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ケプラーVS三笠
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廃墟と化した古い天文台のドーム下。
星図が刻まれた石床は冷たく淡く光り、砕けた屋根の向こうでは、雲ひとつない夜空に無数の星が完璧な軌道を描いていた。
中央の祭壇に、ケプラーは立っていた。
両腕を広げ、深紺と白銀の法衣を星光にさらす。その身に浮かぶ金色の天球儀文様が脈打つたび、空気そのものが規則正しく震えた。白色の瞳の奥には、実際の星空が精密に映り込んでいる。
「これで完成だ」
低く静かな声。そこに感情の揺らぎはない。
「永遠の天球儀が起動すれば、人間の行動はすべて星の法則に固定される。偶然も、自由も、感情の揺れも不要だ。――完全な秩序だけが残る」
そのとき、ドームに重い足音が響いた。
振り返ると、三笠がゆっくりと歩み寄ってくる。
白いおさげ髪が肩にかかり、灰色のワイドジーンズと大きめのスカジャンが夜風に揺れていた。二の腕から手首にかけて刻まれた金の模様が、微かに光を帯びている。
彼は無言でケプラーの前に立ち、同じ白色の瞳で静かに見据えた。
ケプラーが初めて視線を向ける。
「……君か。三笠。星図に記された名だ。君の軌道も、すでに定められている」
三笠は小さく息を吐いた。
穏やかだが、芯の通った声で言う。
「僕の軌道は、僕が決める。君の星図に縛られる気はない」
ケプラーの表情は変わらない。ただ、腕に浮かぶ軌道環の回転が加速した。
「無意味だ。自由意志など宇宙のノイズに過ぎない。君の巨腕も、仲間を守ろうとする執念も――すべて計算済みだ」
彼が告げる。
「軌道の強制」
空間が歪み、無数の光の糸が生まれた。星の法則そのものが三笠を絡め取り、“定められた未来”へと引き戻そうとする。
三笠は、動かなかった。
次の瞬間、彼の両腕が膨張する。
鋼のように硬く、巨大な巨腕へと変形し、金の模様が激しく輝いた。光の糸は、触れた瞬間に引きちぎられる。
「計算済みか」
三笠が一歩踏み出す。
石床が砕け、衝撃波がドーム全体を揺らした。
「なら、これも入ってるはずだ」
ケプラーの瞳に、わずかな星の乱れが走る。
「興味深い。不確定性の塊か。だが、それも秩序の一部になる」
「違う」
三笠は距離を詰めながら、静かに言った。
「僕は仲間を守るために来た。君がどんな法則を振りかざそうと、あの子らを傷つけるなら――僕はそれを壊す。それだけだ」
ケプラーが両手を掲げる。
頭上に巨大な天球儀の幻影が現れ、星々の運行が加速した。
「楕円の呪縛」
空間が歪み、三笠の周囲に無数の軌跡が描かれる。どんな力でも逃れられない、閉じた楕円軌道。
一瞬、三笠の動きが止まった。
だが彼は、静かに息を吸い、巨腕を振り上げる。
「悪いな。君の法則、僕には通じない」
轟音。
振り下ろされた拳が、軌道そのものを砕いた。
楕円は粉々に崩れ、天球儀の幻影が大きく揺れる。ケプラーの法衣が初めて乱れた。
「……なぜだ。なぜ軌道から外れる」
その声に、初めて明確な揺らぎが宿る。
三笠は答えない。ただ拳を構える。
「僕は誰かのために戦う。それが僕の軌道だ。全部を計算して縛る君とは違う。――僕自身で選ぶ」
星光と金の文様が、二人の間で激しく交錯する。
戦いは、まだ終わらない。
だがその夜、完璧だった星空には、確かに小さな乱れが生まれていた。
秩序に初めて“不確定性”が介入した瞬間だった。
衝撃の余波がドームを揺らし、石柱がひび割れる。
ケプラーの白色の瞳に、はっきりとした歪みが映った。
「不可能だ」
静かな声に、かすかな焦りが混じる。
「君の軌道は予測済みだ。最も秩序的な結果――僕の勝利は確定している」
三笠は巨腕を下ろし、息を整えた。
金の模様が脈打ち、スカジャンが夜風に翻る。
「確定? 笑わせるな!」
穏やかな口調だが、底に執念がある。
