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17.婚約成立
しおりを挟むウォルトン公爵家でのお茶会から数日後、王家からラトリッジ侯爵家に使者がやって来た。
王からの親書を確認し、ラトリッジ侯爵の名で承諾の返信を行う。
そして、指定された善き日にラトリッジ侯爵夫妻とその嫡子であるアラステアは王宮へ招かれ、契約書に署名する。
これにより、オネスト王国第三王子クリスティアンとラトリッジ侯爵家嫡子アラステアの婚約が、成立したのである。
クリスティアンとアラステアの婚約は王家から正式に発表されたが、婚約式が執り行われる予定は今のところない。
クリスティアンはラトリッジ侯爵家に婿入りする予定であるが、アルフレッドとレイフの二人に不測の事態が起きれば、王位につかなければならない。王位継承権の低い第三王子は、第一王子または第二王子が婚姻を結ぶまでは婚約式を行わないのがオネスト王家の通例である。
そして、クリスティアンがラトリッジ侯爵家に婿入りする以上、婚約式はラトリッジ侯爵家で行われることになるだろう。
もちろん、それまで二人の婚約が続いていればという話であるが。
「少しは落ち着いたかな」
「はい、緊張しすぎてしまって、契約書類に署名した記憶が曖昧になっています」
「ちゃんと署名されていたから、婚約は成立しているよ。これから、よろしくね」
「僕の方こそ、よろしくお願いします」
婚約について国王とラトリッジ侯爵が話し合いをしている間、アラステアはクリスティアンと庭園の四阿でお茶を飲んで休憩していた。
「父上と、ラトリッジ侯爵閣下の話はおそらく趣味の生物学のことだよ。もともとラトリッジ侯爵閣下は父上に生物学の面白さを教えた指南役のようなものらしいからね」
王家との婚約で、何やら難しい決まりごとの相談でもしているのではないかと心配しているアラステアに、クリスティアンは、そう教えてくれた。
ただし、これからアラステアは王家のことを少しばかり学習しなければならないし、クリスティアンはラトリッジ侯爵領の領地経営について学ばなければならない。王宮とラトリッジ侯爵家を二人で行き来して、過ごす日が多くなるだろう。そのような相談も話の二割ぐらいはしているのだろうと、クリスティアンは予測して笑った。
もしも、婚約が白紙になれば無駄な時間を過ごすことになるのではないかとアラステアは心配したが、クリスティアンからは「知らぬ物事を学ぶことに、無駄などないよ」といかにも優秀なアルファらしい答えしか返ってこなかった。
お互いの手が届く位置に置かれた椅子に座り、濃厚な茶葉で淹れたミルクティーを供される。二人きりで落ち着いて話すことができるようにと、護衛騎士と侍女は少しだけ離れた場所で待機している。
アラステアの首には、美しい刺繍を施した新しいネックガードが巻かれている。これは、オメガとアルファが婚約したときに、アルファの側からネックガードを贈るという習わしによるものだ。最近ではネックガードを贈らないことも多いようだが、王家と侯爵家の婚約であるのだから、それを省くわけにはいかなかったようだ。
黒地に赤い糸で刺繍を施されたネックガードは、アラステアの肌の白さを際立たせていた。
「美しいネックガードまで作ってくださって、ありがとうございます」
「急いで作らせたのだけれど、今日という日に間に合って良かったよ。良く似合っている」
クリスティアンは目を細めて、アラステアのネックガードにするりと指を這わせた。アラステアの頬に熱が集まる。
まるで、本物の婚約者のようだ。
アラステアは、クリスティアンの態度を見てそう思った。
そのようなことを考えてうっすらと頬を染めたアラステアは、可愛らしい。
少し離れた場所にいる護衛と侍女からは、二人は仲睦まじい婚約者同士に見える。彼らは、クリスティアンとアラステアは学院で出会い、思い合って婚約したのだろうと微笑ましく思いながら、その様子を見ていた。
アラステアは、『コイレボ』の物語を変えるために婚約したと思っているのだが、そのようなことは彼らが知る由もない。
自分のためにクリスティアンの人生を浪費させてはいけない。アラステアはそのように考える。アルフレッドの口車に乗ってしまったような形で婚約をしてしまったが、悪役令息として『断罪』されることを逃れたら、速やかに婚約を白紙に戻して、クリスティアンが思う人と結ばれるのが良いに決まっている。
「あの、クリスティアン殿下に好ましい方ができたら、その方を選んでくださいね。僕が悪役令息にならないことを優先するよりも、ご自分のことを優先してください」
「わたしに好ましい人ができたら……。
アラステアは、それを優先しても良いと思っているということ?」
「そうです。僕のためにご自分を犠牲になさらないでくださいね」
「そうか。アラステアは、わたしが好きな人と添えるように協力してくれるのだね」
「はい、もちろんです」
「よし、約束だよ」
クリスティアンはその美しい顔に極上の笑みを浮かべて、アラステアを見る。その赤い瞳がきらりと輝く。
アラステアは少しばかり心臓の鼓動が高まったような気がした。
漆黒の髪に赤い瞳。清冽な美しさを持つアルファの王子。
どうして、クリスティアンには婚約者がいなかったのだろうか。
アラステアはそんなことを考えながら、どうやら上機嫌であるらしいクリスティアンを見つめていた。
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