恐怖よりも、好奇心のほうが、ずっと強かった。
「あなたが……ケプラー?」
少年の声は、この場所には不釣り合いなほど明るい。
男――ケプラー、天球の支配者は、ゆっくりと振り向いた。白い瞳がハルマヘラを捉える。その視線は、少年の過去と未来を同時に見透かしているかのようだった。
「名を知っているとは、珍しい。この王国が滅びてから、すでに数百年は経つ」
「本で読んだんだ。星の法則を統べる者。宇宙の完璧な秩序を地上に持ち込もうとした賢者。でも……封印されたって」
ハルマヘラは一歩、また一歩と近づく。恐れはない。ただ、知りたいという衝動だけが彼を突き動かしていた。
ケプラーの眉が、わずかに動いた。それは、数千年ぶりに触れた「驚き」に、最も近い反応だった。
「封印は、すでに解けている。君のような“不確定性”が、この場所に足を踏み入れた時点でな」
少年は天球儀のそばに立ち、手を伸ばした。冷たい金属に触れた瞬間、星図が反応し、光が走る。
「すごい……本当に動いてる。これが、永遠の天球儀?」
「すべての人間の運命を、星の軌道として記録する装置だ。偶然も、自由も、感情も排除し、完璧な法則に従う世界を築くためのもの」
淡々とした声。しかし、その確信は揺るぎなく、少年の胸を静かに震わせた。
「でもさ」
ハルマヘラは顔を上げる。
「それって、つまらなくない?」
ドームの空気が、凍りついたかのように静まり返った。
「……つまらない、だと?」
「うん。決まった道しか歩けなくて、驚きもなくて、悲しいことも嬉しいことも、全部計算通りならさ。生きてる意味って、何?」
無垢で、残酷な問いだった。
ケプラーは手を上げた。腕に浮かぶ軌道環が、金色に輝き始める。
「ならば、示してやろう」
星光が集束し、ハルマヘラの周囲に無数の光の軌跡が浮かび上がる。それは、少年の未来――無数に分岐する可能性の線だった。
「最も秩序的な未来を選べば、君は偉大な学者となり、平穏に生涯を終える。だが、不確定性を許せば……事故、病、裏切り、喪失が待っている」
光の軌跡は楕円を描き、静かに回転し始めた。完璧で、美しく、逃げ場のない軌道。
「これが、君の運命だ。抗おうとも、必ずここへ戻る。楕円の呪縛――僕の法則は、絶対だ」
ハルマヘラは、その光景をじっと見つめていた。確かに、美しい。完璧で、永遠だ。
だが――
少年は、ふっと笑った。
「でもさ、ケプラー」
光の楕円の内側で、ハルマヘラは手を伸ばした。天球儀ではなく、ケプラーの法衣の裾へと。
「あなた自身は、どうなの?」
ケプラーの動きが、止まる。
「何千年も生きて、全部わかってて……それでも、寂しくないの?」
白い瞳の奥で、星々がわずかに揺らいだ。
「分かってるよ。何千年も生き、分かってるからこそ、寂しくないんだよ。多少の寂しさも微塵もないね」(もし、孤独感や過疎感が入って来ても大無駄。羨ましがってくんないかな?)