「君は全部計算する。でもな、計算できないもんがある。仲間を思う気持ちだ。守りたいって想いが、君の法則を壊す」
ケプラーは一歩後退する。
頭上で永遠の天球儀が実体化し、巨大な金色の球体がドームを覆った。無数の星図が地上に投影され、世界を包むオービタル・ネットが収縮を始める。
「運命の天球儀、発動」
星図が輝き、三笠の人生が一瞬で展開される。幼少の記憶、仲間との出会い、戦い、喪失――すべてが星の運行として書き換えられていく。
三笠の動きが、わずかに鈍る。
「これが君の運命だ。仲間を失い、孤独に終わる軌道。秩序のため、ここで膝を折る」
幻影の中で、仲間たちが倒れていく。
だが三笠の瞳は、揺れない。
「……偽物だ」
低く呟き、巨腕を握り締める。
「僕の仲間は、そんな簡単に倒れない」
跳躍。
振り下ろされた拳が天球儀を打ち、金色の球体に亀裂が走る。星図が乱れ、ネットの糸が次々と切れていく。
ケプラーの文様が暗く揺らいだ。
「なぜだ……宇宙は完璧だ! 感情などノイズに過ぎない!」
「完璧じゃないよ」
三笠は着地し、静かに言う。
「宇宙だって乱れる。その“不確定性”が、僕たちを前に進ませる」
ケプラーは最後の力を振り絞った。
「楕円の呪縛――極限軌道!」
空間が完全に歪み、三笠を閉じ込める。巨腕が震え、金の模様が限界まで輝く。
それでも、三笠は微笑んだ。兄貴分らしい、穏やかな笑みで。
「正しいのかもしれないな。君の法則。でも……僕は信じない」
巨腕が膨張する。
内側から軌道を押し広げ、粉砕する。
爆発的な光。
天球儀は砕け散り、オービタル・ネットは崩壊した。屋根が吹き飛び、夜空に本物の星々が現れる。
ケプラーは膝をついた。
瞳の星空が薄れ、彼はただ空を見上げる。
「……秩序が……」
三笠は腕を元に戻し、拳を握らずに立つ。
「秩序も必要だ。でも、それだけじゃあ、生きられない」
背を向け、天文台を後にする。
白いおさげ髪が夜風に揺れ、遠くで仲間の声がした気がした。
星空は、再び自由に輝いていた。
翌日、ケプラーは処刑されました。
星図が刻まれた石床は冷たく淡く光り、砕けた屋根の向こうでは、雲ひとつない夜空に無数の星が完璧な軌道を描いていた。
中央の祭壇に、ケプラーは立っていた。
両腕を広げ、深紺と白銀の法衣を星光にさらす。その身に浮かぶ金色の天球儀文様が脈打つたび、空気そのものが規則正しく震えた。白色の瞳の奥には、実際の星空が精密に映り込んでいる。
「これで完成だ」
低く静かな声。そこに感情の揺らぎはない。
「永遠の天球儀が起動すれば、人間の行動はすべて星の法則に固定される。偶然も、自由も、感情の揺れも不要だ。――完全な秩序だけが残る」
そのとき、ドームに重い足音が響いた。
振り返ると、三笠がゆっくりと歩み寄ってくる。
白いおさげ髪が肩にかかり、灰色のワイドジーンズと大きめのスカジャンが夜風に揺れていた。二の腕から手首にかけて刻まれた金の模様が、微かに光を帯びている。
彼は無言でケプラーの前に立ち、同じ白色の瞳で静かに見据えた。
ケプラーが初めて視線を向ける。
「……君か。三笠。星図に記された名だ。君の軌道も、すでに定められている」
三笠は小さく息を吐いた。
穏やかだが、芯の通った声で言う。
「僕の軌道は、僕が決める。君の星図に縛られる気はない」
ケプラーの表情は変わらない。ただ、腕に浮かぶ軌道環の回転が加速した。
「無意味だ。自由意志など宇宙のノイズに過ぎない。君の巨腕も、仲間を守ろうとする執念も――すべて計算済みだ」
彼が告げる。
「軌道の強制」
空間が歪み、無数の光の糸が生まれた。星の法則そのものが三笠を絡め取り、“定められた未来”へと引き戻そうとする。
三笠は、動かなかった。
次の瞬間、彼の両腕が膨張する。
鋼のように硬く、巨大な巨腕へと変形し、金の模様が激しく輝いた。光の糸は、触れた瞬間に引きちぎられる。
「計算済みか」
三笠が一歩踏み出す。
石床が砕け、衝撃波がドーム全体を揺らした。
