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黒髪の美丈夫、エリオット・カトラリーはカトラリー王国の第二王子である。
正室の子である第二王子のエリオットと、側室の子である第一王子のアドルフはわずか二か月違いで生まれた同学年の王子殿下だ。
エリオットは学園在学中から警察騎士団に所属していて、様々な捜査にも関わっている。日頃は穏やかだが、怒らせると鬼神になる。
学園の同級生は、そう噂をしていた。
ちなみにアドルフは、特に何の役割もしていない。主に能力的なものが、その理由である。
そのエリオットと、アドルフが、卒業夜会で睨みあっている。
「そっ、その者は、リリアンに嫌がらせをしておったので、その罪を問うておったのだ。婚約破棄を言い渡してな。
そして、俺はリリアンと婚約をする」
「嫌がらせ? どうしてそのようなことをする必要があるのですか。それに婚約破棄とはどういうことです?」
「リリアンが可憐で可愛いから、嫉妬しておったのだろう。そのような者を王族の婚約者としては認められぬ」
「リリアン、こわかったんですぅ。ひどいことされてぇ」
「ああ、リリアン、可哀そうにな」
王族の会話に入っていく男爵令嬢に、会場の皆は再び遠い目をする。
礼儀とか、作法とか、不敬とか、どうなっているのだろうかと。
「なぜ、そんなちんけな小娘に嫉妬する必要があるのですか」
「そっ、それは、婚約者の俺が、リリアンと仲良くしているから、それで嫉妬して」
「婚約者……兄上が?」
「ああそうだ。そこにいるサミュエルは、俺の婚約者だろう。お前はそのようなことも知らんのか?」
「サミュエル……、兄上、正気ですか?」
「なんだと!」
黒髪の美丈夫は、ほうと大きなため息を吐いた。
「ここにいるのは兄上の婚約者のサミュエル・ディッシュウェアではなく、シルベスター・テーブルセンターでしょう。
シルベスターは、わたしの婚約者ではありませんか」
「は? そんな、そんなはずは……」
黒髪の美丈夫は、兄の様子を見て呆れた顔になった。
「この美しい人は、シルベスター・テーブルセンターですよ。テーブルセンター王国の第三王子殿下ではありませんか。わたしとの婚姻の準備のために、三年生からカトラリー王立学園に編入してくださったと、王宮でも挨拶をしたでしょう」
「あの挨拶は、サミュエルが留学から帰って来たというものではなかったのか?」
「兄上……サミュエルは次の四月から三年生です。わたしたちより一学年下でしょう……。
それにしても、シルベスターとサミュエルとは、髪の色しか共通点がありません。間違えようがないでしょう」
「……」
間違えようがない。
その言葉に、サミュエルと面識のある貴族令息令嬢たちは、心の中で首がもげるほど頷いていた。
サミュエルは、銀髪で緑の瞳だった。留学した当時でも体格の良い少年だったので、目の前にいる華奢な美青年とは間違えようがない。そうなのだ。
もちろん、この会場の皆は、断罪されている銀髪の美青年が黒髪の美丈夫の婚約者であることは知っていた。しかし、意見を言おうとした者は護衛騎士に拘束され、他の者も金髪の王子に何をされるかわからないため、沈黙せざるを得なかったのだ。
黒髪の美丈夫の話を聞いている金髪の王子の顔色が悪くなっていく。赤髪の騎士は身を小さくし、青髪の眼鏡令息はうつむいてしまった。
「いや、しかし、リリアンは確かにこの……シルベスター殿に嫌がらせをされたと言っておる」
はっと気づいたように、金髪の王子は最初の主張を繰り返した。
「わたしは、そのようなことはしておりません」
「ええっ、でもぉ、リリアンはこの人にたくさん嫌がらせされたよぉ?」
「そっそうだ。リリアンが嫌がらせをされたと言っておるではないか」
「兄上、証拠はいずこにございますか」
「この正直で可憐で可愛いリリアンが、嘘を吐くはずがないではないか」
「証拠はないと」
「では、アドルフ殿下は、何の証拠も示されないで、テーブルセンター王国王子のわたしが嘘をついていると、そうおっしゃるのですね」
先ほどからの儚げな様子を見せていた銀髪の美青年は、その容姿に似合わぬ低い声で、金髪の王子に問うた。
あああああああああああ!
大変なことになった。会場の皆は変な汗が出るのを止められない。どうしたら!どうしたら!