答えは冷静だった。だが、その声には、確かに微かなひびがあった。
ハルマヘラは微笑む。
「じゃあさ。俺の未来に、ひとつだけ不確定性を残してよ」
「……何を望む」
「あなたと、また話せる未来」
少年は、楕円の軌道を越えた。光が乱れ、星図が歪む。だが、ケプラーは強制を発動しなかった。ただ、黙って見つめていた。
永遠の天球儀が、初めて計算外の軌跡を描き始める。
「不確定性を、残せと?」
「うん。じゃないと、また来ちゃうから」
少年の瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「……興味深い」
ケプラーは、初めて名を呼んだ。
「ハルマヘラ。君は、僕の法則にとって最大の異常値だ」
「異常値って、悪いこと?」
「排除すべきものだ」
「でも、排除しなかった」
沈黙。
天球儀が再び回転する。そこには、ひとつの小さな光点――予測不能な存在が、確かに加わっていた。
「観察を続けよう」
ケプラーは告げる。
「君が、どこまで秩序を乱すかを」
「じゃあ、また来るね。次はお菓子持ってくる」
「無意味だ」
「でも、楽しいでしょ」
少年は笑い、出口へと駆けていく。夕暮れの空を見上げ、振り返った。
「次に来るとき、俺の未来、もう少し自由にしておいてね!」
返事はなかった。
だが、天文台の奥で、天球儀は初めて「待つ」という概念を記録していた。
完璧な楕円から、わずかに外れた軌道。
ケプラーは静かに目を閉じる。
「秩序とは、哀しみをも計算することだ……」
――そして、誰にも聞かせたことのない言葉を、続けた。
「……だが、好奇心は、どう計算すればよい?」
廃墟を渡る風が、星の光を運んでいく。
少年と天球の支配者の物語は、まだ始まったばかりだった。
不確定性の軌跡は、永遠の秩序に、静かに、しかし確実に、波紋を広げていく。
翌日、ケプラーは処刑されました。
「年齢だけ老いてる。てか、見た目若くしてりゃあ、読者も寄るじゃんか。そこは片目を閉じなね」――レオニード
「フランドール・スカーレットみたい」――獅堂
「見た目が老わない設定、良いよな」――ヴァロ
「寂しくないとか、かっこつけておきながらも、秩序を乱すのを待ってるとかほざいてんだから、結局は寂しいんだよ」ーー三笠
崩れ落ちた天文台のドーム。その裂け目から、夜空が降り注ぐように広がっている。埃に埋もれた巨大な天球儀が、かすかな星光をまといながら、静かに回転していた。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
白い髪、白い瞳。瞳の奥では、無数の星々が微かに瞬いている。肌に刻まれた金の星図は、呼吸するかのように淡く脈動し、深紺の法衣をまとう長身の姿は、まるでこの廃墟そのものが彼を守るために残されたかのようだった。
「ここは、立ち入り禁止の領域だ」
静かな声が、ドーム全体に行き渡る。感情の揺れはない。ただ、疑いようのない事実を告げる、神聖な威圧感だけがそこにあった。
だが、ハルマヘラは怯まなかった。恐怖よりも、好奇心のほうが、ずっと強かった。
「あなたが……ケプラー?」
少年の声は、この場所には不釣り合いなほど明るい。
男――ケプラー、天球の支配者は、ゆっくりと振り向いた。白い瞳がハルマヘラを捉える。その視線は、少年の過去と未来を同時に見透かしているかのようだった。
「名を知っているとは、珍しい。この王国が滅びてから、すでに数百年は経つ」
「本で読んだんだ。星の法則を統べる者。宇宙の完璧な秩序を地上に持ち込もうとした賢者。でも……封印されたって」
ハルマヘラは一歩、また一歩と近づく。恐れはない。ただ、知りたいという衝動だけが彼を突き動かしていた。
ケプラーの眉が、わずかに動いた。それは、数千年ぶりに触れた「驚き」に、最も近い反応だった。
「封印は、すでに解けている。君のような“不確定性”が、この場所に足を踏み入れた時点でな」
少年は天球儀のそばに立ち、手を伸ばした。冷たい金属に触れた瞬間、星図が反応し、光が走る。
「すごい……本当に動いてる。これが、永遠の天球儀?」
