攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥

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53.発情期のあと

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 アラステアは、丸一日眠っていたようだ。眠っている間にも、発情期の症状を軽減する薬が主治医から投与されていた。そのためか、クリスティアンに縋りついていた時に感じていたような体の熱さや、下半身が疼くような感覚はなくなっている。

「ようやく目覚めたのね。元気そうでよかったわ」
「はい、お祖母様。どうやらご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ありません。」
「うふふ。家族なのだから気にしてはいけないわ。
 それより、アラステアも大人になったということなのだから、お祝いをしなくてはね」

 部屋に来てくれた祖母は、アラステアの頬を撫でてうれしそうにそう言った。

 その後、アラステアは主治医の診察を受けた。

「フェロモン値は下がっております。今回の発情期は、これで終わりだと思われます。最初の発情期は短い人が多いので、問題はないでしょう。それから……」

 主治医は、念のためにとアラステアに注意を促す。通常のオメガの発情期は三か月に一度程度だ。始まった当初は決まったリズムで発情期が訪れず、一か月後には発情期になったり半年ぐらい間が空いたりといったこともよくあるというようなことだ。
 
「とくに、アラステア様はアルファの婚約者とともに過ごしていらっしゃることが多いので、フェロモンの影響を受けやすいと考えられます。アラステア様の体調によって発情期が早まることも考えられますから、注意が必要です」
「アルファのフェロモンの影響……」

 主治医の話を聞いて、アラステアは心惹かれるクリスティアンの香りを思い出した。
 祖母が主治医の健診の回数を増やすと言っていたのは、アラステアとクリスティアンが親密になることによりアルファのフェロモンを浴びる回数やその濃度が増えていると考えたからであった。

「あの、先生。あまりアルファの婚約者には近づかない方が良いのでしょうか?」
「アラステア様、アラステア様がそのようなことを考えていることが伝わったら、クリスティアン殿下が悲しまれますよ?」
 
 アラステアの問いに、主治医は苦笑しながら答えた。日常でフェロモンを安定させる薬を定期的に飲んでいれば、発情期が来ても症状はゆっくりと訪れる。緊急薬を必ず携帯し、すぐに飲めるようにしておけば大丈夫だとアラステアに説明した。
 また、今回飲んだ発情抑制の緊急薬は、アラステアの発情をうまく抑えてくれたものの、効き目が強すぎるためかすぐに眠ってしまった。そのため、次の緊急薬は別のものが処方されることになる。しかし、発情期が起きて緊急薬が必要な時に飲んでからでなければ、その副作用を確認することは難しいといえる。

「今回はローランド……、ウォルトン公爵令息が僕を車に乗せてくださったので無事でしたが、誰もいないところであのような症状になってしまったら、どうすれば良いのでしょうか」
「初めての発情期でしたのでアラステア様も自分の体調がうまくつかめていなかったと思います。次に、今回のように、体が重く食欲がないということがあれば、自宅に留まられて様子を見てください。また、学院でそのようになれば医務室で、医務官の診察を受けてください」

 急に発情してしまわなければ、緊急薬を飲む必要はない。通常の抑制剤を飲めばいいのだ。

 かつては、オメガが発情期を迎えると、五日から一週間程度はその発情に苦しんでいた。そして、本人たちにはどうしようもないことであるにも関わらず、抑えられない性欲を宿した卑しい性だと言われていたのだ。
 現在では、昔と異なりパートナーなしの辛い発情期を過ごすオメガはほとんどいなくなっている。そう、パートナーがいなくても抑制剤を使用することによって、オメガたちは穏やかな発情期を過ごせるようになったのだ。しかし、発情期そのものがなくなっているわけではないし、突然起きた発情期でアルファと事故を起こさないとは限らない。そして、日常でフェロモンを安定させるために飲んでいる薬と発情期の症状を抑制する薬とは異なるため、かならず携帯してなければならない。


 アラステアは医師が帰った後に、処方された薬を見ながらため息を吐いた。

 現在のオメガは昔に比べれば恵まれているのだろうけれど、それは薬を飲み続けることで得られる安心感なのだ。
 誰かと番になってしまえば、そしてその番と安定した関係が築けていれば、薬を飲む必要はほぼなくなる。
 しかし、番ができてしまうと抑制剤の効きが悪くなるといわれている。番に相手にされなければ、番がいない時よりも苦しむことになるのだ。

「オメガとは、厄介な性だ……」

 そう呟いたアラステアの鼻孔を芳しい香りがくすぐる。それは、ベッドサイドのテーブルの上に畳んで置かれたクリスティアンの上着から運ばれてくるものだ。
 エイミに洗濯の手配をするよう祖母が言っていたが、すぐに医師が来てしまったこともあり、そのまま置き忘れられていたのだろう。

 アラステアが丸一日ベッドで抱いていたクリスティアンの上着からは、まだ良い香りがしている。それはまるで、アラステアを誘っているかのようだ。

「これは、洗ってお返しするのか、新しい物をお返しするのか、どちらが良いのだろうか」

 アラステアはクリスティアンの上着を手に取り、その襟もとに顔を埋める。

「ああ、良い香り……」

 息を吸い込んでその香りを堪能していると、胸が高鳴り、下半身が疼く。

「……これは、また発情期が?」

 アラステアは不安になり、エイミを呼んでクリスティアンの上着の洗濯を頼むと、湯あみをすませ、早々にベッドに入った。

 翌朝すっきりと目覚めたアラステアには、発情期の兆候は全くなかった。
 つまり、クリスティアンのフェロモンでそういう気持ちになってしまったのだ。

 そのことに気づいたアラステアは、羞恥のあまりベッドの上を転げまわったのであった。




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