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「そこまでだ! 話は聞いたぞ」
「父上……」「父上っ!」
カトラリー王国の国王が、優雅な足取りで会場に入って来た。国王は、もともと来賓として招かれていたのだが、事情があって遅れるという連絡が入っていた。
「アドルフ、他国の王子殿下を証拠もなく嘘つき呼ばわりをしても良いというのは、どういうことだ?」
「え、いえ、父上、リリアンは嫌がらせをされたと言っているのですから……」
「客観的な証拠がない状況で片方の証言だけを信じるのでは、公正が求められる王族の資格はないぞ」
「父上、それはっ」
「それにな、その男爵令嬢が正直ではないということは、わかっておるのでな」
「は?」
「えぇ、リリアン、うそなんかつきませんよ?」
発言を許されてもいないのに国王に向かって異議を唱えるピンクブロンドの令嬢に、会場の全員が完全に凍り付いた。
「……兄上は、本当にこれと婚約をするおつもりだったのですか」
黒髪の美丈夫が、渋面を作って兄に問う。
「いや、その……」
「まあいいでしょう。
父上、計画を前倒しにしてよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわぬ」
黒髪の美丈夫は、周囲をちらりと見渡した。そして、徐に近づいてきた自分の秘書から書類を受け取ると、ピンクブロンドの令嬢に向き直った。
「リリアン・シュガーポット、王立裁判所より逮捕状がでている。結婚詐欺及び恐喝の疑いで王立警察騎士団が其方の身柄を拘束する」
「え、え? 逮捕? 結婚詐欺? リリアン、何のことかわかんないぃ」
「エリオット、リリアンを逮捕するとはどういうことだ!」
「兄上、今読み上げた逮捕状の通りですよ。
本当は、卒業夜会が終ってから執行するはずだったのに、あなたたちが馬鹿なことをするから。
連れていけ!」
「はっ!」
いつの間にか会場に入ってきていた警察騎士団が、黒髪の美丈夫の指示に従って、ピンクブロンドの令嬢をさっさと拘束する。
「ちょっとぉ、痛いぃ。何ぃ、放しなさいよぉ。リリアンは、次の王様の正室様になるのよぉ」
「リ、リリアン……っ」
「国家転覆罪も追加せよ」
「かしこまりました。父上」
「アドルフ様ぁっ! 助けてぇ! 痛いっ、痛いってばぁ、放してえぇぇ!」
「リリアンっ、リリアン!」
スカートが捲れ上がるのも構わず、暴れて泣き叫ぶピンクブロンドの令嬢。追いすがろうとするのを、警察騎士にとどめられる金髪の王子。顔色のなくなった、赤髪の騎士と青髪の眼鏡令息。
会場の皆は『本当に寸劇のようだった……』と思いながらその様子を眺めていた。
どうして金髪の王子は、この卒業夜会で婚約破棄をしようと思ったのだろうか。
それは、誰にもわからなかった。
その後、国王陛下の挨拶が行われ、卒業夜会は何事もなかったかのように続けられた。
国王の挨拶後に、金髪の王子と赤髪の騎士、青髪の眼鏡令息は会場から連れ出されていった。
ダンスの音楽が流れると、黒髪の美丈夫と銀髪の美青年が手を取り合って踊り始めた。
「愛するシルベスターに辛い思いをさせてしまうなんて、婚約者失格ですね」
「いいえ、愛するエリオットが来てくださったときに、わたしは安心いたしました」
未来の国王とその正室となるであろう二人の睦まじい様子とその美しさに、会場の皆の注目が集まる。
この場から連れ出された四人の処遇は、明日以降に明らかになるだろう。明日になってから、そのことを思い出せば良い。
今は、この学園での最後のときを楽しむのだ。
この卒業夜会は、一生心に残る。一生語り草になる。
三年間の学園生活で、これほどの一体感を持ったことはなかった。
会場の皆がそう思いながら、その後の時間を有意義に過ごしたのだった。
シュガーポット男爵が、養子のリリアンを使って結婚詐欺と恐喝を行っていたと発表されたのは、翌々日のことであった。
もともと下町で美人局をしていたリリアンを、シュガーポット男爵が庶子と偽って養子にした。リリアンは、勉強はできないし常識もないが、男を誑し込む手管と、人を騙すための悪賢さ、罪悪感の無さは抜きんでていて、シュガーポット男爵にとっては素晴らしい人材だったのだ。
そして学園に入ってからは、世間知らずの貴族令息を誑し込んでは、高額な商品を貢がせたり、脅して口止め料を巻き上げたりしていた。
一般の貴族令息で満足していれば良かったのに、リリアンが王族に手を出したのが、彼にとっての運の尽きだった。