「ふむ、一国の王子殿下を公の場で証拠もなく嘘つき呼ばわりしたのであれば、兄上のおっしゃる通り婚約破棄となるやもしれませんね。そして、外交問題だ」
「外交問題? 何を大袈裟な。むしろ、次期王の正室を害したと、こちらが申し入れても良いぐらいだ」
「そうですよぉ。リリアンはぁ、あやまってくれたらゆるしますから、なぁんにも、えっと、もんだい? ないですぅ」
「ああ、リリアンは賢いなあ。謝りさえすれば外交問題にはしないと言っているぞ。さあ、どうだ」
いやいやいやいやいや、問題だらけだ! 会場の皆は心の中で叫んだ。
黒髪の美丈夫が出て来ても、状況を真に理解しない、できない金髪の王子とピンクブロンドの令嬢。
ここまでの馬鹿としかいいようのない発言の数々。
自分たちの卒業夜会で行われている茶番劇の展開に、会場の皆は頭を抱えた。
テーブルセンター王国との外交問題ともなれば、大事である。
そのとき、再び扉がパンと音を立てて開いた。
正室の子である第二王子のエリオットと、側室の子である第一王子のアドルフはわずか二か月違いで生まれた同学年の王子殿下だ。
エリオットは学園在学中から警察騎士団に所属していて、様々な捜査にも関わっている。日頃は穏やかだが、怒らせると鬼神になる。
学園の同級生は、そう噂をしていた。
ちなみにアドルフは、特に何の役割もしていない。主に能力的なものが、その理由である。
そのエリオットと、アドルフが、卒業夜会で睨みあっている。
「そっ、その者は、リリアンに嫌がらせをしておったので、その罪を問うておったのだ。婚約破棄を言い渡してな。
そして、俺はリリアンと婚約をする」
「嫌がらせ? どうしてそのようなことをする必要があるのですか。それに婚約破棄とはどういうことです?」
「リリアンが可憐で可愛いから、嫉妬しておったのだろう。そのような者を王族の婚約者としては認められぬ」
「リリアン、こわかったんですぅ。ひどいことされてぇ」
「ああ、リリアン、可哀そうにな」
王族の会話に入っていく男爵令嬢に、会場の皆は再び遠い目をする。
礼儀とか、作法とか、不敬とか、どうなっているのだろうかと。
「なぜ、そんなちんけな小娘に嫉妬する必要があるのですか」
「そっ、それは、婚約者の俺が、リリアンと仲良くしているから、それで嫉妬して」
「婚約者……兄上が?」
「ああそうだ。そこにいるサミュエルは、俺の婚約者だろう。お前はそのようなことも知らんのか?」
「サミュエル……、兄上、正気ですか?」
「なんだと!」
黒髪の美丈夫は、ほうと大きなため息を吐いた。
「ここにいるのは兄上の婚約者のサミュエル・ディッシュウェアではなく、シルベスター・テーブルセンターでしょう。
シルベスターは、わたしの婚約者ではありませんか」
「は? そんな、そんなはずは……」
黒髪の美丈夫は、兄の様子を見て呆れた顔になった。
「この美しい人は、シルベスター・テーブルセンターですよ。テーブルセンター王国の第三王子殿下ではありませんか。わたしとの婚姻の準備のために、三年生からカトラリー王立学園に編入してくださったと、王宮でも挨拶をしたでしょう」
「あの挨拶は、サミュエルが留学から帰って来たというものではなかったのか?」
「兄上……サミュエルは次の四月から三年生です。わたしたちより一学年下でしょう……。
それにしても、シルベスターとサミュエルとは、髪の色しか共通点がありません。間違えようがないでしょう」
「……」
間違えようがない。
その言葉に、サミュエルと面識のある貴族令息令嬢たちは、心の中で首がもげるほど頷いていた。
サミュエルは、銀髪で緑の瞳だった。留学した当時でも体格の良い少年だったので、目の前にいる華奢な美青年とは間違えようがない。そうなのだ。
もちろん、この会場の皆は、断罪されている銀髪の美青年が黒髪の美丈夫の婚約者であることは知っていた。しかし、意見を言おうとした者は護衛騎士に拘束され、他の者も金髪の王子に何をされるかわからないため、沈黙せざるを得なかったのだ。
黒髪の美丈夫の話を聞いている金髪の王子の顔色が悪くなっていく。赤髪の騎士は身を小さくし、青髪の眼鏡令息はうつむいてしまった。
「いや、しかし、リリアンは確かにこの……シルベスター殿に嫌がらせをされたと言っておる」
はっと気づいたように、金髪の王子は最初の主張を繰り返した。
「わたしは、そのようなことはしておりません」
「ええっ、でもぉ、リリアンはこの人にたくさん嫌がらせされたよぉ?」
「そっそうだ。リリアンが嫌がらせをされたと言っておるではないか」
「兄上、証拠はいずこにございますか」
「この正直で可憐で可愛いリリアンが、嘘を吐くはずがないではないか」
「証拠はないと」
「では、アドルフ殿下は、何の証拠も示されないで、テーブルセンター王国王子のわたしが嘘をついていると、そうおっしゃるのですね」
先ほどからの儚げな様子を見せていた銀髪の美青年は、その容姿に似合わぬ低い声で、金髪の王子に問うた。
あああああああああああ!
大変なことになった。会場の皆は変な汗が出るのを止められない。どうしたら!どうしたら!
「ふむ、一国の王子殿下を公の場で証拠もなく嘘つき呼ばわりしたのであれば、兄上のおっしゃる通り婚約破棄となるやもしれませんね。そして、外交問題だ」
「外交問題? 何を大袈裟な。むしろ、次期王の正室を害したと、こちらが申し入れても良いぐらいだ」
「そうですよぉ。リリアンはぁ、あやまってくれたらゆるしますから、なぁんにも、えっと、もんだい? ないですぅ」
「ああ、リリアンは賢いなあ。謝りさえすれば外交問題にはしないと言っているぞ。さあ、どうだ」
いやいやいやいやいや、問題だらけだ! 会場の皆は心の中で叫んだ。
黒髪の美丈夫が出て来ても、状況を真に理解しない、できない金髪の王子とピンクブロンドの令嬢。
ここまでの馬鹿としかいいようのない発言の数々。
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