「すべての人間の運命を、星の軌道として記録する装置だ。偶然も、自由も、感情も排除し、完璧な法則に従う世界を築くためのもの」
淡々とした声。しかし、その確信は揺るぎなく、少年の胸を静かに震わせた。
「でもさ」
ハルマヘラは顔を上げる。
「それって、つまらなくない?」
ドームの空気が、凍りついたかのように静まり返った。
「……つまらない、だと?」
「うん。決まった道しか歩けなくて、驚きもなくて、悲しいことも嬉しいことも、全部計算通りならさ。生きてる意味って、何?」
無垢で、残酷な問いだった。
ケプラーは手を上げた。腕に浮かぶ軌道環が、金色に輝き始める。
「ならば、示してやろう」
星光が集束し、ハルマヘラの周囲に無数の光の軌跡が浮かび上がる。それは、少年の未来――無数に分岐する可能性の線だった。
「最も秩序的な未来を選べば、君は偉大な学者となり、平穏に生涯を終える。だが、不確定性を許せば……事故、病、裏切り、喪失が待っている」
光の軌跡は楕円を描き、静かに回転し始めた。完璧で、美しく、逃げ場のない軌道。
「これが、君の運命だ。抗おうとも、必ずここへ戻る。楕円の呪縛――僕の法則は、絶対だ」
ハルマヘラは、その光景をじっと見つめていた。確かに、美しい。完璧で、永遠だ。
だが――
少年は、ふっと笑った。
「でもさ、ケプラー」
光の楕円の内側で、ハルマヘラは手を伸ばした。天球儀ではなく、ケプラーの法衣の裾へと。
「あなた自身は、どうなの?」
ケプラーの動きが、止まる。
「何千年も生きて、全部わかってて……それでも、寂しくないの?」
白い瞳の奥で、星々がわずかに揺らいだ。
「分かってるよ。何千年も生き、分かってるからこそ、寂しくないんだよ。多少の寂しさも微塵もないね」(もし、孤独感や過疎感が入って来ても大無駄。羨ましがってくんないかな?)
答えは冷静だった。だが、その声には、確かに微かなひびがあった。
ハルマヘラは微笑む。
「じゃあさ。俺の未来に、ひとつだけ不確定性を残してよ」
「……何を望む」
「あなたと、また話せる未来」
少年は、楕円の軌道を越えた。光が乱れ、星図が歪む。だが、ケプラーは強制を発動しなかった。ただ、黙って見つめていた。
永遠の天球儀が、初めて計算外の軌跡を描き始める。
「不確定性を、残せと?」
「うん。じゃないと、また来ちゃうから」
少年の瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「……興味深い」
ケプラーは、初めて名を呼んだ。
「ハルマヘラ。君は、僕の法則にとって最大の異常値だ」
「異常値って、悪いこと?」
「排除すべきものだ」
「でも、排除しなかった」
沈黙。
天球儀が再び回転する。そこには、ひとつの小さな光点――予測不能な存在が、確かに加わっていた。
「観察を続けよう」
ケプラーは告げる。
「君が、どこまで秩序を乱すかを」
「じゃあ、また来るね。次はお菓子持ってくる」
「無意味だ」
「でも、楽しいでしょ」
少年は笑い、出口へと駆けていく。夕暮れの空を見上げ、振り返った。
「次に来るとき、俺の未来、もう少し自由にしておいてね!」
返事はなかった。
だが、天文台の奥で、天球儀は初めて「待つ」という概念を記録していた。
完璧な楕円から、わずかに外れた軌道。
ケプラーは静かに目を閉じる。
「秩序とは、哀しみをも計算することだ……」
――そして、誰にも聞かせたことのない言葉を、続けた。
「……だが、好奇心は、どう計算すればよい?」
廃墟を渡る風が、星の光を運んでいく。
少年と天球の支配者の物語は、まだ始まったばかりだった。
不確定性の軌跡は、永遠の秩序に、静かに、しかし確実に、波紋を広げていく。
翌日、ケプラーは処刑されました。
「年齢だけ老いてる。てか、見た目若くしてりゃあ、読者も寄るじゃんか。そこは片目を閉じなね」――レオニード
「フランドール・スカーレットみたい」――獅堂
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