シュガーポット男爵は爵位を剥奪され、その財産は被害者への返金と慰謝料に充てられることになった。また懲役九十年の強制労働が課せられる。実質的な終身刑である。
リリアンは、詐欺と恐喝に加えて国家転覆罪が適用されたため、地下牢に終身幽閉されることとなった。
「それにしても、どうして兄上はシルベスターのことをサミュエルだと思い込んだのだろう」
「在学中から、奇妙なことをおっしゃっているとは思っていたのですが」
エリオットとシルベスターは、何もかも終わった後、王宮の茶室で話をしながら、首を傾げた。
サミュエルは、十二歳の時から隣国に留学している。アドルフは、六年たっているから面差しが変わったのだろうと思い、同じ銀髪を持つシルベスターのことをサミュエルだと思い込んでしまっていたのだ。
この一件により婚約がなくなったことを、サミュエル自身はとても喜んだ。サミュエルは、アドルフのことを好いていなかったのだ。サミュエルは、帰国とともに学園で新しい恋人を作ると張り切っているという。
王家の影や、同級生からアドルフの勘違いしたような言動は疑問視されていたが、あまりにも盛大な思い違いであったため、見過ごされてきたと言うのが本当のところだ。
また、アドルフはリリアンに夢中だったため、ジルベスターとあまり接触していなかった。それも、皆がその勘違いに気づかなかった原因の一つといえよう。
アドルフは廃嫡のうえ、子ができないよう手術をされて離宮へ幽閉された。
ブルーノとベイジルは、騙されていたとはいえ、愚かな王子を諫めるどころか、一緒になって他国の王子であり、第二王子の婚約者であるシルベスターへ暴行を働いたことは許されず、貴族籍を剥奪されて平民となった。今後は、慰謝料の支払いが重くのしかかってくるだろう。
エリオットとシルベスターは婚姻を結び、その美しい絵姿は全国で称賛を浴びた。
卒業夜会へ出席していた皆は、ことの顛末を聞いて、あの夜会のことを記憶から呼び起こす。
そして、同級生であったことを誇れるであろう王子の婚姻の報道を聞いて、あの夜会のことを記憶から呼び起こす。
これからも、一生心に残る。一生の語り草になる。そんな記憶になるだろうと思いながら。
あのとき、ひとつだけ皆の胸に残った疑問がある。
どうして金髪の王子は、卒業夜会で婚約破棄をしようと思ったのだろうか。
それは、誰にも知らされることはなかった。
「父上……」「父上っ!」
カトラリー王国の国王が、優雅な足取りで会場に入って来た。国王は、もともと来賓として招かれていたのだが、事情があって遅れるという連絡が入っていた。
「アドルフ、他国の王子殿下を証拠もなく嘘つき呼ばわりをしても良いというのは、どういうことだ?」
「え、いえ、父上、リリアンは嫌がらせをされたと言っているのですから……」
「客観的な証拠がない状況で片方の証言だけを信じるのでは、公正が求められる王族の資格はないぞ」
「父上、それはっ」
「それにな、その男爵令嬢が正直ではないということは、わかっておるのでな」
「は?」
「えぇ、リリアン、うそなんかつきませんよ?」
発言を許されてもいないのに国王に向かって異議を唱えるピンクブロンドの令嬢に、会場の全員が完全に凍り付いた。
「……兄上は、本当にこれと婚約をするおつもりだったのですか」
黒髪の美丈夫が、渋面を作って兄に問う。
「いや、その……」
「まあいいでしょう。
父上、計画を前倒しにしてよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわぬ」
黒髪の美丈夫は、周囲をちらりと見渡した。そして、徐に近づいてきた自分の秘書から書類を受け取ると、ピンクブロンドの令嬢に向き直った。
「リリアン・シュガーポット、王立裁判所より逮捕状がでている。結婚詐欺及び恐喝の疑いで王立警察騎士団が其方の身柄を拘束する」
「え、え? 逮捕? 結婚詐欺? リリアン、何のことかわかんないぃ」
「エリオット、リリアンを逮捕するとはどういうことだ!」
「兄上、今読み上げた逮捕状の通りですよ。
本当は、卒業夜会が終ってから執行するはずだったのに、あなたたちが馬鹿なことをするから。
連れていけ!」
「はっ!」
いつの間にか会場に入ってきていた警察騎士団が、黒髪の美丈夫の指示に従って、ピンクブロンドの令嬢をさっさと拘束する。
「ちょっとぉ、痛いぃ。何ぃ、放しなさいよぉ。リリアンは、次の王様の正室様になるのよぉ」
「リ、リリアン……っ」
「国家転覆罪も追加せよ」
「かしこまりました。父上」
「アドルフ様ぁっ! 助けてぇ! 痛いっ、痛いってばぁ、放してえぇぇ!」