「なら、これも入ってるはずだ」
ケプラーの瞳に、わずかな星の乱れが走る。
「興味深い。不確定性の塊か。だが、それも秩序の一部になる」
「違う」
三笠は距離を詰めながら、静かに言った。
「僕は仲間を守るために来た。君がどんな法則を振りかざそうと、あの子らを傷つけるなら――僕はそれを壊す。それだけだ」
ケプラーが両手を掲げる。
頭上に巨大な天球儀の幻影が現れ、星々の運行が加速した。
「楕円の呪縛」
空間が歪み、三笠の周囲に無数の軌跡が描かれる。どんな力でも逃れられない、閉じた楕円軌道。
一瞬、三笠の動きが止まった。
だが彼は、静かに息を吸い、巨腕を振り上げる。
「悪いな。君の法則、僕には通じない」
轟音。
振り下ろされた拳が、軌道そのものを砕いた。
楕円は粉々に崩れ、天球儀の幻影が大きく揺れる。ケプラーの法衣が初めて乱れた。
「……なぜだ。なぜ軌道から外れる」
その声に、初めて明確な揺らぎが宿る。
三笠は答えない。ただ拳を構える。
「僕は誰かのために戦う。それが僕の軌道だ。全部を計算して縛る君とは違う。――僕自身で選ぶ」
星光と金の文様が、二人の間で激しく交錯する。
戦いは、まだ終わらない。
だがその夜、完璧だった星空には、確かに小さな乱れが生まれていた。
秩序に初めて“不確定性”が介入した瞬間だった。
衝撃の余波がドームを揺らし、石柱がひび割れる。
ケプラーの白色の瞳に、はっきりとした歪みが映った。
「不可能だ」
静かな声に、かすかな焦りが混じる。
「君の軌道は予測済みだ。最も秩序的な結果――僕の勝利は確定している」
三笠は巨腕を下ろし、息を整えた。
金の模様が脈打ち、スカジャンが夜風に翻る。
「確定? 笑わせるな!」
穏やかな口調だが、底に執念がある。
「君は全部計算する。でもな、計算できないもんがある。仲間を思う気持ちだ。守りたいって想いが、君の法則を壊す」
ケプラーは一歩後退する。
頭上で永遠の天球儀が実体化し、巨大な金色の球体がドームを覆った。無数の星図が地上に投影され、世界を包むオービタル・ネットが収縮を始める。
「運命の天球儀、発動」
星図が輝き、三笠の人生が一瞬で展開される。幼少の記憶、仲間との出会い、戦い、喪失――すべてが星の運行として書き換えられていく。
三笠の動きが、わずかに鈍る。
「これが君の運命だ。仲間を失い、孤独に終わる軌道。秩序のため、ここで膝を折る」
幻影の中で、仲間たちが倒れていく。
だが三笠の瞳は、揺れない。
「……偽物だ」
低く呟き、巨腕を握り締める。
「僕の仲間は、そんな簡単に倒れない」
跳躍。
振り下ろされた拳が天球儀を打ち、金色の球体に亀裂が走る。星図が乱れ、ネットの糸が次々と切れていく。
ケプラーの文様が暗く揺らいだ。
「なぜだ……宇宙は完璧だ! 感情などノイズに過ぎない!」
「完璧じゃないよ」
三笠は着地し、静かに言う。
「宇宙だって乱れる。その“不確定性”が、僕たちを前に進ませる」
ケプラーは最後の力を振り絞った。
「楕円の呪縛――極限軌道!」
空間が完全に歪み、三笠を閉じ込める。巨腕が震え、金の模様が限界まで輝く。
それでも、三笠は微笑んだ。兄貴分らしい、穏やかな笑みで。
「正しいのかもしれないな。君の法則。でも……僕は信じない」
巨腕が膨張する。
内側から軌道を押し広げ、粉砕する。
爆発的な光。
天球儀は砕け散り、オービタル・ネットは崩壊した。屋根が吹き飛び、夜空に本物の星々が現れる。
ケプラーは膝をついた。
瞳の星空が薄れ、彼はただ空を見上げる。
「……秩序が……」
三笠は腕を元に戻し、拳を握らずに立つ。
「秩序も必要だ。でも、それだけじゃあ、生きられない」
背を向け、天文台を後にする。
白いおさげ髪が夜風に揺れ、遠くで仲間の声がした気がした。
星空は、再び自由に輝いていた。
翌日、ケプラーは処刑されました。
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