「リリアンっ、リリアン!」
スカートが捲れ上がるのも構わず、暴れて泣き叫ぶピンクブロンドの令嬢。追いすがろうとするのを、警察騎士にとどめられる金髪の王子。顔色のなくなった、赤髪の騎士と青髪の眼鏡令息。
会場の皆は『本当に寸劇のようだった……』と思いながらその様子を眺めていた。
どうして金髪の王子は、この卒業夜会で婚約破棄をしようと思ったのだろうか。
それは、誰にもわからなかった。
その後、国王陛下の挨拶が行われ、卒業夜会は何事もなかったかのように続けられた。
国王の挨拶後に、金髪の王子と赤髪の騎士、青髪の眼鏡令息は会場から連れ出されていった。
ダンスの音楽が流れると、黒髪の美丈夫と銀髪の美青年が手を取り合って踊り始めた。
「愛するシルベスターに辛い思いをさせてしまうなんて、婚約者失格ですね」
「いいえ、愛するエリオットが来てくださったときに、わたしは安心いたしました」
未来の国王とその正室となるであろう二人の睦まじい様子とその美しさに、会場の皆の注目が集まる。
この場から連れ出された四人の処遇は、明日以降に明らかになるだろう。明日になってから、そのことを思い出せば良い。
今は、この学園での最後のときを楽しむのだ。
この卒業夜会は、一生心に残る。一生語り草になる。
三年間の学園生活で、これほどの一体感を持ったことはなかった。
会場の皆がそう思いながら、その後の時間を有意義に過ごしたのだった。
シュガーポット男爵が、養子のリリアンを使って結婚詐欺と恐喝を行っていたと発表されたのは、翌々日のことであった。
もともと下町で美人局をしていたリリアンを、シュガーポット男爵が庶子と偽って養子にした。リリアンは、勉強はできないし常識もないが、男を誑し込む手管と、人を騙すための悪賢さ、罪悪感の無さは抜きんでていて、シュガーポット男爵にとっては素晴らしい人材だったのだ。
そして学園に入ってからは、世間知らずの貴族令息を誑し込んでは、高額な商品を貢がせたり、脅して口止め料を巻き上げたりしていた。
一般の貴族令息で満足していれば良かったのに、リリアンが王族に手を出したのが、彼にとっての運の尽きだった。
シュガーポット男爵は爵位を剥奪され、その財産は被害者への返金と慰謝料に充てられることになった。また懲役九十年の強制労働が課せられる。実質的な終身刑である。
リリアンは、詐欺と恐喝に加えて国家転覆罪が適用されたため、地下牢に終身幽閉されることとなった。
「それにしても、どうして兄上はシルベスターのことをサミュエルだと思い込んだのだろう」
「在学中から、奇妙なことをおっしゃっているとは思っていたのですが」
エリオットとシルベスターは、何もかも終わった後、王宮の茶室で話をしながら、首を傾げた。
サミュエルは、十二歳の時から隣国に留学している。アドルフは、六年たっているから面差しが変わったのだろうと思い、同じ銀髪を持つシルベスターのことをサミュエルだと思い込んでしまっていたのだ。
この一件により婚約がなくなったことを、サミュエル自身はとても喜んだ。サミュエルは、アドルフのことを好いていなかったのだ。サミュエルは、帰国とともに学園で新しい恋人を作ると張り切っているという。
王家の影や、同級生からアドルフの勘違いしたような言動は疑問視されていたが、あまりにも盛大な思い違いであったため、見過ごされてきたと言うのが本当のところだ。
また、アドルフはリリアンに夢中だったため、ジルベスターとあまり接触していなかった。それも、皆がその勘違いに気づかなかった原因の一つといえよう。
アドルフは廃嫡のうえ、子ができないよう手術をされて離宮へ幽閉された。
ブルーノとベイジルは、騙されていたとはいえ、愚かな王子を諫めるどころか、一緒になって他国の王子であり、第二王子の婚約者であるシルベスターへ暴行を働いたことは許されず、貴族籍を剥奪されて平民となった。今後は、慰謝料の支払いが重くのしかかってくるだろう。
エリオットとシルベスターは婚姻を結び、その美しい絵姿は全国で称賛を浴びた。
卒業夜会へ出席していた皆は、ことの顛末を聞いて、あの夜会のことを記憶から呼び起こす。
そして、同級生であったことを誇れるであろう王子の婚姻の報道を聞いて、あの夜会のことを記憶から呼び起こす。
これからも、一生心に残る。一生の語り草になる。そんな記憶になるだろうと思いながら。
あのとき、ひとつだけ皆の胸に残った疑問がある。
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